第八話 信頼
SIDE:ロゼーヌ
造船を始めて、早くも一ヶ月が経った。
「やっと形になってきたわね」
私たちは、船らしい見た目になってきた物を眺めながら、達成感に浸っていた。
私が予想していた何倍も早く、ここまでこれてしまった。
まだまだ完成にはほど遠いけど、喜んでしまうのも仕方ないと思う。
「これを見たら、村の大人たちも少しは信じてくれるんじゃないか?」
「どうせ、見た目だけの張りぼてって言われるわ。見せるなら、完成してからよ」
これだけを見せても、本当に海に浮くとは思われないわよ。
ちゃんと、海に浮かんでいる船を見せてからじゃないと、あの村人たちを黙らせることはできないわ。
「そんなことないと思うけどな……」
「まあまあ、どっちにしても村人にお披露目するのにそこまで時間がかからないわよ。これも、オーロが無属性魔法を使えるようになったおかげね!」
まあ、工具の使い方に慣れてきたとか、他にも考えられる要因はあるんだけどね。
「そ、そうか? 俺なんてまだまだだと思うぞ? 二人に比べれば魔力は少ないし」
「そりゃあ、私たちは十年以上毎日魔力を鍛えているからね。一ヶ月鍛えた程度の人に越えられるわけがないわ」
私なんて、生まれたばかりの頃か鍛えているんだから、一生かかってもあなたが私に追いつくのは無理だわ。
「それもそうだな。でも、少しでも力になれるよう頑張るぞ!」
「今日はどうするの? 私たちの家でご飯食べてく?」
「いや、今日は父ちゃんが森に行っているからな。家で帰りを待たないと」
そういえば、そんなことを言っていたわね。
私たちに協力してちゃんとした船を造ればいいものを……。どうして、そんな非効率なことをするのかしらね?
「それじゃあ、また明日!」
「ああ、また明日!」
「また明日……」
「ふふふ。残念そうな顔をしているわよ」
「え? 嘘?」
私、顔に出てた?
「嘘よ」
「……」
この小娘……今日は飯を抜きにしてやろうかしら?
「そんなに睨まないでよ。ちょっと揶揄うくらい良いじゃない」
「ふん」
私はノーラを無視して、家に向かった。
もう、今日は夕飯は作らない。精々、空腹に耐えることね。
「もう……機嫌を直して。私が悪かったわ」
「それにしても……あの学校で氷の女王様と呼ばれていたあなたが恋なんてね」
「……まだその話をするの?」
私、本気で夕飯を作らないわよ?
「ふふふ。でも、ちょっとはオーロのことを気になっているんでしょ?」
「そんなことないわよ。何歳差だと思っているの?」
「逆に、そのくらい生きていたら、十四歳も二十歳も変わらないんじゃないの?」
「……それでも、私が彼を好きになる理由なんてないわ」
そう、私は別にオーロのことが好きなわけじゃないんだから。
「……そうかしら? 私は、気難しいあなたを支えられる男は、この世界でオーロだけだと思うわ」
「別に、私は支えて貰う必要なんてないわ」
一人でも生きていけるわ。
「……そうかしら? 意外と、自由に生きるって大変だと思うんだけどね」
ピンポン!
「珍しいわね……誰かしら?」
結局夕飯を作り、しっかりとノーラを食べさせた頃、呼び鈴が鳴り……二人で顔を見合わせた。
「村人がここに来たことはないし、オーロじゃない?」
「何かあったのかしら?」
とりあえず、玄関に向かった。
「はあはあはあ」
ドアを開けると、息を切らしたオーロが立っていた。
やっぱり、何かあったみたいだ。
「そんなに息を切らしてどうしたの?」
「大変なんだ! 父ちゃんたちが森から帰ってこないんだ!」
「そういうこと……わかった。私が助けに行ってくる」
確か、オーロが言っていた森はあっちの方向よね。
「頼む……父ちゃんたちを救えるのはローゼしかいないんだ」
私が外に出る準備をしようとすると、オーロがひざまずくように頭を下げた。
まったく……そんなことをする必要ないのに。
「オーロ、顔を上げて」
肩を掴み、オーロを立ち上がらせた。
不安な目をしている……。
オーロの目を見ていたら自然と、抱きしめていた。
「大丈夫。あなたの家族は私が絶対助けるわ。だから、安心しなさい」
「う、うん……」
「本当、二人って男女が逆よね。まあ、お似合いではあるんだけど」
「うるさい。それじゃあ、オーロを頼んだわよ」
空気も読まず、茶化してくるノーラにオーロを押しつけて、私は自分の剣を取りに部屋に戻った。
「あ、これを持って行くと良いわ! お母さんたちが開発した回復薬! とりあえず、私たちは村の広場で待っているわ」
「わかった」
家から出る前にノーラから回復薬を受け取り、森に向けて全速力で走った。
暗いわね……。すぐに見つかると良いのだけど。
SIDE:オーロ
「やっぱり……俺って男らしくないか?」
ローゼを見送り、村に向かう道で俺は思わずそんなことをノーラに聞いてしまった。
正直、俺なんかよりローゼの方が心も体も強くて、男としての自信を無くしていた。
「そんなことないわ。まあ……相手が悪いだけよ」
「ローゼって、どうしてあんなに強いんだ? 俺やノーラと同じ十四歳なんだろ?」
「それは……本人から聞くことね。私の口からは言えないわ」
やっぱり、何かあるんだな。
「わかった。今度、聞いてみる」
「あ、でも、気をつけて聞いてね? 私もあまり詳しいことは知らないんだけど、ローゼにとっては凄く話すのが辛い話だと思うから」
「そうなのか……。わかった。聞くときは、最大限気をつけるよ」
ローゼは、俺が思っていたよりも辛い経験をしているのか……。
通りで……どう頑張っても男として勝てないはずだ。
「オーロ! どこに行っていたの!?」
村に戻ると、すぐに母さんが駆け寄ってきた。
広場には……今日森に出て行った以外の村人全員が出てきているようだ。
「ローゼとノーラのところだよ」
「こんなときにどうして?」
「ローゼに父ちゃんを助けてもらうように頼んだんだ」
「ちょっと本気なの!? 女の子一人で行ってどうにかなるものじゃないわ! 今すぐ止めないと!」
「大丈夫。ローゼは、あの程度の森で怪我することすらないわ」
「な、何を言っているのよ! あの森ではたくさんの人が死んでいるのよ?! それをあの程度なんて……。これだから、外の人は」
母さんの言葉に、俺は思わずイラッとしてしまった。
どうして、俺たちのために父さんたちを助けに行ってくれたローゼにそんなことが言えるんだよ……。
「好きに言っていれば良いわ」
「本当に……大丈夫なのか?」
「村長、あなたもドラゴンの肉を食べたでしょ? あれ、この世界で最強の魔物の肉よ?」
「そうだったな……。お前たち、ここで少女を信じてガロたちの帰りを待とうではないか。どうせ、俺たちには祈る以外にできることはない」
「村長が言うなら……」
「わかったわ。待てば良いんでしょ」
村長の一声で、村人はそれ以上何も言わなかった。
まったく……どうして皆、外の人をそこまで嫌うんだ。ここまで、俺たちの為に頑張ってくれているのに……。
一時間後。
まだ、父さんやローゼは森から出てきていなかった。
「……遅いな」
「やっぱり、あの子が行ったところで助けられるはずがないのよ」
次第に、苛立ちだした村人たちの不安がローゼに向かい始めた。
ここの大人たちは……本当に大人なのだろうか?
十四歳のローゼの方が、よっぽど大人だ。
「うるさい!」
「オ、オーロ……」
「信じて待つって決めたんだ! 一時間だろうと十時間だろうと信じて待つんだよ! 俺は、日が昇ってもここで待つぞ!」
耐えられなくなった俺は、村人たちに向かってそう叫んだ。
これ以上、ローゼが悪く言われるのは我慢できない。
「そ、そうね……」
「わかったよ。待つよ」
村人たちは俺の声にまた静かになった。
そして……更に一時間が経ったころ。
「あ、あれ……帰ってきたんじゃない?」
「どこ!?」
よくわからない筒を眺めていたノーラの言葉に、俺はいち早く反応した。
「もう少ししたら見えるわ。今日、森に行ったのは何人?」
「ご、五人よ! どうなの? 五人全員ちゃんと帰ってきているの?!」
「一、二、三……ちょっと暗くて正確な人数まではわからないわ。でも、何人か抱えられている人がいるから、迎えに行った方が良いと思う」
「わかった! 俺、行ってくる!」
ローゼの言葉を聞くよりも早く、俺は走り出していた。
早く……父さんたちの無事を確認したい。どうか……皆、無事でいてくれ。
しばらく走ると、視界に人影が見えてきた。
あ、先頭にいる背の低い影はローゼだ!
「ローゼ!」
「約束は果たしたわ」
「ありがとう……。父さんたちも無事で良かった」
俺は、六人全員がいることに安心して、足の力が抜けてしまった。
「オーロが助けを頼んでくれたんだってな?」
「う、うん」
「褒めてやりたいところだが……女の子を一人で森に行かせたことと帳消しだな」
そう言いながら、お父さんは軽く俺の頭にゴチンと拳を落としてきた。
「父さん……本当に生きていて良かった」
「ああ、俺も今回ばかりは死んだと思った」
「ああ、嬢ちゃんに助けられなかったら間違いなく死んでいた」
「今回ばかりは……感謝しないといけないな」
「お~い! 大丈夫か!」
「ちょっと! 背負われている二人は無事なの!?」
父さんたちがローゼに感謝していると、後ろから村人たちの声が聞こえてきた。
「ああ、二人は怪我が酷かったが、嬢ちゃんが持ってきた薬のおかげで助かったよ。今は寝ているだけだ」
「よかった……」
「詳しい話はまた明日だ! 六人とも疲れているはずだ。今日は寝かせてやれ!」
村長の言葉に皆がうなずき、父さんたちから怪我人たちは村に残っていた男たちが引き受けた。
「嬢ちゃん……あんたは命の恩人だ。ありがとう。この恩は、絶対に返す」
村に帰る道中、お父さんたちは何度もローゼにそう言っていた。
そして、口々に今までのことを謝罪していた。
そんな三人に、さっきまで嫌みを言っていた村人たちは何とも言えない表情をしていた。
「ローゼ」
「何?」
「今日は本当にありがとう!」
「どういたしまして」