第三話 順調な開発
SIDE:レオンス
結婚から五年が経ち、気がついたら二十を超え、二十一歳になっていた。
領地開発に忙しくしながら、愛らしい子供たちに癒やされていたら、五年というのはあっという間だね。
若いときみたいに行く先々でトラブルに巻き込まれることも最近はないし、本当に平和そのものだ。
……そう思っていたんだけどな。
「……旦那様? どうかしました?」
「ああ、ごめん。少し考え事をしていた」
おっと。今は仕事に集中しないといけない。
エルシーの心配そうな声に、俺はすぐに頭を切り替えた。
「ここのところ、多いですね。何かあったのですか?」
「いや、特に何もないよ。それより、視察を続けようか」
「……もう。また誤魔化して」
「ごめん」
この悩み事は……相談しても良いのかさえわからないんだ。
俺だって、一人で抱え込んではいけないことはわかっている。
でも、俺がそうだったように……あの子たちには親の目を気にせず自由に生きて欲しいんだ。
「はあ、良いです。言いたくなったら言ってください」
「ごめんよ。その時が来たら必ず言うから」
「約束ですからね?」
「うん。約束するよ」
「それじゃあ、完成した新魔法具工場を説明していきますね」
「よろしく」
俺たちは今、五年以上の年月をかけてやっと完成した魔法具工場に来ていた。
建設途中に何回も来ているけど、完成した物を見るのは今日が初めてだ。
そして現在、俺たちは一階のいくつもある部屋の一つに来ていた。
「ここは、湯沸かしの魔法具を組み立てる製造ラインになっております。湯沸かしの魔法具は、ミュルディーンの工場で試験的に量産を試みたこともありますが、ここで初めて本格的な大量生産が行われます」
エルシーのわかりやすい説明を聞きながら、貴族がよく風呂に取り付けて使う湯を沸かす魔法具が流れ作業でできていくのを眺めていた。
「これで、少しは庶民もお湯を簡単に沸かすことができるようになると良いな」
「今はまだ職人が足りないのでそこまで値段を下げることはできませんが、これからもっと下げていく予定です」
人不足は時間が解決してくれるはず。
ホラント商会が破格の補修で従業員を大量募集していると聞いて、帝国中……だけでなく、王国や教国からたくさんの人が移住してきている。
あと一年もすれば、この広い工場もフル稼働できるはずだ。
「これから、この施設が世界の文明レベルを一気に上げていくと思うと、ニヤケが止まらないな」
それから一階にある全ての生産ラインを見せてもらい、俺たちは二階に来ていた。
「二階は、一階の生産工程を監視、制御する管制室がある以外は、全て研究室になっております。今は、五人ほどしか部屋を持つ研究者はいませんが、これから少しずつ部屋持ちの研究者が増えていく予定です」
そんな説明を聞きながら、二階の研究室を見て回ってみると、階段付近の五部屋以外は全て空き部屋だった。
ざっと……二十部屋以上はあるな。
こっちは、埋まるのにそこそこ時間がかかりそうだな。
「今使われている五部屋は、それぞれどんな研究しているの?」
「農業関係が二人、ダンジョン攻略に関する魔法具を一人、日用品が一人、旦那様が指示した魔動車の開発に開発長が携わっております」
「なるほど。魔動車開発はどんな感じ?」
魔動車とは、魔力だけで動く自動車のことだ。
馬車の移動だと、どうしても馬を休めないといけないけど、魔動車なら魔力が尽きるまで走らせることができる。
魔動車が発明できれば、この世界に物流革命を起こすだろう。
「はい。専門的なことはわかりませんが、上手く進んでいるそうですよ。開発長が言うには、遅くても二年後までに開発が終わるだろうとのことです」
あと二年と聞いて早いと思ってはいけない。
魔動車は、ミュルディーンに工場を建てた頃から研究させていたからね。
師匠がいた頃は順調に研究が進んでいたんだけど、師匠が亡くなってからは思うようにはいかなかった。
魔動車の研究は、そんな師匠の偉大さを実感させられた思い入れ深い研究だったりする。
「あと二年か。完成したら、二人で車旅でもするか」
「ふふ。それは楽しみです」
「三階は、半分が教育室。もう半分が魔石分別室になっております」
三階に上がってくると、学校の教室みたいな部屋がいくつもあり、その全ての部屋で教官に老若男女様々な人たちが魔法具の作り方を習っていた。
ここで一通り自分の仕事を覚えて、一階の生産ラインに組み込まれていくわけだ。
そして、奥へと歩いて行くとジャラジャラと魔石どうしがぶつかる音が聞こえてきた。
部屋を覗くと、高く積み上がった魔石の山からひょいひょい魔石を拾って種類ごとに違う袋に入れていくおばちゃんたちが見えた。
何度見ても、ここのおばちゃんたちの手際の良さは凄いと思ってしまう。
「魔石の供給は間に合っているの?」
「はい。ミュルディーンの学生たちがたくさん魔石を売ってくれるおかげで、なんとか回せております」
ミュルディーンの魔法科に通う学生は、生活費や学費を魔石だけで賄っている。
貴族の子供たちにとっては小遣い程度でも、庶民にとっては十分生活できるだけの金になるようだ。
皆、魔力鍛錬を兼ねて、必死になって魔石に魔力を注いでいる。
「でも、これから魔力の供給が間に合わないかもしれないな」
「いえ、それは大丈夫だと思います。旦那様が庶民向けの学校を設立してくれたおかげで、お金を持っていない魔法使いがこれからどんどん増えていくはずですから」
今は、魔法を使えるだけでどこに行っても重宝されるけど、これから魔法使いの数が飽和に達すればそんなこともなくなるか。
贅沢しなければ、魔石に魔力を注いでいるだけで生きていけるんだからな。
もしかしたら十年、二十年後には、そんな魔法使いが主流になっていたりして。
「工業都市エルシーの完成もあと少しかな」
魔法具工場の最上階、街を一望できる展望台からまだまだ更地の多い街の様子を見ていた。
まだ始まったばかりの街ということはわかっているけど、ミュルディーンの人集りに慣れてしまっているからか、どうしても寂しく見えてしまうな。
「生産が始まれば、少しずつ商人や住民たちが増えていくと思いますよ」
「これからどんどん発展していって……将来的には、ノーラがここを管理していくのかな」
「そうだと嬉しいですね」
工業都市エルシー視察から数日が経ち、今日はリーナと農業都市リーナに来ていた。
「わあ~。今年はまた一段と畑が広がりましたね。見渡す限り麦ですよ」
「そうだね。しかも、ただの麦じゃない。あそこの研究所で、日々品種改良がされている麦だ。今年の麦でつくったパンは、去年の数倍美味しいって研究者たちが豪語していたから、期待していいと思うぞ」
そんなことを言いながら、俺が一番新作の麦の味を楽しみにしているんだけどね。
食の豊かさは、生活の豊かさに直結する。そうだろう?
あ~。どんなパンを焼こうかな。菓子パン……メロンパンだな。
「年々美味しくなっているのに……それが数倍なんて。きっと、またルーさんの食欲が爆発してしまいますね」
「これ以上爆発したら流石に困るな……」
太らないとはいえ、絶対あんな暴飲暴食して健康に良いわけがないんだよ。
ルーの体も心配だし、食べる量をこれ以上増やさないようにちゃんと注意しないと。
「それにしても……この場所、凄く落ち着きます」
「故郷みたいに緑が多いからか?」
「それはあるかもしれませんね。人がたくさんいて、とても栄えている街も良いかもしれませんが、私はこの街みたいな静かな場所の方が好きなのかもしれません」
「そう思ってね。ここは、そこまで手を加えなかったんだ」
最低限農業を研究できる設備だけを整えて、後は元々あった村をそのまま使っている。
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「どういたしまして。でも、ここはリーナの街だから、何か要望があったら好きに言って」
「要望ですか? うん……凄く満足していますけど……あ、一つだけありました」
「一つと言わず好きに言って。それで、どんな要望?」
「はい。大きな教会を建てて貰えないでしょうか?」
「教会? 別に良いけど……」
ちょっと意外な要望だな。
リーナはまだガルム教を信仰していたのか。
「あ、別に布教をしたいとかそういうことを考えているわけではないですよ?」
「それじゃあ、何の為に?」
「帝国に聖魔法を使える人をもっと増やす為ですね。今は帝国に強く言えないので黙っていますが、一応聖魔法を教えて良いのは教会の人間だけということになっていますから。これからも、教国と仲良くやっていくためにも、ちゃんとした教える場所を用意しておいた方が良いと思いました」
「……そこまで考えが及んでいなかった。ありがとう」
そもそも、聖魔法を学ぶのにそんな制限があるとは知らなかった。
まあ、もうかなりミュルディーンの学校でも聖魔法を教えてしまったし、今更な気もするけど。
「ふふ。まあ、建てて欲しい理由の半分は、私が子供たちに聖魔法を教えてあげたいだけですけど」
いや、それが建てて欲しい理由の九割でしょ。
「ハハハ。それでも、十分ありがたいよ。そうなると……リーナが簡単に行き来できた方が良いよね。今度、それぞれの街とミュルディーンを行き来できる魔法アイテムを創造してみるか」
「魔力に無理がないようにしてくださいよ?」
「もちろん。魔力が足りなくなったら、また頼むよ」
「ふふ。任せてください」





