第五話 私の正体
この世界に転生してから早くも五年が経った。
魔力は当初の予定より倍近い速度で成長してくれている。
この調子で魔力の鍛錬を続けていけば、十五歳には前の体にも負けない魔力を手に入れられるはず。
この成長速度には驚かされたけど、よく考えたらこの体はエルフの女王と聖女、勇者、創造士の混血。
転生したばかりの時はがっかりしちゃったけど……私、とんでもない体に転生しちゃったのかもしれないわね。
そして、私の成長と同じくらい……いえ、それ以上に私の計画には必要不可欠な妹のネリアの教育について。
これは、そこまで進んでいない。
そりゃあ、あっちの世界の記憶があるとは言っても、一歳前後の赤ん坊に言葉がわかるはずがないからね。
とは言え、何もしていないかというとそういうわけではない。
とりあえず、魔力の操作方法だけ教えてあげた。
自分で動かすようになるまで、毎日少しずつ私が動かしてあげた。
その甲斐あって、今では自分で動かすようになってくれた。
「あとは……ネリアの成長速度に期待するしかないわね……」
「いた! ローゼ、またここにいたのね」
「お母さん……」
ネリアが魔力を動かしているのを眺めていると、お母さんが怒りながら部屋に入ってきた。
そういえば、今日は帝都に行く日だったわね。
「本当、あなたはネリアのことが好きよね。他にも弟や妹がいるのに、どうしてこの子だけなの?」
「……なんとなく」
お母さんを納得させるだけの言い訳も思いつかず、私は開き直ることにした。
このくらいの歳の子供ならほぼ直感で生きているし、問題ないと思う。
「なんとなくね。まあいいわ。ほら、帝都に向かう準備をしなさい」
「ねえ……お母さん」
「なに?」
「帝都に行かないとダメ?」
「え? 何が嫌なの?」
「え、えっと……」
まさか、正体がバレる可能性があるから適性魔法を調べられたくない。とは言えない。
「あなたは私とお父さんの子供よ? 適性魔法の心配なんてしなくて大丈夫だわ。それに、今の世の中魔法だけが全てじゃないから。魔法使い以外にもたくさんの将来の夢があるわ」
「う、うん……」
お母さんは何を勘違いしたのか、私が自分の適性魔法に自身がない子供に見えたようだ。
「もう、珍しく子供らしいところを見せたわね。あなたはいつも手がかからなかったから、お母さん嬉しいわ」
「あ、ちょっと……」
お母さんは嬉しそうな声をあげて、私をひょいっと抱っこしてしまった。
こうなってしまったら……もう抵抗できないわね。
「お待たせしました」
「やっぱりネリアのところにいたの?」
「はい。眠っているネリアを嬉しそうに眺めていました」
「へえ。寝ているネリアが可愛かったの?」
「え、えっと……うん」
別にあの子寝ているわけじゃないんだけど……とは言えず、私は諦めて頷いておいた。
「そう」
「ねえ、もうローゼも来たし、早く行こうよ! ねえ? お父さん!」
「はいはい。皆、俺に触って」
お父さんが転移を使うと、そこはそこそこ大きな教会が建っていた。
どうやら、ここで私の正体が暴かれるらしい。
「ここに来るのも久しぶりだな……」
「私は初めてです。庶民はそもそも適性魔法なんて調べられませんから」
エルシー母さんほどの金持ちが適性魔法を調べられなかったの?
帝国って馬鹿なの? そこら辺の貴族より、エルシー母さんを優遇していた方が得なのに。
「本当、このお賽銭制度良くないよな……」
と言いながら、手に持っていた袋を少し振ってジャラジャラと音をたてた。
あの中には……たくさんのお金が入っているみたいね。
「でも、旦那様が設立した学校のおかげで少しずつ庶民にも魔法が使える機会が増えてきましたよ?」
「いや、あの程度では一部の人たちしか魔法を学ぶ機会を得られないよ。もっと小さい頃から魔法に触れる機会をつくってあげたいし……。やっぱり、帝国に頑張ってもらわないといけないのかな」
自分の領地はまだしも、他の領地の領民まで心配するなんてお人好しすぎるわ。
そんなの、侯爵とはい言っても一人の貴族でどうにかできるわけがないでしょ。
「そうだね。それじゃあ、僕が皇帝である間に全ての領地に庶民向けの学校を建てることを約束しよう」
「あ! クリフおじさん!」
振り返ると、シェリー母さんの兄であり、現皇帝であるクリフおじさんが立っていた。
あの人、なんか全てを見透かすような目をしているから、あまり関わりたくないんだよね……。
「やあ、皆元気にしていたかい?」
「うん! 凄く元気!」
「本当、ノーラは元気が良くていいね」
「えへへ」
「カインスとロゼーヌも大きくなったね」
「うん!」
「……」
「もう、少しは挨拶しなさい」
私がクリフおじさんの言葉を無視すると、お母さんが無理矢理私の頭を下げさせた。
それでも、私はおじさんと目も合わないよう顔を逸らした。
「ははは。相変わらずロゼーヌは人見知りみたいだね。それじゃあ、教会に入ろうか」
「仕事は大丈夫なの?」
「君たちの子供は、僕の子供みたいなものさ。子供の為だったら仕事を放り出してきても問題ない」
この人は皇帝なのに、どうして子供どころか奥さんがいないのだろうか……?
子供ができない体なのかな?
「ああ、レオンス様……それに、皇帝陛下まで……わざわざお越しくださりありがとうございます」
教会に入ると、白いひげを生やした男の人がペコペコと頭を下げながら私たちを出迎えてくれた。
「気にするな。甥と姪の晴れ舞台だ」
「は、はい……」
「今日はよろしくお願いします」
「は、はい……。それでは、こちらに……」
それから地下室に案内された。
薄暗い部屋に、不自然に置いてある女神像はあまり神聖さを感じなかった。
どうしてこんな暗い場所で鑑定するのかしら? 覗き見、盗み聞きを防止するためかしら?
「それじゃあ、カインから行くか。あの女神の手に触るだけで大丈夫だ」
「う、うん」
「ほら、かっこよく行ってきなさい!」
「……わかったよ。これでいいの?」
そう言って、カインが像の手に触れた。
すると、女神像が急に光り始めた。
「うわ。まぶしい。父さん、これ大丈夫なの?」
「大丈夫だから手を離すなよ」
それからしばらくして光が収まると、カインの手には一枚のカードがあった。
「どうだった? カードを読んでみて」
「う、うん。えっと……雷と風……無?」
へえ。良い適性魔法じゃない。当たりね。
「三つもあるのか。それは凄いな」
「三つじゃないよ。これは……さいみん?」
「催眠魔法? されはまた……」
「私の魅了魔法に似ているわね」
へえ。お母さんは魅了魔法を持っているのね。
魅了魔法を持ったサキュバスの女王が人間の国に紛れ込んでいたのは、六百年は前の話ね。
確か、当時の勇者に討伐されたはずだわ。
催眠魔法の使い手は確か……創造士の女に手を出そうとして、早々に退場したんだっけ?
あの馬鹿、子供がいたのね。
「皇族はそういう系統の魔法が多いのでしょうか?」
「まあ、皇帝を誑かすには十分な能力だからね」
「……なるほど」
「ねえ……さいみん魔法って悪いの?」
大人たちのやり取りに、カインが心配そうな声をあげた。
「そんなことないわよ。当たり中の当たりよ」
外れではないかな。まあ、私とネリアに催眠を使わない限りは、好きにさせてあげるわ。
「本当!? やったー!!」
「よし。次はローゼ」
え? もう私なの? いや、そうだった。
数分だけだけど、一応私の方がノーラよりも早く生まれたんだっけ。
「わ、私は……後でいいや」
「そうか。それじゃあ、ノーラが先に行くか?」
「うん! 私が先にやる!」
私は後回しになり、ノーラの鑑定がさっそく行われた。
「どうだった?」
「……二つしかなかった。創造と無って書いてある」
両親のどちらも創造魔法だから、そうなると思っていたわ。
「おお。創造魔法が使えるのか。俺やエルシーと同じだな」
「え? お父さんとお母さんと同じ?」
「そうだ。創造魔法は凄いぞ。練習すれば、なんでもできる」
「そうなの?!」
「ああ。ただ、いっぱい頑張らないと使えないけどな」
「いっぱい頑張らないと……わかった! 私、頑張る!」
二つしか貰えなかったことに落ち込んだノーラだったけど、お父さんの励ましのおかげで自分の適性魔法が凄いことに気がついたようだ。
とは言っても、転生者の異常な魔力成長力がなければ創造魔法なんて使い熟せるとは思えないけどね。
まあ、ノエルもお父さんの子供だし、少しはその特性を引き継げてはいるから、頑張れば簡単な魔法アイテムを創造できるようになるかな。
「そうか。それじゃあ、最後ローゼ」
「う、うん……」
ついにこの時が来てしまった。
どうしよう……具合悪いって言って逃げる?
いや、具合悪くても像に触るくらいできてしまうわ。
どうしよう……。
「緊張しなくて大丈夫よ」
「そうそう。適性魔法で人生の全てが決まるわけじゃないんだから」
そう言って、お母さんが私を抱っこしながら女神像の前まで連れてきた。
私がちょっと手を動かせば、鑑定が始まってしまう。
「わ、わかったよ……」
これは、諦めるしかないわね。
私は覚悟を決めて、女神の手に触れた。
「どうだった?」
「結界と……無属性魔法」
もう知ってるくせにわざとらしく聞いてくるお父さんに、カードに書いてある通り答えた。
どうせ隠してもバレるからね……。はあ、これで私が転生者であることがバレてしまうわね。
「あら、やったじゃない! 結界魔法は、エルフの女王様と同じ魔法よ!」
女王と同じ? どういうこと?
もしかして、お母さんたちは結界魔法が女王だけしか使えない魔法ってことを知らないの?
「良かったね」
「う、うん」
「……そうだな。ほら、後は帰ってからゆっくり見よう」
この含みがある言い方……お父さんだけはわかっているわね。
はあ、もう良いわ。こうなってしまったら、私にはどうにもできない。後は、全て運命に委ねるわ。





