第十四話 ドワーフを勧誘③
SIDE:レオンス
ローゼのことをノーラに頼んだ時に結んだ契約書の最後に『ノーラたちがドワーフの技術を見つけた時は、それを持ち帰る協力を俺たちがしないといけない。また、船に関する技術は必ずノーラたちに譲ること』と書かれている。
最初は、ノーラが全ての技術を独占するという内容だったが、エルシーに丸め込まれてこうなった。
絶対に見つけられるわけでもないし、ドワーフがそんなに凄い技術を持っているとは限らないんだから、別にそこまで大人げないことをしなくても良いじゃないか。
そう思っていたのだが、今の俺ならエルシーが正解だったと言ってしまうだろう。
そんなことを思いながら、空間魔法に戸惑うドワーフを見ていた。
「こ、ここは……?」
「私の城ですよ」
「ふむふむ……なかなか細部まで作り込まれていて良い城じゃないか」
「これを設計した者とは一晩酒を飲んでみたいものだ」
さっきまでの驚きを忘れ、すぐに城の構造を確認し始めたドワーフたちの物作りへの貪欲さに、流石師匠と同じ血が流れる人たちだと感心してしまった。
「ハハハ。この城は私が生まれるずっと前には建っていたましたよ」
「そうか……それは残念だ」
「これが外の世界の街か……。確かに、嬢ちゃんたちが言うとおり……儂らから見ると時代遅れに感じてしまうな」
外の建物は、お気には召さなかったようだ。
「これでも、他の街に比べたらマシですよ」
「そうなのか……」
「でも、あなたたちがいれば、我々はすぐにでもドワーフと同レベルの文明を手に入れられるはずです」
「それはつまり……儂らに、ドワーフの技術を教えろってことか?」
「まあ、端的に言えばそうですね。でも、こっちにもあなたたちを驚かせられる物はありますよ?」
そう言って、俺は師匠の代表作である魔剣を見せた。
「それは……さっき見せて貰った剣だな」
「そうです。私たちは魔剣と呼んでいます。この剣を作った私の師匠の発明、他にも見たくありませんか?」
「あ、ああ……是非とも……」
「それじゃあ、こちらに」
「こ、ここは?」
了承を得たので、空間魔法で全員を孤児院の地下にまで連れてきた。
「とある施設の地下です。ここの存在は、妻と数人の部下と親友しか知りません。もちろん、子供に見せるのも初めてです」
そう言いながらノーラの顔を見ると、立派な金庫を見て驚きで顔が口を開けたまま固まっていた
「こんな金庫があったんだ……」
「こんな厳重に管理するほど、技王の末裔の発明は凄いのか?」
「ええ。時代が違えば、これの存在が広まれば、もしかしたら戦争が起きるかもしれません」
元々は、金貨がびっしり詰まっていたが、一々出し入れするのが面倒ということで、今では使い道のないお宝の類いを保管しておく場所となっている。
「そ、そんな厄介な物を作ってこの世を去って行ったのか」
「まあ、死ぬ間際の師匠は、息子の暴走を止めることしか考えていませんでしたから」
あの時の師匠は、それだけに命を賭けていたからな。
今でも、あれを止めておくべきだったのか考えるときがある。
「技王の暴走……。お前の師匠は、技王に立ち向かったのか?」
「いえ、結果的には勇者に立ち向かうことになってしまいました」
「ゆ、勇者だと!?」
「ええ。これからお見せするのは、まったくの素人が勇者に立ち向かえる程の力を得ることができてしまう鎧です」
「そ、そんな鎧があってたまるか!」
まあ、そう怒ってしまうのもよくわかるよ。でも、俺の師匠が命をかければ、それを可能になってしまうのだ。
「それほど、私の師匠は天才だったのですよ」
「そ、そんな、天才で片付けて良い代物なのか?」
「年寄りが騒ぐんじゃないの。ただでさえ、普段から血圧が高めなんだから」
「あ、ああ……」
「それじゃあ、金庫を開けますね」
「すげえ……宝の山だ」
金庫に入り、金や銀でできた装飾やこの世界で名作と呼ばれている絵画を見ながら、金庫の奥に進んでいく。
そして、一番奥に着くと、白く光るミスリルでできた全身鎧が飾られていた。
「あれが私たちに見せたかった鎧かしら?」
「はい。これ、誰に聞いても鎧に描かれている魔方陣の効果がわからないと言われてしまうんですよね。皆さんなら、わかります?」
「魔方陣に詳しいのは、儂とディグだ。どれ、ちょっと見せてみろ……」
そう言って、お爺さんドワーフとディグくんが鎧の裏に描かれた魔方陣を見始めた。
「おいおい……これ、て、鉄じゃないだろ?」
「これはたまげた……。全てミスリルだ。技王の残した刀ぐらいでしか、見たことがないぞ」
「そんな希少金属、どこから手に入れてきたんだ?」
へえ。ドワーフたちにとっても、ミスリルというのは珍しいものなんだな。
「ええ。まだありますけど、要ります?」
「こ、こっちだと、ミスリルは簡単に手に入る物なのか?」
「そんなわけないわ。手に入らないことはないけど、ここまで持っているのは世界で父さんだけよ」
俺が説明するよりも早く、ローゼが答えてくれた。
なんだか、お父さんだけとか言って貰えると、ローゼに褒めて貰っているようで気分が良いな。
「おい。なんとなく、この鎧の性質がわかったぞ」
「流石ですね」
まだ、五分も見てないのに読み解いてしまうなんて、流石ドワーフだ。
「ちっ。これを作った奴は、これを着る奴のことをこれっぽっちも考えてないみたいだ。胸くそ悪い」
「ど、どういうことですか?」
「俺も全ての魔方陣を解読できたわけじゃねえが、ざっくりと言えば……装着者の生命力を奪って装着者を強化する魔の鎧って感じだな」
はあ? 師匠、なんて物を発明しているんだよ!
「さ、最初は魔力を抜き取るこ、構造になっていますが、そ、装着者の魔力が無くなると生命力がぬ、抜き取るようになっています」
「そうなのか……師匠の不可解な死は、これが原因だったんだな」
「ホラントさん……」
過労死じゃなくて、まさか鎧に生命力を抜き取られて死んでいたとは。
死ぬ覚悟だったとは言え……はあ、やっぱり止めるべきだったかな……。
それからしばらく鎧を調べた後、俺たちはまた城に戻ってきてドワーフたちに技術を提供してもらえるよう交渉を再開した。
「なかなか興味深い物を見せて貰った。俺は今後、あれを誰もが使えるよう改良したいと思った」
「それは良いですね。要望があれば、土地、素材、人を用意しますよ」
「おい。お前の魔力エンジンの夢は諦めるのか?」
そういえば、あっちでそんな話をしていたな。魔力を使って電気を発電するエンジンだっけ?
もしそれが発明できれば、この世界では地球みたいな空気汚染を伴うことのない、クリーンな産業革命が起きてしまうかもしれないな。
「魔力エンジンはディグに任せるよ」
「ぼ、僕なんかが……」
「魔法具の知識に偏っている俺だと、どうしても思考が固くなってしまうんだよ。それに比べて、お前は俺たち四人の知恵を均等に受け継いで、柔軟な思考を持っている。俺の悲願を叶えられるのは、お前しかいない」
「そうだな。儂らは、外に出して貰った恩をこの人に返さないといけない。もう、研究だけに集中している暇なんてないさ」
「まあ、俺は別にエンジンなんてどうでもいいと思うけどな。お前のやりたいことをやれ」
「ぼ、僕だって……そ、外に出して貰った恩を……」
「それなら、私たちの為にその魔力エンジンを作ってよ!」
さっきまで静かだったノーラがここだとばかりに、ディグくんの腕を掴んだ。
確かに、魔力エンジンは船にも使える技術だろう。
魔力エンジンの技術が一番欲しかったが……これは、ノーラに譲らないといけないな。
そんなことを思っていると、隣に立っていたエルシーがぎゅう……と音を立てながら手を握りしめてきた。
どうやら、魔力エンジンを娘に持って行かれたのがよほど悔しかったようだ。
ハハハ。良いじゃないか。人数だけ見れば、俺たちには五人中四人ものドワーフが技術を提供してくれるんだぞ? 十分儲けられるって。
まあ、将来のエネルギー産業は娘たちが派遣を握ってしまうだろうけどな。
「私たちにはあなたの力が必要なの。ね? 良いでしょ?」
「あ、え、えっと……」
ノーラのあざとい目に、ディグくんはたじたじだ。
可哀想に、もう彼が逃げることはできないだろう。
「ガハハハ。嬢ちゃんは面白いな。おいディグ、嬢ちゃんについて行ってみろ。きっと楽しませてくれるぞ」
「ディグが外で生きていくのはちょっと厳しい気がしたけど、嬢ちゃんたちがついているなら心配なさそうね」
「ふふふ。交渉成立。もう、私はあなたを放さないから!」
「ちょ、え、あ……」
ノーラが更にディグくんと密着すると、ディグくんは耳まで真っ赤に染まった。
「ククク。ディグ、顔が真っ赤だぞ」
「し、しかたないじゃないか……」
「お嬢ちゃん、ディグは見ての通り口下手で苦労も多いだろうけど……よろしく頼むわ」
「任せてください! 絶対、ディグは私が幸せにしてみせますので!」
ハハハ。なんだか、嫁の親に挨拶する男みたいだな。
まあ……ディグくんみたいな男の子は、破天荒なノーラにはぴったりなのかもしれないな。
ディグくん、こちらこそ娘をよろしく頼むよ。