第三十一話 愛を託す
……ここは? ああ、また燃やされ、意識が飛んでいたのか。
あの時から千年経ったというのに、俺は成長しないな。
そう思いながら、この炎をつくり出した張本人に目を向けた。
この体は、もう回復しない。急がないとな。
「お前だけは……お前だけは殺す!」
「きゃあ!」
まず、エルフの女王のコピーを空間魔法で遠くに飛ばした。
今のあいつは近くでしか結界を張ることはできない。これで、結界は消えた。
「コロス……うぐ」
結界が消えたのを確認してすぐ、俺は焼却士の首を絞めた。
「ぐるしい……おねえ…ちゃん……たす……けて……」
少女の悲痛な声に、俺は自然と首を絞める力を緩めてしまった。
そして、自分の娘たちの顔がフラッシュバックしてきた。
「くそおおおお!」
どうして今あの子たちの顔を思い出すんだ!
どうしてお前は娘と同じくらいの歳なんだ!
SIDE:レオンス
「う、うう……」
大きな声が聞こえてきた気がする……。
あれ? 俺はどうしたんだ?
「レオ! 大丈夫なの!?」
気がつくと、目の前にルーがいた。
「あ、ああ……。それより、魔王は……」
魔王を探すと、すぐに見つかった。
倒れるネリアの隣で、燃えながら呆然と立ち尽くしていた。
ネリアは……良かった。生きている。
ということは、ネリアを殺そうとする前に魔王が力尽きたのか?
そんなことを考えていると、急に魔王が自分の胸に腕を突き刺した。
「何をしているんだ? まだ、何か奥の手があるというのか?」
くそ……体が動かない。
急いで助けに行かないといけないのに。
「レオンス!」
「……なんだ?」
急に名前を呼ばれ、返事をするのに少し時間がかかってしまった。
「俺を吸収しろ!」
そう言って、魔王が自分の核を取り出して見せた。
「吸収? 何を言っているんだ?」
「お前はもうすぐ、魔力切れを起こして死ぬ」
「知っている。その覚悟でお前と戦った」
「ああ……見事であった。おかげで、俺ももうすぐ死ねる」
「どうして……ネリアを諦めた?」
そこまで動けるなら、死ぬ前にネリアを殺せただろ?
「娘の顔を思い出した」
「……」
悲しみに溢れた魔王の顔に、俺は何も言えなかった。
「もう、俺に生きている理由はない」
「そうかもしれないけど……」
「黙れ。俺にはもういないが、お前には守らないといけないものたちがたくさんいる。俺ができなかった分、お前は絶対に守れ」
そう言って、魔王が俺に魔石を投げ渡した。
「……わかったよ。絶対に守ってみせる」
「そうだ。それでいい。俺の核もその為なら喜んで力を貸してくれるはずだ」
復讐に失敗したはずなのに、魔王は満足そうな顔を俺に見せてから灰になって消えていった。
「はあ……勝手に暴れて……勝手に死んでいって……人騒がせな奴だったな」
ここまでして結局諦めるなら、最初から交渉に応じてくれても良かったじゃないか。
そうすれば、俺も死にそうにならなかったし、魔王も死なないで済んだというのに……。
「旦那様……急いで融合してください」
「そうよ。今は感傷に浸っている暇はないわ。ほんの少ししか魔力が残っていないじゃない!」
「そうだな。魔王……使わせて貰うぞ」
握りしめた手が火傷するくらい熱い魔石を胸に持ってきて、俺は創造魔法を使った。
SIDE:ミヒル
「あらら。まさか、こんな展開になるとはね」
大スクリーンでガルの最後を眺めながら、そんな言葉が口から出ていた。
今日で、焼却士の命に終止符を打たれるものだと思っていたのだが、そうはならなかった。
ガル……最後の最後で、復讐の呪縛から自らを解放できたんだな。
やはり、あいつは優しい奴だった。あの時、殺さなかった俺の判断は間違いなかったんだ。
「レオくん凄いですね。あのガル相手に相打ちにまで持ち込めちゃったんだから」
「元々創造魔法は魔王に相性が良かったからね」
まあ、ルーの助けがなかったら戦いにすらならなかったと思うけど。
「良いのですか?」
「良いも悪いも、ガルの最後の言葉を聞いたら、流石に手出しできないでしょ」
そもそもレオの子供というだけで、ローゼにもネリアにも愛着が沸いちゃって殺せなかったんだけどね。
「というとこは、もう計画は諦めてしまうのですか?」
「まあね。元々、勇者を殺すのが凄く嫌だったし、この計画はあまり乗り気じゃなかったんだよね~」
今回ガルがどうするのかで、俺は今後の方針を決めることにしていた。
もしガルがネリアを殺せていたなら、俺も心を鬼にして計画を遂行することにした。
逆に殺せなかったら計画を諦め、運命に全て委ねようと決めていた。
「そこまで中途半端な気持ちで、よくこの計画を発案したわね」
「悪人を殺している分には問題なかったんだけどね。善人だけしか残ってしまうと、もう俺には手も足も出せないよ」
最初は、屑だけを選んで殺していたけど、ここ二百年でどの代でも善人にしかならない転生者しか残ってなかったからな……。
その時点で、俺にできることは少なかった。
「善人だけ? 破壊士はどうなのよ?」
「うん……ルーベラは……」
「やっぱり、初恋の相手ってルーベラだったんでしょ?」
「さあね。それより、レオくんと魔王の融合を見ないと。あの少ない魔力で成功するかな? 魔王の核に含まれている魔力も使えば……いけるか?」
そう言って、俺はスクリーンに目を移した。
お、あの調子なら大丈夫そうだな。あれを一発勝負で成功させるとは、彼も成長したな。
「あ! またそうやって誤魔化すつもりね!」
「良いじゃないですか。今は私たちを愛してくれているんですから」
「それもそうね」
二人ともごめんよ。死ぬまでには話すから。
「おお! 成功した! これで、レオはこの体のデメリット克服した! もう、魔力に悩まされなくて住むんだ!」
心の中で二人に謝っていると、レオの核と魔王の核が融合した。
これで、レオは完全な魔族の体となり、もう魔力不足に悩まされることはないだろう。
「それは羨ましいですね……。私たちも同じようなことはできないのですか?」
「難しいと思う。あんな荒技に耐えられる魔石なんて、何度壊れても復活する魔王の核くらいだ」
竜王の魔石でやったとしても、あまりにも膨大な創造魔法の情報量に耐えられずに爆発するだろうね。
「そんな……」
「別にいいじゃないか。どっちにしても俺たちが生きていけるのは百年なんだから。俺は、君たち二人と一緒に暮らしているだけでも十分幸せだよ」
本来、俺はもう死んでないとおかしいんだ。
だから、これ以上のことは望まないよ。
「もう……。本当に私たちを喜ばせるのが上手なんですから」
「そりゃあ、千年も一緒にいれば、君たちの考えていることなど手に取るようにわかるさ」
「そうね。私も、あなたの考えていることが手に取るようにわかるわ」
「な、何かな?」
「初恋の話。誤魔化せたかな? しょ?」
え? 大当たり。
「……そんなことないさ。正解は、二人は可愛いな~でした。残念」
そう言いながら、俺は立ち上がった。
これ以上、追求されるのは良くない。逃げるぞ。
「あ、待ちなさい! 良いじゃない! 教えてくれたって良いじゃない!」
「さてさて、また魔力の補給に戻りますかね」





