第三話 拠点
SIDE:レオンス
ノーラと今さっき商談を終えた俺は、ごっそりとノーラに持って行かれてしまったが、ニヤケが止まらなかった。
街を一年は維持できるくらいの金がなくなったとしても、娘の成長を見られた幸福に比べたら大したことじゃない。
お金なら、また稼げば良いだけだしな。
「はてさて、ノーラはどっちに似たんだろうな?」
「あの突発的な思いときと行動力。絶対にあなたで間違いないですよ」
俺の投げかけた質問に、エルシーが当然のように俺に似たと主張してきた。
まったく……さっきまで娘が披露していた交渉術を見ていなかったのか?
「いやいや。あの契約交渉の駆け引き、俺は商談をしているときノーラシーを相手している気がしたんだけどな」
「そうですか? 私なら、もう二枚くらい白金貨を得られたと思いますよ。ノーラはまだまだですね」
「ハハハ。やっぱり、ノーラはエルシーに似たんだな」
エルシーの強気な発言に、さっきまで俺に遠慮なく価格を吊り上げていったエルシーを思い出した。
やっぱり、ノーラはエルシーを見て育ったんだな。
「だから、そんなことないですって。そもそも私なら、あんな無茶なことしないで、母親の商会を継ごうと思いますよ。ああいう難しいことに挑戦してしまうところは、絶対にあなたに似たんですよ」
言われてみれば、エルシーはそういうタイプだな。
与えられた仕事を十二分に熟してしまうけど、自分からあれやりたいこれやりたいはあまりエルシーの口からは聞いたことがない。
「仕方ない。ノーラは二人に似たってことにしようじゃないか」
「……仕方ないですね。私としては、もっと違うところが似て欲しかったのですが」
「まあ、心配になるのはわかるが、同じ十三、四歳だった頃の俺に比べれば可愛い冒険だと思うぞ?」
十三、四というと王国との戦争……いや、カイトの結婚式に参加しに行ったくらいの時か。
うん。確かに、あの時に比べればノーラの挑戦は可愛いものだ。
「あなたと子供たちを比べないでください。普通、十代前半であんなに死線をかいくぐるような日々を送る人はいませんから!」
「ごめんごめん。でも、ノーラが始めようとしている商売、俺は凄く楽しみだぞ」
理不尽に怒られたので軽く謝りながら、話題をそれとなくノーラの方に戻した。
危ない危ない。余計なことを言ってしまった。
「それは私も楽しみですよ。魔界とエルフの里、人間界を繋ぐ貿易会社なんて成功したら、ホラント商会にも劣らない大商会になれるはずです」
「面白いな……。何もしなくても、世界一の大商会を手にできるというのに、自分の力で世界一を目指すんだから」
その生き方、心から尊敬する。
ノーラの商会がどこまで大きくなるのか、これからの楽しみになりそうだ。
「本当、ノーラはあなたに似てしまいましたね」
「いやいや、エルシーだって」
SIDE:ローゼ
「まず、商会の拠点を決めないとね」
私が契約書にサインすると、さっそくノーラが話を進め始めた。
こっちは寝起きだと言うのに、私への配慮はまるでゼロね。
まあ、決めることはさっさと決めて素早く行動に移すのは賛成なんだけど。
「造船と貿易を考えると……港町が良いかしら?」
「そうね。そして、エルフの島に一番近い港町が良いと思うの」
「そうなると……ガルム教国になってしまうわよ?」
人間界の東側にある港町は、私の記憶が正しければその一箇所だけなはずだわ。
帝国にある港は、唯一北のルフェーブル領にあるだけだから。
「それは……ちょっと嫌ね。あっちには貴族へのコネがまったくないもの」
「それじゃあ、ボードレール領で港町を一から用意するしかないんじゃない?」
人間界で一番エルフの里に近い陸地は、地図を見る限りボードレール領だ。
最短距離でエルフの里を目指すなら、そこに港を造るのがいいと思う。
「そうよね……。ボードレール領なら色々と便宜を図ってくれそうだし、多少大変でも信用できない教国で商売するよりは開拓の道を選ぶ方が確実性は高いわね」
「私もそう思う。たぶんだけど、漁村ならいくつかあるだろうから、その中から選べば?」
帝国で漁業が盛んなのはルフェーブル領だけど、海に面しているんだらボードレール領でやっていないってことはないと思う。
「そうね。それじゃあ、フランクさんに会いに行くよ!」
「え? いきなり領主に?」
いくらお父さんの娘だからと言って、そんな簡単に会えるものじゃないでしょ。
「ふふ。使えるものは使うのよ」
ノーラは笑いながら、一枚の手紙をピラピラと見せてきた。
差出人にはレオンスと書かれている。ああ、お父さんに何か手紙を書いて貰ったのね。
「……まったく。私の意見なんて聞かなくて良かったじゃない」
つまり、ノーラは契約を承諾を得て、拠点をボードレール領の漁村にしようと私に提案されることまで事前に予想して準備したということだ。
私は既に道筋が決まっていた茶番に付き合わされていたみたい。
「別に、そういう為に書いて貰ったわけじゃないわ。これは、事前に用意していた手段の一つよ。教国の港に行かないといけないにしても、ボードレール領は通ることになっていたでしょ?」
「まあ、そうね」
「それに、これは私だけの商会じゃないわ。決定権は私とローゼで五十対五十。大事なことは二人で決めないと」
「わかったわ。それじゃあ、フランクさんのところに行くわよ」
ちょっと納得できないけど、今回はそういうことにしておいてあげるわ。
これ以上追求しても、手紙の中身を調べない限り答えは出てこないだろうし。
それからすぐにフランクさんのところまで行き、お父さんからの手紙を渡した。
「ふむふむ。手紙には、君たちの頼みを一つだけ聞いてくれって書かれているよ」
どうやら、ノーラが言っていたことは本当らしい。
疑って悪かったわね。これからは多少、あなたの言うことを信じてあげるわ。
「ありがとうございます。それじゃあ、さっそく頼みたいことがありまして……」
「ハハハ。君は、レオにそっくりだね。君の目、レオが何か僕に無茶振りをするときの目をしているよ」
「え? 父がフランクさんに無茶振りをするなんてことがあったんですか?」
「しょっちゅうさ。中でも一番酷かったのは、急にダンジョンへ挑んだときかな。今でこそこの魔眼の能力には感謝しているけど、当時はレオの無茶には怒ったものさ」
「あ、ヘルマン先生に聞いたことがあります。お父さんと一週間に二つもダンジョンを攻略したときの話ですよね。天使のボスがとても強かったって聞いています」
私も何度か聞いたことがある。ヘルマンは、いつも武勇伝のように楽しく語っていたけどね。
「いや、二つ攻略したのはレオだけさ。俺たちは片方だけ……いや、そっちも結局はレオが倒したんだっけ」
誘っておいて結局全て一人で倒すなんて、相変わらずね。
そういうところ、ノーラはお父さんから受け継いじゃったのね。
「へえ~。お父さん、ローゼやカインが無茶しようとすると怒るのに、自分も随分と無茶していたじゃない」
「ハハハ。確かにそうだな。だが、自分がそれで何度も死にそうになっているから、君たちには無茶して欲しくないんだと思うぞ」
「そういえば、そんな話何回か聞いたことあるかも」
「まあ、君たちも無茶するのは良いけど、死なない程度にしな」
「はい!」
私は、約束できないかな。
そんなことを思い、元気よく返事するノーラの横で私は頷きもしなかった。
「それで、私に何を頼むのかな?」
「漁村の紹介とそこに港を建造する許可が欲しいです。あ、あとついでに私たちの商会の後ろ盾になってください」
ちょっと……頼み事が一つに絞れていないじゃない。
「へえ……。エルシーさんの商会を継ぐわけじゃないんだ?」
まあ、大体の人がその質問をノーラにするでしょうね。
普通に継いでいれば、間違いない成功が約束されているのだから。
「はい。私は継ぐつもりはありません。今話しているのは、これから始める私たち二人の商会です」
「漁村を拠点にして、何をするつもり?」
「造船と貿易を行うつもりです。エルフの里、魔界を繋いで大儲けを企んでいます!」
「へえ……面白そうじゃないか。わかった。全力で支援しようじゃないか。漁村の紹介はもちろん、港の費用もこっちで全額出すよ」
「そ、そこまで?」
破格の支援に、私は思わず声を出してしまった。
まだ始まってもいない商会に、公爵家が後ろ盾につくだけでもありえないことなのに……。
「将来、ホラント商会にも負けないくらい大きくなる商会だ。今から恩を売っておいて損はないだろ?」
「はい! 絶対、損はさせません! あと三十年もすれば、ここはミュルディーンと大差ないくらいにまで発展しているはずです」
これは過言ではないと思う。ミュルディーンが栄えているのはお父さんの手腕もあるけど、一番は世界の中心に位置しているから。
この貿易が成功すれば、今度はボードレールに世界の中心を持ってこれるわ。
「ハハハ。最近、仕事も子育ても落ち着いてきて、退屈でしかたない毎日だったが、やっと忙しくできそうだ」
「ふふ。どうしてフランクさんがお父さんと親友になれたのかわかった気がします」
「え? どうして?」
「お父さんといれば、常に刺激的で退屈しませんから」
ノーラの言う通りね。
お母さんたちにヘルマン、誰もがちょっと変わっている人たちだ。
類は友を呼ぶって言うけど、結局フランクさんもお父さんに似ているところがあるんだわ。
「確かに。なんだかんだ言って、私は大変な日々を楽しんでいたんだな」
「もちろん、私たちも負けないくらいフランクさんを退屈させませんので楽しみにしていてください」
「ハハハ。過労死はしたくないからお手柔らかに頼むよ」
こうして、私たちは拠点と強力な後ろ盾を確保することに成功した。
もう、これで言い訳できないわ。後は、私たちの頑張り次第ね。