第七話 姉の奇行
SIDE:ネーリア
私……どうしてここにいるのかしら?
しかもこの体……赤ちゃんじゃない。
私は夢を見ているのかしら?
いえ、そんなはずないわ。だって、ちゃんとお腹は空くし……トイレに行きたくなるんだもの。
この体の……母親は、アニメに出てきそうな銀髪美女だった。
凄く優しい眼差しで……その対象は私じゃないはずなのに、なんだか私の心は温かい気持ちになってしまう。
父親は……たぶん碌でなしのクズで間違いない。
常に、私の……この体の母親とは違う女が隣に立っている。
たまにメイドの格好をした人もいるけど、明らかにそうじゃない女と頻繁に会いに来る。
そして、私にはそんな女たちから産まれた腹違いの兄や姉たちがいる。
たぶんだけど、兄が二人、姉が二人かな。
この子たちには何の罪もない。だから、特に思うことはない。
そう。悪いのは全て節操なしの憎き父親だ。
そんな可哀想な姉の一人が、どうも様子がおかしい。
毎日私を見に来ては、何か思い悩んだ顔をして帰っていく。
あれは、何を悩んでいるのだろう?
これは想像になってしまうけど……あの子は母親に何か吹き込まれているのかもしれないわね。
今、お父さんは新しい女との間にできた子供夢中なの。だから、あなたは父親に愛してもらえないのよ。
なんて言われていたりしてね。
そうなってくると……私、姉に殺されてしまったりするのかしら?
あんな歳の子供は母親の言うことが絶対だし、とても純粋だ。
私がいるから母親が不幸だと知ったら、私を殺そうとするかもしれないわ。
などと思っていると、遂にその時がきた。
その日は……いつものように思い悩んだ顔をしていた姉が珍しく表情を変え、キョロキョロと部屋に誰もいないことを確認していた。
ああ、遂に私はやられてしまうのか……。
覚悟を決め、私はぎゅっと目を瞑った。
どうせ、これは私の体じゃない。だから、殺されても文句は言わないわ。
でも、お願い……なるべく痛くしないで。
そんなことを願ってその時を待っていると……急に下腹部が温かくなった。
え? もしかして私、恐怖のあまり漏らしちゃった?
恥ずかしさと動揺のあまり、強く閉じていた瞼を開けてしまった。
私の視界に入ってきたのは……いつものように思い悩んだ姉の顔だった。
そんな姉は、私のお腹に手を当てて何かしていた。
これ、なにをしているの?
もしかして、私におしっこをさせるおまじないか何か?
私が大人の意識を持っているのを知っていて、辱めようか考えているの?
この姉……恐ろしい。ただ殺すのは生温いと思っているんだわ。
きっと、これからの人生……私はこの姉に生き恥を晒されていくのね……。
そんなことを考えていたら、私は本当にお漏らしをしてしまった。
あの忌々しい事件から二ヶ月……くらい経ったかな?
あれからほぼ毎日……うん、間違いなく毎日あの女は私のところにやってきては例のおまじないを私にかけてきた。
飽きずに毎日毎日。そんなに私を辱めるのが楽しいの?
更に二カ月。
なんとなく、姉が私に何をしているのかわかってきた。
私の体の中にある……球体みたいなもの? を頑張って動かしているみたい。
これ、日に日に大きくなっている気がするのよね……。
このまま大きくなったら、私の体が爆発するんじゃ?
そんな不安に体を震わせると、下半身に暖かい感覚が……。
またまた二ヶ月。
私が転生したのが生後何ヶ月かはわからないけど、もう少しで一歳になるんじゃないかな?
少しずつ、この世界の言葉に反応できるようになってきた。
まあ、話すようになるのにはまだまだ時間がかかりそうだけど。
そして、私が転生して以来ずっと私を悩ませている姉については……相変わらず私の体の中にある球体を黙々と動かしていた。
二ヶ月前と違うことと言えば、私が自分で球体を動かすと姉が凄く喜ぶこと。
それはある日の姉がいない時だった。
日に日に多くなっていく球体に身の危険を感じていた私は、どうにかこれを体外に飛ばせないか? といろいろと試していた。
姉は、直接体の中に手を突っ込んでいたわけじゃないし、私でもできる。そう思っていろいろと試していた。
結果、思っていたよりも簡単に球体を動かすことができることがわかった。
まさか、お腹に手を当てて、球体に『動け』と念じるだけで動かすことができるなんて思いもしなかったわ。
ただ、この球体を体外に出すことはできないみたい。
体外に出せないことがわかると、私はすぐに発想を変えた。
取り出すことができないなら、姉が大きくするのを邪魔することにした。
どうやるかって?
それは簡単。姉が私のお腹に触れたら、干渉されないよう球体をお腹から遠ざけてあげればいい。
この作戦は成功した……と思ったんだけど、姉が想定外の反応を見せた。
あの日も姉は対抗策を用意されているとはこれっぽっちも考えず、いつも通り私のお腹に手を当てた。
その瞬間を見計らって、私はすぐに球体をお腹から遠ざけた。
姉は最初、何が起きたのかわからなかったようだ。
ただ、少ししたら私の仕業と気がついたのか、驚いたような顔を私に向けてきた。
いつも無表情だった姉のそんな顔を見られただけでも、少し嬉しかった。
ただ、その喜びも一瞬だけ、私はすぐに気を引き締めた。
これから、姉は怒って暴力を振るってくるかもしれないし、本気を出して私の球体を大きくするかもしれないのだから。
しかし、そんなことは起こらなかった。
驚いた顔をしていた姉の口角が少しずつ上がっていき、気がついた時には満面の笑みに変わっていた。
そして、嬉しそうに何か言葉を発し、私に抱きついた。
こうなることを全く予想できていなかった私は、ただただ目を見開いて驚くことしかできなかった。
いや、だって……私を憎んでいると思っていた姉がさも私を愛しているかのような反応を見せるとは思わないでしょ。