閑話:マリアンヌの憂愁
主人公が生まれる前のお母様視点のお話です。
ヴァンダイア国の王族の愛妾となり、世継ぎを生むこと。
それが私、マリアンヌ・モリスヴィットの生まれてきた意味。
もうだいぶ大きくなってきたお腹を撫でる。
「マリア様、ご気分が悪いのですか?」心配そうにエディが声をかけてくる。
「大丈夫よ。」そう言って微笑むとエディも微笑む。
出会った頃のエディとは似ても似つかない。髪をふたつに結んだ活発な少女がいまでは短く切りそろえ、美少年のような凛々しさだ。
いつも私を気遣ってくれるエディがずっとそばにいてくれるから私は正気を保っていられる。
自分は価値がある存在なのだと感じることができる。
モリスヴィット家はローハジェクティ公国の傍系公族で身分こそ立派であるが、華々しさとは遠い。社交には一切参加せず、女系の血を絶やさずに生きることが宿命とされている。
モリスヴィットの血をひく者はローハジェクティ公国にはいない銀髪に赤い瞳をしている。これは父親となるヴァンダイア王族の血だ。ヴァンダイア王族は銀髪に赤い瞳の者が多い。ごくたまに黒髪の者もいる。
父親といっても一度来て出産をしたあとにまた会いに来るというようなことはない。ただ、世継ぎのためだけの関係だ。
生まれたら子どもの髪と瞳の色を報告を受けるだけ。その報告を受けたら子供のために潤沢な養育費と豪華な品物を送ってくる。
ただ、それだけ。
モリスヴィット家に生まれた女当主は次代を産み育てるまで決して死ぬことはないのだ。これはもはや呪いだ。年をとらないし、美貌も失われない。
しかし、病弱な体は年を増すごとに苦しみを感じるようになる。
そのため、できるだけ早く世継ぎを産み、自分が望むタイミングで命を手放すことが幸せなのだ。
太陽に当たるだけで肌が荒れるなんて弱すぎる体。それはモリスヴィット家の者はみんなそうだ。だから屋敷はできるだけ陽の光が届かないように建てられている。
「森の牢獄って最初に聞いたのはいつだったかしら。」もう何十年もしかしたら何百年も昔だったかもしれない。
エディは気遣わしげに目を伏せ、「いまも牢獄だと思われますか?」と問いかける。
「ふふっ、エディのおかげで楽園だと思っているわ。」そういって窓の外の風景に目を向ける。
生まれてからずっと殺風景で荒れていた広大な庭がいまは薔薇や色とりどりの花で飾られている。エディが腕の良い庭師を探してきてくれたのだ。
「エディ、あなたがいてくれて本当によかったわ。この子は私のように寂しい思いをすることなく育ってほしいわ。」私はずっとずっと寂しかった。母は代わりの存在ができたことで許された死を望んだ。そのため、私はずっと一人だった。使用人はいても、それだけだ。心を許し、許される存在はエディと出会うまでずっといなかった。エディは私の気持ちが伝わったかのように優しく微笑む。
「私、この子のお祝いにヴァンダイア国から動物の赤ちゃんを贈ってもらうように頼んだの。長生きする動物をお願いしたのよ。私にとってのエディみたいに、一緒にいる存在ができたら寂しくないと思わない?それでね、三人と一匹でずっと楽しく暮らすの。エディとお母さんみたいに時々ケンカもする予定なのよ。」そういって笑う私に「そうですね」とエディットはいっそう優しく微笑む。私はエディに子供の名前の候補を一緒に決めた。最終的には産んで顔を合わせてから決めるのだ。
そうして穏やかに過ごしながら出産を迎えた。
「黒の・・・髪?それに瞳もとても深い紅だわ・・・。」私は我が子を初めてみたとき驚いた。モリスヴィット家の血筋は銀髪に淡い赤の瞳なのだ。正確には銀髪の子だけがモリスヴィット家として残される。ごくまれに生まれる白髪の子は養子として大公爵家に出される。もし、銀髪じゃなくても私は養子には出さず、手元で育てようと思っていた。
黒の髪は・・・ヴァンダイア国に王女として養子に出される。でもそれは数千年前に一度あっただけのことだ。「どうして・・・。」三人で楽しく暮らしたかっただけなのに。こんな森の奥で隠れるように暮らすよりも王女として養子に出た方が幸せになれるとは思う。でも・・・。
「マリア、手紙には銀髪だと書く。どうせ会いになんて来ないのだから言わなければわからない。」エディが私の目をじっと見て手を握る。
「・・・えぇ、そうね。いつか隠せなくなる時が来るだろうけれど。せめてこの子が私たちを覚えていられる年齢になるまでは手元で育てたいわ。」ちいさな存在をぎゅっと抱きしめる。
後日、ヴァンダイアに銀髪に赤い瞳の女の子が生まれたこと、名前はサーティリアと名付けたことを手紙に書いて送った。
しきたり通りの贈り物が届いた。その中には白の長毛のフェーレースが親子で贈られた。
一緒に贈られたドレスがこれまで贈られていた銀髪に合わせた色ではなくなっていた。黒髪に映える色合いのものばかりだ。少し違和感を覚えつつ、同封されたメッセージカードを開く。
カードには「独り立ちするまでは親と一緒に過ごすことが良いだろう。独り立ちができる年齢になったら迎えに行く。それまでしっかり育てるように。」と添えられていた。
「フェーレースのこと・・・よね?」まるでサーティリアが黒髪であることがすでに伝わっていて、然るべきタイミングで引き取るかのようなメッセージに感じてしまう。
そっとエディを覗き見ると珍しく険しい表情をしていた。
あぁ、この子はそう遠くない未来に私たちの元を巣立っていくんだと感じた。
願わくば、一緒にいられる時間が一日でも多くありますように。
そう思いながらそっと艶やかな黒髪を撫でる。
「・・・エディット、もしこの子がどこか遠く離れた場所に行くときでもついていけるような侍女を探しておいてちょうだい」私がそういうと「マリアンヌ様の仰せのとおりに。」とエディットは頷いてくれた。
「できれば、歳は違い方が良いわ。10歳前後の子がいればいいんだけど。」私にとってのエディのように信頼できる存在が見つかるように私は神に祈るのだった。




