第二十二話 精霊
SIDE:ロゼーヌ
「総勢四十六人。里のエルフ、全員集まりました」
お父さんがゲートを創造している間に、エルフたちが帰ってきた。
うん。皆、知っている顔ぶれだわ。
「皆、無事そうで良かったわ。この二十年、どうだった?」
「特に変わったことはありませんでしたよ。女王様がいなくなってから、結界への攻撃もぱたりとなくなりましたし」
「私がいなくなってから攻撃がなかった?」
それは本当なの?
「ええ。まったく」
「私がいなくなったのを気がついていた? いや、それは……」
結界は、外に魔力すら漏らさない。
私の魔力を消えたことも、神樹の魔力が増えたことも外からは感じ取れない。それなのに、どうして?
「おい! ゲートが完成したぞ! とりあえず、エルフたちが多い孤児院に転移先を指定しておいた! ビルに念話で連絡しておいたから、孤児院への事情の説明もばっちりだ」
「ビル? あ、そうだ! アンヌよ! あなたの娘が生きていたのよ!」
ビルと聞いて、私は里の纏め役だったローダンの娘が生きていたことを思い出した。
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。今は結婚して、幸せな家庭を築いているわ」
「良かった……。彼女は、私を恨んでいましたか」
「そういうのは直接聞きなさい。あの先できっとあなたを待っているわ」
私から教えたら楽しみがなくなってしまうじゃない。
「わかりました。皆、順番にゲートに入るんだ!」
ローダンの号令で、次々とエルフたちがゲートに入っていく。
そして、五十人程度だとすぐに全てのエルフがゲートに入り終わってしまう。
「……女王様たちは、これからどうするのですか?」
最後に残ったエルフが、最後の確認とばかりにゲートの前で私たちの顔を見渡した。
なんとなく、これから何をするのか察しがついているのでしょうね。
「ここに残って決着をつけるわ」
「本気なのですか? あの獣王ですら勝てなかったのですよ?」
「大丈夫よ。あの時と違って、今の私には頼もしい仲間たちがいるから」
そう言って、隣にいたオーロの肩に手を置いてみせた。
「そうですか……」
「あ、ちなみに、あの獣人の女性は獣王の娘よ」
「ええ!? い、生きていらしたのですね……。獣王様もさぞお喜びになるでしょう……」
「ふふふ。詳しい話はまた後でしましょう?」
「わかりました。女王様、こんな老いぼれたちを助けてくださり……ありがとうございました」
「こちらこそ、信じて待っていてくれてありがとう」
「それじゃあ……」
最後の一人がゲートに入ったのを見て、私は肩を掴んでいた右手の力を強めてオーロと向き合った。
そして意を決し、ここで言わないといけないことを声に出した。
「オーロ、あなたも帰って」
「いや、俺は……」
「ダメ。もうあなたの仕事は終わった」
「でも……」
チュ。
私の唇でオーロの口を塞ぎ、つべこべ言わせずにゲートまで背中を押した。
「ほら、行きなさい。これが終わったら私を海の旅に連れて行ってくれるんでしょ?」
「……ああ。俺、また一から船を造って……船に乗ってローゼを迎えに来る。だから……それまで絶対に死ぬなよ? 絶対にだからな?」
「ええ。ちゃんと待ってるわ。あまり待たせないでね」
最後にぎゅうと後ろから抱きしめ、そのまま顔も見ずにゲートの中に押し込んだ。
「ネリア、ゲートを燃やして!」
「わかった」
私がここまで頑張ってこられたのはオーロ、あなたのおかげよ。
船旅、楽しみにしているわ。
SIDE:レオンス
「まったく……不本意ながら、カイトの気持ちがわかってしまったよ」
ネリアとキールでもう慣れてしまったと思っていたが……目の前で娘が男とイチャイチャしているところを見せられるというのは、心に来る物があるな。
「そうだろ? なら、今からでも二人で協力して結婚を阻止するか?」
「……馬鹿なことを言っているんじゃないわよ」
バシン! とカイトの頭と一緒に俺の頭まで一緒に叩かれた。
いや、俺はこの馬鹿勇者と違って、娘の成長にちょっとモヤモヤしてしまっただけじゃないか!
「それで、これからどうしますか? すぐにでも、戦いを再開しますか?」
「いや、ルーがこの状態だから今すぐは厳しい。ローゼ、結界がすぐに壊れたりしないんだろ?」
見た感じ、神樹の葉は青々としていて、とても枯れているようには見えない。
たぶん、まだ元気だよな?
「ええ。一日二日では消えないくらいには」
「それなら、一晩だけ休ませてあげたい」
一晩で回復しなかったときは、仕方ないけど城でエルシーに任せるしかないな。
「ねえ、まだ詳しく聞けてないけどルーに何があったの?」
「何があったと言われると……正直、俺もよくわからないんだ。破壊士らしき女性の影が見えたと思ったらグルが一瞬で消されて……慌てて俺はルーの手を掴んで船に転移したんだ」
本当に一瞬だった。
というか、俺が消されていなかったのは奇跡だったと思う。いや、見逃してもらった可能性すらもあるな。
「それで、船に着いてすぐにルーの無事を確認したら……頭を抑えてうめき声をあげていたんだ」
「頭に攻撃を受けた?」
「そういうわけでもなさそう」
破壊魔法が体内だけを壊せたりするのであれば、別だけど。
いや、脳を破壊されていれば人は死ぬか。
「そうなると……ルーさんの消えた記憶が関係しているのでしょうか?」
「そういえば、ルーって記憶喪失だったわね。普段からそんな素振りを少しも見せないからすっかり忘れていたわ」
そういえばそうだったな。
そんなことを思いながら、ルーに鑑定をしてみる。
「あ! ステータスの記憶喪失の欄が消えてるぞ!」
「ということは……ルーさんの記憶が戻ったということですか?」
「そうなるね」
「その……大丈夫なのでしょうか? 一応今は大人しくなってしまいましたが……昔はたくさんの人をしたこともありますし……」
「そういえばそうだね。まあ、首輪はつけたままだし、急に人を殺したりはしないと思うぞ」
元々、そのための首輪だしね。
でも確かに、記憶が戻ったルーはどうなるのだろうか? 破壊士みたいに攻撃的になる? それとも、今のルーに破壊士の記憶が加わるだけ?
こればかりは……今の優しい人格が保たれるのを願うしかないな。
「とりあえず、ルー母さんが目を覚ますまで様子見ってことで良いかしら?」
「ああ、問題ない」
「それじゃあ、私は神樹の確認をしてくる」
「あ、私も見に行きたい!」
「どうせここで一晩明かすわけにもいかないし、皆で見に行くか。ローゼ、俺たちも近くまで行っても大丈夫か?」
「大丈夫よ。どうせ、彼女もお父さんたちに会いたがるだろうから」
「彼女?」
『ピンポ~ン! フェリシア、正解! 私、皆に会いたくてここまで来ちゃいました!』
俺がローゼの言葉に首を傾げると、可愛らしい声を出しながら二十センチくらいの女性が空から現れた。
「……妖精か?」
小さいから小人族? いや、空を飛んでいるからやっぱり、妖精だろ。
『惜しい! 一応、ステータスの種族は精霊となっています!』
この世界、精霊なんてものもいるんだな。
「あなた……神樹から出られるの?」
ローゼの反応を見るに、知っているけど初対面って感じだな。
もしかするとローゼが言っていた彼女というのは、あの精霊のことを言っていたのかもしれない。
『うん』
「千年も一緒にいて、どうして教えてくれなかったわけ?」
おどけてみせる精霊に、ローゼは睨みつけた。
ローゼから見れば、千年も一緒にいて信頼していた仲間に裏切られたような感じなのかな? まあ、怒るのも無理はない。
『怒らないで。私も最近まで自分が木じゃないことを忘れていたんだから』
「自分の存在を忘れるってどういうこと?」
『仕方ないじゃない! 千年も木に寄生して生きていれば、自分が木だと勘違いしちゃうわよ!』
「それじゃあ、どうして気がつけたの?」
『あなたがいなくなってから、暇すぎて死にそうだったのよ。それで、どうにか暇を潰そうと体が動かないか試していたら、びっくり! 体が木から出てきたの』
「……相変わらずあなたが元気そうで良かったわ」
え~? この説明で納得するの? この精霊、めちゃくちゃ怪しくない?
と、すんなりと怒りを静めてしまったローゼに心の中でツッコミを入れてしまったが、千年も一緒にいた信頼関係というやつなのだろう。
それにしても、この精霊の胡散臭さは凄まじいな。
『ええ。でも、木の方は流石に限界ね。あと半年もすれば、全ての葉っぱが落ちて枯れると思うわ』
「……そう。そしたら、あなたはどうなるの?」
ローゼの暗い顔からして、木が枯れたらこの精霊も消えてしまうのか?
千年も一緒にいた仲間がいなくなるというのは、俺には計り知れないほど悲しいだろうな。
『別に、何もないわ。ただ、私の住む場所がなくなるだけ。また、住み心地の良い木をさがさないとな~』
なんだよ。生きられるんかい!
「なによそれ……。心配して損した」
「はあ、二人とも俺たちを忘れて会話をしないでくれ」
この調子だと、いつになってもこの精霊の正体が見えてこないから、会話の主導権をこっちに譲って貰うことにした。
『あ、ごめんなさい! 先生、またうっかりしていたわ!』
こういうのをあざといって言うんだろうな……。これを素でやっているとなると、むしろ恐ろしさを感じる。
あと、さっきから自分を先生と言っているのも気持ち悪い。
俺は警戒感を強めながら、自称精霊との会話を始めた。
「まず、あんたも転生者だろ?」
『正解。流石、タツヤくんの記憶を持っているだけあって、勘が鋭い!』
「いや、勘というか……いや、タツヤって誰?」
「俺のことだよ」
振り向くと、ミヒルが立っていた。
いや、お前まで出てくるんかい! もう既に情報過多なんだよ!
『あら、本物のタツヤくんだ! 千年ちょっとぶり! 元気にしてた?』
「そんなの、俺が言わなくても先生なら知っているでしょ?」
ミヒルは一定の距離を取りながら、自称精霊を睨みつけていた。
『まさか~。私は、全知全能の神ではないのよ?』
「惚けるな。この世界に来てから、先生の声を三度聞いた。一度目はこの世界に転生したとき、二度目は制限時間が設けられたとき、三度目はレオたちが生まれたときのアナウンスだ」
言われてみれば、俺が生まれる前に聞いた声、この人の声だったかも。
ということは……え? この人が黒幕!?
『別に惚けてないわよ。あなたがこの世界で何をしてきたのかなんて、私は本当に知らない。まあ……あなたが聞きたいことに答えるとするならイェスね。私がこの長い戦いの原因。この答えで満足?』
本当に黒幕だ……。こんなところにいたんだ。
「それじゃあ、先生がいなくなればこの戦いは終わるのか?」
『終わるけど、おすすめしないわ。それは、絶対にあなたの望む未来が待ってない』
「もったいぶらないでちゃんと説明しろ! こっちは、もう何人もクラスメイトを殺しているんだ。先生は、それをただ黙って見ていたってことだろ?」
『そうね……ちゃんと説明するわ。千年にも及ぶ私と悪魔の戦いをね』
激昂するミヒルに対して、精霊はさっきまでとは打って変わってとても静かに答えた。
十巻の表紙が発表されました!
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今回の表紙はいつものほのぼのした雰囲気と違って、ちょっとダークな感じになりました。
レオとルーの後ろにいる二人は、、、明日からの展開に要注目ということで。
発売は6月20日です!
TOブックスのオンラインストアで購入して頂けると特典ストーリーがついてきます!!
今回の特典、作者としては気に入っているストーリーなので、一人でも多くの人に読んでいただけると幸いです。





