第二十七話 あなたと地獄へ
SIDE:メイ
狙いがまったく定められていない、下手くそな魔法を避けながら、ゆっくりとゴブリンが当たらなくて苛立つのを待っていた。
まあ、待つほどでもないみたいだけど。
「フハハハ! 逃げてばかりでは何も始まらないぞ! 俺の魔力が尽きることはないんだからな!」
たくさんの魔法を考えもなしに使うのは楽しいのか、ゴブリンは上機嫌に笑っていた。
「相変わらず戦略性のない奴ね……。まあ、仲間としては最悪だったけど、敵だと思ったらむしろありがたいくらいね」
「俺を馬鹿にするな!」
ちょっと煽ってあげれば、すぐに冷静さを欠く。
本当、何も変わってないわね。
「その語彙力の欠片もない大声での反論、とても馬鹿らしくて良いと思うわ」
「……くそ。完全に、キレた。もう手加減なんてしてやらない」
「最初から本気を出さないなんて、本当に馬鹿ね」
「殺す! お前を絶対に殺す!」
私が何度も挑発してやれば、顔を真っ赤にして奥の手であるはずのレーザー光線を序盤から放ってきた。
「本当、あなたは扱いやすくて助かるわ」
一日三回しか使えないのに大丈夫かしら?
「くそ……偽物だったか」
「私の魔法とスキルを知っていて、それが言えるあなたは本当の馬鹿ね」
いくら不可避の攻撃と言っても、私の分身に攻撃しているようでは、無駄撃ちと変わらないわ。
「うるせえ! こうなったら、絶対に近づけねえようにしてやる!」
「はあ」
全方位に全力で魔法を放つという小学生が思いつきそうな作戦に、呆れてため息が出てしまった。
こんなのがちょっと前まで同格として扱われていたとは……。
そんなことを考えながら、私はまた分身でゴブリンの射程ギリギリの距離に現れ、見せびらかすように光魔法で消えてみせた。
「魔法で消えても無駄だ! 俺には絶対感知のスキルがある! 何があっても、お前は俺に近づけない!」
「そんなスキルいつ手に入れたのよ……。手札の多さだけは世界一ね」
「フハハハ! そうだ! もっと俺を褒めろ! 俺は凄いんだ!」
演技だと言うのに、作戦が上手くいっていると思っているゴブリンは、馬鹿みたいに笑っていた。
やっぱり、私が知らない手札があったわね。
まあ、でも……私の気配しか感じ取れていないってことは、そこまで驚異にはならないわね。
「凄い凄い。それじゃあ、これをどうにかできるかしら?」
「な、なんだこの数は?」
『ざっと千体の私。果たして、全て倒せるかしら?』
千人の私が寸分の狂いもなく、同時に話す。
うん。我ながらよくこの数を制御できていると思う。
そして、全ての私は様々な方向からゴブリンに向かわせる、
ちゃんと規則性を持たせず、ランダムに動き、的を絞らせないよう程よく私を散らす。
「こ、こんなの……俺にかかれば簡単だ!」
どんどん私との距離が近くなっていくことに恐怖を感じ始めたのか、先ほどまでの馬鹿みたいな声量は出ていなかった。
「これで最後! しゃあ! どう……あれ?」
絶対感知のスキルは、常時発動型ではなさそうね。
ゴブリンの影に潜んでいた私がゴブリンの足を突き刺したのを見ながら、油断することなく相手の分析を続ける。
そして、冷静にさせないために煽るのを忘れない。
「ほら、馬鹿に手札がたくさんあっても使い熟せてないじゃない」
「くそ! 死ね!」
「残念、全て偽物よ」
「くそ! 複製魔法うぜえ」
イライラが絶頂に近づいてきたゴブリンは、頭を掻きむしってさらに苛立っていた。
ふふふ。その調子よ。
「そうは言っても、私はまだ複製魔法の初歩しか使っていないわよ?」
初歩は盛ってるけど、まだレベル5以下の魔法しか使っていない。
本当、圧倒的な差ね。
「くそ……こうなったら奥の手だ。獣王! 俺の元に来い!」
「獣王? 三十年前、確かに死んだはずでしょ?」
「フハハハ。俺の隠していた死者使役の能力だよ! あいつは破壊士でも手こずった強者だからな。魔物として生き返らして、俺が使役してやっているんだ!」
なるほど。昨日、魔王の息子が襲われたと言っていた黒狼は獣王のことだったのね。
でも……獣王が相手なら、気を引き締めないと。
「……ねえ。獣王、来ないわよ?」
いつになっても来ないので、思わず聞いてしまった。
「……そんなまさか? 使役した魔物が裏切るなんてあるはずがないよな?」
はあ? なんで、自分の持っているスキルを把握できていないのよ。
もう、呆れすぎて何も言えないわ。
「まあ……アドバイスしてあげるとしたら、自分よりも強い存在の使役は難しいのかもしれないわね。弱いあなたは使わない方が良いと思うわ」
「うるさい! くそ……。こうなったら狂化を使うしか……」
「そういえばそんなスキルを奪っていたことがあったわね。やめておいたら? 馬鹿なあなたがもっと馬鹿になるわよ?」
「うるさい! これを使って……俺は負けたことがないんだ!」
『ウルガアアア』
普通、狂化のスキルを使うとステータスが上昇する代償として、理性を無くすことで攻撃が単調になってしまうというデメリットがある。
しかし、こいつの場合は違う。
元が単調でスキルを一つも使い熟せていない馬鹿なせいで、狂化状態に入った時の方が挑発は効かないし、たくさんのスキルを織り交ぜながら多彩な攻撃が可能になってしまう。
「さて、ここからが本番ね。集中していくわよ」
私は勇者からコピーした電気魔法で加速し、闇魔法で馬鹿ゴブリンの視界を遮る。
そして、付与士が作ったスキル無効が付与された剣を複製し、それに回復が不可能になる吸血鬼の女王が使っていた呪魔法を纏わせる。
そして、準備万端の私を更に複製していく。
「まだまだ……」
自分を増やしながら、空間魔法で馬鹿ゴブリンの周りに空間の穴をたくさん開けていく。
この中に入ると、それぞれ決められた場所に瞬間移動ができる。
これは、魔王が破壊士と戦う時に使っていた技だ。空間の穴を破壊されて、すぐに使えなくなってしまったけど、このゴブリン相手なら十分使える魔法だ。
「さて、私の準備は整ったわ。あなたに、この攻撃を全て凌ぐことはできるのかしら?」
『グギャアア!』
狂化状態のゴブリンは、ゴブリンらしい鳴き声を上げながら、光を発して私たちの目眩ましを図ってきた。
「ふん。目眩ましをされても、魔力の感知があれば難なくあなたを見失わずに戦えるわよ」
そう言っている間に、一人の私がゴブリンの左腕を切り落とした。
『グギャ~! グギグギギ!』
「ちっ、まだ死人のストックがあったのね」
ゴブリンが痛みに耐えながら呼び出したのは、吸血鬼の女王とダークエルフナイトだ。
どちらも破壊士に深手を負わせることに成功した数少ない転生者。
破壊士に全身を破壊されたはずなのに、どうやって死体を回収したのよ。
まあ、そんなことはどうでも良いか。
「こうなると……私一人では厳しいわね。まあ、一人だったらだけど」
ブン! ……トスン。
急にダークエルフナイトが横に剣を振ったと思ったら、吸血鬼の頭が落ちた。
「グギャ?」
そんな目の前の現実に、馬鹿ゴブリンは目の前の状況を受け入れられずに首を傾げていた。
だが、次の瞬間には吸血鬼の女王の呪いが発動し、ダークエルフナイトも灰になって消えてしまった。
そして……ナイトの影から出てくるのは喋り方が非常にウザいあの男だ。
「ククク。ゴブリンの首を取れてないので~~~成功とは言えませんが~~~強キャラ二人を瞬殺できたので~~~私は及第点を~~~貰っても良いのではないでしょうか~~~?」
「だから私がいる時はその話し方をやめなさい」
「はいはい~。それで~、このゴブリンにはまだ何か奥の手が残されているのでしょうか~?」
「さあね。でも、もう狂化が切れるわ」
そう言っている傍から、ゴブリンから魔力が小さくなっていった。
「グギャア……あれ? どうしてお前たち、まだ生きているんだ? うぐ……な、なんだこの傷は?! あ、あれ、どうして回復しない? どうして傷が治らないんだ!」
「本当、あなたは馬鹿ね……。まだ、抵抗する?」
そう言いながら、五人の私が剣を向けながら取り囲んだ。
「わ、わかった。謝る。謝るから! どうか殺すのだけは勘弁してくれ!」
「え~~~なんか言いました~~~? 誰が~~~何について~~~謝る~~~って言いました~~~?」
命乞いをする馬鹿なゴブリンの腹に、バルスが剣を突き刺し、グリグリと剣を動かした。
「く、くそ! お前だけでも道連れにしてやる! スキル自爆だ!」
ドッカン!
さっきまで命乞いをしていたとは思えないほどの決断の早さで、ゴブリンが爆発した。
「バルス! ……なんてね」
それは、変身のスキルでバルスに化けていた私の分身だよ。
「ゴブリンは~~~やはり馬鹿ですね~~~。ここまでくると~~~傑作で~~~す」
本物のバルスがゴブリンから離れた位置にいる私の影から出てくる。
「ど、どうして……俺が命をかけて使った自爆を……」
「命をかけてどうして生き残っているのよ」
爆発したのに、ゴブリンはなぜか傷が治った状態で生き返っていた。
「それは! 俺が持っているライフストックの能力だ!」
「ストック……ということは? あと何回も死ねるということ?」
「そうなんじゃないですか~~~。でも~~~、メイの呪魔法で受けた傷は治っていませんよ~~~」
「あら。ということは、この剣でめった刺しにすれば何回も体中の痛みに苦しみながら死ぬことになるってことね?」
「あ~。とても良い案だと思いま~~~す! 是非~~~その剣を私にも貸してくださ~~~い」
「や、やめてくれ……」
「そう言って、何人の人を殺してきたのかしら? 中には、転生者でもない女子供もいたわよね? あなたは、その人たちの痛みを知らないといけないのよ」
やっとこの時が来た……。この身も心も魔物と変わらないゴブリンをやっと殺すことができる。
「お、お前たちだって! お前たちだってたくさんの人を殺してきただろ! それなのに、それなのにどうしてお前たちは許されるんだ!」
「心配しなくても~~~私たちはもうすぐ死にますよ~~~。ですから~~~先に地獄で~~~待っていてくださ~~~い」
「私が今まで生きていたのは、あなたを残したまま死んだら悔いが残るからよ。それと……最後くらい、世界のためになる人殺しをしたいじゃない?」
私たちは馬鹿なゴブリンの言い分など聞き入れず、次々と剣を体に刺していく。
「やめろ! やめろ~!!」
「うるさいですね~~~。まずは~~~そのうるさい喉から潰していきますか~~~」
「ダメよ。今からこれが絶叫に変わるのよ? 喉は最後」
「それは~~~失礼しました~~~」
私に止められ、バルスはまた違う場所に突き刺した。
「やめ……ぐあああああ!」
いい声で鳴くじゃない。
「ほら、これが死んでいった人たちの痛みよ。それじゃあ、全身に剣を突き刺してあげましょう。ほら、剣はたくさんあるわ」
「ありがとうございま~~~す」
「……」
百本くらい刺した頃から、ゴブリンは静かになってしまった。
きっと、死んで生き返って繰り返し始めたのでしょう。
「それじゃあ、あとはできるだけたくさん突き刺してしまいましょう。あ、頭だけは残しておいて、痛みを感じる場所がなくなってしまうから」
「は~~~い」
「このくらいで~~~どうでしょう~~~?」
「うん。十分だと思うわ」
もう、何本刺したかはわからない。
とりあえず、頭以外は隙間無く剣で突き刺しておいた。
これで、私に残されたこの世の未練はなくなった。
「それじゃあ~~~。私たちも~~~この世とお別れ~~~ですね」
「そうね。あなたはもう、この世に未練はない?」
「問題ありませ~~~ん。少し弟子の戦いの行方が気になりますが~~~彼なら~~~大丈夫なはずで~~~す」
「そう。それじゃあ、地獄への同行をお願いするわ」
いろいろとミヒルたちに言われていたが、やっぱり私たちはここで死ぬことにした。
ゴブリンの言うとおり、私たちもそれだけ人を殺してきている。
自分たちだけ棚に上げて、これからも生きていこうとは思えないわ。
「地獄へのエスコート。私に~~~お任せくださ~~~い」
「最後までその気持ち悪い口癖が直ることはなかったわね」
もう、指摘するのも疲れたわ。
「最後くらいこっちの方が良い?」
「いや、元のあなたが良いわ。そっちの方があなたらしいもの」
今さら普通になられても、気持ち悪いわ。
「わかりました~~~。それじゃあ~~~解除を~~~お願いしま~~~す」
「はいはい。地獄でもあなたを頼りにしているわ」
人族の私たちがどうして二百歳を超えても生きてこられたのか?
それは、私の変身のスキルで、若い頃の自分に私とバルスを変身し続けていたからだ。
だから……変身を解けば……そのまま眠るように……私たちは死んでいく。
おやすみバルス……また……地獄で会いましょう……。





