閑話:ククリスの献身
主人公に使える前のククリスのお話です。
ククリス・セークールス。それが私の名前。
母は人間だが、父はヴァンダイア族だったようだ。父には会ったこともないのでわからない。
私の髪は茶色味がかったブロンドだが、このローハジェクティ公国では異端の血を示す色。
「血吸いコウモリ」が私の呼び名だった。
母は私を生んだときになくなったようだ。異端の血を生んだことで神の逆鱗に触れたせいだと祖父に言い聞かされて育った。
実際には私は人間、だと思う。血を吸ったことはないにも関わらず、生きている。
だが、祖父によれば私はヴァンダイア族としては低族の混血児であるため、鳥や豚の肉を食べるだけで生命維持に必要な血液を摂取しているのだといわれた。
人には言えないような汚れ仕事をして、全身に血を浴びているだろう、と。
祖父は母を可愛がっていたのに、ヴァンダイアである父が襲いかかったせいで母が私を生むことになり死んでしまったのだという。
私がすべての元凶なのだそうだ。
私が8歳のときに傍系公族のモリスヴィット家に女の子が生まれた。
ヴァンダイア族に捧げる貴き存在なのだそうだ。
ローハジェクティ公国は小国ながらも周囲の皇国や王国などの諸外国と渡り合っている。
それはヴァンダイア族の魔力が大きい。
その魔力はモリスヴィット家がヴァンダイア属の血をひいた世継ぎをつなげていくことの代わりに供給されるとのことだ。
おなじヴァンダイア族に関わる存在なのに尊ばれる少女が羨ましい。ヴァンダイアの血が流れていると卑しい存在として扱われるこの身が救われる思いがする。
祖父いわく、モリスヴィット家の子は純粋な人間として生まれるが私は混血児だからダメなのだそうだ。
「モリスヴィット家からお前に侍女の話がきている。モリスヴィット家に仕えるものは一生を捧ぐという契約になる。その身をモリスヴィット家に捧げ、我が家の恩を大公爵家に売れ。」と意地の悪い笑顔をうかべた祖父が言う。
この家に二度と戻らなくても良い上に、ヴァンダイアに連なるにも関わらず貴き存在である方にこの身を捧げることができればなんという幸運だろう。
「おねがいします。」私はただ告げた。余計なことをいうと非難され、暴力を振るわれる。できるだけ淡々としていくことがもっとも適当であることを知ったのは物心がつくのと同時であった。
私はあっさりとモリスヴィット家の貴き存在であるサーティリア様に仕えることになった。
まだ乳児であるサーティリア様だが、艶のある黒髪に真紅の紅い瞳、真っ白な透き通る肌は特別な美しさを持つことが一目で伝わり、私は心酔した。私がご挨拶のために近づくと目があい、にっこりと笑い、小さな小さな手を伸ばしてくれた。私は生まれて初めて受け入れられ、そして求められたのだ。この美しく、貴き存在に。それだけで忌み嫌われ続けた私が生まれた意味が生まれた。この方に一生を捧げ、忠誠を尽くすために私は生まれたのだ。
私は生まれてすぐに母が死に、父とはあったこともない。一族からは忌み嫌われていたため、真名がない。いままではそれが情けないことであると感じていたが、いまは私の人生の幸運であると思える。
いつかサーティリア様がヴァンダイアに嫁ぐときに、私はサーティリア様から真名を授かり、ついていくことができる。真名を把握するものは魔術をかけることができる。
しかし、血族以外から真名を授かった場合は絶対服従として主に捧げることになるのだ。
真名を持つものはさずけた者から破棄の契約を行ったのちにしか新たな真名を授かることはできない。だから、真名を共有する主従は滅多に存在しない。
だが、私は違う。真名がないのだから、サーティリア様が私に真名をさずけてくれればそれで条件は満たすのだ。主から真名を与えられると主従関係が良好となるように感情や考えが通じやすくなるという。サーティリア様に仕える喜びが増すなんて。このような幸福はない。
もし、サーティリア様がご自身の真名に関連する名前を与えてくだされば、命をともにすることもできるのだ。サーティリア様が天に召されたときを同じくして私も天に迎えられるのだ。
なんという幸福なのだろう。
滅多にあることではないが、主が一部でも自身の真名を開示してくれた場合、従者の考えや感情も伝わりやすくなるようだ。これは裏切りを察知することを目的に行われるようだが、もしも自分の身に起きたらと考えるだけで歓喜に包まれる。
血族にさえも忌み嫌われ、何もできない私ではあるが、精一杯身の回りの世話をして、いつかサーティリア様に真名を授けても良いと思っていただけるよう誠心誠意尽くすと小さな小さな手を握りながら強く心に誓うのであった。