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 西の砂漠の果てにあるオアシス都市、ブスラ。魔術学園の権威も、聖王国の威光も届かない、辺境の野蛮な土地。かろうじて、大陸で最も信者の多いオスカ教の神殿だけが、小規模ながらも存在している。

 そのブスラは今、湧きに湧いていた。

 

 あと数日で3年に一度の武術大会が開催されるのだ。


 近郊の町や都市から、ある者は力試しに、ある者は見物に、ぞくぞくと人が集まって来ている。

 おかげでどの宿も盛況で、夜の帳が下りた今や、血気盛んな猛者どもが酒を片手に大いに盛り上がっていた。


 そんな宿の一つ『砂流の休息亭』は、大通りから横道に少し入ったところにある中規模の宿だ。

 良心的な値段で清潔な部屋に泊まれるだけでなく、一階にある食堂では美味しい食事と酒が楽しめるとあって、人気な宿だった。


 とはいえ、この時期は、よほどの高級宿でない限り、押し寄せた荒くれ者たちがいたるところで引き起こす揉め事から逃れることはできない。『砂流の休息亭』もまたしかり。

 まだ日の高い時間から飲み始めた男たちが夕食どきには完全にできあがり、ほかの客に絡み始めたのだ。


「おい、そこのガキ。さっき大会の受付にいただろう。お前、まさか、武術大会に参加する気じゃないだろうなぁ? うぃっ」

明らかに酔っ払った巨漢が、カウンターに座る小柄な人物に目が止まったのか、イチャモンをつけ始めた。

「お前みたいなガキは、すぐにオレ様が沈めてやる! うぃっ! 無様な姿を晒すのが嫌なら、尻尾を巻いて逃げ帰るんだな。うぃっ!」

 フード姿の人物は食事の手を止め、自分に絡んできた大男を一瞥した。食事中だというのに深くかぶったままのフードのせいで、表情は伺い知れない。しかし、すぐに酔っ払いを無視することにしたのか、そのまま食事を再開する。

 それを見た大男は逆上した。

 赤い顔をさらに赤くし、憤怒の表情を浮かべると、テーブルの上に並ぶ食べかけの皿類を手ではたき落した。

 食堂に響き渡る食器の割れる音。そこに怒鳴り声がかぶさった。

「テメェ、無視すんじゃねーぞ!!」

 喧騒がやみ、緊張が店内を包んだ。

 ほかの客も従業員も何事かと息をのんで、酔っ払いとその視線の先の人物に視線を注いでいる。

 大男はゆっくり立ち上がり、カウンター席に向かって歩きはじめた。片手をぐるぐると回し、握りこぶしを鳴らしている。

 フード姿の人物は、やれやれ仕方ないとばかりにスプーンを置いて懐から小銭を取りだした。それから、近くにいた従業員の娘に声をかけ、皿の横にチャリンと小銭をおいた。

フードの人物が立ち去ろうとしているのに気がついた大男は、逃すものかと最後の数歩を一気につめた。周囲が驚くようは素早い動きだった。振り上げた拳が、小柄な人物の後頭部をめざして振り下ろされる。


「ありゃ、死ぬぞ」


 カイルは果実酒の入ったグラスを回す手を止め、呟いた。しばらく前に食堂に入ってきた小さなフード姿がなぜか目に留まり、見るとはなしにその姿を目で追っていたのだ。


 成人間近の子どもの一人旅だろうか。

 先ほど聞こえたように武術大会に参加するのならば、近隣の村から単身力試しにやってきた子どもとも考えられる。

 カイルの目には、少年が目立たない振る舞いを心掛けているようにも見えたが、かぶったままのフードが逆に人目をひく結果になってしまったようだ。

 喧嘩やイザコザに慣れている今夜の客も、見るからに一方的な暴力の予感に眉をひそめ、必要なら加勢しようとその機を伺っていた。

 面倒ごとが嫌いなカイルは自ら助けに行く気は毛頭なかったが、なにかが気にかかるような気がして、視線をそらさずにいた。


 酔っ払った大男の動きは、この場にいる誰もの予想を上回る素早さだった。


 十数歩はあった距離が一瞬のうちに縮まり、硬く握り締めた拳がフードめがけて振り下ろされる。

 無防備な小柄な身体が崩れ落ちるところを想像して、カイルは片目を細めた。

 しかし、次の瞬間、その予想は大きく裏切られる。


 宙を舞っていたのは大男の巨体だったからだ。


 フードの人物は、背後から襲ってくる巨体に自ら体を寄せたかと思うと、振り出された拳を両手でひねりあげ、なんらかの体術を用いて身体ごと投げ飛ばしたように見えた。


 カイルの口がポカンと開く。その直後、ドサッという音と振動とともに、巨体が床に叩きつけられた。


 衝撃で気を失ったのか、大男は四肢を伸ばしたまま動く様子をみせない。まさか、と思って胸を見れば、かすかに上下している。死んしまったわけではいないらしい。

 あっけに取られたような静寂がその場を包み込んだ。


ハラッ。


 そのとき、フードの人物の頭から、見事な金髪がこぼれ落ちた。動いたひょうしに顔を覆っていたフードが外れたのだ。

 現れたのは、あどけなさを残したまだ若い娘の顔。

 白い肌に金髪という組み合わせは、この辺りでは滅多に生まれない。どこか遠くからやってきた旅人に違いなかった。


「女の子だったのか」


 化粧っ気など全くなく、砂漠の気候で髪も肌も傷んでいる風だったが、結構な美少女だった。よく見ると、薄い緑の瞳が神秘的ですらある。


 あれは、将来化けるぞ。


 職業柄、美しい女性には見慣れているカイルが、柄にもなく目を見張った。


 それまで息を詰めていた人々からも、どよめきが広がり、一瞬の間をおいて拍手と歓声がどこからともなくわき起こった。ピューッっという口笛も続く。

「いいぞー、ねーちゃん。かっこいーぞ!」

「スカッとした。よくやった」

「惚れたぜ!」


 少女は突然の歓声に、少しだけ驚いた様子を見せたが、その後は落ち着いた様子で従業員に声をかけた。

 おそらく気を失った大男の処遇を相談したのだろう。そして、声援に応えるように片手を上げ、そのまま宿泊客用の部屋へと続く階段を上っていった。


 床の上では、まだ男が伸びている。どうやら、起きるまでこのままにしておくらしい。


「へぇ。おもしろいもの見ちゃったな」

カイルは呟いた。

「この町での用事は済んだけど、もうちょっとここに滞在するのもいいかもしれない」

 唇をニヤッとさせる。

 今の動きは、とてもじゃないが普通の動きではなかった。訓練された、しかも体系だった体術を長期間学んだ者しか得られないものだ。

 しかも、あの若さでそれだけの訓練を積むような境遇の人間が、こんな僻地にいるとは!


 賭けてもいい。訳ありだ。

 いったいどんな理由があるのだろう。


「それに結構好みの顔だったし」


 めったに刺激されない好奇心がむくむくと湧き上がるのを感じて、そしてその心地よさにカイルは一人微笑んだ。

「さあて、こんな田舎の武術大会だけど、面白くなりそうだ」

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