第二十一話 前哨戦
SIDE:ロゼーヌ
予定ではあともうそろそろ島が見えてくる。
そんな状況で、準備を整えた私たちは船を操縦するオーロを船長室に残し、全員が甲板に上がっていた。
「見えた! 進行方向のずっと先に島があるよ!」
望遠鏡で遠くを確認していたネリアがそう発すると、全員の緊張感が一気に高まった。
「俺にも見せてくれ。……おお、本当だ。島が見えるな。それに、大きな木が見える。ローゼも見てみろ!」
魔王から望遠鏡を受け取り、覗いてみると……確かに神樹らしき木が見えた。
「……うん。あれは、エルフの里がある島で間違いない」
「そうか。神樹が無事ということは、エルフたちも無事ってことでいいんだよな?」
「絶対ではないけど、間違いなく無事だと思う」
神樹が力尽きない限り、結界が壊れることはないから。
「それじゃあ、あらかじめ用意しておいた作戦が使えるな」
「そうね」
良かった……。皆、間に合ったよ。
もう少しで、そっちに行けるわ。
島が肉眼で見えるようになってくると、黒くて大きな影が島から飛び立った。
望遠鏡で確認すると……大きなハエのような気持ち悪い魔物の集団だった。
「うえ……気持ち悪い魔物がうじゃうじゃいるぞ」
「魔界でもいないタイプだな」
「エルフの里って、前からあんなに魔物がいるのか?」
「まさか。エルフの里は、人間界よりも魔物が少なかったわ」
獣人族とエルフが見つけ次第駆除していたからね。
まあ、二十年以上駆除されなくて、魔物が大量発生している可能性も否定できないけど。
「それじゃあ、敵が用意した魔物か……」
「思っていたより数が多いな……仕方ない。上陸したら、俺が魔剣と聖剣の力で俺が今まで創造した全ての魔物とゴーレムを召喚する」
「それって、めちゃくちゃ魔力を使うんじゃないか? 昨日、自分で前哨戦って言っていたじゃないか」
「あの数の魔物を相手にそうは言っていられないだろ。誰かが危険になるくらいなら、俺の魔力だけで済ませた方が良い」
私もそう思う。まずは、全員が無事な状態で結界に入ることを優先すべきよ。
「それじゃあ、島に上陸したらルー母さんとグルさんで父さんがゴーレムたちを召喚する場所を確保。他は、全力で船を守ってちょうだい」
『了解』
そして、虫たちが魔法の射程圏内に入ってきた。
「虫型の魔物が来たぞ!」
「私が燃やす!」
「いや、お前たちはもうマントを被っていろ! 着いたら、すぐにエルフの里へ向かうんだ!」
「わかった!」
父さんの指示に、私たちは気配を消せる隠密マントを被り、いつでも行ける状態になった。
「そうそう。これくらい私に任せなさい!」
ネリアが引っ込むと、シェリー母さんが虫たちを魔法で打ち落とし始めた。
よっぽど航海の間に魔法を使えなかったのがストレスだったのか、気持ち悪い虫が目の前にいるのにシェリー母さんはとても嬉しそうだった。
本当、うちの家族ってまともな人が一人もいないわよね。
「それじゃあ、一足先に行って場所取りしてくるぞ!」
「あ! 私も連れて行きなさい!」
ドッゴン!
魔王とルー母さんが空間魔法で飛んでいくと、島から大きな爆発音が聞こえてきた。
「二人の火力は相変わらずだな。これだったら、俺もさっさと上陸しても良さそうだ」
「船は俺たちに任せておけ!」
「わかった。それじゃあ、また後で」
船をお母さんたちに頼み、私たちはお父さんと一緒に島へ転移した。
「よし! 始めるぞ! お前ら! 行ってこい!」
「
「
「……」」」
お父さんが大量にゴーレムを召喚した魔力を背中で感じ取りながら、私たちは静かにエルフの里へと向かっていた。
ずっと三人でダンジョンに潜っていた成果か、私の目線だけで二人は私の考えていることを察知して動いてくれている。
この調子で行ければ、五分もしないで結界に到達できる。
そう思っていた矢先……とんでもなく凶悪な魔力が近づいて来ているのを感じた。
しかも、とても速い。
『ウルガアアアア!』
「っ……」
あまりにも攻撃的で強力な魔力と咆吼を聞いて、出してはいけない声を思わず出してしまいそうになってしまった。
こういうとき……敏感に魔力を感じられてしまうのは不利ね……。
大丈夫。きっと私たちには気がついていないわ。私たちは気にせず前に進むのみ。
二人を見ながらそう自分に言い聞かせると、なんとなく通じたのか二人は私の目を見て頷いてくれた。
結界まであと少し……もうすぐ。皆、もうすぐで着くわよ。
『グルアアアア!』
ドスン!
あと少し……というところで、大きな黒狼が私たちの行く手を阻んだ。
目の前にすると詳細にわかる。こいつ、転生者と変わらない強さを持ってる。
「ちくしょう! 俺が相手だ!」
気づかれていると悟ったキールがマントを脱いで剣を抜いた。
「……!」
「……」
一緒にマントを脱ごうとしたネリアの手と口を塞いで、私は急いで結界に向かって走った。
「ぐあああああ」
後ろからキールの痛々しい叫び声、手からは震えながら泣いているネリアの涙を感じながら、私はひたすら走った。
そして、結界に触れたと同時に結界魔法を発動し、人が一人だけ入れる穴を開け、二人で結界に飛び込んだ。
「ネリア! 急いでビーコン!」
そう私が叫ぶよりも速く、ネリアは隠し持っていたビーコンを地面に突き刺していた。
「お願い……キール……無事でいて……」
ビーコンを突き刺し、地面に頭をつけた状態のまま、ネリアは小さな声で祈りながら泣いていた。
良かった。まだ暴走状態じゃない。
でも……キールが無事じゃなかったら、まちがいなく千年前の再現がここで行われることになるでしょうね。
今、暴走状態になるのは非常に不味い、キール……どうか無事でいて。
そして、ビーコンが発動し、お母さんたちが転移してきた。
「おお! 思っていたよりも早かったな」
「良かった無事……あれ? キールは?」
「もしかして……」
お母さんは、キールがいないことと、ネリアの涙を見て状況をすぐに読み取ってくれた。
「うう……キール……キール……あの狼……モヤシテヤル」
「ネリア待って! まだ死んだと決まったわけじゃないわ! 頑張って耐えるのよ!」
キールなら、空間魔法でこっち来られる。だから、まだ希望はあるわ!
「……モヤシテヤル……モヤシテヤル……」
けど、もうネリアは聞く耳を持っていなかった。
「リーナ! こうなったら仕方ないわ。ネリアを眠らせちゃいなさい!」
「はい!」
「……モヤシテヤル……モヤシテヤル……」
「うそ……私の魔法が効かない?」
お母さんが眠らせようとしてもまったく効果はなく、むしろネリアの魔力は増え続けていた。
恋人を殺された焼却士がどうなるのかは……知っている。
お母さんの魔法程度で解決できていたら……千年前はあんなに人が死ぬことはなかったわ。
ここまで暴走してしまえば……私の結界でも抑えることは無理。
もう、この世界でネリアを止められるのはキールただ一人よ。
「くそ。キールは何をやっている! お前がネリアを守ってやらなくて誰が守るんだ!」
オーロが大声でキールを呼ぶと、それが届いたのか……空間に穴が開き、転がるように穴からキールが出てきた。
そして、遅れて狼の鼻も出てきたが、私の結界で押し戻した。
「お義兄さん……すみません。逃げるのに手こずってしまいました」
「何がお義兄さんよ。さっさとネリアを安心させてあげなさい」
バシッとキールの頭を叩き、顔をネリアの方に向けさせた。
「え? うわ! ネリア! 大丈夫か!!」
「モヤシテ……え? キール?」
キールの声を聞いたネリアは、一瞬にして暴走状態が解かれた。
ふう。これで全員が焼かれてしまう未来はなさそうね。
「そうだ。お前を世界一愛しているキールだ。俺は死んでないぞ」
「う、うう……生きてて良かった……」
「心配させてごめんな」
「あ、あの……」
抱きつくネリアを上手くどかしながらお母さんがキールの治療をしていると、里のエルフたちが遠慮がちに話しかけてきた。
そうだ。ネリアの暴走で忘れていたけど、エルフたちの確認をしないと!
私は、急いで結界内の魔力を探った。
……良かった。二十年死んだエルフはいなそうね。
「皆……久しぶりね。約束通り、二十年かけて帰ってきたわ」
「も、もしかして女王さまですか!?」
「そうよ。二十年もかかってしまったけど……助けに来たわ」
「二十年なんてエルフにとっては一瞬。些細な年月など気にしないでください」
「そうですよ。もう一度女王様にお目にかかれただけで十分です」
「信じていなかったわけじゃないけど、ローゼは本当に女王様だったんだな」
そんなことを言いながら、オーロが肩に手を置いてきた。
そんなオーロを見て、一人のエルフがオーロを睨みつけた。
「なんと失礼な! その方はエルフを千年も治める女王様であられますぞ!」
「怒らないで。この人は私の……」
オーロのことを説明しようとして、私はすぐにオーロとの関係を表す言葉が出てこなかった。
そして……考えていると間に、ほんのり顔が熱くなってしまった。
「なるほど。オーロ殿、女王様の配偶者となる男と知らず、失礼しました。無礼をお許しください」
「ちょ、ちょっと!」
一言もそんなこと言ってないじゃない!
「ふふふ。二百年女王様の傍にいさせて貰いましたが、そのような顔を見たのは初めてです。もちろん良い方向にですが……人間界にてお変わられになられましたね」
「ふふふ。そうでしたね。これも、オーロくんのおかげなのかしら?」
「恋は女を変えてしまうからね~」
「お、俺は……」
「今はそんな話をしている場合じゃないわよ。すぐに、エルフを全員ここに集めて」
お母さんたちまで余計な話を始めたから一喝し、お父さんがいつ来ても大丈夫なようにエルフたちを集めておくことにした。
「わかりました。すぐにでも集めて参ります」
エルフたちが他のエルフたちを呼びに行ったのを眺め、視線を皆に移す。
キールの傷も問題なく治せたし、他は怪我した様子もない。
お父さんたちが戻れば、概ね作戦通りね。
「そういえば……ルー母さんは?」
ネリアの声に、私はハッとした。
そういえば、ルー母さんはビーコンを設置した時点でこっちに来ているはず。
もしかして……お父さんたちがなかなか帰ってこないのもそれが関係している?
「私たちもわからないわね。船からは、島の詳細な戦況とかはわかりづらかったし……無事を祈るしかないわ」
「そうね……」
祈るしかないか……。
「心配させて悪かったな」
「すまなかった。いきなりラスボスが出て、何回か死んでた!」
私が祈ろうとすると、お父さんたちが現れた。
ルー母さんは? と思ったら、お父さんに担がれていた。
「う、うう……」
お父さんに優しく地面に寝かされると、ルー母さんは頭を抑えて蹲った。
「え? ルーは大丈夫なの?!」
「傷とかはないから大丈夫」
「なら……どうして、頭を抱えているの?」
「それは、後だ。とにかく、今はエルフを人間界に逃がす方が先だ」
「そうね」
お父さんの言うとおりね。私は、それ以上の追求を一旦止めた。
幸い、魔力の感じ的に神樹はまだ元気だから、すぐに結界が壊されることはないと思う。
何があったのかを聞く時間は十分にあるはずだわ。





