第十九話 出発
SIDE:ロゼーヌ
「食料オッケー」
「燃料も問題ない」
「消耗品の数も確認したわ」
「せ、船内全てのき、機械を点検し終わったよ」
「ありがとう。こっちも、航路の最終確認ができたわ」
それぞれ最後の確認を終え、もういつ出ても良い状態となった。
「それじゃあ、ついに出発ね!」
「よし! 行くぞ!」
「ねえ……本当に四人だけで行くの?」
皆が出発のムードになる中、ここに残るノーラが一人、心配そうに聞いてきた。
まあ、正直……これだけで行くのは無理があると思っているわ。でも、仕方ないじゃない。
「心配しなくても、大丈夫よ。ディグがなるべく何でも自動でできるようにしてくれたから、私とネリアとキールで魔物の警戒しておけば問題なく航海できるわ」
「そうは言っても……その人数じゃあ、休んでいる暇がないじゃない」
「これから行く場所は、間違いなく一般人では出入りできない場所よ。本来なら、オーロも連れて行きたくないんだから」
私たちですら生きて帰れるかはわからない地獄に、数合わせのためだけに誰かを連れて行こうなんて思えないわ。
「それは言わない約束だろ? 俺は、何があってもローゼを送り届けるって決めたんだから!」
「……そうね」
あなたに関しては、私が最優先で守ると誓うことで心の折り合いをつけたわ。
「はあ、わかったわ。……と言うとでも思った?」
「今さらになって納得してないつもり?」
もう、これから出発というときに……何を考えているの?
「ええ。というか、どうしてこの人たちに声をかけなかったのか謎だわ。ねえ? お父さん?」
そう呼びかけると、ノーラの背後に父さんやお母さんたちがぞろぞろと出てきた。
ああ……これの前振りだったのね。
「お父さん、これっぽっちも頼らなくて悲しいぞ」
「そうよ。成人したと言っても、まだまだ子供なんだからお母さんたちにも頼りなさいよ」
「ワハハハ。これが噂の船か! とてもこの世界のものとは思えないな!」
「と、父ちゃん!?」
「キール! 何黙って一人で面白いことをしようとしているんだ! 俺も混ぜろ! あと、母さんがたまには顔を見せに帰って来いって怒ってたぞ」
「うえ……。それ、帰ったら説教されるやつじゃん」
「皆、見ない間に大人になってしまったな。そりゃあ、うちの娘達も結婚する歳になるか……ううう……」
「カイトさんはなんで泣いているの?」
一人だけ涙を流している勇者が気になって、思わず聞いてしまった。
娘が結婚したってことは……マミさんが結婚したってこと?
「ああ。今度、長女のマミちゃんがうちのカインと結婚することになってショックを受けているんだ」
は? カインが?
「え!? カイン兄さん、結婚するの!? あんな、女の子と距離を取っていたのに? しかも、一番避けていたマミさんが相手なんて信じられないわ!」
まさか、催眠暴走事件の被害者と加害者の二人が結婚することになるなんてね……。
「まあ、人生何があるのかわからないってことだ。結婚に至った経緯とかは、本人たちから聞くことだな」
「へ~。それじゃあ、生きて結婚式に出ないとね」
「やめろ! それはフラグと言って、良くないことが起こる呪いになるんだ! いや、でも……そうなると結婚式に出なくて良くなるのか? ああ、それなら良いかも!」
「良くないわよ! 娘を悲しい気持ちで結婚させるつもり? どうせ結婚するんだから、幸せいっぱいで結婚させてあげなさいよ!」
「……そうだな。マミ、父さんはお前の幸せの為に頑張るぞ!」
シェリー母さんの叱咤に、カイトさんは考えを改めたようだけど……相変わらず、お父さんの友達は変わり者しかいないわね。
あ、例外としてフランクさんがいたわ。
「本当、もう娘は二十になったというのに……子離しろよな」
「これから……娘さんたちが結婚する度にこんな感じなるんですかね?」
「いや、末っ子に近づくほどもっとひどくなっていくんじゃないか? どんどん家から子供たちが出て行ってしまうのを、こいつが耐えられるとは思えない」
「やめろ……娘たちが結婚していく話をするな……」
これから出発するのに、こんな締まらない空気で大丈夫なんだろうか?
頭を抱えながら涙を流すいい歳した大人と、それを眺めて笑う大人たちになんとも言えない気持ちになった。
まあ、たぶんこれはお父さんたちなりに、私たちの緊張をほぐそうとしているんだわ。
そういうことにしておきましょう。
SIDE:破壊士
ああ……今日も暇だな。
目の前にそびえ立つ結界に手を触れながら、ここ数年変わらない毎日に退屈していた。
そろそろ、本気でこの結界を壊そうかしら? でも、どうせこの中に女王はいないし、たくさんの魔力を使ってしまうのはもったいない気がして嫌なのよね……。
そんなことを考えていると、背後に一人の人間の気配がした。
私がこの距離まで気配を感じ取れないのは、この世界でも片手で数える必要もないくらいしかいない。
振り返ると、そんな中の一人である人族のアレンが立っていた。
「ルーベラ様、ついに人間界の転生者たちがあちらを出発しました」
「そう。遂に始まるのね。あっちは何人の転生者がいるのかしら?」
「エルフの女王、焼却士、勇者、新魔王、新創造士、新破壊士……それと、どこにいるかはわかっていませんが裏切り者の複製士と影士、合計八人になると思います」
「そこにあの人が加わったら、九人か……」
随分と、退屈しなそうな戦いになりそうね。
「しかし、ルーベラ様が相手だったら、数は関係ないと思います」
「さて、どうかしらね? 全盛期の私だったら、むしろ探す手間が省けたって喜んでたけど、今はそういうわけにはいかないわ。うっ、ぐう……」
そう言っている傍から、全身が痛み始めた。
まったく……焼却士に左腕から胸の辺りまで焼かれ、絶対に消えない呪いが二つかけられ、右足を失っていているというのに……我ながらよく生きられていると思うわ。
「き、傷が痛みますか?」
「大丈夫よ! 行きなさい!」
あなたに心配されるほど弱ってなんかいないわよ!
「わ、わかりました……」
『壊せ! 壊せ! 壊せ! 壊せ!』
ああ……また始まった。前世で嫌いだった教師の声だ。
何度聞いても吐き気がする。
「うるさい! ここ最近静かだったのに……」
『壊せ! 壊せ! 壊せ! 壊せ! この世界の全てを壊せ!』
「……これから来る転生者を全部壊せばこの声も聞こえなくなるかな?」
『壊せ! 壊せ! 壊せ! 壊せ!』
「違う……あの人を……あの人をこの手で壊さないと。そうすれば……いや、そうしないときっとこの声は聞こえないはずだわ」
そう、だって私がこの世界に来たのも全てを壊したいと思ったのも、全てあの人がきっかけなんだから。





