第二十三話 世界ルール
「私と悪魔はこの世界に生まれた最初の転生者なの」
精霊は淡々と説明を始めた。
「その悪魔は……誰が転生した存在なんだ?」
「私にもわからない。悪魔も、私と同じように生物に寄生しないと生きられないの。だから……千年以上生きていて、まだ悪魔が誰なのかはわからない。知っているとしたら、ミホちゃんだけよ」
ミホ? また知らない名前が出てきた。
「ミホ……ルーベラが?」
ああ、破壊士の前世での名前か。
「そう。悪魔が寄生したのは、破壊魔法を扱う彼女よ」
「悪魔に寄生されると、操られたりするのか?」
確かに! それ、知りたいかも。
もしかしたら、破壊士自身は良い人の可能性があるじゃないか。
「わからない。私、木以外に寄生したことないから……」
「それじゃあ、俺に入って試してくれ」
おー。ミヒルはギャンブラーだな。
それで、体がこの精霊の思い通りにされたらどうするつもりなんだ? まだ、こいつが仲間と決まったわけではないんだぞ?
「えー。入ったら出られなくなるかもしれないわよ?」
「別に良い。どうせ、もうこの体は明日の夜明けを迎えずに死ぬからな」
ああ、そういうことか。
前に会ったとき、常にダンジョンから魔力を供給されていないと生きていけないって言っていたもんな。
「……そうだったの。それじゃあ、先生の寿命を分け与えてあげる」
「どういうことだ?」
「寄生するときに、その感謝の気持ちとして魔力を宿主にあげることができるの。あの木、今でこそ神樹と呼ばれるまで大きくなって輝いているけど、最初はそこら辺の木と変わらなかったんだからね?」
なるほど。精霊の魔力で育てられて、あの大きさになったのか。
「先生の体も魔力の量で寿命が左右されるのか?」
「惜しい。七十点ってところね。私や悪魔の体は魔力そのものよ。だから、人や魔族みたいに自力で魔力を作ることはできないし、魔力がなくなれば、存在そのものがなくなってしまうの」
「なるほど……。それで、寄生していないと生きていけないなのか」
自分で魔力を作れないから、他人の体に入って貰うしかない。
なかなか不便な体だな。
「そうそう。普段は、木に貯めておいたフェリシアの魔力を貰って生きているわ。でも、今さっき私もこれ以上生きする理由がなくなったところだから、好きなだけ私の魔力をあげるわ」
「ん? どういうことだ?」
この精霊、一々説明が遠回しなんだよな。
これから明日の作戦を考えないといけないというのに、無駄なお喋りをしているじかんなんてないんだよ。
「ちょっと待ってて。今、アナウンスが皆にも行くわ」
『ただいまより、転生者とその複製体は海を渡っての移動を禁止する。なお、転生者が一人になった瞬間にこのルールは消滅する』
「……ルールの追加? 先生がやったのか?」
いや、この声は精霊の声ではないだろ。これは間違いなく男の声だ。
「私じゃなくて悪魔の方よ。悪魔はあなたがここに来たことにを気がついて、最後のルールを使ったみたい」
「まんまと誘い込まれたわけか……」
「なあ。そのルールというのは、何かのスキルなのか?」
さっきから皆が知っていることが当たり前みたいにルール、ルールって言っているけど、何のことかさっぱりだぞ?
「あ、ごめんなさいね。私と悪魔だけが使えるスキルよ。それぞれ三回だけ、世界中の人々を強制的に自分の作ったルールに従わせることができるの」
なんだそのチートスキル。最強過ぎるだろ。
「そんなスキルがあって、どうして千年も戦いが続いているんだ? 三回あれば簡単に世界をどうにかできるだろ?」
「主に理由は二つあるわ。一つ目の理由は、特定の人だけが不利になるルールを定められないという制限があることね」
「どこまで不利の対象になるのかもう少し詳しく教えてよ」
今回の悪魔が制定したルールだって、ダンジョンの中にいないと死んでしまうミヒルからしたら不利だ。
どこまでが大丈夫で、どこからがダメなんだ?
「えっと……難しいわね。私の感覚になってしまうんだけど、誰か一人だけにターゲットを絞ってルールを決めるのはダメ。あと、ルールで直接殺したりすることもできないわ」
まあ……それならなんとなく理解できなくもない。
今回に関しては、全員が対象だしな。
「二つ目はどんな理由なの?」
「簡単なことよ。このスキル、後から使う方が圧倒的に有利だから、お互い先に使うのを躊躇しちゃうの。特に、私は絶対に自分からはルールを出したりはしないから、悪魔も長い間様子を見るしかなかったのよ」
「ちなみに、先生はどんなルールを?」
「一つ目は、転生者は寿命を迎えた時に子孫に能力を引き継げるというルール。二つ目は、五十年以内に決着がつかなかった場合、全員にペナルティーと悪魔が定めたのに対して、一度も死んでいない三名にのみ少し不利になる罰を与えるというルールを私が定めたの」
一つ目は、どうしてそのルールを加えたのかは理解できないが、二つ目は後出しの強みが出ているな。
悪魔が出したルールがほぼ無効化と言って良いほど、ペナルティーの範囲も効果も随分と弱体化されてしまっている。
「一つ目……泥沼になった原因は、先生だったんだな」
「しょうがないじゃない! そうしないと、悪魔が定めたルールに従って全員が死ぬまで殺し合いをしないといけなかったのよ?」
「悪魔はその前にどんなルールを出したんだ?」
「転生者は、死ぬまで殺し合わないといけない」
へえ。そのルールは、悪魔が定めたものだったんだな。
「それで、死の定義を曖昧にして、殺し合いの強制力を薄めたわけか」
ミヒルはそう言って、一人で納得していた。
死の定義を曖昧にして……。ああ、なんとなく言いたいことがわかった。
死ぬまでという期限があるから、転生者たちはその決められた期限内で殺し合わないといけなくなる。
けど、寿命を死の定義から外したことで、殺さないで次の世代に命のバトンを繋ぐというのも作戦の一つとして認められてしまったということだな。
「本当にごめんなさい。私がもっと頭が良ければ……あなたたちをこんなに長く苦しめることもなかった」
「いや、俺は悪くない判断だったと思う。結果的に、第一世代のほとんどは殺し合わずに生き残ることができた。先生のおかげだったんだな。ありがとう」
「それでも、タツヤくんやミホちゃん、ケンジくんを長い間苦しめてしまったわ」
創造士、破壊士という並びから考えて、ケンジは魔王の名前かな?
「私には申し訳ないと思ってないの?」
千年生きていて、唯一名前を呼ばれなかったローゼが不服そうにしていた。
「フェリシアは何回も死んでるし、基本的に引き籠もっていて苦労らしい苦労なんてしなかったじゃない」
「ちゃんと苦労しているわよ! それと、今はフェリシアじゃなくてロゼーヌ」
「そう。それじゃあ、これからはロゼーヌとしてよろしくね。というわけで、ロゼーヌはこういう風に名前を変えて気分転換ができているから問題なし!」
「話を戻すぞ。先生は最初、先生が死ぬと俺に都合の悪い未来が待っていると言ったよな? もう、これだけ裏情報を話したんだ。どういう意味なのか教えてくれるだろ?」
やっとその話に戻るか。そういえば、もっと根本的な精霊と悪魔がなんの為に転生者同士を殺させているのかとかも教えて貰ってないよな。
「そうね。もう話せるわ。この世界には、私と悪魔が制定したルール以外に二つのルールがあるの」
「二つ? 先生たちに対して、何かルールが課されているのか?」
「正解。この二つは、私と悪魔に課されたルールよ」
「精霊と悪魔が戦え、みたいなルールか?」
そして、俺たちは二人の手駒であるみたいな?
「間違ってないわ。一つ、悪魔は私を殺して世界を壊さないといけない。二つ、私は悪魔を殺して世界を守らないといけない。これが私たちに課されたルールよ」
魔王は複数の神による代理戦争って予想していたけど、神様の気まぐれな暇つぶしに俺たちが使われているような気がしてきた。
まあ、そんなのに付き合わされていると思うと虚しくなってくるから、良い神様と悪い神様の代理戦争だと思っておくことにしよう。
「なあ。さっきから気になっていたんだが、そのルールって本当に守らないといけないの? 守らなかったときの罰には触れられてないんだろ?」
「へえ。ケンジくんの割には鋭い質問をしてくるのね」
グルが手を上げて質問すると、精霊がそんなことを言いながら少し驚いた顔をした。
え? 魔王って知的なイメージだったんだけど……。もしかして、前世では違った?
「まあ、こいつはあくまでケンジの記憶を持っているだけだからな。それと、ケンジはああ見えて頭が回る方だったぞ」
「え? そうなの!? そんなのも気がつけなかったなんて……やっぱり私、教師失格だわ」
ミヒルに指摘され、精霊はショボンと落ち込んでしまった。
やっぱり、この精霊は前世で転生者たちの先生だったんだな。
「なあ、そのケンジとかどうでも良いから、さっさと俺の質問に答えてくれよ。結局、そのルールは守らなくて良いのか?」
「守る、守らないじゃないの。この世界ルールは絶対に守らされるのよ」
「どうやって?」
それは気になる。何か、守らなかった時に罰が下るのか?
「そうね……。今、あなたたちは海を渡りたいと思う?」
「いや、思わないな」
「言われてみれば……なんか、海を渡るのはダメだって自然に考えていたかも」
そして今も、海を渡ることを考えようとすると思考がぼやけるような気がする。
「そう。それがこのルールの強制力よ。新しく生まれてきた赤ちゃんに他人の記憶を植えつけることができるのよ? 人の思考を操るくらい、このスキルには簡単なことよ」
言われてみればそうだ。守る、守らないじゃなくて、強制的に守らせることができるということだ。
原理としては、常識改変と一緒だな。
「そういうことだったのか……。ずっと疑問だったんだ。俺も含め、どうして決して他人ではない元クラスメイトたちを躊躇なく殺せて、ほとんどの人たちが罪悪感も抱かないのか。ずっと……ずっと疑問だったんだ」
そう言うミヒルは、何とも言えない顔をしていた。
たぶん、今まで自分が殺してきた転生者たちの顔を思い浮かべているのだろう。
「そうね。まあ、こればかりはルールを作る側じゃないと気がつけないから、仕方ないと思うわ」
「それで、その先生さんは、最後のルールを何にするんだ?」
「そうね……。一つ、考えがあるけど、私の考えを悪魔に悟られるのは嫌だし、ギリギリまで切り札として取っておくわ」
まあ、切り札はあることを意識させるだけでも非常に強力な武器になるからな。
「俺もそうした方が良いと思うよ。あ、先生……俺の体の中に入ってちょっと魔力を分けてくれない? 嫁たちをこっちに呼びたいんだけど、魔法を使ったら俺死んじゃうから」
「了解! え、えっと……なんか、人の中に入るの緊張する……」
「さっさと入りなさい」
「ロゼーヌ! やめ……」
ミヒルの胸の前でモジモジとする精霊をローゼが結界を使って押し込んでしまった。
さて、この話の流れで裏切られることはないと思うけど、本当に精霊を寄生させて大丈夫なのか?
「おお……。自分の体からここまで魔力を感じるのはいつ以来だろうか? まさか、こんな日が来るとはね」
そう言いながら、ミヒルが空間に穴を開けた。
そして、穴の向こうから二人の嫁さんが勢い良く飛び出してきた。
「わあ! 久しぶりのお日様、目が焼けそうです」
「久しぶりの風は最高ね」
そういえば、この人たちって数百年も暗いダンジョンの中にいたんだな。
俺には、閉鎖空間にそんなにいられる自信がないよ。
「二人とも、今まで僕のせいで狭いダンジョンの中に閉じ込めてしまってごめんね」
「別に気にしないでくださいよ。私は外よりもあなたの傍にいたかっただけですから」
「そうそう。私たちの好きでいたんだから、謝る必要はないわ」
「ありがとう。それじゃあ、ちょっと早いけど明日の作戦でも考えながら夕食を取ろうか」
「良いですね。私、久しぶりに焚き火がしたいです!」
「私は酒が飲みたい!」
「あなた、馬鹿なの? 明日、大事な戦いがあるって聞いてなかったの?」
「冗談よ。でも、全てが終わったら火を囲んで皆でまた酒が飲みたいわ」
「そうだな。決着がついたら好きだけ一緒に酒を飲んであげるよ」
「本当!? 約束だからね!」
「ああ、約束だ」
相変わらず、この三人は仲が良いな。この人たちは、世界で一番理想的な夫婦で間違いないと思う。
楽しそうに会話する三人を見て、自分たちもずっとこうありたいな、などと思ってしまった。
「ふふふ。それじゃあ、皆さんで夕飯の準備をしましょう? あ、ちなみに私は火の担当をやらさせてもらいます!」
「それじゃあ、私たちで食事を用意しましょうか」
「そうね」
「ベルたちが料理するのか。それじゃあ、俺は……全員分の食器でも造っていようかな」
「あ、レオ、俺もその役をやらせてくれ! 俺の創造力を見せてやろう!」
「う、うん」
皿にそんなに創造力が必要か?
まあ、久しぶりに魔法が使えることが嬉しいだけなんだろうな。





