異世界に生まれ変わってました!
「____お嬢様・・・っ!」
誰かに呼ばれる声がして、目を覚ます。
覗き込んでいるのは心配そうな表情の中にも安堵した瞳を浮かべるおじいちゃん。
赤茶の髪に、薄茶の目。それになにより彫りが深い感じが日本人とは思えない。
「大丈夫ですか!?お嬢様!!!」
どうやら私は明らかに日本人じゃないおじいちゃんの腕の中にいるようだ。
外にいるようで、おじいちゃんの背景は曇空がみえる。すこし湿った空気を感じる。
状況が良く飲み込めない。最新の記憶を思い出してみる。
(えーと・・・なんだっけ。今日は献血いって、推し職員さんが可愛いくて、ステーキたべて・・・)
私は思い出す。
「地震・・・!」
ということは、私は助かったのだろうか。
(あれ、でもここは病院じゃない・・・?結構な血液が出てたし、かなりの大怪我だったはずなのに外・・・?)
私は自分の体を起こそうとする。
それに気づいたのか、おじいちゃんはハッとした表情をうかべ、手を添えて上半身を軽く起き上がらせてくれた。
私は自分の身体をみつめた。
そう、みつめたはずなのに。
いつもの某量販店で揃えた服とは似ても似つかないフリフリなドレスで。
さらに信じられないことにどう考えても三十路の女性ではなく、小学生くらいの女児の手だった。
(私の身体じゃない・・・?)そう思って手を握って開いてみたところ、見事に連動していた。
首を動かして、他の景色をみてみると、いわゆるバロック調というか昔はさぞ立派だったんだろうなというすこし薄汚れた感じの城というには小さく、館というには大きすぎる屋敷があった。
(ここ、日本じゃない・・・。しかも或田璃愛でもない・・・?)
私は再び意識を失った。ここがどこでいまがどういう状況なのか。この身体の記憶が知っていることが脳内で呼び出されるような感覚を感じながら。
再度目が覚めるとふかふかのベッドに寝かされていた。ベッドサイドには庭に咲いている立派な薔薇が花瓶に飾られている。
手を握って開いて見るとそのとおり身体が反応する。
寝たままの状態で腕をもちあげてみる。
真っ白で労働をしらない柔肌をした幼い手がみえる。
眠りながらも脳が働いてくれたようで、私はすんなりと整理された記憶を思い出せた。
日本での私はたぶん死んだのだと思う。
でも私はいまここにいる。
私の名前はサーティリア・リーリウム・モリスヴィットでいまは8歳。
ローハジェクト王国の傍系公族として尊重されている公爵令嬢だけど、代々隣国にあるヴァンダイア公国に嫁ぐことが生まれたときからきまっているので特に社交をすることもなく引きこもっている。
ヴァンダイア公国がどんなところかというのはサーティリアも詳しくは知らないようで、わからない。
婚約者とは相手とは会ったこともなく、名前も知らない。
10歳になったら正式に婚約をして、15歳になったらヴァンダイア族の婚約者の家族とともに暮らすため、このローハジェクティ王国を出ることになるようだ。
そして国を出たあとは里帰りも許されず、ずっとヴァンダイアで暮らすようになる。
悲壮な結婚にも思えるが、璃亜自身が就職後は一切故郷に帰らずにいた経験があることからいまのサーティリアの私もあまり悲壮感は感じない。
まぁ、璃亜は家族なんていないから帰る必要性もなかったんだけど。
記憶から感じ取るにサーティリアはいつもこの屋敷の中で猫と過ごしていた。猫といっても日本でよくみた猫よりも瞳が宝石のように輝いていて、なんだか神々しい感じだ。
この世界では猫ではなく、フェーレースという魔獣だ。
サーティリアはサファイアのような瞳をもつ白色の長毛種のフェーレースにレーチェと名づけて可愛がっており、平凡に穏やかに暮らしている。
レーチェは窓際で日向ぼっこをしながらサーティリアを見守るかのように見つめている。
病弱な母親とはあまり話ができる機会もなく、他には使用人しかいない。
同世代の友人どころか館にいる人以外とは会うこともない生活のため、レーチェがいればそれでいいという感覚。
平坦な生活ではあるけど、幸せかどうかはなんともいえない。
まぁ、璃亜も似たような境遇だったからなんともいえないんだけど。
今日は木の枝で休んでいるレーチェを追いかけて木を登ろうとしたところ、すべって落ちたようだ。花の手入れをしていた庭師が音を聞きつけて助けてくれたあたりで或田璃亜としての人格とともに目覚めた。
幸い、怪我はなかったものの、その衝撃が前世の璃亜の記憶を呼び起こしたと思われる。
ちょっと記憶の混濁からのエラーで言葉がわからなかったが、いまは庭師のおじいさんが私になんて話しかけていた内容もわかる。
サーティリアは私であり、私はサーティリアのまま。
サーティリアに或田璃亜の記憶が足されたくらいで思って生きていけば、今後は記憶の混濁もなく、生きていけるだろう。
ただし、年齢相応だったサーティリアに異世界で生きた三十路の記憶であることがバレないように気をつけなくてはいけない。
たとえ!窓ガラスにうつる自分が黒髪ロングヘアのパッツン前髪のさらつやヘアな色白美幼女で将来的に理想のクールビューティに育ちそうだとしてもニヤニヤしてはいけない!
艶やかな黒髪に深紅の瞳がファンタジー感を醸し出していて、おそらく美女だらけ、そしてイケメンだらけの世界だと予想されても、決してニヤニヤしてはいけない!
なんていったって私はまだ8歳の美幼女なのだから!!!!
強い決意を胸に私はベッドから身を起こす。
「お嬢様、医師をお呼びしておりますのでそのまま横になってお待ちくださいませ。」と突然声をかけられる。
侍女が控えていたようだ。気配とかなかったんだけど。びっくりするんだけど?!
医師の診察をうけ、特に心配はないがあまり体力を使うようなことはせず大人しく過ごすこと、落ち着いたらお母様が心配しているのであとで顔を見せに行ってほしいといわれた。
ククリスは安心した表情を浮かべ、医師を見送っていた。
うん、ククリスはクールビューティなだけでサーティリアに無関心だとかそういうわけではなさそうだ。
「ククリス、心配かけてごめんね?」美幼女らしく上目遣いでククリスを見上げる。
ククリスは驚いた表情を浮かべると床に膝をつき、私と同じ視線になる。「いいえ、お嬢様が謝る必要はございません。私がお嬢様から離れたのがいけないのです。危ない目にあわせてしまい、申し訳ありません。」
「ククリスは悪くないわ。レーチェがいる場所でお茶をしたいという私のお願いをきいて準備をしに行ってくれていたのだもの。ちょっとした好奇心で木を登ろうとした私がいけなかったのよ。」
そう、ククリスは悪くない。
ついでにいえばレーチェが簡単に木に登るのをみて、できそうな気がした美幼女も悪くない。
可愛いは正義だから。
「お嬢様・・・。」
ククリスが心なしか涙目になっている。クールビューティにみえるけど、意外と可愛いところもあるのね。きゅんっ。
私はにっこり笑う。「もう大丈夫よ。お母様のお部屋に行きたいから準備を手伝ってくれる?」少し甘えた口調でいってみる。
「もちろんです、お嬢様。」ククリスはほんのりと笑顔を浮かべる。それはサーティリアの記憶にはないとても可愛い笑顔だった。