第三十三話 破壊の起源⑤
竜也くんに病院に連れて行かれ、私は体の至る所にある痣や切り傷を調べられ、骨折しているかもしれない箇所はレントゲンまで撮られた。
その結果、肋骨と頬骨に少しひびが入っていることがわかった。
お医者さんに『よくその痛みに耐えられていたね』と言われてしまったが、痛いのが当たり前の私にとっては、このくらいの怪我はいつも通りだった。
そして、私が診察や検査をして貰っている間に、竜也くんのお母さんが警察に通報してしまったようだ。
病院の待合室で軽い事情聴取をされ、私は今までのことと父親が連れて行かれたことを素直に説明した。
警察は、私の怪我が落ち着いたらまた話を聞きに来ると言って、帰っていった。
それから、私は竜也の家に招待された。
「これから美保ちゃんがどうなるかはわからないけど、目処が立つまではとりあえず我が家にいると良いわ」
「あ、ありがとうございます……」
お世話になるのは嫌だったけど……それ以上にあの家に戻りたくなかった私は、素直にお世話になることにした。
「いえいえ。今日は夕飯を作っている暇もないから、ピザを頼むわよ!」
「やったー。それじゃあ、スマホで注文するか。中倉さん、何か食べたいものある?」
「え、えっと……私、そういうの……食べたことなくて……ごめんなさい」
ピザ以前に、私は家で何かを食べることがなかったから、ピザがどんなものくらいしか知らなかった。
「それじゃあ、色々と種類が載っているやつにするか。それで、今日中倉さんが気に入ったやつを次は多めに頼もう」
「……う、うん」
次は、と言われてモヤモヤとした気持ちになるが、もう遅くまで検査されて疲れている私は、結局言葉が思い浮かばずに頷くだけになってしまった。
「もう。美保ちゃんでしょ。どうして私の方が先に下の名前で呼んでいるのよ」
「べ、べつに私は……」
むしろ、名前で呼ばれるのは恥ずかしいからやめてほしい。
「ごめん。そうだよね。えっと……美保。これで良いか?」
しかし、私の気持ちなど届くはずもなく、竜也くんは照れながらも私の名前を呼んでしまった。
「うん。凄くイイ!」
「母さんに聞いてないわ!」
「ただいまー」
「お、お邪魔します……」
初めてはいる他人の家に、私は緊張しながら靴を脱いで家に上がらせて貰った。
「おかえり。大丈夫だった?」
奥からそんな声がして奥から出てきたのは、竜也くんのお父さんらしき人だった。
「大丈夫……ではなかったわね。見た目よりも大怪我だったわ。お医者さんが言うには、蓄積されたダメージが大きいみたい」
「そうか……大変だったな。あ、美保ちゃん、はじめまして。とにかく命があって良かった。さっき、ピザを頼んでおいたから、もうすぐ届くはずだ」
「は、はじめまして……」
「え!? 頼んだのだったら言ってよ! さっき、拓也に注文させちゃったじゃない!」
「竜也も頼んだの? それはすまなかった。まあ、頼んでしまったものは仕方ない。拓也、今日は腹一杯食べるんだぞ」
「俺が頑張るの?!」
「そりゃあそうだろ。父さんはもう歳で脂っこい物はたくさん食べられない。お前がLサイズ二枚食べないでどうする!」
「L!? 父さん、Lで頼んだの?」
「そりゃあ、いつもより人が多いんだ。大きくしたくなるだろ?」
「どうするんだよ……。もう、大食いの姉ちゃんはいないんだぞ?」
「大丈夫だ。お前にもその才能はある。たくさん食わないと強くなれないぞ!」
「はあ、わかったよ。余った分は、明日の朝食べるか……」
竜也くんはお父さんととても楽しそうに話していた。
どうして同じ父親なのに……こんなにも違うのだろう?
私もこんな家族が欲しかった……。
それからしばらくして、インターホンが鳴り、竜也くんのお父さんがピザを受け取りって帰ってきた。
「見てくれ。ピザが一気に四枚も届いたぞ!」
「もうその光景を見ただけでお腹がいっぱいになったわ」
竜也くんはそんなことを言うが、箱から漏れ出てくる匂いに、私は忘れていた食欲が強く主張し始めた。
こんな美味しそうな匂い、初めて嗅いだかも……。
それから、すぐにピザが食卓に並べられ、私たちは席に着いた。
「おお。でも、奇跡的にピザの種類が被ってないぞ。竜也、俺たち気持ちが通じ合っているな」
「いや、通じ合っていたら同じ物を選んじゃうんじゃないか?」
「ははは。確かにな。それじゃあ、いただきます」
「
「いただきます」」
「い、いただきます……」
三人が手を合わせるのを見て、私も真似るように手を合わせた。
そして、それぞれがピザに手を伸ばし始めた。
「美保。どれから食べたい?」
「えっと……竜也くんが選んで」
私は、どれがどんなものなのかもわからないので、竜也くんに任せることにした。
「わかった。それじゃあ、最初は王道のマルゲリータにしてみよう」
そう言って、竜也くんが私のお皿に乗せてくれたのは、何も具が乗ってないチーズだけのピザだった。
それを恐る恐る……私は口に入れた。
「……美味しいか?」
「うん。美味しい……あれ?」
気がついたら私は涙を流していた。あ、あれ? どうして?
美味しいはずなのに……。
「だ、大丈夫?」
「美保ちゃん、ずっと泣くのを我慢していたのよ。あれだけ傷だらけなのに、泣かない方がおかしいわ」
「そうだな。ほら竜也、お前の役目だ。胸を貸してやれ」
「わ、わかっった。美保……辛かったな。もう大丈夫だよ」
お父さんたちに言われて、竜也くんが私を抱きしめてくれると、いよいよ涙だけじゃなく声まで出して泣いてしまった。
「う、うう……えぐ、竜也くん、竜也くんのお父さんとお母さん、ありがとう」
「別に気にするなって」
「そうそう」
「う、うう……」
しばらく泣いた。
竜也くんの胸がびっしょになるほど泣いた。
「落ち着いた?」
「うん。ありがとう」
たくさん泣くと、なんだか気持ちがすっきりして、いつもよりちゃんと声が出せるようになっていた。
「どういたしまて。それじゃあ、少し冷めちゃったけどピザを食べようか。次、何か食べたいのある?」
「えっと……あのお肉が乗っているピザを取って貰える?」
もう、お腹が空いて仕方がない私は、少し遠慮しないで食べてみたい物を頼んでみることにした。
「了解」
「ありがとう」
竜也くんから受け取ると、すぐにそのピザを口に入れていく。
美味しい。美味しくてほっぺたが落ちそうになるって言葉が今まで理解できなかったけど、やっと理解できた。今まさに私のほっぺたは落ちてしまいそうだ。
「おお。良い食いっぷりだ。よっぽどお腹を空かしていたんだな」
「美保を見ていたら俺もお腹が空いてきた。俺も食べようっと」
「お前は最低一枚が今日のノルマだからな!」
「わ、わかってるよ」
「ふう。腹一杯」
「案外、四枚とも食べれてしまったな」
一時間ほどかけ、四枚のピザが全てなくなってしまった。
「ほとんど美保ちゃんが食べたんだけどね」
「まさか、俺より食べるとは……」
「す、すみません……」
恥ずかしいことに……竜也くんが一枚食べたのに対して、私は一枚半も食べてしまった。
だ、だって、食べ終わると竜也くんがすぐ次のピザを渡してくるんだもん……。
「別に怒っているわけじゃないわよ。たくさん食べることができて凄いねって話」
「そうそう。まあ、うちには大食いモンスターがいたからそこまで驚かないけど」
「そういえば、姉ちゃんにさっきピザ四枚の写真を送ったらめっちゃ怒ってたよ」
「ハハハ。そりゃあそうだろうな」
「ふふふ。それじゃあ、美保ちゃんからお風呂に入っちゃいなさい。あ、その傷だとお風呂は厳しいかな?」
「お医者さんにはなんて言われたの?」
「お風呂には特に……」
薬のこととかしか、言われなかったと思う。
「それじゃあ、ちゃんと洗った方が良いのかもしれないな。傷口にバイ菌が入っても良くないし、無理のない程度に洗ってくるといい」
「あ、ありがとうございます」





