第二十六話 数年越しの結婚
SIDE:アルマ
ヘルマンに告白されたのはいつだったかな?
あの時、嬉しかったのは覚えている。
三連勝したらとか、妙な条件をつけるところも真面目なヘルマンらしいし、私の心をときめかせてくれた。
でも、私は負けず嫌いだから……結婚する為とは言え、負けたいとは思えなかった。
私だって、早くヘルマンと結婚したい。
ヘルマンのことは大好きだ。
真面目で強いし、ヘルマンは本当に尊敬している。
でも、私は負けたくなかった。
昔から……私は負けず嫌いで、よく孤児院のお姉ちゃんやお兄ちゃんを困らせていたっけ。
私が孤児院に入ったのは四歳の頃らしい、冒険者だった両親が死んでしまったことで、帝都の孤児院に引き取られた。
お父さんとお母さんのことはあまり覚えてない。記憶に残っているお父さんとお母さんは、笑顔で家から出て行く姿だけ。それ以外、何も思い出せない。
元々、二人はほとんど家にいなかったから、私はいつも家で独りぼっちだった。
だから孤児院に入って、家に家族がいっぱいいる状況というのがとても嬉しくて、安心した。
皆、優しかったしね。
孤児院のおばあちゃんは、たくさんのことを教えてくれた。
文字やこの世界のこと、魔法から剣術までなんでもおばあちゃんは教えてくれた。
私は……文字の勉強があまり好きじゃなかったけど、あの時教えて貰っていて良かったと何度おばあちゃんに感謝したか。
そんな私が一番好きだった時間は、もちろん剣術の時間だ。
おばあちゃんに剣の振り方を教わり、疲れて立てなくなるまで木剣での模擬戦をやらされたっけ。
私は剣術の才能があったみたいだったからすぐに上達し、同じ歳の子たちには負けなかった。
だから、私はいつもお兄ちゃんやお姉ちゃんたちに相手して貰っていた。
まあ、もちろん年上が相手では私でもコテンパンにやられてしまう。
子供の一歳や二歳の差は大人と比べものにならないくらい大きいから、仕方ないと言ったら仕方ない。
でも、私はそれが認められなかった。
どうやら、私の負けず嫌いはこの時から発症したらしい。
もう、毎日勝つまでお兄ちゃん、お姉ちゃんに挑んで、勝てないと大泣きした。
そして、それに見かねた優しいお兄ちゃんが手加減して負けようとしてくれると、手加減されていることに腹が立って更に大泣きした。
いやあ、思い出してみると、あの頃の私は随分と皆に迷惑かけてたな……。
そんな私の負けず嫌いは、孤児院を卒業してからは少し落ち着いた。
上には上がいるってことを理解したからね。
特に、あの騎士団の入団試験ではそれを痛感させられた。
私を簡単に倒してみせたヘルマンよりも強いベルノルトさんは、レオ様にまったく歯が立たず完敗してしまった。
レオ様にはどう頑張っても勝てない。私はこのとき、初めて自分の負けを認めた。
ただ、このまま弱い自分というのを許しておけるような私でもなく、騎士団に入ってからはベルノルトさんにいろいろと教わりながら、どんどん強くなっていった。
それこそ、前はあんな簡単に負けたヘルマン相手と同等の力を手に入れた。
あの、初めてヘルマンに勝てたときは本当に嬉しかったな。
自分が凄く強くなったことを実感できたから。
でも、ヘルマンはすぐに私を負かしてきた。
一度勝てると、人というのはその人には勝たないといけないと思うもので、ヘルマンに再び負けた私は負けず嫌いが再発した。
もう、圧倒的な差をつけて勝ってやろうと毎日練習した。
だけど、そんな私と同様に、あっちも私に負けまいと練習を積んでいた。
そのせいで、私たちは一生決着がつかずにいた。
「もう、諦めてくれれば良いのに……」
三連敗して、結婚するのも悪くないが、どうせなら私が三連勝して、私から『結婚して』と言いたかった。
でも、お互いに勝てないし負けないから、どっちも何も言えない状況がずっと続いている。
本当、諦めてくれれば、私がすぐに結婚を申し込んであげるというのに。
「諦めないよ。今日、ここで君に三連勝してみせるから」
「逆に、私が三連勝してあげるわ」
そう言って、私たちは剣を抜いた。そして、すぐに攻撃を始める。
もうお互い、お互いのことを知り尽くしている。
様子見なんて必要ない。
あれから……どのくらいの時間が経ったのだろうか?
せっかくレオ様たちが来ているというのに、こんなに面白くない試合をするわけにはいかないのに……。
今日の戦績は、今のところ十六戦全て引き分けだ。
「ねえ……。ルールを変えない? このままだと、レオ様たちも流石に退屈だわ」
これだと不味いと思った私は、そんな提案をヘルマンにした。
今日が一回目ならその必要もないけど、もう何年この展開を見せているかわからない。
このままは絶対にダメでしょ。
「確かに……。でも、どんなルールに変えるんだ?」
「スキルの使用禁止なんてどう?」
透過のスキルがお互いに使えなくなれば、決着がつきやすくなるはず。
私自身、負けそうになったら透過頼みの道連れ攻撃をよくやるし。
「え? 良いのか? それだと、アルマが……」
「なに? 私が弱くなるって? 舐めないでくれる? そっちこそ、危ないときに何回もスキル使ってるじゃない」
ヘルマンには魔眼だってあるんだから、十分公平な試合になるはずだわ。
「そうだね。わかった。スキルなしで勝負しよう」
こうして、スキル使用禁止の戦いが始まった。
SIDE:レオンス
「急に二人が止まったけど、何の話をしていたんだ?」
ヘルマンとアルマが会話を始めたのを見て、ベルに会話の内容を聞いてみた。
獣人だと、あれくらいの距離でも声が届くそうだ。
「ルールを変えることにしたそうです。このままだと、決着がつきそうにないので」
「へえ。それで、どんなルールに変えたの?」
確かに、このままだといつも通り引き分けだけで終わってしまいそうだからね。
良い判断だと思う。
「スキルの使用を禁止して、戦うそうです」
おお。思っていたよりも大胆なルール変更だな。
「へえ。それは確かに、勝敗がつきやすくなるかもね」
「え。でも、アルマの方が不利じゃない? アルマって、透過を上手く使いながら戦うのが強いんでしょ?」
そうだね。相手の攻撃を透過しながらカウンターを入れたりするのは、アルマの得意戦術だ。
ヘルマンよりもアルマの方が透過を使う頻度は絶対に高い。
「それが、そんなことないんだな。ヘルマンだって、スキルが使えないと辛いと思うぞ。ほら、さっそくヘルマンが負けた」
シェリーに説明している間に、ヘルマンがアルマの毒にやられて死んでしまった。
「え? あ、見てない間に!」
「魔眼が使えないと、アルマの動きについていけないんだよ」
これは、ヘルマンのピンチか?
SIDE:アルマ
「よし。まずは一勝」
この調子であと二勝よ。
そんなことを思いながら、私は復活したヘルマンに向かって行く。
一発目は剣で受け止められ、二発目は体をずらして避けられた。
でも、私の攻撃は三発目、四発目とまだまだ終わらない。
透過が使えない今、ヘルマンは私の剣をちゃんと回避しないといけない。
私の剣は、一発でも当たれば、それが掠り傷でも死んでしまうからね。
それに比べて、私は致命傷を避けられれば、多少ヘルマンの攻撃も受けられる。
ズルい? いえ、戦略よ。
そうこうしているうちに、私の剣がヘルマンの足に刺さった。
「これで、私の二勝目」
あと一勝。やっと終わるんだ……。
ヘルマンが復活したのを見て、私は一勝目、二勝目と同じようにヘルマンに向かって走って行く。
また、同じように手数で押し切って私の三連勝で終わりよ。
そう思っていたのに、いつの間にか……私は真っ二つになっていた。
「そう同じ手は効かないよ。相変わらず、アルマは詰めが甘いね」
嘘? どうして? さっきまで私の攻撃を避けるのに精一杯だったのに。
どうして負けたのかわからなかった私は、とりあえず距離を取った。
負けた原因がわかるまでは、近づかない方が良いわね……。
そう思いながら斬撃を飛ばすと、ヘルマンは斬撃で斬撃を防御しながら私に向かって来た。
え? 嘘……。
さっきまでと攻防が逆転してしまった。
いけない。受けに回ったら透過を使えない今、私が凄く不利じゃない。
ああ、距離を取ろうとしたのは悪手だったわね……。
そんなことを思っている間に、ヘルマンが二勝目をあげた。
「あと一勝……」
私が復活すると、ヘルマンはそう言って剣を構えて私を待ち受けるような体制になった。
これは……私の攻撃を全て受けきって勝つつもりでいるってこと?
「受けて立とうじゃない。また、振り出しに戻してやるんだから」
そう言って、私は無属性魔法を全力で使った。
この闘技場、傷は回復するけど、魔力は回復しない。
だから、本当はこんな魔力の使い方をしたらダメなんだけど……ヘルマンは、絶対ここで魔力を使い切るつもりいるわよね。
いや、二つ前から全開か。
ヘルマンはこの三戦に全てをかけるつもりね。
「ここで勝った方が今日の勝者で間違いないわね」
そう呟きながら、私は地面を思いっきり蹴った。
正面から斬ると見せかけて、背後からの一撃。
やっぱり読まれてる。もう、完全に私の癖をわかり切っているって感じね。
良いわ。それでも、私は速さであなたを圧倒するから。
私は更に加速した。
前後左右揺さぶりながら、あらゆる攻撃を加えていく。
すると、少しずつ私の方が優勢になってきた。
やっぱり、私が攻撃し続ければ、私が有利だわ。
そう思っていると、すぐに決着のチャンスが訪れた。
ヘルマンが少し空振り、防御が間に合わない状態になった。
ふふ。貰ったわ。
私は、足に目掛けて剣を振るった。
しかし、振ってから気がついた。
これ、罠だ。と……。
そして、思っていた通り、気がついたらヘルマンの剣が私の首に向かって来ていた。
いつもならこれくらい透過で避けられるのに……。
結果、私の剣が足に届くよりも早く、ヘルマンの剣が私の首に当たった。
SIDE:ヘルマン
やっと勝てた。アルマに二連勝された時は本当に焦ったけど、なんとかあそこで踏ん張れて良かった。
そう思いながら、首が繋がっていくアルマの隣に倒れ込んだ。
三連勝をするのがこんなにも大変だったとは……。もう、これが通算で何戦目なのかわからないくらいアルマとは戦ったな。
本当、大変だった。何度自分の言葉に後悔したことか。
でも……この戦いがあったからこそ、僕はここまで強くなれた。
結果的には、これで良かったのかもしれないな。
「はあ、途中で罠って気がついたんだけどな……」
どうやら、アルマの回復が終わったみたいだ。
僕は立ち上がり、アルマに手を差し伸べた。
「アルマは詰めが甘いからね。それを利用させて貰ったよ」
「あ~。私の馬鹿! あそこで我慢できていれば~」
悔しそうにそう言いながら、アルマは俺の手を掴んで立ち上がった。
「はあ、三連勝おめでとう」
「ありがとう。えっと……」
あれ? 指輪はどこのポケットに入れていたっけ?
こっちじゃないし、ここじゃないし……。
「あ、あっと。アルマ、僕と結婚してください」
指輪を見つけ出した僕は、すぐアルマに差し出して、勝ったら言おうと思っていたことを言った。
やっと言えた……。もう、これだけで僕は泣きそうだ。
「こ、こんなの用意していたの?」
「実は……もうずっと前に師匠に造って貰っていたんだ」
随分と前に、アルマに告白したことを知ったレオ様がこれを用意してくれたんだよね……。
なんでも、婚約指輪と言うらしい。
「そうだったんだ。ずっと隠し持っていたんだ」
「うん」
「あ~。嬉しいんだけど悔しさもあって喜べない。ヘルマン、また明日も勝負よ!」
ハハハ。負けず嫌いなアルマらしいな。
これは、勝ったからと言って気を緩めることはできないな。明日からも頑張って強くならないと。
「うん。いつでも受けるよ。それで……答えを聞いてもいい?」
「もちろん、結婚して良いわよ。本当は、私が勝って気持ちよく私が結婚を申し込むつもりだったんだから~」
「そ、そうだったの? それは負けなくて良かった」
負けた上に、アルマから結婚を申し込まれていたら、もうプライドがボロボロになっていただろうな……。
本当、勝てて良かった。
そんなことを思いながら、僕はアルマの左薬指に指輪を嵌めてあげた。
これも師匠に教わったこと。指輪は、左の薬指が一番良いらしい。
本当、師匠には教わってばかりだな……。
「ヘルマン、これからもよろしくね?」
「うん。よろしく」
指輪を嵌め終わり、僕たちは抱きしめ合った。
ああ、幸せだな……。この時間がずっと続けば良いのに。
そんなことを思っていると、アルマが僕の顔を両手で掴んだ。
「これは、勝利したヘルマンにご褒美」
そう言ってされたキスに、僕は顔が真っ赤になった。
その不意打ちはズルいって……。