第二十六話 切り札
SIDE:ルー
レオが魔王を連れてどこかに転移すると、すぐにリーナがカイトの治療に向かった。
「綺麗に……義手と剣だけが壊されたみたいですね。特に、体に傷らしい傷は見当たりません」
「良かった……。カイト! 大丈夫なの?」
「あ、ああ……俺は大丈夫だ。だが……レオが……」
「まだ立ち上がったらダメです」
ふらふらになりながらも、立ち上がろうとするカイトをリーナが止めた。
今、あなたが立ち上がったところで、ここにレオはいないというのに……。
「レオの馬鹿……」
一人で死のうなんて絶対に許さないんだから。
「エルシー」
「なんでしょう?」
「その指輪、ちょうだい」
私は、エルシーがつけているレオから貰った方じゃない指輪を指さした。
あれがあれば、一回だけレオのところに行くことができる。
エルシーが何度も失敗しながら創造した指輪なのは知っているけど、使うなら今しかない。
「ダメよ……私は、レオくんの最後の覚悟を尊重したいわ」
「覚悟とか私にはわからないけど、私しかあの魔王に攻撃が効かないわ」
「でも、魔王の攻撃を避けるのは難しいでしょ。レオくんがどんな戦いを繰り広げているのかわからない以上、あっちに行ったら邪魔になる可能性があるわ」
「うるさい! このまま何もしないでレオが死ぬのを待つなんて嫌だわ! 私にその指輪を渡しなさい!」
そう言って、私は指輪を奪い取る為にエルシーの右手を掴んだ。
「やめなさい! 私だって嫌よ! でも、これが最善の手なの……わかって?」
「ちょっと! 二人ともどうしたの?」
シェリーが私たちに気がついちゃった。急がないと。
「たとえ、足手纏いになったとしても……それで魔王に負けてしまっても……私はレオの隣で死にたいの!」
エルシーから指輪を奪い取ることに成功し、私はすぐに自分の指はめた。
「ちょっと! ルー!」
「皆……最後にわがまま言ってごめんね」
「待って! ルー! 待っ……」
エルシーが止めようとするも、私が指輪を発動する方が速かった。
これで……レオのところにいけるわ。
「破壊士のコピーか……少し遅かったな」
レオのところに転移すると、魔王がレオの頭を掴んでいた。
そして、捕まれているレオの目の焦点が合っていなかった……。
「……レオ? レオ! 返事して!」
私が大声で呼んでも反応がない。そんな……もっと助けに来られていたら……。
「無駄だ。今、お前の主人は俺の魔王の権能によって支配されている」
支配? なら、まだ殺されたわけじゃないのよね?
「それならお前を殺すまで! ……あれ? 攻撃できない?」
魔王城の時と同じように魔王を消そうとするも……魔法が発動しなかった。
どういうこと? どうして魔王に魔法が使えないの?
「ハハハ。お前の首輪は優秀だな。俺を殺せば、お前の主人も死ぬ」
「どういうこと……? この首輪のせいであなたを攻撃できないと言うの? なら、外すまで……え?」
私が首輪を外そうとすると、魔王に頭を捕まれた。
すると……急に、体の力が抜けてきた。
「そういう単純で深読みができないところは……オリジナルそっくりだな」
「ど、どうして……体が言うことをきかないの?」
「魔王の権能だ。俺に触れられた魔物は、俺に逆らえなくなる。魔族であるお前はもちろん、自分を魔族もどきにして生き延びているレオもこれで、俺に逆らえなくなる」
「そ、そんな……」
「魔王になって八百年……これに頼らないといけない日が来るとは思わなかった。レオンスも、まさか俺にこんな奥の手があるとは思わなかったのだろうな」
「動いて……動いてよ……」
頭で目の前の男を殺そうと何度も命令しても、体が全く動いてくれない。
このままだと……レオが命をかけた意味がなくなる。
私がどうにかしないといけないのに……。
「ふん。まあ良い。魔王城まで転移しろ」
SIDE:ロゼーヌ
目が覚めると、勇者が倒れていて、お父さんと魔王がいなくなっており、何がどうなっているのかわからないうちに、ルー母さんも消えてしまった。
「ねえ……お父さんとルー母さんは大丈夫なの?」
「わからない……」
いつも冷静で感情をなかなか表に出さないお姉ちゃんが、声を震わせていた。
お姉ちゃんがここまで怖がる人なんて……どんな人なの?
「お父さんたちが戦っているのは誰なの?」
「少し前まで魔王だった男よ」
「魔王だった人……何の為にお父さんたちと戦っているの?」
「焼却士、あなたを殺す為よ」
「私?」
私を殺すために?
「そうよ。あなたは、この世の全ての物を燃やせる能力を持った転生者なの」
なんで私以上にお姉ちゃんが私に詳しいのかは置いといて……私ってそんな凄い能力を持っていたのね。
そりゃあ、お姉ちゃんが私と冒険者になりたがるのもわかる気がするわ。
「そうなんだ……。どうして、魔王は私を殺そうとしているの?」
「それは……あなたのオリジナルのせいよ」
「オリジナルって何? 私は偽物ってことなの?」
「そういうわけじゃないわ……。あなたはあなたよ。ただ、焼却士の記憶をちょっとだけ受け継いじゃった女の子」
「……この記憶、私のじゃなかったんだね」
通りで、前世の私の名前や顔が思い出せないわけだわ。
「そうよ」
「それで……私のオリジナルは魔王に何をしたの?」
「あなたのオリジナルは……」
「俺の家族を燃やした」
「……え?」
振り向くと……お父さんの頭を掴んでいる男とお父さんに抱きしめられたルー母さんがいた。
お父さんもルー母さんも正気の目じゃない……。この人……元魔王に操られているんだわ。
「レオ! ルー! 返事して! 何があったの!?」
「動くな! レオは今、完全に俺の支配下だ。動くな。その先は言わなくても大丈夫だな?」
「そんな……」
お父さんとルー母さんが人質に取られたことで、お母さんたちが動けなくなってしまった。
「私のオリジナルがあなたの家族を燃やしたの?」
私は……これから殺されるというのに、不思議なくらい冷静だった。
どうしてだろう? 泣き叫んだところで助けて貰えなかったからかな?
「ああ。お前のオリジナルは何の罪も無い俺の家族と大切な仲間を殺した」
「そう……」
前世の私と今の私は似た性格だと思うんだけど……オリジナルの私はどうしてそんなことをしてしまったのかしらね……。
「お前自身に罪がないのはわかっている。だが、俺の復讐のために殺させて貰うぞ」
「私が死んだら……お父さんとルー母さんは助けてくれる?」
「ああ、約束しよう。俺は、お前が死んだのを確認したら……この場で死ぬつもりだ」
「そう。それじゃあ、私を殺しなさい」
「ああ、そうさせて貰う」
私は死を覚悟して、目を瞑った。
すると……ごつんと鈍い音がした。
恐る恐る目を開けると……魔王の拳が透明な壁にぶつかり、手から血を噴き出していた。
これは……お姉ちゃんの結界ね。
「悪いわね。その子、私の計画には必要不可欠なの」
「エルフの女王……邪魔するなら、お前もここで殺すぞ?」
「ふん。好きにしなさい。どうせ、この子がいなくなったら私も生きている意味がなくなるんだから」
何を言っているのよ! お姉ちゃんまで死ぬ必要なんてないわ!
私だけで十分なの! やめて!
「同情は……しない」
そう言って、元魔王は血のついた拳を結界から離した。
ダメ……お姉ちゃんだけは殺さないで……。
「あっそう。でも、あなたは私を殺せないわ」
「なに?」
「お姉ちゃんに……テヲダスナ」
気がついたら、私はまた視界が真っ白になった。
この感覚……凄く怖い。私が私じゃなくなっていく感じがする。
でも、これで良い気がする。これなら……お姉ちゃんを助けられるのだから。