閑話:レナーツィアの所望
レナーツィア視点です。
お兄様の妃になる存在として迎えられたリアお姉さま。
成人と同時にお兄様と婚姻をする予定になっている。
ヴァンダイアの王と女王にのみ許される漆黒の髪色に紅の瞳。
とても美しくて、感嘆のため息がでる。
漆黒の髪はすべてのヴァンダイアの畏怖をあらわす色。
私はヴァンダイアの王族として生まれたにも関わらず、ひ弱な存在。
ヴァンダイアは黒を頂点に銀、白、そして灰色の髪色が多い。
瞳は紅が濃いほどに力の強さをあらわす。
私は白髪で、淡すぎる赤の瞳はもはや桃色といって差し支えない。
私にあう血液がなく、このまま衰弱して消滅するのだろうと受け入れていた。
しかし、リアお姉さまが素晴らしい血液を供給してくれたことにより一命を取り留めた。
この身はリアお姉さまに捧げると思うまで時間はかからなかった。
リアお姉様は慈しみの心を持っている。
私はひ弱な存在で一族に必要とされていなかった。
お兄様にお姉さまの紹介をされたときは本当に驚いた。
まさかお兄様が私のことを認識しているとは思わなかったのだ。
リアお姉さまが打算のない笑顔を私に向けてくれるたびに心が温かくなる。
初めての感情だけど、とても心地の良い感情だ。
リアお姉さまの血液を搾血するとき、私は天に召されるような心地になる。
お兄様によればリアお姉さまの血は味が濃くて苦味が強いらしい。
私にとってはどんな食事よりも美味しく感じるので、私はきっとリアお姉さまと相性が良いのだと思う。
リアお姉さまはいつも私を気にかけてくれている。
他人が髪を結ってくれたのはリアお姉さまが初めてだ。
誰も私の髪を触りたがらないので自分で見よう見まねで結ぶしかなかった。
でも、いつもうまくできなくて髪を梳かすだけだった。
リアお姉様は私の髪を触ってくれるだけでなく、触り心地を褒めてくれる。
「レーナの髪はまるでシルクのようだわ。もし、レーナの髪で絹を織れば、世界で一番美しい布ができあがるわね。」そういってお姉さまが笑う。
「わたくしの髪でよければ喜んでお姉さまに差し上げますわ。」思い切って言うとお姉様は恥ずかしそうに頬を染めて笑う。気持ちが伝わったようで嬉しい。
早速髪を切ろうとしたところ、お姉さまがあわてて止める。
「どうして止めるのですか?わたくしはこの髪を捧げて、お兄様のような立派な男性になりたいのです。」私が訴えるとお姉様は困ったように笑う。
「レーナはそのままが一番だからそのままでいてほしいわ!」お姉様が鋏を握る私の手をぎゅっと握り締める。
「・・・お姉さまがそう仰るならそういたしますわ。」私は仕方なく鋏を置いた。
髪を切るのはまだ少し先伸ばししても支障はないと判断することにした。
私もリアお姉さまの髪を梳かしたいと伝えたところ、とても嬉しそうに笑ってくれた。
お姉さまの髪はとても艶やかでずっとずっと触っていたいと思う。
(お姉さまは私に髪を捧げてほしいと言って、私も捧げると誓ったのに、どうしてかしら・・・?)髪を捧げる、という言葉は女性のヴァンダイアが同じく女性のヴァンダイアに求婚するときの定番のプロポーズなのに。ヴァンダイアの性別は流動的だが、子を持つとなれば男性と女性となる必要がある。
そうなると男性となる側が髪を切って女性から離脱する必要がある。ヴァンダイアは幼年期にどちらの性にするか決めて、搾血を計画的にする。パートナー探しは幼年期から少年期までに行い、同性であった場合はどちらかが性を変更するのだ。中には変更せずに子をもたない、もしくは血がつながらない子を迎えるカップルもいるが、王族となれば血筋を守ることが第一であるためその選択をとることはできない。
わたくしは体が弱く、子を生むことは難しいので身体的負担は少ない男性になってお姉さまと結ばれるなら素晴らしいと思うのだけれど・・・。
いずれにしろ、私はまだ幼年期で、しばらくはお姉さまの搾血に頼ることになる。お姉様が望むのであればしばらくはこのままの姿でいることにしよう。
美しく優しい、リアお姉さま・・・。
リアお姉さまはおそらくご存知ないでしょうけれど、本来のヴァンダイアの頂点に君臨するのはお兄様ではなく、お姉さまなのです。
私たちはヴァンダイアの王族ではあるけれど、モリスヴィット家に千年に一度生まれる本来の王を守るための影の王族なのです。
本来の王が君臨させるために代理の王座を守る存在。
それがわたくしたち一族の努めなのです。
でも、これはヴァンダイアの族王となったときにしか知らされないこと。
そう、わたくしは知らないはずのことなのです。
リアお姉様が成人したら、玉座につかれることでしょう。
そのとき、支えるのは私でありたい・・・。
「レーナ?どうかしたの?」お姉さまの麗しい声が響く。
「・・・あら。わたくしとしたことが。リアお姉さまの髪の触り心地に夢中になってしまいましたわ。」本当に素晴らしいこと、そういって艶やかな髪を撫でる。
「ふふふ、レーナの髪の触り心地には適わないわ」そういって美しく笑う。
リアお姉さま、リアお姉さま、リアお姉さま!!!!
私の髪の触り心地はリアお姉さましか知らないのです。
私はお姉さまだけがいれば良いのです。
お姉さましか知らないなんて、なんて甘美な響きなのでしょうか。
「リアお姉さま、レーナの髪でよければご自分の髪だと思ってお触り下さいませ」そう言ってにっこり笑うとお姉さまも嬉しそうに笑ってくれる。
(あぁ、リアお姉さま。リアお姉さまはそのままが一番ですわ。)
リアお姉から離れることが名残惜しくて、漆黒の艶髪に指を絡ませるのだった。