第一話 家出
お久しぶりです。
本日から更新を再開します。最終章です。
SIDE:ロゼーヌ
ガツン、ガツン、ガツン……。
とある森の奥深く。
全長が十メートルはありそうな赤いドラゴンが見えない壁に何度も頭を打ちつけていた。
『グルアアア!!』
大きな声で威嚇するも、その透明な壁には傷一つつけることができていなかった。
それもそのはず。壁の正体は、私の結界だから。
「ふふ。無駄よ。いくら頑丈なレッドドラゴンでも、十年以上鍛えた私の結界を破ることはできないわ」
ニヤリと笑う私の考えを感じ取ったのか、ドラゴンは無意味な頭突きを止め、空高く舞い上がった。
どうやら、空から襲えば私を食べられると思っているようだ。
「そんなに高く飛んで……あなた、死んでしまうわよ?」
そんな忠告がドラゴンの耳に届くわけもなく、ドラゴンは標高百メートルくらいの非常に高い場所で結界に衝突した。
そして、しばらく土煙で結界の外が見えなくなるほど強く地面と衝突した。
「……瀕死になってくれたら楽なんだけど」
土煙が晴れ、一応剣を抜いて警戒しながら地面にめり込んだドラゴンに近づいた。
頑丈で有名なレッドドラゴンと言えど、あの高さで頭から落ちれば少なくとも致命傷は負っているはず。
『グ、グゥゥゥ』
どうやら首の骨が折れてしまったみたい。
頭は動かす、目と消えかかりそうな声だけで精一杯私に威圧をしていた。
「……大丈夫そうね。はあ、私に使役魔法か精神系の魔法があれば、ドラゴンに乗って海を越えられるんだけどな~」
今度、カイン兄さんを連れてきて、一匹私のペットにして貰おうかしら。
そんな心にもないことを考えながら、持っていた剣をぐったりと横たわるドラゴンの首に一刺しした。
そして、死んだばかりのドラゴンを家から持ち出してきた異空間袋に入れておく。
「遂にドラゴンの素材まで手に入れてしまったわね」
袋の中を覗くと、ここ数年間で手に入れてきたたくさんの素材たちが目に入った。
もう、これだけの素材があれば、私がしたいことはできてしまう。残念なことに。
「……まだなんだから。ネリアだって、まだ破壊士と戦えるほどの強さに達してない」
妹が相手だと、どうしても女王としての立場を忘れてしまう。
いや、立場から逃げたくなってしまう。
姉として……ギリギリまで妹に楽しい時間を延ばしてあげたい。
私の勝手な理由で、妹の幸せを壊したくない……。
そんな本音を隠し、里の皆に言い訳するようなるべく正当な理由を口に出しては自己嫌悪。
それを忘れるようにひたすら魔物を狩って、使いもしない船の素材が今日も袋に溜まっていく。
「もう。この森で生活するのも飽きてきたな……。ドラゴンも簡単に狩れることがわかったし、次は山かな?」
「いや、次は家だよ」
このタイミング、この声……父さんだ。
「五ヶ月もかかるとはね。今回ばかりは見つからないかと思ったよ」
あれから五ヶ月も経ったんだ。
もう、見つからないと思って出てきたんだけどな……。
ドラゴンを警戒して、結界に魔力を注ぎすぎたのが原因かしら?
それでも、近くにいても気がつかない程度のほんの僅かな魔力だったはずなんだけど……父さん、また魔法アイテムの改良をしたのね。
「どうしてそこまで学校に行きたくないんだ? そんなに学校は楽しくないのか?」
「……」
何度目かはわからない嫌な質問に、今日も私は沈黙で返す。
理由を話せば、父さんなら理解してくれるはずだ。
でも、だからこそ父さんには話したくない。
私の目的を知ったら、絶対に全力で協力してくるはず。
私って最低よね……。里の皆を思えば、それが最良の選択肢なのに。
里に戻るのをなるべく先延ばしにしたい。そんな弱くて情けない私は、ずっと最良を選べないでいた。
「今回で六回目だぞ? そろそろ訳を教えてくれてもいいんじゃないか? 理由によっては、父さんもこれ以上学校に行けって言わないから」
……六回目。私、六回も逃げているんだ。
もう、これ以上逃げるのは許されないわよね。
「わ、私は……」
そこから先を言おうとしても、上手く声が出せなかった。
……何をしているの、私? 言わないと……言わないといけないのに。
「心配しなくていい。父さんは何を言われても怒ったりなんてしないし、全力で味方になる。だから、焦らずゆっくり話してみな?」
「……行かないといけない……場所が……あるの」
「……」
「私がこうしてのうのうと生きている間も……里の皆は……不安に震えているはず。私に遊んでいる暇なんてない。それなのに……それなのに……私は……」
最後まで言い切れずに私は限界に達し、涙が溢れだした。
「うわああああああん」
この千年間で初めて、子供のように泣きわめいた。
もう、今の私には恥なんて関係ない。
「……落ち着いたか?」
「うん」
随分と泣いてしまった。
こんな姿、絶対に里の皆には見せられないわ。
「もう少しだけ、詳しい事情を父さんに教えてくれないか? 今、エルフの里がどうなっているのか、ローゼが何に悩んでいるのか、話せる範囲でいいから教えてくれ」
「……わかった」
もう、ここまで恥ずかしい姿をさらけ出してしまったのだ。
私が逃げていることを父さんに隠す必要もない。
一息ついてから、里で転生した時の状況やあと八年以内に結界が壊れてしまうこと、当初の計画をゆっくり説明した。
そして、意を決して今の逃げている自分の現状を全て吐き出した。
「馬鹿だな。どう考えても急ぎすぎだろ」
全てを聞いた父さんの感想はそれだけだった。
私が悩んでいることなんて、まるで大したことのないとでも言いたげな顔でこっちを見てくる。
「で、でも、いつ結界が壊されるかは……」
「大丈夫。ローゼの結界なら、予定通りあと八年はエルフたちを守ってくれるはずさ。破壊士だって、ボロボロなんだろ? それなら、もっと長く結界が保てるかもしれないじゃないか」
「う、うん……」
「それになにより、成長期に無理をするのは良くない。それ以上背が伸びなくなるぞ?」
むっ。背が伸びないこと気にしているのに。
「体が小さいかどうかは置いといて、良くないのは理解しているわ。でも……何かをしてないと私はもう耐えられないの」
「はあ、まったく。ローゼは、自分が思っている以上に疲れているんだよ。最近、寝られているのか?」
「……寝れてないわ」
この森には、夜行性の魔物がたくさんいる。
夜にぐっすりなんて、自殺行為も良いところだ。
常に結界を張っていないといけないから、どうしても浅い眠りしかできなくなってしまう。
それに、仮に寝られたとしてもその時はその時でキツい悪夢が襲ってくる。
こんな状況で、まともに寝られるはずがない。
「ダメじゃないか。強くなるためとはいえ、体を壊してしまったら意味がないだろ? エルフの体がどこまで丈夫なのかは父さんにはわからないが、その体はそんな無理はできないようになっているんだぞ?」
わかっている。五ヶ月しかこの森で生活してないのに、この体はすでに歩くのがやっとな状態だ。
「ちょっとは、父さんが心配する理由を理解してくれたか? もう少し説明してやりたいが……母さんたちも心配しているし、詳しい話は帰ってからだな。とりあえず、今日くらいはぐっすり寝なさい」
「あっ……」
お父さんが私の頭に手を乗せると、私の瞼は徐々に重くなっていき、視界が真っ暗になった。
SIDE:レオンス
「ただいま~」
「おかえりなさい。もう……疲労困憊じゃない」
ぐっすりと眠るローゼを抱えながら帰るとすぐにリーナが駆け寄ってきて、ローゼに聖魔法をかけた。
ボロボロで全身に土だらけだった汚かった体が一瞬で綺麗になった。
「ああ、今回は見つけてあげるのに時間がかかってしまったからな……」
一ヶ月でも早く見つけてあげられていれば、ここまで心も体もボロボロにならずに済んだに違いない。
「仕方ないわ。体は子供と言えど、千年間磨かれた技術を持つこの世界で唯一の結界魔法使いよ? いくら何でもできるレオでも、相手が悪いわ」
そう言われてみればそうなんだよな。俺はローゼのことを子供のように扱っているが、中身は千年以上も年上なんだよな。
とすると……さっき子供として慰めたの、実は逆効果だったり?
「……難しいな。放っておくわけにはいかないし、かといって家出しないよう部屋に監禁するのも俺はしたくない」
家に閉じ込めておくくらいなら、家出して貰った方がまだマシだ。
外に出れば何かしら学ぶことが出てくるが、家にいて学べることなんて、本当に限られているからな。
はあ、本来なら家出されても、頃合いを見て連れ戻せるくらいの力が俺にあればな……。
「ねえ……」
「ん? ノーラか。珍しいじゃないか。どうした?」
帝都の家とミュルディーンの城をゲートで繋げてあるとはいえ、寮暮らしのノエルがこっちに来ることはめったにない。
ローゼが見つかったのを聞いて、急いでやってきたのかな?
ここ最近、お金にばかり興味が向かっていたノーラだが、双子のように育ってきた姉のことが心配だったんだな。
「父さんに商談を持ってきた」
いや、どうやら金の話だったようだ。
九巻が発売されています!
番外編にグルが魔王になるまでの話を収録していますので、気になる方は是非ご購読ください。





