第三十二話 破壊の起源④
父親と男たちがいなくなった部屋には、ゴミと私だけが残った。
「……」
もう、涙も流れてこなかった。
父親が連れて行かれてしまったのを悲しんだら良いのか、喜んだら良いのかわからなかった。
でも……この父親のいない空間に、少し安心感を覚えてしまった。
そして、足の力が抜け、ずるずると壁によりかかりながら床に座り込んだ。
「お、おい! 中倉さん! 大丈夫か!」
聞き覚えの声が聞こえて、まさかと思いながら玄関を見ると、なぜか竜也くんが立っていた。
「た、竜也くん……」
「良かった。生きてた……」
竜也くんは私を見つけると、安心したように汚い私を躊躇せず抱きしめてきた。
「どうして?」
抱きしめられていることよりも、私は竜也くんがどうしてここにいる方が気になってしまった。
「最近、学校に来なかっただろう? 何があっても学校に来ていたのに、急に来なくなって心配でちょくちょくこの家の前を通っていたんだ」
「そしたら、中倉さんの家からぞろぞろといかにも悪そうな男の人たちが出てきて、ボコボコになった男の人が車に乗せられて行ってしまったんだ。それで、慌てて中倉さんを探しにこの家に入ってきたわけ」
「そうなんだ……」
あまり納得はできなかったけど、そういうことなのだと思っておくことにした。
「その傷、さっきの男たちにやられたの?」
「違う。お父さん」
「お父さんに殴られていたのか?」
「……うん」
「とりあえず、病院に行こう」
「大丈夫。いつも放っておけば治るから」
「そういうわけにはいかないよ! 女の子なのに、傷跡が残っちゃう」
「もう手遅れ……」
私の体は傷だらけ。だから、もう今さらだ。
そう言っても、竜也くんは諦めてくれない。
だから、私は上着を脱いで、どれだけ私が汚いかを教えてあげることにした。
「うわ! ちょっと!」
私が服を脱ぐと、竜也くんは必死に自分の目を隠した。
「別に、私の体なんて汚いだけだわ」
こんな汚い体、見られてもなんとも思わない。
「そんなことない! とりあえず服を着て。それから、おぶって……いや、俺にそんな体力はないな。母さんを呼ぶか」
「やめて……迷惑だわ」
「別に気にするなって。ちょっと電話するから待ってて」
強引に押しとどめられ、竜也くんは電話を始めてしまった。
「お母さん? あ、ごめん。今、家に帰っている途中なんだけどさ。友達が怪我しちゃって……そう、病院まで送って欲しいんだ」
「怪我は……全身に打撲って感じ。いや、交通事故じゃないよ。俺は怪我してない。事情は後で説明するから、とにかく早く来て欲しい」
「場所は、えっと……俺が学校に行くのに使っている太い道があるでしょ? そう、あそこの通りにあるコンビニまで来て欲しい。オッケー。ありがとう」
「すぐに行くって。それじゃあ、コンビニまで行こうか。ほら、背中に乗って」
電話を終えると、竜也くんは腰を屈め、私に背中を向けた。
「だ、大丈夫だよ……」
「もう呼んじゃったから。ほら、言うことを聞かないなら抱っこしてでも連れて行くよ?」
「う、うう……。重かったらごめん」
もう何を言っても無駄だと思い、私は諦めて竜也くんの背中に乗せて貰った。
「いや。軽すぎると思う。ちゃんと食べてる?」
「え、えっと……」
基本。私は家でご飯が食べられることはない。
ここ最近、家に閉じこもっていた私は……何も口にしてなかった。
「まあ、そういう話はまた後でしようか。ほら、行くよ。あ、保険証とかある?」
「私……保険証ない」
「あ、ごめん。それじゃあ、行こうか」
私を背負う竜也くんの背中は広くて、とても頼もしく感じた。
そして、竜也くんは難なく家から五分くらいのところにあるコンビニまで私を運んでしまった。
「ちょっと! どうしたらそんな怪我するのよ?! しかも女の子じゃない!」
コンビニの駐車場に着くと、一台の車からそう大声を出しながら出てくる女の人がいた。
竜也くんに似ている……あの人が竜也くんのお母さんなんだ。
「事情は車の中で説明する! 早く病院に連れて行って!」
「わ、わかったわ」
「……それで、何がどうなったら女の子がそんな怪我をするの? 明らか、殴られた痣よね?」
車が発進してしばらくしてから、竜也くんのお母さんが意を消したように私の傷について聞いてきた。
「うん。中倉さんって言うんだけど……お父さんに虐待されていたみたいなんだ」
「そういうことね。今、その父親はどうしているの?」
「それが、俺が助けた理由は別件で……」
それから、竜也くんは私の家で何が起きたのかを説明してくれた。
「え? ヤクザ? そんな人が出てきたの? なにそれ、よくあんたそんな中に飛び込んで行ったわね」
「俺も最初は躊躇ったけど、中倉さんが心配だったから」
「へ~心配だったんだ~」
「な、なんだよ?」
「べつに~」





