第二十七話 魔王の幼少期
SIDE:ガル(前魔王)
いつものように……暇な俺はレオンスを眺めていた。
最近、随分と平和になってしまって見ていてもつまらなかったが、今日は少し面白くなりそうだった。
どうやら、俺の後釜は魔界と人間界を空間魔法で繋げようと考えているようだ。
そしてその頃、魔界では爺さんが魔王打倒の為に仲間を集めていた。
魔界に来る人族と魔王を倒そうと考えているようだ。
あいつは歳を取り過ぎたな。昔はもっと、頭を使ったことができたのにな。
とは言っても、久しぶりに面白いものが見られる。
その程度の考えだったのだが……それがまさか、失った記憶を取り戻すトリガーとなるとは。
俺は、気がつかないうちに記憶を創造士に弄られていた。
正確に言えば……焼却士に殺された時以前の記憶がほとんど封印されていた。
おかしいとは思っていた。あの衝撃的な生まれ故郷の記憶をおぼろけにしか覚えておらず、一緒にくらしていた村人のことを誰一人思い出せないことに。
その失われて記憶が今日、レオンスの娘……焼却士のコピーが出した炎を見た瞬間に全てフラッシュバックした。
約千年前
俺が生まれたのは、魔界にある本当に小さな村だった。
両親の顔は知らない。
物心がつく前に、父親は村長の息子との決闘に敗れて死に、母親はその村長の息子の奴隷となった。
両親を失った俺は、村長の息子によって村の外れに捨てられたそうだ。
赤ん坊とまでいかなくとも二、三歳の子供が人気のないところに放り出されれば、簡単に死んでしまうだろう。
しかし……俺は、超回復のスキルのせいで決して死ぬことはなかった。
ただ、村と外を隔てる大人の背丈くらいある柵に寄りかかり、何日間も飲まず食わず死んだように生きていたそうだ。
その異常な俺の存在にいち早く気がついたのが、俺の育ての親であるロン爺だ。
ロン爺は、魔界でも屈指の戦闘民族が住む村で一度は村の頂点に上り詰めたことのある、剣の達人だった。
村長とは何か因縁があるらしく、実力者にもかかわらず村の端に追いやられていた。
そんな爺さんが俺を拾った。
これだけ聞くと、心優しい爺さんに拾われて幸せだ……と思うだろ?
だが、あの村は弱肉強食。
そんな場所で歳を取っても生きている男が、そんなぬるい性格をしているはずなどなかった。
「どうした! もっと本気で剣を振れ! また死ぬぞ!」
「ぐあああ!」
俺は剣を持たされ、毎日爺さんに殺された。
あの頃は、今のように痛みに慣れているわけもなく、毎日激痛に狂ってしまいそうになりながら痛みから逃げるために強くなろうとした。
「本当。お前は死なないこと以外に取り柄がないな」
「うるさい……」
「……少しは死ぬことに慣れたみたいだな。良い傾向だぞ」
「俺は魔王になる男だぞ?」
「ああ、お前はそれくらい強くなって貰わないと困る。ほら、さっさと立て」
このやり取りはあの頃の俺たちの定番なやり取りであった。
俺は、自分が魔族に転生した時から、自分は魔王になると信じてやまなかった。
実際になったから良いのだが……今思うと、俺は痛いやつだったな。
そして、そんな爺さんに三十年も鍛えて貰えば、前世で一度も剣を握ったことがなかった俺も流石に爺さんに勝てるようになった。
「ぐっ……俺の負けだ」
「ふん」
「くくく……クハハハ……」
初めて勝った日。爺さんは狂ったかのように笑い始めた。
「頭でも打ったか?」
「ハハハ……そうかもしれないな。三十年もかかってしまったが、当初の目標であった俺を越えることはできた」
「三十年もだと? お前みたいな化け物に、三十年で越えてやったんだぞ?」
魔族にとって、三十年というのは人族にとって十年程度の感覚だ。
つまり、俺は十歳程度でその道の達人に勝てたということになる。
「お前の素質を持ってすれば、十になる前には俺を越えている予定だった」
昔から、爺さんは俺を過大評価する癖があった。
自分ができなかったことを俺で叶えたい。という願望が全面に出てしまっているからなのだろうが、俺からしたら面倒くさくて仕方ない。
「それで、お前はここまで俺を強くして何をしたかったんだ?」
「……さあな。最近、物忘れが酷くてな。三十年も前のことなど忘れた」
まあ、もちろんこんなの嘘だ。こいつは、これから千年も生きるのだから、あの歳でぼけるわけがないのだ。
「そうか。なら、今のお前は俺に何をして欲しい?」
「は? ここは弱肉強食が掟だ。敗者の言うことを聞いてどうする?」
「今日まで俺はお前に何千回と負けているんだ。そんなこと気にするな」
「ふん。なら、その全ての勝利を使ってお前に命令する」
「もっと強くなれ。そして、俺には出来なかった魔王への道を進み続けろ」
爺さんは魔王になるという夢があった。
だが、ここの村長の座も守ることができず、夢半ばで諦めてしまったそうだ。
そんなところに現れた俺に、自分の夢を押しつけようと考えたらしい。
「そんな命令で良いのか? それ、命令されなくてもやってたことなんだけど?」
「知るか。なら、絶対に達成することだな」
「わかったよ。手始めに、この村で成り上がるとするか」
「この村を侮るなよ? 全盛期の俺でも数年しか頂点に立てなかったのだからな」
「心配するな。勝つまで挑めば負けない。そうだろう?」
「ふん。そんなことができるのはお前だけだ」
「そうだな」
こうして、俺の修行の日々が幕を閉じた。