第十三話 久しぶりとはじめまして③
SIDE:エレメナーヌ
「このお風呂、私の城にも欲しいわ~」
夫たちが酒を飲みながら会話を楽しんでいる頃、私たちは皆でお風呂に入っていた。
久しぶりに入ったミュルディーン家のお風呂は、やっぱり凄かった。
日々の疲れがスーっと抜けていく気がするし、肌がスベスベしてきた。
これに毎日入っているシェリーたちは本当、羨ましいわ。
「本当、このお風呂に入ってしまうと、普通のお風呂に満足できなくなってしまいますよね」
「レオの創造魔法で造られたお風呂だからね」
「創造魔法か……もし、レオが今でも魔法を使えていたら白金貨を払ってでも頼んでいたかもしれないわね……」
「そこまでは払えませんけど、できるなら私たちも頼んでいたかもしれません」
そうよね……。はあ、残念だわ。
「これくらいなら、エルシーでも造れると思いますよ」
「え? そう、本当?!」
リーナの衝撃的な言葉に、私は我を忘れてリーナに迫ってしまった。
「まあ、エルシーに何か頼みごとをすると高くつくと思うけどね」
何を対価に要求されるのかしら? 王国での税の引き下げを要求されたら、流石に困ってしまうわ。
私欲のために職権を乱用するのはとても良くないけど……このお風呂は、それをわかっていても対価として差し出してしまうほど欲しいわ。
「……流石、世界一の商人ね」
「もう、そんなことないですよ。エルシーさんはとても心優しい人です。頼めば造ってくれるはずです。帰ったら、エレーヌさんとジョゼさんの分を造って貰うように頼んでおきますね」
「本当? ありがとうリーナ~」
もう、笑えない冗談を言わないでちょうだい。
リーナに抱きつきながら、シェリーを一睨みしておいた。
「私たちの分まで、ありがとうございます」
「いえいえ。その代わり、これからも仲良くしてくださいね?」
「ええ、もちろんです」
「はい。こちらこそ、これからも仲良くしてください」
「それにしても、皆もう立派なお母さんなんだもんね……」
皆、子供を産んで大人な体になってしまったのを見ると、改めてそう感じてしまう。
「そうですね。ジョゼさん以外はもう二人も子供がいるんですもんね? 十年前はまだ私を含めて皆まだまだ子供だったのに」
「とは言っても、もう私たちは二十代後半ですからね。年齢的にも、もう子供ではいられませんから」
「ああ、そんなこと言わないでよ。最近、少しずつ自分の老いを感じてきたんだから」
「どこが? この体のどこからそんなことを言えるのかしら?」
むかついたから、無駄な肉がまったく存在しない、憎い体をこねくり回してあげた。
「ちょっやめなさいよ! くすぐったいわ」
「とても三人も産んだ体には見えないわね……。どんな魔法を使っているのかしら?」
こねくり回す手は止めず、この美しい体の秘密を求めた。
シェリーのことだから、きっと何か特別な魔法を使っているはずだわ。
「もう、やめなさいって! エレーヌだって痩せているじゃない!」
「私は日々激務に追われているからよ。太っている暇なんてないわ」
「本当、相変わらず一人で頑張りすぎだわ……。あなたにもしものことがあったらどうするつもりよ?」
「そうですよ。今の王国はエレーヌさんがいないと成り立たないんですから」
「その時はレオに王国を献上するわ」
これは、冗談じゃなくて本気よ。
私が女王に即位した時から、私はその趣旨を書いた遺書を金庫にしまっている。
「はあ? ちょっと何を言っているのよ」
「だって、他に任せられる人なんていないでしょ? カイトになんて任せられるわけがないしね。レオなら私以上に王国を良い国にしてくれそうだし、今すぐ渡してしまいたいくらいだわ」
そもそも、任せられる人がいるならここまで私一人で頑張ったりしないわよ。
「ダメ。ただでさえ今レオは帝国西部の開発に大忙しなんだから」
「そうです。これ以上、旦那様の仕事を増やさないでください」
「とても一貴族が管理できる土地じゃないですものね……」
それに加えて、経済力において王国だけでなく帝国でさえとっくの前に追い越してしまっている。
レオがミュルディーンは国だと主張しても……誰一人として反対できないでしょうね。
「王国としては、国境都市シェリーに凄く助かっているわ。あそこができたおかげで、王国にたくさんの商人が入ってくれるようになったんだから」
おかげさまで王国にも金銭的余裕ができ、最近やっと半壊したお城の修復に取りかかることができた。
「それは良かったわ」
「私は魔法具の都市エルシーが気になります。とても大きな魔法具の工場があるって話じゃないですか」
「ミュルディーンの地下にあるやつより大きいのですよね?」
「比べものにならないくらい大きいわ。城と言われても疑わないレベル」
「そんなにですか……」
「これは、もう他の商会は魔法具に手出しできないわね」
ホラント商会の圧倒的な高品質で低価格には、どう頑張っても勝てないわ。
「そうですね。あの魔動車が大量生産できるようになれば、もう誰もホラント商会を追い抜くことは難しいでしょうね」
「魔動車?」
初めて聞く言葉ね。
「ちょっと説明が難しいわね……。馬が必要ない馬車だと思って貰えればいいのかな?」
「え? そんな物、どうやって進むのですか?」
「魔力ですよ。魔法具の力を使って動かしているんです」
また、誰もが挑戦しそうで成功しなそうな物を持ってきたわね。
「それは凄いですね」
「凄いで済ませる物ではないわよ。あれに乗ったら、もう馬車に乗りたいとは思えないわ」
「そんなにですか……。それは、逆に怖いですね」
「そうね。また、レオに金が集まる流れができてしまったわ」
「着実と世界中がレオさんに逆らえなくなっていきますね」
「別に、レオはそれで悪いことをしようとしているわけでもないし、良いんじゃない?」
「レオはそうかもしれないけど、その後が怖いわ。あ、別にあなたたちの子供たちがダメってわけじゃないわよ?」
レオほどの能力がないと、あれだけの規模を管理することは絶対にできない。
いくらレオの子供だからと言って、あそこまでの能力があるとは思えないのよね。
「わかっているわ。子供たちにレオほどの能力を求めるのは酷だわ」
「レオは何か、後継のことは考えているのかしら?」
考えていないなら、早急に考えさせて欲しいわ。
もう、人間界の経済はミュルディーン領に左右されると言っても過言じゃないんだから。
「うん。とりあえず、レオが引退する時にミュルディーン家は分解するつもりらしいわ」
「分解? それはまた大胆なことをするわね……」
「そうでしょ? でも、レオらしいと思うわ」
「その……どのくらいに分解する予定なのですか?」
「今、ミュルディーン領には、ミュルディーンを含めて五つの都市があるでしょ?」
「もしかして、その都市ごとに分けてしまうってこと?」
「そう。五等分すれば十分でしょ?」
まあ……十分なのかしら? 一つの都市だけでも、公爵領ほどの力を持っているし……五等分が最低条件って感じね。
「それぞれ、誰の子供に継がせたいとか考えているのですか?」
「まだよ。レオとしては、本人たちの意思に任せたいみたい」
「そうは言っても、なるべく早く決めておきなさいよ? ミュルディーン家のお家騒動なんて、絶対帝国内だけで収まるようなことじゃないんだから」
間違いなく、人間界全てを巻き込んで大いに揉めるはずだわ。
とは言っても、子供はたくさんいるわけだし、後継者五人くらいそこまで心配する必要ないか。
レオも百年は生きるみたいだし、私が生きているうちにはそんなことにはなりそうにないわね。