第五話 宴
SIDE:ノーラ
村長と少し時間を置いてから私たちが村に入ると、村人たちには敵意に似たようなとても警戒した目を私たちに向けていた。
「こんな小娘が……」
「おい、よせ」
「宴の食料はどうした? こっちは、お前らが用意するから宴をしてもいいってなったんだぞ?」
「馬鹿! お前も大人げないぞ!」
我慢ができなくなった村人が私たちに嫌みを言い、村長がなんとか抑えている状況だった。
なるほどね……。これは、私が思っていた以上に仲良くなる難易度が高いかもしれないわね。
でも、そんな不安は顔に出したらダメ。一流の商人たるもの、どんな時も笑顔で対応よ。
「ふふふ。心配しないで、ちゃんとあなたたちが満足できるものを持ってきたから」
「な、なんだと……? そんなの、どこにあるっていうんだ?」
「ローゼ、出してあげなさい」
私が合図を出すと、少し離れたところにいたローゼが魔法の袋から大きなドラゴンを取り出した。
「な、なんだこれ!?」
「小さな袋からとんでもねえ化け物を出しやがった!」
村人たちは、先ほどの敵意など忘れたようにローゼが出したドラゴンに興味津々だった。
掴みは上々ね。
「ドラゴンよ。ドラゴンくらい知っているでしょ?」
「こ、これがドラゴン……」
「こいつの肉、本当に美味いのか?」
「心配しなくても美味しいわ。この肉、貴族でも一生で一度も口にすることができないのよ?」
貴族たちがドラゴンの肉を食べる機会を与えられるのは、ミュルディーン家が主催するパーティーの時だけだ。
もちろんうちは公爵家だから、上流階級とうちと仲の良い貴族しか招待しない。
だから最近の帝国だと、爵位とは別にミュルディーン家のパーティーに招待されたことがあるかが上流階級の仲間入りする条件となっているそうだ。
まあ、これはドラゴンの肉だけじゃなくて、ミュルディーン家が皇族よりも大きな影響力を持っているからってのもあるんでしょうね。
お父さんの跡を継がないといけないカインかリルはご愁傷様だわ。私は、そんな強大な権力を一人で纏められる自信なんてないもの。
「貴族たちが口にすることもできない!?」
あ、今は村人たちに集中しないと。
「そ、そんな……売ったらいくらになるんだ?」
「さあ? 最低でも白金貨数枚じゃないかしら?」
そもそも私はドラゴンがお金で取引されているところを見たことないし、数枚でも足りないかもしれないわね。
「は、白金貨? おいおい……なんて物を俺たちに食わせようとしているんだ」
「俺たちにこれを食わせて、一生言うことを聞かせる奴隷にするつもりか?」
まあ、奴隷にするつもりはないけど、私がしたお願いなら喜んでやってくれるくらいにはなって貰うつもりよ。
「別に対価とか求めないし、遠慮する必要はないわ。ドラゴンなら、あと十体くらいいるんだっけ?」
「うん」
私の問いかけに、ローゼは何てことないように頷いた。
まったく……ドラゴンを一人で十体以上も狩っていたなんて、数年前まで日の光を浴びるのも嫌がっていた箱入り娘とは思えないわね。
「嘘だろ……。お前さん……ドラゴンを倒せるんだな。勇者も倒せなかったって聞いたぞ?」
「私たちの家族では珍しいことじゃないわ」
「はあ? ドラゴンを倒すのが珍しいことじゃない? お前の家族、どういう集団なんだ?」
そうね……なんて説明すれば良いのかしら?
「ミュルディーン家って、聞いたことない?」
「ミュルディーン家? ああ、今の帝国はミュルディーン公爵で成り立っているって月に一度だけ来る行商が言っていたな」
ほとんどの村人たちが首をかしげる中、唯一村長だけは知っていたみたいだ。
そして、村長の言葉で村人たちの表情が少し硬くなった。
「……公爵? お前たちは公爵なのか?」
「そう。私たちは、そこの長女と次女よ」
「ど、どうして……。そんな大貴族たちの娘さんたちが、どうしてこんな辺境に?」
私たちが公爵家と聞いて、村人たちは先ほどまでの強気の態度から一変して、遠慮がちに話すようになってしまった。
ああ……これならまだ怒鳴られていた方が良かったわ。
心に壁を作られてしまうと、そう簡単に気を許しては貰えなくなってしまうのよね。
「ここに来たのは、海があるからよ」
「海? こんなのが何になるって言うんだい?」
「ふふふ。皆は、あの海の向こうには何があると思う?」
「何を言っているんだ? 海はずっと海だろ? 何回も海に出ている俺が言うんだから間違いない」
まあ、普通に生活していたら海を何日間も渡った先に陸があるなんて知り得ないわよね。
「ううん。海の向こうにはまた違う陸があるの」
「え? 海の向こうに陸が?」
「そう。皆は気にならない? この広大な海を頑張って越えた向こうに広がる陸地があるのよ? ここにはいない生物や果物、異文化の人々……きっと私たちの知らないものがたくさんあるのよ!」
「それはまた……」
「壮大な夢だな」
あら、思ったより私の口八丁な演説で村人たちの心が動かせてしまったようだ。
やっぱり海に出る男たちだから、冒険とかに惹かれるものがあるのかな?
「壮大な夢ほど、挑戦したくなるものでしょ?」
「確かにな……」
「ワハハハ! 野郎ども! 見ろ、今日は肉だ! 名一杯食って飲むぞ!」
そう音頭を取るのは、お父さんくらいの年頃の男の人だった。
たぶん、あの人は村人たちの人気が高いんだろうね。あの人が一声かけたら、一気に村人たちのテンションが上がった。
『おおー!!』
「ふふふ。喜んで貰えて良かったわね」
「そうね」
「おい。お前らも飲め飲め!」
私たちが村人たちが楽しそうにしているのを眺めていると、先ほど音頭を取っていた男が酒が入ったジョッキを手渡してきた。
「あ、子供がお酒を飲んだらいけないわよ!」
「別に、この体ももう大丈夫だし……」
と言いながら、ローゼは酒をくいっと飲み始めた。
「そうだそうだ。ノーラも固いこと言ってないで、飲んじまえ! 俺がお前くらいの頃には、この酒を十杯は飲んでいたぞ?」
「嘘つけ! チビだったお前に、そんなに飲めるかよ!」
「そうだそうだ! 最近は飲めるようになったからって調子乗るな!」
「うるせえ! 少しくらいかっこつけてもバチはあたらねえだろ!」
村長と変わらないか、少し下くらいの年配のおじさんたちのヤジとそれに必死に言い返す目の前のやり取りが面白くて、思わずくすりと笑ってしまった。
お酒が入って、少しは皆の気が緩んできているわね。宴作戦、思っていたよりも功を奏したわね。
「ほら、お嬢ちゃん、ぐいっといっちゃいな」
「う、うん……うえ」
一口だけお酒を口に含んだら、あまりの苦さにすぐ飲むのをやめた。
なにこれ、こんなのを皆は美味しそうに飲んでいるの?
「ははは。やっぱり、子供には不味く感じるよな」
「ローゼ、よくこんなの平気で飲めるね」
「まあ、酒なんてこんなものよ」
ああ……そりゃあ、あなたはお酒の味を知っているわよね。
はあ、私のもローゼに飲んで貰おうっと。
「おお、ロゼーヌは良い飲みっぷりじゃないか。さては、お前はもう大人だな?」
「まあ、そんなところよ」
早々に一杯を飲み干し、私から新しいお酒を受け取ったローゼは気分が良さそうにドヤ顔を決めてみせた。
あなた、前の体は知らないけど今は体が小さいんだからすぐに酔ってしまうわよ……。
「おい! ドラゴンの肉が焼けたぞ! 誰から食うか?」
「ふん。どうせ不味いに決まっている。本当に美味かったら、俺たちに施す意味がないんだからな」
「そうだ。もしかしたら毒が入っているかもしれないぞ?」
「意気地なしどもめ……。よし! 俺が食おう!」
若い村人たちからのヤジに、音頭を取ったり私たちにお酒を渡してくれた男の人が名乗りをあげた。
なんだか、この人が村を攻略する鍵になりそうね。
「ガロ! やめておけ! お前が死んだら俺たちが困る!」
「そうだそうだ!」
「何を言っているんだが……お前たちにはこの二人が毒を入れるような酷いやつらに見えるのか? 俺は信じるぞ。それじゃあ、いただきま~す!」
ガロさんは、私たちにそう宣言すると大きな一口で肉にかじりついた。
あの量を食べるだけでも金貨が必要って言ったら、ガロさんはどんな顔だろうな……。
「うっ」
「お、おい! ガロ? くそ、やっぱり毒が入っていたんだ」
ガロさんが何回か咀嚼して、目を見開くと心配した村人たちが慌てて駆け寄った。
まさか、毒なんて本当に入れてないわ!
「うめええええ!」
「「はあ?」」
あ、いけない。心配した村人とハモって汚い声が出てしまったわ。
「この肉、めっちゃうめえ。お前らが食べないなら、俺が全部食べる!」
「あ、待って私も食べるわ!」
「俺も! お前だけずるいぞ!」
ガロさんが勢い良く肉を頬張り始めると、我慢できなくなった村人たちが一気に押し寄せた。
「う、うそ……。こんなに美味しい物がこの世界に存在していたんだ」
「俺も貰う!」
「父さん! 僕にもちょうだい!」
「ああ、食え食え。これ、食わないと絶対後悔するぞ」
「く、くそ……」
「なに意地を張っているんだ。素直に貰ってこい」
「そ、村長がそういうなら……」
「し、仕方ねえ」
意地を張った若い村人たちが羨ましそうに肉を食べている村人を眺めているのを見かねて、村長が声をかけると許しを得た犬のように駆け足で肉に向かっていった。
『う、うめえええ!!』
「ハハハ。そうだろう? お前ら、ローゼと村長に感謝するんだな」
美味しそうに肉を頬張る村人たちにそう言いながら、村長は私たちのところにやってきた。
「あのガロって男……この村でどういう役割なの?」
「若い衆の纏め役だよ。私の後継者でもある」
「そう。つまり、次期村長ってわけね」
通りで、村人たちから信用されているわけだわ。
「そうだな。こういうとき、ガロがいると本当に助かるよ」
「皆に信頼されているのね」
「困っている人を放っておけない性格なんだよ。余計なお節介も多々あるが、村人たちは何度もガロに助けて貰っている。ガロは、村人全員から好かれている男だ」
「へえ。この村の大黒柱なのね」
村長の言い方的に、もしかしたら村長よりもガロさんの方が人気がありそうね。
やっぱり、この村の攻略はガロさんが鍵になるので間違いないわ。
「海を越えるか……。本当にできるのか?」
「できるわ。もちろん、簡単なことではないと思うけど」
「そうか。とは言っても、俺たちは海に潜って魚を獲るくらいしか能のない男たちだぞ? 俺たちに手伝えることがあるか?」
「さあ? 私もまだどうやったら船ができるのかよくわかってないのよね。でも、力仕事は私たちよりも向いているでしょ?」
見渡した限り、ほとんどがムキムキの男たちだ。
「言われてみれば確かにな。二人とも、力仕事ができるような体じゃないか」
「協力して貰ったら対価は払うし、ここに住まわせて貰う以上村の仕事もちゃんとやる。私たちができそうなことなら、なんでも仕事を割り振っ欲しいし、何か知識が必要なことがあったら遠慮なく頼って」
特別扱いは要らない。村人たちと仲良くなるには、私も村人になるのが一番の近道だ。
「お前たち……本当に子供か? それとも、貴族の子供ってのはこんなにしっかりしているのが当たり前なのか? ここのガキどもを見てみろよ。揃って馬鹿ばかりだ」
「さあ? まあ、私たちはよく大人びているとは言われるわね」
そう言いながらローゼに目配せすると顔を真っ赤にしてぼーとしているローゼ、その周りには空になった四本のジョッキが転がっていた。
もう完全に酔っ払ってしまっているじゃない! というか、その二本はどこから貰ってきた!
「やはり、貴族の中でもそうなんだな」
「……ええ。あ、そういえば、最近の食料が安定しないって言っていたわね?」
「ん? ああ。最近、若い連中がどんどん村から出て行ってしまってな。働き手が足りていないんだ」
「……なるほど。それで、村長は若い私たちをそこまで嫌悪しないのね」
村長とガロさんは、この村の非常に不味い状況に気がついているんだろう。
だから、どうにか私たちを村から出て行かないように努力してくれているってところかな。
「今は、若ければ女でもありがたい状況だからな。もう、昔みたいに誰彼構わず、外から来た人を追い出すなんてできないんだよ」
「どうして、そこまで外の人を嫌うの?」
「初めは何か理由があったのかもしれないな。ただ、何代もそんなことをしていれば、理由もわからず当たり前のように外の物を受け入れなくなってしまうんだよ」
「いわゆる伝統ってやつね」
でも、本人たちに大した理由がないなら私たちがちゃんとまともな人だって証明できれば、どうにかなりそう。
「そういうことだな。まあ、その伝統が本当に必要なのか考えてこなかったツケが今に来たって感じだな。村の子供、あれしかいないんだぞ? どう考えても、もうこの村は自力でどうにかするのは限界なんだよ」
そう言って、指さす方向には五人くらいのちびっ子と私くらいの男女が四人しかいなかった。
これは……確かに、村長たちが焦るのもわかるわ。
「人手不足による食料不足……お父さんならどうするんだろう? ローゼ、何か良い案ない?」
あ、今のローゼは酔っ払っていたんだっけ。
「ろょう……。りょう……をかいぜんすりぇば……少しは変わりゅんじゃない……?」
あら、口は回ってないけど、思ったよりも頭はしっかりしているみたいね。
「具体的には?」
「ふねぇと……あみにょ……作り方を学ぶだけでぇも……随分と変わるんじゃにゃい?」
船と網の作り方を学ぶだけでもずいぶんと変わるんじゃない? って言ったのね。
ふむふむ。案外、酔っ払いの言うことだけど使えそうな案ね。
船はどんな物を使っているか見てみないと、私たちで改善できるかはわからないわね。
でも、網の方はローゼが何か知ってそうだから、明日でも二日酔いのローゼに聞いてみるとしますかね。