第十話 それぞれの道
自動車……じゃなくて魔動車の乗り心地はお父さんの言っていた通り良かった。
ちゃんと地面の衝撃が吸収されていて、前世の車と変わりない性能を発揮していた。
いや、排気ガスが出ない分、前世の車よりも高い性能を持っていると言っても過言ではないかもしれない。
そんなことを思っている間に、街から出てしまった。
「街の外ってこうなっているんだ……」
「リル兄さんたちは一回、帝都に行ったことがあるんじゃなかったの?」
物珍しそうに外を眺めているリル兄さんは、去年辺りに適性魔法を調べに帝都に行ってなかったけ?
私は、ついでに連れて行かれても嫌だったからお見送りもしなかったけど。
「あー。お父さんのスキルで帝都まで一瞬で行ったんだ」
「そうそう。俺の時も一瞬だった」
「スキル?」
この世界は、魔法以外にも何か特別な力があるの?
「えっと……なんて言えばいいんだろう? この世界には魔法以外にスキルというものがあってね。それは魔力とか関係なく使うことができる凄い力なの」
「え? そんなずるい力を父さんは持っているの?」
ただでさえあんな無駄に大きなお城に住んでいるのに、お父さん恵まれすぎでしょ。
「そうそう。ダンジョンをクリアした時に貰ったんだって」
「ダンジョン……」
そんなゲームみたいなものまでこの世界にはあるんだ。
「ダンジョンは、魔物がたくさんいる危ない場所だと思っていれば良いよ」
「ふ~ん。お父さん、よくそんなところに行ったね」
確かに、そんなずるい力を手に入れられるなら挑戦する価値もあるのかもしれないけど、私には身を危険に晒してまで欲しいものには思えないわ。
「お父さんは強かったらしいよ」
「たまにお母さんたちが昔のお父さんの武勇伝を教えてくれるよね」
「俺は、ドラゴンの群れを一人で全滅させた話が好きだな」
「ドラゴンって……どのくらい強いの?」
前世だと、最強のモンスター的な立ち位置にいたけど、ここではそうでもないのかな?
「一体だけで帝国の半分が壊滅させられたことがあるわ」
一体だけで? 群れとかじゃなくて、一体だけで国の半分が壊滅したの?
「え……そんな化け物にどうしてお父さんは挑んだの?」
「創造魔法の素材が欲しかったんだって」
「魔法の素材?」
「うん。お父さん、若い頃は創造魔法の素材が欲しくて強い魔物をたくさん狩っていたんだって」
「……そうなんだ」
私、お父さんのことを勘違いしていたみたい。
奥さんがたくさんいて女癖は悪いかもしれないけど、真面目に働いているから凄い人だと思っていたんだけど……ただの馬鹿ね。
そんな魔法の為に危ないことをしていたなんて……お母さんたち、相当心配したんだろうなあ。
「ねえ……ネリアはさ」
「なに?」
お父さんに呆れていると、隣に座っていたローゼ姉さんが何か私に聞きたそうにしていた。
「冒険とかしてみたいとか思わないの? この広くて不思議な世界を旅してみたいとか気にならない?」
「うん……。あまり思わないかな。普通の生活がしたい」
だって、私は家で普通に生活しているだけでも十分幸せでいられるんだもん。
「ネリアにとって普通の生活ってどんな感じ?」
「少し贅沢できるくらい稼いで、ちょっと格好いい男の人と結婚して、二人くらいの子供を育てて、老後は貯金を切り崩しながらゆっくりと余生を楽しむの。凄く素敵でしょ?」
確かに、物語の主人公にも憧れるけど、私はあくまで読者側で十分。
低リスク低リターンの安定を取った生活をするの。
「俺は、世界最強の魔法剣士になってみたいな。魔法も剣も練習していて楽しいし、これからもっと練習して、師匠を超えられるくらいに強くなってみたい」
「私はケーキ屋さんやってみたい。お父さんが作ってくれたケーキを私も作れるようになれば、絶対に大金持ちになれるわ」
「ぼ、ぼくは……お父さんの跡を継いで……僕たちの街をもっと大きくしたいな」
三人とも、子供らしい良い夢を持っているじゃない。
あ、私も子供だったわね。大人たちの前では、もう少し子供らしい夢を言っていた方がいいかもしれないわね。
「ローゼは?」
「私? 私は……」
残るローゼ姉さんは、夢がすぐには思いつかないのか、考え込み始めた。
そういえばローゼ姉さんがこうなりたいとか、聞いたことなかったわね。
まあ、単純に今までそんなことを考えていなかっただけかもしれないけど。
「私は、助けを求めてる人に手を差し伸べたい」
へえ……ちょっと意外。
お姉さんって私以外の人に興味を示さないし、人助けなんて言う人には見えなかったな。
まあ、凄く素敵な夢だとは思うけどね。
「それって……冒険者でしょ?! お父さんが言ってた。困っている人を助ける為になんでもするのが冒険者だって」
「そうね……。私は冒険者になりたいのかも」
「へえ……。皆、大きな夢を持っていて偉いね」
偉いと思うけど、やっぱり私は普通が一番かな。
SIDE:レオンス
魔動車の乗り心地は今のところ問題ない。
短時間の試験は何度もしているが、今日みたいな長距離運転はまだそこまで試せていない。
今回は三日間、果たして魔動車は問題なく走りきることができるかな?
「結婚して十年、カインが生まれてからもう八年間……時間が経つのは早いわね」
「ここのところは平和に毎日が過ぎていくので、余計に早く感じますね」
「十代は行く先々でトラブルだったからね……。そう考えると、今はちょっと刺激が足りないかも」
いや、もう五回くらいの人生分の刺激はあったと思うぞ。
それに、これから避けて通れないトラブルも待ち構えているし……。
「平和で良いじゃないですか。それに、刺激なら最近は子供たちからたくさん貰っていますよ」
「まあ、そうね。魔法を教えていても、子供たちの素直な質問がちょっとしたひらめきに繋がったりするものね」
「そうなんだ。今、魔法はカインとノーラを教えているんでしょ?」
「そうね。リルの獣魔法はベルが教えているわ。ローゼは、私に教わることは特にないって感じね」
「まあ、千年以上も生きている元エルフの女王が、今更教わることもないだろうしな」
なんなら、俺たちの知らない魔法の使い方を教えて欲しいくらいだ。
「カインはとても剣術を頑張っているってヘルマンから聞いているけど、魔術と剣術だとどっちが好きなんだ?」
「カインはどっちも楽しくやっているわ。基本的に戦うことが好きみたいね」
ヘルマンは、純粋な男の子だな。
「リルはどうなんだ? あの大人しい性格で、剣を振る姿が思い浮かばないんだけど」
リルは去年適性魔法がわかり、最近剣術の稽古を始めさせたが、あの性格では苦労していそうなんだよな……。
「確かに、リルは心優しくて、気が弱いところがあってあまり戦いには向いていないですね」
「そうか」
「けど、リルは本読むのが好きよね。たぶん、兄弟の中で一番文字を覚えるのが早かったと思うわ」
「それは凄いな」
男の価値は、別に腕っ節の強さだけでは決まらないからな。
むしろ今の世界情勢を見ると、平和だから武功で成り上がるのは厳しいと思うし、賢さの方が重要なのかもしれないな。
「それと、剣術は意外なことにローゼが頑張っているのよ」
「らしいな。まあ、少しでも戦える術が欲しいってところだろ」
剣を使えないと、一人で戦うのは厳しいからな。
「そうね」
「ちなみに、ノーラの創造魔法もなかなかだぞ。まだ魔法アイテムを創造するまでには至っていないけど、それができるのももうすぐだ」
ノーラには、適性魔法が創造魔法とわかってから夜に創造魔法の使い方を教えている。
最初は、魔力が足りなくて思った物が創造できないことにイライラしていたけど、最近は魔力も十分に増えてきて、どんどん創造魔法が上達していっている。
「皆、それぞれ頑張っていてなんだか嬉しいですね」
「そうですね。皆、これからどんな道に進んでいくのか楽しみです」
どんな道に進んでいくんだろうな。
皇帝になる子もいれば、冒険者になったり、商人になったりとそれぞれの好きな道に進んで貰いたいものだ。





