Apokaripusu~終末の世界で~
初短編に挑戦しました。
人類が世界を席巻して数十世紀―――。人類はあらゆる場所を住処にし、多種多様な文明と文化を築き上げ、地球上を文字通り王様のように我が物顔で支配した。
だがある日、そんな人類の絶対王国時代は唐突に終わりを告げた。
それは限度を超えた地球温暖化による異常気象や、恐竜の絶滅を招いたのと同等の超巨大隕石衝突の様な大規模なものではなく、どこにでもいるようなたった一人の少女によってもたらされた。
人類を恐怖のどん底に突き落とした少女の名は、『逢魔 朔』。始祖の血を引いた吸血鬼だ。
彼女は突如として世に顕現し、周辺にいた人々を次々と襲い、吸血鬼に変えていった。
その後の展開はとても早かった。吸血鬼となった人々は本能のままに人の血を求めて別の人に襲い掛かり、血を吸われた人は吸血鬼へと姿を変え、また別の人を襲う。そして新しく生まれた吸血鬼はまた別の人を襲い、新しい吸血鬼が増え、その吸血鬼も人を襲う―――。そうしてねずみ算式に増えていく吸血鬼の波が世界中に広がるまで、そう時間はかからなかった。
その様はかつて人類に猛威を振るったペストウイルスのようで、人類が対策を講じようとした時には既に手遅れであった。
“ヴァンパイア・ハザード”と呼ばれたこの災害で、人類は滅亡した……。
◆ ◆
「……今日は、月がよく見えるわね」
金持ちが集まるビル群の中でも一際高く聳え立つ高層タワーの頂上で、明るく煌めく星々の海で圧倒的な存在感を放つ大きな満月を眺め、少女はそう呟いた。
星空を転写した様にきらきらと輝くダークシルバーの長い髪、宝石のように透明度の高い深紅の瞳、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだバランスの取れた美しい体のスタイル、雪のように純白の肌。見る者を惑わせること請け合いの見た目をしたその少女こそ、人類の歴史にトドメを刺した恐ろしくも優美な吸血鬼『逢魔 朔』その人であった。
朔が見上げた今日の夜空は、雲ひとつない晴天で空気も澄んでおり、天体観測には絶好のコンディションだった。更に周辺のビル群から星々を掻き消す人工的な明かりが排出されていなかったことが、今日の満点の星空に得点を大量加算する結果を生んでいた。
朔はしばらくボーッとした様子で夜空のイルミネーションを眺めていた。余計なことを考えないように心を無にして、ただただ頭上に広がる無限の絶景とその身を同化していく……、そんな感覚に朔は酔いしれていた。
『―――ここにいたのか、朔』
そんな朔を現実に引き戻す無慈悲な声が、背後から投下された。
楽しみを邪魔された朔は思いっきり頬を膨らませた膨れっ面を作って振り返り、背後に現れた声の主を鋭い目で睨み付け、無言で抗議の意思を示した。
『おいおい……、楽しみを邪魔したのは悪かったから、そんな怖い顔で睨むなよ』
そう言って素直に謝ったのは、全身の毛は夜空のような漆黒で、満月のように金色の大きな丸い目、鋭く並んだ牙、無駄のない筋肉質などっしりとした体格をした、体長3メートルほどの人語を喋る巨大な狼だった。
「……ダイアの馬鹿」
ダイアと呼ばれた狼は素直に謝ったが、朔の機嫌はまだ斜めのようだった。
『悪かったって、……ほら、俺を存分にもふもふしていいから、機嫌治せって!』
ダイアはそう言って、朔の隣に腰を下ろす。
朔は無言でそんなダイアを睨んでいたが、しばらくしてから吹っ切れたようにダイアの体に倒れ込むようにダイブした。
「…………」
朔はダイアのふんわりした漆黒の毛に顔を埋めて抱きつく。終始無言であったが、顔をグリグリして押し付けたり、毛並みを撫でて感触を堪能している様子から、機嫌が治ってきたのは明らかだった。
それからしばらくの間、十分にもふもふを堪能した朔は、満足そうな表情で起き上がった。
「……もふもふ最高…!」
『……そりゃよかった』
一度起き上がった朔だが、再びダイアの体に倒れ込むと、今度は仰向けになって、ダイアの体を枕代わりにする。
『おい朔、もう満足しただろう……?』
「……もう少しだけ、こうしていたい……」
朔は星空を目に写しながら、小さくそう呟いた。
その様子を見たダイアは諦めた様子でため息を吐くと、朔と同じように星空を眺めた。
「……綺麗ね、ダイア」
『ああ……、そうだな』
二人して月を眺めてもそんなありきたりな感想しか浮かんでこなかったが、それでよかった。何故ならその言葉で十分な程に今日の夜空は美しかったからだ。
「…………」
『……まだ、あの事を後悔してるのか?』
朔の顔を見つめて、ダイアが突然そう言った。
「ダイアはいつもそうやって、私の心を無断で覗いてくるのね……」
『覗くも何も……、顔にそう書いてある』
「……後悔はしてるわ。あの時、私がこの力に飲まれず理性を保てていたなら……ってね」
朔は頂上の端に移動すると、眼下に広がるビル群を見下ろす。都会の街並みではあるのだが、そこには不自然なことに明かりが一つも灯っていない。建物にも、縦横無尽に都会を走り回る道路の街灯にも、建物の上や横に大量に設置された興味を引かれる広告の看板にも、その他の小さな光源にさせ、何一つとして電気が通っている様子はなかった。
「見て、ダイア。ここはこの国の首都でね、私たちの想像を越えた超がいくつも付く大金持ちの人達が沢山暮らしていたそうよ。世界の最新技術、流行の最先端が集まり、革新的イノベーションが降り注ぐ近未来都市って触れ込みは、私達が暮らしていた町でも有名だったわね。
……それが今ではこの有り様よ。近未来的な光なんて何処にもないし、権力の象徴だった建物は自然に侵食されて既に廃墟同然。今、私達が見てる文明の痕跡もあと何年残るか解らないわ……」
そう語って天を仰ぐ朔の表情は憂いに満ちており、身体の力は抜けて脱力していた。
「これも全部私の所為、私が力を抑えられなかったから……人類は滅亡した…」
『…………』
『朔の所為じゃない』。そう言いかけたダイアはその言葉を飲み込んだ。何故ならそんな言葉では、朔の心の傷を癒すことも慰めることも出来ず、無意味だと分かっていたからだ。
かつて、世界中の国々、特に大国の殆どが力を入れて秘密裏に共同でおこなっていた研究があった。
その名は、『新人類計画』。通称“NHP”と呼ばれた研究だ。その目的は、伝説や伝承に名を連ねる怪物達の遺伝子を組み込んだ、人工的な新人類を作り出すというものだ。
朔はその研究の被験者の一人だった。朔の身体は吸血鬼の遺伝子と高い親和性があり、『始祖の血』と呼ばれた極限まで純度の高い吸血鬼の血を注入する実験が行われた。その実験は無事に成功し、朔は吸血鬼として生まれ変わることとなった。
……しかし、そこで誤算が生じた。始祖の血の強烈な本能を抑え込むには、朔の精神はあまりにも幼過ぎたのだ。吸血鬼の力が暴走した朔は研究員に襲いかかり、研究施設を破壊。こうして、人類が滅びる切っ掛けになった“ヴァンパイア・ハザード”は引き起こされたのだ。
経緯をみれば、幼い朔にそんな非人道的な実験を行った研究機関が全ての元凶なのだが、結果から言えば、朔の暴走が全ての引き金を引いたことに変わりなく、朔は未だに未熟だった過去の自分に責任と罪の意識を感じているのだ。
『朔は……、罪を償いたいのか?』
ダイアのその質問に、朔は直ぐに首を横に振って答えた。
「ううん、そういう訳じゃないの。私はただ……この罪の意識を忘れないようにしたいだけ」
「それに、罪を償おうにも、償える人はもういないもん……」と朔は小さな声でそう付け加えて、悲しげな表情をする。
その顔を見たダイアには、それ以上何も言うことができなかった。
「……」
『……』
しばらくの間、沈黙が二人の空間を支配した。穏やかに流れる夜風の音が丁度いい感じのBGMとなって、暗くなった雰囲気をどこか遠くへと運んで行くようだった。
「……さて、そろそろ行きましょうか」
空気が落ち着いた頃合いを見計らって、朔は唐突にそう告げる。
『もう行くのか?』
「ええ、ここには誰もいなかったんでしょう?」
『よく分かったな』
「ダイアが戻って来た時の雰囲気で大体、ね……」
朔のその言葉を聞いて納得したダイアは体を起こすと朔の横に立ち、朔は軽くジャンプしてダイアの背中に跨った。
『それで、次はどこに行きますか?お客さん?』
「そうね……、もっと西に、ずーっと西に行ってみたいわ」
『了解だ。落ちないように気を付けろよ』
そう言うとダイアはビルの頂上からタッと跳躍し、ビルとビルの壁を壁ジャンプの要領でジグザグに蹴って落下速度をコントロールし、着地の衝撃を極限まで少なくして地面に降り立った。
そして二人は予定通り西に向かって移動を開始し、夜の闇の中へと消えて行った。
新人類計画:通称“NHP”。伝承に伝わるモンスターの遺伝子を使い、新しい人類を創造することを目的とした計画。この計画には多数の大国が関わっていたが、とある事件により研究施設及び、研究員が全滅。その後に起きた“ヴァンパイア・ハザード”により人類が全滅し、計画も歴史の闇に葬られた。
逢魔朔:NHPの実験で始祖の吸血鬼となった少女。吸血鬼へとその身を変えたとき、力が暴走して実験施設を破壊。周りにいた研究員に次々と襲い掛かり、吸血鬼に変えていった。
十分な血を得て正気を取り戻したのは、増えた吸血鬼達による“ヴァンパイア・ハザード”により人類が全滅しかける直前だった。
食事は生物の血のみ受け付ける。生物であれば何でもいいが、最近一番美味しいと感じているのはダイアの血らしい。
大神ダイア:NHPの実験で人狼となった少年。朔の幼馴染み。朔による破壊活動の隙をついて実験施設から逃亡。その後しばらく放浪してた後、正気を取り戻した朔と再開する。それからは二人で各地を巡る旅に出た。人と狼のどちらにも自由に姿を変化させることができる。