第二十一話 魔王城探検
ゲテモノ料理が出る昼食会も終わり、お父さんたちは世間話を始めた。
私たちが聞いてもわからないような貴族の話だったり、魔物がどうのこうの……など聞いていてつまらない話だった。
はあ、早く帰りたい。これから三日間もここにいるなんて地獄だわ。
「ねえ。暇だからさ。この城を探検してきても良い?」
勇者の息子も我慢の限界に達したのか、立ち上がってそんなことを言い始めた。
「何を言っているのよ。失礼でしょ? 大人しくしてなさい」
「ああ。子供たちには暇な話だったな。よし、キールとエルでこの城を案内してやれ」
女王様が怒って無理矢理座らせるも、魔王は簡単に許可を出してくれた。
やった。正直、こんなつまらない話を聞いているなら、散歩していた方がまだマシだわ。
「わかった! 皆、こっち来て」
「悪いわね……。マミ、リキトとユウトが悪さしないよう見張っておいて」
「うん。わかった」
「カインたちも良い子にしているんだぞ~」
『は~い』
お父さんたちの注意に返事をしながら、私たちは食堂から出て行った。
「こっちこっち」
「わあ~すごいね。この家、ひろ~い」
魔族の二人が案内する中、確かボードレール家の男の子が魔王城の広さに驚いていた。
いくら大貴族と言っても、普通は帝都の屋敷くらいよね。
一貴族で城を持っている私たちがおかしいんだわ。
「そうか? 俺の家と同じくらいだな」
「うちもこれくらいかな」
そんなことで張り合っているんじゃないわよ。小さい男たちね。
ボードレール家の男の子が可愛らしいなあ。なんて思っていたところに、まったく可愛らしくない二人を見て、少し残念な気分になってしまった。
「え~。皆、凄く大きな家に住んでいるんだね」
何この子、凄く純粋。カイン兄さんも少しはこの子に見習って欲しいわ。
「家というか、城だけどね」
「え? 皆、お城に住んでいるの?」
「うん」
「住んでるよ」
「いいな~。僕もお城に住んでみた~い」
「家が大きいと、お風呂に行くだけでも凄く面倒よ」
「そうね。最初は楽しいけど、すぐに移動が面倒になるわ」
城に幻想を抱いている少年が可哀想だったので、私とお姉ちゃんが現実を教えてあげた。
普通の一軒家が一番良いに決まっているんだから。
「そ、そうなんだ……」
夢を壊してしまってごめんよ……。でも、現実を知っておいた方が今後の為だと思って。
「この階段を上がるよ!」
「どこに向かってるの?」
「ヒミツ~」
「面白いところだよ」
魔族の悪ガキ兄弟はお姉ちゃんに聞かれても答えをはぐらかし、何か悪巧みをしていそうな顔をしながら私たちをどこかに案内していた。
こいつら、絶対何か私たちにいたずらするつもりだわ。
何かあったら結界で守ってもらえるよう、お姉ちゃんから離れないようにしないと。
「はあ、こんなに歩くなら暇な方がマシだったわ」
「これくらいの距離を歩いただけで嫌になるなんて、普段の運動サボってるんじゃないの?」
私は、あのゲテモノ料理の匂いが残る部屋で、ずっと意味もわからない話を聞いている方が嫌だわ。
「別に疲れたわけじゃないわ。ただ、面倒に思っただけ。というより、いつどうやってサボるのよ」
「それもそうね」
誰であろうと毎日強制的に剣の稽古に駆り出され、騎士団長に見張られながら剣を振っているのだもの。サボっている暇なんてないか。
あ~。他人事のように言っているけど、私もあと少ししたら五歳になってあの稽古に参加しないといけないんだ……。
「うわあ! この気持ち悪いのは何!?」
私が少し先の未来に絶望していると、前の方を歩くカイン兄さんたちからそんな声が聞こえてきた。
やっぱり、あいつらは何か企んでいたのね。
などと思いながら前の方を見ると、確かに気持ち悪いドロドロとした生物? がいた。
うわ……あれ、何? あの意味わからない物体で私たちを驚かせようとしていたの?
あの兄弟のいたずら、レベルが高過ぎて逆に賞賛してしまうわ。
「あ、そいつ魔物。弱いから魔法で一発だよ」
そう言いながら、兄の方が言葉通り魔法一発で魔物を倒してしまった。
あれ? これは序の口ってこと?
これ以上にヤバい場所に連れて行かれるってことよね?
「魔物? この城には魔物が出るの?」
「え? 普通じゃないの?」
流石魔王城……今すぐに帰りたい。
「お兄ちゃん……怖い」
一番下のルルが、リル兄さんの服の袖を掴み、ぷるぷると震えていた。
「大丈夫。僕が守ってあげるから」
いつもあんなに気弱なリル兄さんが、珍しく頼りがいのあるお兄さんに見えた。
ああ……。私、お姉ちゃんからリル兄さんの傍に移動しようかな。
などと、ふざけている場合じゃなかったわね。
「これ、大丈夫なの? 戻った方が良くない?」
幸い、ボードレール家の二歳の女の子は、危ないから親のところにいる。
この中で最年少は、三歳のルルだと思う。
それでも、最高で九歳の子供たちで魔物の相手ができるとは思えないわ。
「あら、あなたも怖いの?」
「そりゃあそうでしょ。武器もなしにあんな魔物と戦えるはずがないわ」
私は魔法だってまだ使えないんだよ?
「そうね。まあ、危なかったら私が助けてあげるわ」
「うん。お願い」
というか、絶対に守りなさいよ!
「ここ。この部屋」
思ったよりも早く悪ガキ兄弟の目的地に到着した。
この大きな扉の向こうには何があるのかしら……?
「クヒヒ。この部屋、面白いぞ」
「めちゃくちゃ嫌な予感がするんだけど」
「私はもうこの部屋が何かわかったわ。ミーナ、ルーク、私のところに来ていなさい」
え? わかったってどういうこと?
「う、うん」
「わかったー」
「ねえ、この中に何がいるの?」
お姉ちゃんが普段絶対に面倒見ない二人を近くに呼んだってことは、それだけ危ないってことだよね?
「それは、中に入ってからのお楽しみよ」
別に楽しみにしているわけじゃないから早く……。
「俺が開けて良い?」
「開けてみな。クヒヒ」
もう、笑い方が悪役のそれなのよ……。
この子たち、魔王の才能があると思うわ。
「じゃあ、開けるぞ」
「うわあ!」
開けると、さっきのドロドロした化け物がたくさんいた。
あの悪ガキども……。
「皆下がって!」
「これでも食らえ!」
カイン兄さんとボードレール家のお姉さんが魔法を使って、ドア付近にいた魔物たちをすぐに倒してくれた。
わあ。初めてカイン兄さんを格好いいと思えたかも。
「おお~」
「お前、強いな」
「まあな」
「ちょっとあなたたち! 危ないじゃない!」
「ニヒヒ。ここは、俺たちがよく使う遊び場なんだ。ここで沸いてくる魔物をこうやって倒していくんだ」
王女様に激怒されるも、二人は気にする素振りも見せず、魔物を倒しながら部屋の中に入っていった。
「これが遊びって……」
悪びれもしない二人に、王女様は早くも怒るのを諦めてしまった。
いや、二人の常識が自分と合わなくて驚いちゃっているってところかしら?
どっちにしても、悪ガキに続いてうちの馬鹿兄が中に入ってしまったので、私たちも中に入らざるを得なくなってしまった。
「俺、剣がないと戦えないぞ?」
「俺もー」
王子たちも戦いたくてうずうずしているけど、剣がないと戦えないことはちゃんとわかっているみたい。
そうよ。あなたたちは、うちの兄のようにはならないでね。
「それなら、私が造ってあげる」
「おお。ありがとう! これで、俺たちも遊べる!」
「……」
あの馬鹿姉……。
ノーラ姉さんが創造魔法で武器を配っているのを見て、そんなことを思ってしまった。
「イヤッホー」
「どうだ! 俺の強さを思い知れ!」
王子たちも参戦したことで、もう彼らを止めるのは諦めることにした。
「私たちは端に寄っているわよ」
「うん。ルルたちも一緒にいよ?」
「うん」
兄の袖を掴んで今にも泣き出しそうなルルを呼ぶと、すぐに近寄って姉さんの結界に入った。
「なあ。お前、名前はなんて言うんだ?」
しばらくアホどもが魔物と戦っているのを眺めていると、悪ガキの一人……兄の方が私たちのところにやってきた。
しかも、まさか私に話しかけてきた。
「……私?」
「うん」
「私は……ネーリア」
何を目的に名前を聞いているのか知らないけど、名前くらい答えないのもおかしい気もしたので素直に教えてあげた。
私の名前なんて聞いてどうするつもりなのかしら?
「ネーリア。俺と一緒に魔物を倒さない?」
「遠慮しておく。私はこんな危ないことはしたくない」
考える間もなく、私は即答した。
どうして、私たちが結界に守られながら端に寄っているのか考えて欲しいわね。
「え、えっと……」
「ねえ。この城で一番良く外を見られる部屋は知らない?」
悪ガキが困っていると、お姉ちゃんがそんなことを言い出した。
「外?」
「うん。外の景色を見てみたいな。ねえ? ネリア?」
「え? あ、うん。私も見てみたい」
とりあえず、お姉ちゃんの考えていることもわかったので、話に乗っておいた。
すると、悪ガキはニッコリと笑った。
「わかった! よし! 皆! 次はこの城で一番高い場所に案内してやる!」
「やったー」
それから悪ガキ兄の先導の元、魔王城の階段を上がっていた。
「あの子、あなたのことが好きみたいね」
「幼稚園児は簡単に恋して、忘れるものよ」
五歳くらいの子供に好きと思われても、何も思わないわ。
「ふふ。さて、どうなるかしらね」
何を期待しているのよ……。
「ここが城で一番高い場所だ! どうだ? 遠くまで見えるだろ?」
「うん。魔界ってこうなっているんだ……」
連れてこられたのは、魔王城の展望台みたいな場所だった。
そこから外の世界を見下ろすと、街が広がっていた。
「人間界と変わらないものね」
魔界ってもっと魔物がたくさんいて殺伐としているイメージだったけど、ちゃんとした街があって、人族と同じように平和な生活をしているみたいね。
「どうだ? 凄いだろ?」
「うん。凄いと思う」
まあ、良い仕事したと思うわ。
この功績を称えて、悪ガキって呼ばないであげるわ。
「そうだろ? ハハハ」