第三十一話 破壊の起源③
次の日、私はいつも通り始業ギリギリの時間の教室に足を踏み入れようとした。
踏み入れようとしたけど……クラスの異様な雰囲気に、私はその足を引っ込めてしまった。
いつもなら、うるさいくらいクラスの皆が騒いでいるのに、今日はそれがまったくなかった。
なにがあったんだろう?
私は、恐る恐る教室に入る。
すると、スーツを着た大人たちと担任と教頭先生、校長先生まで勢揃いしていた。
そんな大人達は、いたずら書きをされた黒板や私の机を見ながら……あ、今日は転校生や門井くんも標的になったんだ。
スーツを着た大人たちは、イソイソと私や門井くんたちの机や黒板の写真を撮っていた。
校長先生達は不安そうに写真を撮っている男の人たちを見ていた。
あのスーツの人たち、誰なの?
「あれ、魔王の父さんと教育委員会の人らしいぞ。魔王の父さん、思っていたより凄い人だったみたいだ。トオルに聞いたら、昨日親に相談したらすぐに魔王のお父さんと連絡を取って、今日の朝にはこうなってしまったみたいだ」
私の疑問に気がついたのか、元々来たら状況を説明しようと思っていたのか、転校生が私を見つけるとすぐに何があったのか教えてくれた。
「そ、そうなんだ……」
「あそこで縮こまっている馬鹿どもを見てみろよ。ちょっと前まで、楽しそうに俺たちの机を汚してたのに、これから自分たちがどうなるか不安で仕方ないって顔してるそ。笑ってしまうだろ?」
そう言う転校生は、本当に楽しそうだった。
「君が中倉さんか?」
しばらくすると、写真を撮っていた大人たちの一人が、私に気がついて近づいて来た。
「は、はい」
「私は健司の父親だ。今まで辛かっただろう? 大人の代表として謝らせて欲しい、本当にすまなかった」
「え、えっと……」
正直、同級生の親とは言え、見ず知らずの人に謝れても困るだけだった。
私は困って転校生の顔を見ると、転校生も苦笑いを浮かべていた。
「まあ、私が謝っても仕方ないのはわかっている。だが、私にも気がつけるチャンスはあった。本当にすまなかった」
「は、はい」
「それと、このきっかけをくれた竜也くん」
「はい」
「本当にありがとう。君みたいな子が健司の友達になってくれて本当に感謝している。今度、ぜひ我が家に遊びに来てくれ。妻も君に会いたいと言っていた。もちろん、そのときは中倉さんと徹くんも招待するよ」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃあ、とりあえず二人はこれからここで授業を受ける雰囲気じゃないし、健司たちが待っている校長室に行こうか」
「わかりました」
「は、はい」
「今回のことは、大変申し訳なかった。それで、今回のことを親御さんたちに説明させて貰いたい。二人はすぐにご両親と連絡を取れるかな?」
校長室に来ると、校長先生がとても謝る気のない態度でそんなことを聞いてくる。
猪口くんのお父さんが睨むと、ペコペコと頭を下げているけど、あまり反省している様子はなかった。
「父さんは仕事中だとは思うけど、母さんなら大丈夫だと思う」
「中倉さんは?」
「わ、私は……」
酒に酔った自分の父親を思い浮かべ、首を横に振った。
「そうか……。それならまた後日、中倉さんの親御さんには説明させて貰うよ?」
「いえ……私の親は大丈夫です……」
あの父親を人の前に出すわけにはいかない。
そう思い、私は再度首を横に振った。
「そうか……わかった。とりあえず、徹くんと竜也くんの親御さんを交えて今後について話合いましょう」
「わ、わかりました」
それからの展開は……めまぐるしいほど早かった。
まず、私たち四人はまとめて一組から四組へと移動になった。
元のクラスで私をいじめていた人たちの処罰はよくわからない。ケンジくんのお父さんたちが相手の親たちと話し合って何やら解決してしまったようだ。
赤く目を腫らしたクラスメイトたちに謝られたりもしたけど、会いたくもなかったから手短に許したことにして帰らせて貰った。
ちなみに、うちの父親はその間も家から一歩も出ず、先生やケンジくんのお父さんが挨拶に来ても、借金取りと勘違いして一切対応しなかった。
そして、いろんな人たちがうちに訪問するのは私のせいだと言って、また殴られた。
今回は顔を何回も殴られ、顔の腫れが収まるまで学校に行けなくなってしまった。
私は父親の機嫌を損ねないよう、息を殺しながら数日家で過ごさないといけない。
ここにはいたくないけど、こんな顔を転校生……竜也くんたちに見られるのは絶対に嫌だ。
しばらくの辛抱だから……そう自分に言い聞かせ、私は傷が癒えるのを静かに待っていた。
こんなに学校に行きたいと思ったのはいつぶりだろう? 早く傷を治しタツヤくんに会いたいな……。
しかし、そんな私の望みは……二日も経たないうちに壊されてしまった。
部屋の隅で私がいつも通り息を殺していると、父親は一枚の紙を見て凄くイライラしていた。
そして、その怒りを沈めようと酒を伸ばした。
「あん? くそ。また酒がキレた。おい! 酒買ってこい!」
「わ、わかった……」
そう言いながら立ち上がろうとするも、傷が痛み、なかなか思うように立ち上がることができなかった。
「何をしている! ちんたらしてないで走って買ってこい!」
「うっ……」
お腹を蹴飛ばされ……私は息ができず汚い畳の上でうずくまった。
「ああ……くそ! さっさと行け!」
お父さんはそれだけ言うと、これ以上の暴力は逆効果だと悟ったのか、怒鳴ると布団の中に入ってしまった。
ケンジくんのお父さんはあんなにも優しい人だったのに……どうして、私の父親はこんなんだろうか……。
どうして、私ばかりこんな目に遭わないといけないのだろうか……。
そんなことを心の中で呟きながら、私は体を引きずるように外に出ようとドアに向かい、痛みに耐えながら立ち上がり、ドアを開けた。
すると……ドアの前には、にっこりと笑った男の人が立っていた。
「あ、ちょうど良かった。今、ちょうどインターホンを鳴らそうと思っていたところなんですよ。こちら、中倉さんのお宅で間違いないですか?」
「は、はい……」
だ、誰? もしかして……借金取り?
「それは良かった。お父さんは中にいるかな?」
「え、ええ……」
「おい! 野郎ども! 中にいるぞ! 死なない程度に痛めつけて、組の金をどこにやったのか聞き出せ!」
先ほどまでの優しい声と笑顔からは信じられないほど、低くて大きな声で怒号を出すと……黙っていかにもそっちの人だとわかる顔や服装の男の人たちが、私を無視して中に入っていった。
「な、なんだお前ら!」
そしてすぐに父親の驚きと恐怖する声が聞こえてきた。
その声を聞くと、私の前にいた男の人が笑顔で中に入っていった。
「中倉~。久しぶりだな。俺の手紙、読んでくれたか? 手紙の指示通り、逃げないで俺たちを来るのを待っていたのか? 偉いじゃないか~」
「ヒ、ヒイ! そ、それは、逃げても意味ないと思ったから……」
「そうだな。逃げても無駄だ。それと、本当はお前がこの手紙を読んで、のこのこと家から出てきてくれたところを確保しようと考えていたんだよ」
「そうそう。無理矢理ドアをこじ開けても良いが、ご近所さんに警察を呼ばれても面倒だからな」
「う、うがああ……」
お父さんがなにやら痛がる声をあげているが、私は振り返る勇気などなかった。
とにかく早く終わって……そう願うしかなかった。
「組の金を持ってトンズラこいたと思ったら、こんなところにいたわけか。俺はてっきり、女ととっくに国から出て海外で豪遊していたと思っていたよ」
「お、俺は組の金なんて知らない!」
「そんなわけないだろ。第一、働いていない奴がこんなに酒を飲めるかよ」
そんな声とともに、カコン! という空き缶が何かとぶつかる音が聞こえてきた。
「そ、それは……。け、けど犯人は俺じゃない! 俺は千万をくれるからって車を運転しただけなんだ」
「一回千万の運転手なんて話があるかよ。それで、誰を車で運んだんだ?」
「そ、それは……」
「ちっ。さっさと吐いてくれれば、楽にしてやろうと思ったのに……」
「うぐ……ま、待ってくれ!」
「おい。こいつを車に詰め込め。それと、この家にある金を全て探し出せ!」
「わかりました」
「お願いだ! 頼む! 助けてくれ! そ、そうだ! 俺の娘なんてどうだ? 美人だろう?」
引きずられた父親が私の近くにやってくると、助かる手段を手に入れたとばかりになんの躊躇もなく私を男たちに売ってしまった。
私……何をされるんだろう……。きっと、これまで以上に嫌な人生が待っているんだろうな……。
私は父の発言に、更なる不幸が私に襲いかかってくることを覚悟……いや、諦めた。
「こいつが美人だ? こんな殴られまくった顔で商売なんてできるわけねえだろうが! てか、お前が組から持っていた金を一人の女程度でどうにかなるかよ!」
「うげ。やめ、やめてくれ」
男たちに蹴られている父親の姿を見ながら、私はこの男に殴られたことを感謝してしまった。
しかし、その安堵も少しの間だけだった。
「兄貴! 百万見つけました!」
「わかった。後は、少しでも金目になりそうな物を回収しておけ」
「わかりやした。それで、本当にこの子を持って帰らなくて良いんですか? 俺の見立てでは、腫れが引けば十分美人ですぜ?」
若い男は金を渡すと、私をジロジロと見ながらそう男に進言した。
また恐怖で体が動かなくなってしまった。
やっぱり……不幸は私を見逃してくれなかったようだ。
そう思っていると、若い男に拳が落とされた。
「馬鹿野郎。やめとけ、未成年のリスクを負うほどの女じゃねえ」
「確かに。それじゃあ嬢ちゃん、もし成人して金に困ったらここに電話すると良いよ。イイ仕事を紹介してやるから」
若い男は納得したように見せながらも、私にはしっかりと連絡先が書かれた名刺を渡してきた。
この人はまだ諦めてない……。
「ほら、行くぞ! もし警察を呼ばれていたら面倒だ」
「わかりやした!」
父親と男たちがいなくなった部屋には、ゴミと私だけが残った。





