閑話:クピディーダスの敬愛
2~3話の頃のクピディーダス視点のお話です。
オゼノービリス・バートリクス・ラミアレークス・イシュックウィーン。
それが私クピディーダス・デリウムの主の名であり、高貴なるヴァンダイア族の王の名だ。
ヴァンダイア族の王として君臨されてから300年ほどである。年齢は600年は過ぎていると思う。
頭脳明晰、眉目秀麗、称える言葉は一言では足りない。
私がお使えするようになってからは200年だが、その思いは増すばかりである。
ヴァンダイア族は人間の血液を主な食料として生きている。
特にローハジェクティ公国とは懇意にしており、公国設立の頃から友好な関係を築いている。
人間は脆く弱い。我らが魔力を供給することにより、国を維持している。そしてまた、ローハジェクティ公国からは血液が提供される。
我々ヴァンダイア族は対面した人間にとって理想的な顔になる。上属はほぼ理想通り、下属は再現度は劣るがその人間にとって好ましい程度の表現になる。そのため、我々が搾血する際は相手は陶酔するため、搾血は夢現な状態で実施されることになる。
ただし、我々は無差別に無限に搾取することは控えている紳士的な対応をしている。人間はあっという間に死ぬので、我々の思うように搾血すると国が滅ぶのだ。
これまで我々は不慮もしくは故意にいくつもの国を滅ぼすこともあった。そのため、人間たちも我らへの対策を行ったり、あるいは迫害をしたりと抵抗を試みる。そうはいっても弱小なる存在の人間どもにはなんの影響はない。しかし、我々も面倒は避けたいので、国が滅ぶのはもちろん、騒ぎにならないように細心の注意を払っている。
特にオゼノービリス様の時代になってからはその傾向はより高まっている。
だが、これは我が主が友好的で紳士的であるからというだけではない。
ローハジェクティ公国のとある一族からのみ族王にふさわしい伴侶が数百年に一度、生まれるからである。搾取する存在であると同時に守るべき存在でもあることが他国とローハジェクティ公国の大きな違いだといえる。
族王というのはヴァンダイア族で唯一他者からの血液がなくとも生きていけるもっとも高貴かつ孤高な存在である。
その特別な血ゆえに、同族であるヴァンダイア族とは子を成すことができない。
下属のヴァンダイアであれば人間との混血児を生むこともできるが族王ともなると最も高位な上属であることからただの人間とも子を成すことはできない。
唯一の例外であるローハジェクティ公国のモリスヴィット家とのみ子を成すことができるのだ。
また、我が主が唯一搾血できる相手に成りうる存在である。
ただの人間であるのに許せない。
ヴァンダイアは搾血により身体をつくる。その搾血を必要としない高貴で孤高な存在である我が主が唯一交わる存在が人間の存在は私をひどく苛立たせる。
ヴァンダイアにはそもそも性別に固定化された概念はない。
人間は女か男で固定され、役割が分担されるようだ。不便この上ない。
しかし、ヴァンダイア族は性別は流動的である。搾血する際に男性の血を吸えば男性としての機能を有し、女性の血を吸えば女性としての機能を有する。
ただし、成人してからの性別変更をする際には大量の血液、つまり大量の人間の死が必要となるので、あまり推奨はされていない。乳幼児の血液であれば青年期や壮年期の人間より適しているとのことらしいが私には興味がない。
少年期にどちらの性別を選ぶかを決めたあとは大抵はあとから変更などはしないのだから。
唯一、族王のみが例外なのである。
族王は生まれたときから男性として生まれ、他者の血液供給を必要としない。その高貴なる血を守るために他者の血液に対して拒否反応が起こるのだ。
ヴァンダイア同士でも血液交換は行うことがある。甘美で陶酔する瞬間は心地いいものである。搾血の際はスムーズに血液が馴染むように自身の体液を送り込む。それを繰り返すうちに統一感がうまれ、自分に馴染む味となるのだ。
その後、子を成すと互いの魔力が融合している状態であるため、高度な能力を持った子が生まれやすい。
オゼノービリス様が族王でさえなければ、私も女性に転化して甘美で陶酔する時間を過ごしたのち子を成すのだが、それは夢であり幻想の中でしか実現できないものだ。
唯一実現できるのがモリスヴィット家の人間ということが心底不愉快である。
人間に対しても同様に行うが、搾血する際は一方的にヴァンダイアに馴染むような構造の変化が起きる。つまり、搾血の対象者は徐々に人間ではなくなるのだ。
純血のヴァンダイアと比べると寿命は半分にもならないが、人間と比べると数倍に伸びる。
ただし、人間は見た目はどうであれ生まれてから50年もすぎれば搾血してもエネルギーに変換されなくなる。つまり、寿命が縮むのだ。搾血の意味がなくなる。そのため、ヴァンダイア族は特定の人間との搾血を避ける。
できるだけ多くの人間から致死量にあたらない搾血をすることが望ましい。
そのため、下属はともかくとして、上属は多数の人間を飼っていることも多い。
人間でいうところの10歳~20歳程度の血液はもっともエネルギーに変換しやすいため、孤児院と称して飼っているものが多い。
孤児院であればうっかり搾血しすぎて死亡しても問題にはならないため、便利だそうだ。
また、サナトリウムなどを作って搾血するものもいる。若すぎる味は好まない者は幅広い年齢が集まるサナトリウムが便利なようだ。
施設にしておくことで食事内容も管理できて、好ましい味が作れると上属にとっての嗜みとなっている。
ローハジェクティ公国はそういった上属の嗜みがしやすい国である。
他国からみれば孤児も病者も老人も手厚く保護されていると評判のようである。人間とは面白い。
いっそモリスヴィットも孤児院にでも放り込んでやればいいという思いもあるが、我が主のためにもただの上属どもと同等の扱いをした下等な人間を捧げることも不快である。
そもそもモリスヴィット家は公国の中でも鬱蒼と生い茂る森の奥にひっそりとした館で暮らしており、下界とは隔離されているので同じようなものだと理解することにした。
先日、モリスヴィット家に族王の伴侶となる特徴を持った長女が誕生したとの報告があった。
艶やかな黒髪に真紅の瞳をもつ少女だ。
子の母が生まれたときは銀髪に淡いピンクの瞳だったため、族王の伴侶ではないと安心したのだがつい昨日のように思う。
ローハジェクティ公国の人間のほとんどはブラウン系の髪と瞳をもつ。
公族はヴァンダイアの下属に多いブロンドだ。
銀髪の子はモリスヴィット家に限らず公族に数百年に一度生まれる。その銀髪の子はモリスヴィット家に入ることになっている。銀髪は族王の子を生む可能性が非常に高い。
そのため、銀髪の子が生まれたときいたときに多少の心構えはしたつもりだ。ただ、必ず族王の伴侶が生まれるというわけではないので、できるだけ生まれないよう陰ながら祈ったのであるが叶わなかった。
ヴァンダイア族王のみがもつ黒髪に真紅の瞳という特徴を兼ね揃えた人間。
名はサーティリアというらしい。
そろそろ10歳になるので、家庭教師として私が赴任することになった。
我が主の寵愛を生まれながらに約束されている忌々しい存在ではあるが、唯一主との子を成すことができる代えがない存在である。
先日顔を合わせたときはただの人間の子どもという印象であった。
特別な存在とは思えない。
我が主に相応しい血液を提供し、子を成せるようしっかり教育せねばなるまい。
主から離れる苦悩の分はサーティリアとやらに役立ってもらおう。
決意を新たに私はローハジェクティ公国に向かうのであった。