第二十四話 引退と親離れ
マーレットさんをうちに迎えてから、大体一週間が経った。
その間、俺たちはモニカちゃんやマーレットさんに領地を案内してあげたり、仕事を少しずつ再開し始めたりと充実した一週間を過ごしていた。
そして今日は、皇帝への報告とおじさんの様子を知るために帝都に来ていた。
「今回もまた……大変であったな」
「そうですね。ここまで大変な新婚旅行になるとは思いませんでした」
暗殺者に狙われることは知っていたけど、あそこまであからさまに襲われるとは思わなかったな。
それに加えて二ヶ月も聖都に拘束されていたせいで、俺の新婚旅行はほとんど行きたいところに行けなかった。
せっかく、教国の観光スポットを下調べしておいたというのに。
「父親としての立場だと、娘がそんな新婚旅行で可哀想だったとしか言えないな。まあ、皇帝としての立場から言わせて貰えば、感謝しかないがな。これで、帝国は隣国の心配をする必要がなくなった。本当、レオには感謝しかない」
「いえ。別に大したことはしてないですよ」
今回も本当にたまたまだ。教皇が勝手に暴走して、勝手に失脚していったって感じだもんな。
「そうか。それでは、本題に入るが……」
「本題……ですか?」
俺にとっては今のが本題だったんだけどな。
俺がいない間に帝国でなにかあったか?
「来年、皇帝の座をクリフィスに譲ることにした」
はい? もう譲っちゃうの?
「え? どこかお体が悪いのですか?」
見た目は……具合悪そうに見えないんだけどな。
「いいや。そういうわけではない。単純に、今が世代交代にふさわしい時期だと判断したからだ。今なら、世代交代に乗じて何かしでかそうとする馬鹿はいないだろう?」
「なるほど……」
確かに、もしかしたら今がベストタイミングかもしれない。
フィリベール家がいなくなった今、帝国内で反乱を起こそうとする貴族はいない。
外を見ても、王国も教国も自分の国を立て直すのに精一杯という状況だ。
うん。ベストかも。
「まあ、きっかけはダミアンなのだがな」
「おじさん?」
おじさんに目を向けた。やっぱり、この前の敗北で自信を失っちゃったのかな……?
いや、おじさんに限って、そんなことはないと思うんだけど。
「心配しなくても大丈夫だよ。ちょっと。自分を鍛え直したくなったから引退させて貰うことにしたんだ」
いや、それは心配するのに十分なことなんじゃないかな?
ずっと仕事一筋だった男がいきなり引退するとか言い出すんだから。
でもそうか……おじさんはリベンジする気満々と……。なら、確かに心配する必要ないか。
「ということは、特殊部隊の隊長も変わるんですか?」
「ああ。イヴァンに任せる。ついでに、宰相も変わるぞ」
「え?」
今度は、エリーゼさんに目を向けた。
「私も、そろそろ子供を産まないといけませんので」
あ、そういえばおじさんたち、まだ子供が一人もいないな……。
「エリーゼには無理をさせてしまったな」
「いえ、そんなことありませんよ」
「エリーゼがいなくなってしまうのは、帝国にとって大きな痛手だが、後任の男も優秀なのだろう?」
「はい。大丈夫だと思います」
まあ、エリーゼさんが優秀と言うなら大丈夫でしょう。フレアさんも凄く優秀だからね。
にしても、本当に急だな。
何かある度にこうやって報告に来て、皇帝やおじさん、エリーゼさんといろいろと話してきたけど、それも今年までか。
「そうですか……。皆さん、長い間お疲れ様でした」
俺は、三人に向かって深く頭を下げた。
めちゃくちゃお世話になったからな。感謝の言葉くらいは言っておかないと。
「こちらこそ、レオにはたくさん世話になった。お前がいなければ私の代で国が滅んでいたかもしれないな」
「何度、レオくんに助けられたことか」
「そんなことはないと思いますよ。僕がいなくても、帝国はとても強い国ですから」
「そう謙遜するな。少なくとも、私の娘はここまで幸せになることはできなかった。この事実に頭を下げられずにいられるか」
そう言って、今度は皇帝が頭を下げてきた。
「もう……やめてくださいよ。僕も好きなことはさせて貰いましたし」
「ハハハ。そうだな。これ以上はやめておこう」
「というわけで話は変わるが、私の可愛い孫はとはいつ会えそうか?」
いや、急に話が変わりすぎでしょ。
「さ、さあ? 来年には……いるんじゃないですか?」
「そうか。それじゃあ、引退したらミュルディーンに離宮を建てるのも悪くないな。余生は孫と過ごせるなんて最高だろう」
はい? うちに来るの?
「今からミュルディーンに街を建てるとなると……街の端になってしまうのですが」
「そんなのは気にせん。問題なのは、会いたいときに会える距離にいられるということだ」
随分と利己的な発言だな……。さっきまでの俺に頭を下げていた皇帝陛下はどこに行かれたのやら。
「そうですか……。わかりました」
仕方ない。訓練場の近くにまだ土地の余りがあるから、そこに離宮を建てよう。
「エリーゼさんはどうしますか? おじさんが修行するなら、うちに来ますか? 少し賑やかですが、寂しくはないと思いますよ?」
どうせ、おじさんはバルスに何か教わるつもりなんだろうし、それならエリーゼさんもこっちに来ていた方が良いんじゃないかな?
「それは……」
「悪いけど、よろしく頼むよ」
「え?」
「これから、僕はバルスに鍛えて貰うつもりだからね。エリーゼもミュルディーンにいてくれた方が助かる」
やっぱりバルスか。あいつ……こういう大事なことは先に報告しておけよ。
「わかりました……」
というわけで、全員が我が領地に来ることになった。
SIDE:リアーナ
旦那様が皇帝陛下とお話しをされている頃、私とお母さん、モニカちゃんは魔導師様のお家に来ていた。
もちろん。お母さんとモニカちゃんをおばあちゃんに会わせるためです。
「いやあ。まさか、またマーレットと会えることになるとはね」
「本当よ! それに、孫がもう一人いたなんて!」
ニコニコとした魔導師様と対照的に、おばあちゃんは涙で顔がびっしょにしながらモニカちゃんを抱きしめていた。
「えへへ。おばあちゃんだ! 私のおばあちゃん」
「そうだよ……。私がおばあちゃんだよ。う、うう……。本当に、本当に生きていてくれて良かった……」
「どうして、おばあちゃんは泣いてるの?」
「モニカと会えてうれしいのよ」
「そうなんだ。私も、おばあちゃんと会えてうれしい!」
「そうかい……。ああ。もう、私は死んでも悔いないね」
「何を言っているんだい。死ぬなら、せめてひ孫の顔を見てからにしな」
「そ、それもそうね……。リアーナ、早く私に死なせてくれ……」
「何を言っているんですか。おばあちゃん、まだまだ元気でしょ?」
ひ孫は見せてあげますけど、死ぬとか言わないでよ。
おばあちゃんたちには、まだまだ長生きして欲しいんだから。
「老いぼれというのは……いつ死んでもおかしくないんだよ? カリーナみたいに、いつボケるかわからないし……」
「私のどこがボケだって? マーレット、何かこの老いぼれに何か言ってやんなさい!」
「誰が老いぼれだって?」
「今、自分で言っていたじゃないの!」
また二人の喧嘩が始まった。
本当、毎日一緒にいるのに二人は仲が良いわよね。
「ふ、ふふふ。お二人とも、昔と変わらず仲が良さそうで、何だか安心しました」
「そうかい? まあ、あれだけ長い間一緒にいれば、急に仲良くなることも仲が悪くなることもないわね」
「そうね」
お母さんにそんなことを言いながら、二人は少し笑ってみせた。
喧嘩するほど仲が良い。魔導師様とおばあちゃんは本当にそのまんまだわ。
「ただいまー」
あ、旦那様が帰ってきました。
「おかえり。皇帝が何か言っていたかい?」
「うん。来年、世代交代するって言っていた」
え? シェリーのお父様が皇帝をお辞めになってしまうのですか?
どこか……体が悪かったりするのでしょうか?
「もう? まだ十年程度しかやってないじゃない。あんな元気な体で辞めるなんて、舐めているわね」
あ、体は大丈夫なんですね。
というかおばあちゃん……皇帝陛下にその言葉は流石にどうかと……。
「まあ、タイミング的には今が最良よ?」
「それでも……まだ早い気もするわ。もしかしたら、仕事のことは忘れて孫と余生を過ごしたいとか考えていたりして」
「ありえるわね。あいつも爺バカ確定ね」
そんなことが言えるのは、この国で魔導師様とおばあちゃんだけですね。
「それで、レオはいつひ孫を私に見せてくれるんだい? もう、この老いぼれに残された楽しみはそれしかないんだから……」
「ら、来年には」
まあ、確かに来年にはできているかもしれませんね……。
「ひ孫って……おばあちゃんは、私じゃダメなの?」
「そ、そんなことない! そんなことない! 私はモニカがいれば十分さ……」
モニカちゃんナイス! ふふふ。おばあちゃんは少し反省しなさい。
「あ、そうだ。今日は二人に頼みたいことがあったんだ。二人とも、モニカちゃんに魔法を教えてあげてくれない?」
「「今、なんて言った?」」
凄い。二人の声が完璧に重なりました。
「これから、モニカ魔法学校に入学試験を受けないといけないんだけど……。魔法をそこまで練習できていなかったみたいなんだよね。どう? 引き受けてくれない」
「「もちろん引き受けるわ」」
孫が絡むと……二人とも、凄く単純になりますね……。
でも、少しは二人の楽しみができて良かったです。
「そう……。モニカちゃん、おばあちゃんに魔法を習いたい?」
「魔法? おばあちゃんたちに魔法を教えて貰えるの?」
「ええ。任せてちょうだい」
「やったー!! 私、魔法を習いたい! お母さんみたいに魔法を使ってみたい!!」
そういえば、お母さんの魔法を私は見せて貰ったことがありませんね。
今度、見せて貰おうっと。
「義母様、カリーナ様、モニカをよろしくお願いします」
「良いわ。魔法学校に首席で入れるくらいにはしておくから、心配しないで」
「そうよ。任せておきなさい」
主席って……どれだけモニカちゃんを鍛えるつもりなんでしょうか……?
モニカちゃん、魔法を嫌いにならないと良いけど……。
「はい。よろしくお願いします」
「え? お母さんも一緒じゃないの?」
モニカちゃんは、やっと自分がこれからお母さんと離れないといけないことを理解したみたい。
不安そうな顔をお母さんに向けていた。
「モニカ、魔法学校に入ったら、寮に入らないといけないの。その練習だと思いなさい」
「そ、そんな! お母さんと離れ離れになるなんて!」
モニカちゃんが急いでお母さんの腰にしがみついた。
ずっとお母さんと一緒に生活していたのですからね……。当然、そう簡単にはお母さんと離れられないはずです。
けど、お母さんは心を鬼にしてモニカちゃんの手を引き剥がした。
「ダメよ。モニカ、強くなりなさい」
「い、いやだよ……。お母さんと離れるなんて……」
「リーナお姉ちゃんは、六歳の時にはもうお母さんと離れ離れだったわ」
「そ、そうなの……?」
「うん」
私が頷くと、モニカちゃんの力が自然と緩まった。
「そ、それじゃあ、私も頑張る。私もリーナお姉ちゃんみたいになるんだ」
「いい子ね」
最後にお母さんがぎゅっと抱きしめて、私たちは魔導師様の家を後にしました。
「う、うう……」
お城に戻ってくると、お母さんは口に手を当てて泣き始めてしまいました。
「お母さん……」
「モニカより私の方が重症かもしれないわね……。私、子離れできるかしら……」
「大丈夫。今度は、私が傍にいるから」
私はそう言って、お母さんの背中を擦ってあげた。
「そうね……。レオさん、今回はありがとうございました」
「いえ。僕もモニカちゃんの成長は楽しみです」
「そうですね……。強くなってくれると良いのですが」
大丈夫。きっと立派になってお母さんを驚かせてくれるわ。
それにしても、リーナお姉ちゃんみたいになるんだ、か……。私も頑張らないと。