第三十話 始まりの火
「また、税率が上がっているな。やはり、そろそろ俺が魔王になるときかな?」
「お父さん! 高い高いして!」
魔王に送る村全体の税を計算していると、長女のリラがドタドタと俺の部屋に入ってきた。
「またか。ほら、これでいいか?」
いつものことだから目も向けず、計算を続けながら空間魔法で娘を宙に浮かせてやった。
「アハハ。私、空を飛んでる!」
「あ~!! お姉ちゃんだけずるい! 私も~!!」
「わかったわかった」
遅れてやってきた次女ミラも浮かばせてやる。
「お姉ちゃん見て見て! 私も飛んでる~」
「二人ともいないと思ったらここにいたのね。何度も言っているでしょ? 仕事の邪魔をしたらダメ」
二人を持ち上げて、しばらくしてからシーラが二人を怒りに来るまでがいつもの流れだ。
「邪魔してないよ! だって、お父さんの手は止まってないもん」
「それでも、気が散る。ほら、行くよ」
「まあまあ、これくらい平気だから心配するな」
そう言って、怒るシーラも持ち上げてやる。
このくらいの計算、前世で高校まで行った俺なら楽勝だからな。
「私まで持ち上げなくて良い」
「あはは。お母さんも私たちと同じだ~」
「まったくもう……。それより、あの馬鹿はまだほっとくの?」
シーラがいう馬鹿は、前村長の息子のことだ。
俺が村長になってから、村人たちから白い目で見られながらもこそこそと何かを準備しているらしい。
「ん? ああ……あんな雑魚、わざわざ俺がしてやれることもないだろ。もちろん、戦いを挑まれたら徹底的に格の違いを教えてやるさ」
前村長と同じような手法で二番目の地位にいたみたいだが、種がバレしまえば誰もあいつに負けることはなかった。
前村長と違って、魔法すら使えないからな。
「あの馬鹿は……あなたに正面から挑むはずがない」
「そんな男に俺の父親は負けたんだな」
「卑怯な手を使うのは、村一番」
「卑怯も実力うちさ」
誰にもバレずに卑怯ができるのも、実力だと思うぞ。
本当の戦いというのは、勝てば何をしても良いのだからな。
「そうかもしれないけど……」
「まあ、シーラが監視しているなら、あいつも下手なことはできないだろ」
「むう……わかった。でも、少しでも実行に移そうとしたら殺すから」
「好きにしろ。お前の父親なんだからな」
俺はあんなやつ、生きていても死んでいても構わない。
ただ、あいつだったらどんな方法で俺を罠に嵌めるのか楽しみなだけだ。
「あんなのが父親なんて本当に嫌」
「そんなものだよ」
俺だって、あんな奴に負けた奴の息子なんて嫌だ。
そんなことを思いながら、俺はペンを置いてシーラをお姫様抱っこしてやった。
シーラの機嫌を直すにはこれが一番の方法だ。
「お母さんだけずるい! 私もお父さんとくっつきたい!」
「わたしもー」
「わかったわかった」
シーラを右手で抱え、リラを左手、ミラをシーラの腕に持って行った。
これで全員を持つことができる。
「もう、結局皆で仕事の邪魔をしちゃってる」
そう言いながらも、シーラは嬉しそうにしていた。
やっぱり、これをしておけばシーラの機嫌は直るな。
今日はサボってしまったが、いつもは午前中に仕事を終わらせて家族全員で昼飯を食う。
「あ、えっと……ガル様……今日のご気分は……?」
シーラたちを抱えながら食堂に入ると、側室の一人がびくびくしながら挨拶してきた。
「ああ、悪くない」
この側室たちは、周辺の村の娘たちだ。
村長が俺に変わった際、いくつかの村が俺に喧嘩を売ってきた。若造の俺なら勝てると思ったのだろう。
俺は喧嘩を売ってきた村を一つ一つ訪問して回り、馬鹿な村長たちに俺の実力というのをしっかり教えてやった。
すると……十年もすると、俺は周辺の村に恐れられる存在となってしまい、定期的に村娘を俺への献上品として送ってくるようになってしまったんだ。
断ろうとしたのだが、シーラが受け入れろと言うから、仕方なく我が家に住まわせている。
『……』
大人数で食卓を囲っているというのに、誰一人として話そうとしないのは異常だと思う。
側室たちが出す緊張感のせいで子供たちは怖がり、いつもこんな静かな昼食となる。
はあ、俺はシーラがいれば満足だが……こいつらとは一生同じ屋根の下で暮らさないといけないんだ。
そろそろ、緊張を解いてやった方が良いよな……。
そんなことを思いながら、もう十年くらいが経ってしまった。
「午後は、久しぶりにお前たちの剣を見てやる」
結局、今日も側室たちのことは放っておくことにした。
とは言っても、このお前たちには側室との間に生まれた子供たちも含まれる。
子供たちは、俺を怖がって避けたりしないからな。
「本当!?」
「ああ、だからしっかり食べて栄養を取っておけ」
「はーい」
「ありがとうございます……」
「俺がやりたくてやっていることだ。感謝される必要はない」
「す、すみません」
「はあ……」
そもそも、他の村を回ったのが間違いだったのかもしれないな。
などと、態度を改めてくれない側室たちを見て思ってしまった。
「おとうさ~ん」
「よしよし」
「私も撫でて!」
「わかったわかった」
昼食が終わり、稽古場に来ると側室たちの娘たちが俺に抱きついてくる。
側室たちの前では大人しくしているが、俺たちだけの空間に入ればもう関係ない。
リラやミラに遠慮せず、俺に甘えてくる。
「ほら。お前たち、剣を握れ」
十分ほど娘たちを甘えさせてから、俺は娘たちに剣を取らせる。
ここからは、全員真剣だ。
なんせ、ここでは強くならないと生きづらい場所だからな。
皆、必死に強くなろうとする。
「順番にかかってこい!」
「えい!」
「脇が甘い!」
「きゃあ!」
「すぐに立ち上がれ! 本番だったら相手は待ってくれないぞ! 次!」
「やあ!」
次々と攻めてくる娘たちを俺は剣一本で躱しきり、軽く一発ずつ入れていく。
「お前ら、その程度じゃあ誰にも勝てないぞ! さっさと立ち上がれ!」
「村長! 大変だ! 森が燃えているぞ! このままだとすぐ村にまで火がやってくる!」
倒れた娘たちに檄を飛ばしていると、一人の慌てた村人が走ってきた。
「なに? どのくらい燃えているんだ?」
「それがおかしいんだ! 炎が何か操られているみたいに、まっすぐこっちに向かっているんだ!」
「よくわからないが、とりあえず村人たちを森の反対側に避難させろ!」
森の様子は、俺自身で見てみないとわからないだろう。
ということで、知らせに来た男に避難誘導を任せた。
「わ、わかった!」
「シーラ!」
「なに?」
名前を呼ぶと、すぐに家からシーラが出てきた。
「森が火事のようだ。様子を見てくるから、皆を連れて避難していろ」
「わかった」
シーラに家族を任せ、俺は森の様子を見に来ていた。
「森がこれほど燃えるとは……」
空間魔法で高いところから見ていると、確かにこっちに向かってまっすぐこっちに向かって火が伸びていた。
「火に意思がある? そんな馬鹿なことはないよな?」
いや、あり得るか。火を操る魔物がこっちに向かっているかもしれない。
「村長! 全員の避難が完了しました!」
「そうか。お前も避難しておけ」
「村長は?」
「俺は、火の元を見てくる。俺の心配はするな」
「わかりました」
全員の避難が終わったと聞いて、俺は火の先端まで行ってみることにした。
「さて、火の原因は何だ?」
「コロス……コロス……マゾクハ……ゼンブモヤス……」
「人だと?」
火の先端にやってくると、森を燃やしながら女が歩いていた。
「おい! お前! 森を燃やして何をするつもりだ!」
このまま進まれても困るから、とりあえず女の前に立った。
「……マゾク? マゾクダ。マゾクハモヤサナイト」
「なんだこいつ、話が通じない。何か、呪いでもかけられているのか?」
「アレ? カラダガ……」
「すまんな。お前を呪いから解放してやる術を、俺は殺す以外に持っていない」
そう謝りながら、空間魔法で拘束した女に剣を飛ばした。
「ジャマ」
その一言で、剣だけでなく俺まで発火した。
「く、くそ……」
回復しても回復しても炎の勢いが止まらない。
「コレデ……マタヒトリ、アノヒトノカタキヲトレタ……」
「待て……待つんだ! そっちに行くな……」
どうにか立とうとしてもすぐに足が燃え、転んでしまう。
くそ! このままだと皆やられてしまう!
「きゃあああ!」
「ぎゃああああ!」
しばらくして、村の方向から悲鳴が聞こえるようになってきた。
「くそ……助けに行かないと……」
俺は、空間魔法を全力で使った。
すると……炎の景色は変わらず、目の前にシーラの顔が現れた。
「ごめん……子供たちを守れなかった……」
「守るのは俺の役目だ……すまん」
こうして、俺はシーラと燃やされた。
そして、何年もかけて火が消えた頃、俺は復讐する為に立ち上がった。