第二十三話 帰宅
現在、俺たちはリーナに案内されながら山を登っていた。
目的地は、リーナがずっと見たいと言っていた景色だ。
一体、どんな景色が見えるんだろうな……。これから楽しみだ。
「さっきのリーナ、なんだか子供に戻ったみたいだったね」
ルーが思い出したかのように呟いた。
「そ、そうですか?」
そんなルーの呟きに、顔を赤くしながらリーナが振り返った。
まあ、そんなに恥ずかしがることないと思うよ?
「お母さんの前ならあんなものじゃない?」
そうそう。
「久しぶりの再開ですからね。今まで甘えられなかった分、甘えたいですもんね」
「そ、そんな。皆してやめてくださいよ……。次、どんな顔してお母さんに会えば良いのかわからなくなってしまうじゃないですか」
「ははは。でも、お母さんとの再会が上手くいって良かったな」
ここに到着するまで、リーナはずっとお母さんが自分のことをどう思っているのか心配していた。
まあ、結果は会えて大喜びだったわけだけど。
「は、はい。私のことをずっと心配していてくれたみたいで……凄く嬉しかったです」
「そうか。それにしても、モニカちゃんってリーナの妹だったんだな。ガエルさん、説明してくれても良かったのに」
「ずっと忙しかったですからね。説明したつもりになっていたのかもしれません」
まあ、確かに二ヶ月間ほとんど寝ないで働いていたからな……。
あれなら、仕方ないか。
「あとは、単純にサプライズのつもりだったのかも」
「まあ、確かに驚いたな」
まさか、リーナに妹がいるとは思いもしなかったからな。
「あ、海が見えてきた!」
そう言ってルーが指さした先には、木と木の間から水色が見えた。
あれは確かに海だ。
「え? あれが海?」
そういえば、シェリーとエルシーは海を見たことがなかったな。
まあ、俺も転生してからは見たことがなかったんだけど。
そんなことを考えている内に、山の頂上に到着した。
うお~。綺麗に水平線が見える。これは凄いな。
「凄いですね……。見える限り、水でいっぱいです。これが海ですか」
「うん。海だね」
「それにしても……あのずっと先には魔界があるのですよね?」
「そうだね。まあ、船で凄く長い時間移動しないといけないだろうけど」
一体、何日かかるのだろうか? 試して帰って来た人が未だにいないからな……。
「それにしても……いい景色よね。これは、リーナが忘れられないのも納得だわ」
「はい……。また見ることができて、本当に良かったです」
「俺も無事リーナとの約束が果たせて良かったよ」
あのいつかの馬車で約束したことがやっと果たすことができた。
本当、長い間待たせてしまったな……。
「もう……また涙が出てきちゃいました。旦那様、責任取って少し胸を貸してください」
「え? あ、うん」
「う、うう……ぐす。旦那様、あんな小さい頃の約束を守ってくれて……本当にありがとうございました」
「どういたしまして。リーナが喜んでくれただけで、俺は幸せいっぱいだよ」
「もう、また涙が止まらなくなっちゃったじゃないですか!
ごめんって。でも、嬉し泣きだから思いっきり泣いて良いと思うよ。
それから十分くらい皆で海を眺めていると、モニカちゃんの声が聞こえてきた。
「あ! お姉ちゃんたち!」
「あ、モニカちゃんもこの景色を見に来たの?」
「うん! 私、ここから見る海が好きなの!」
「ははは。やっぱり姉妹だね」
「え? お姉ちゃんもこの景色が好きなの?」
「そうよ。昔、ここに住んでいたときは雨の日以外毎日ここに来てたの」
「私と一緒だ! へへへ。お姉ちゃんと一緒」
モニカチャンはリーナが一緒だったのが嬉しかったのか、俺に抱きつくリーナに可愛らしく笑いながら抱きついた。
「マーレットさん、戻りました! 準備の方はどうですか?」
一時間くらい時間をかけて散歩から帰ってくると、家の前にいくつかの荷物とマーレットさん、ヘルマン、アルマが立っていた。
ちょっと遅かったかな?
「はい。この荷物だけで大丈夫です。騎士の方々にも助けて貰ってしまって、本当にありがとうございます」
「いえいえ。それじゃあ、帰りますか」
「あ、お母さん。荷物、私の袋に入れておくね」
そう言って、リーナが収納袋にマーレットさんの荷物を入れていった。
「う、うん……え?」
「凄いでしょ? 旦那様が造ったのよ?」
「す、凄いわね……」
この程度の物なら、いつでも造ってあげられますよ。
「驚くのはまだ早いですよ。ちょっと手を貸して貰えますか?」
「は、はい?」
「モニカちゃんも」
「え? うん」
右手にマーレットさん、左手にモニカちゃんの手を握った。
「皆も俺に触って」
『はい』
「それじゃあ、転移します」
転移した先は、もちろんミュルディーンの俺の部屋だ。
「え、ええ? こ、ここはどこ?」
「僕の部屋ですよ。正確には、ミュルディーン城です」
「そ、そんな……一瞬で?」
「ふふふ。この反応、久しぶりね」
そうだね。最近は、転移ぐらいじゃあ誰も驚かない。
「り、リーナ……あなた、随分と凄い人と結婚したわね」
「うん。自慢の旦那様だよ」
そう言って、リーナが俺に抱きついてきた。
どうやら、リーナはお母さんに俺の自慢をしたくて仕方ないようだ。
「ねえ、お母さん見て見て! 外が凄いことになってる!」
ちょっと目を離した隙に、モニカちゃんが窓によじ登っていた。
「ちょっとモニカ、そんなところに乗ったら……え?」
「どうですか? 進化したミュルディーン領は? 地下市街もあるので、見た目以上に凄い発展を遂げていますよ」
外の景色に驚いている二人にそんな説明をしてみた。
まあ、実際に街を歩いてみないとこの街の凄さはわかりづらいかな。
「は、はい……。本当に二十年しか経っていないのか疑ってしまうレベルです」
「レオお兄ちゃん、あっちにはどうやったら行けるの?」
「明日にでも街の紹介も兼ねて連れて行ってあげるよ」
「本当? やったー」
そう喜ぶと、モニカちゃんが窓から俺に向かって飛び移ってきた。
「ちょっとモニカ、お行儀が悪いわよ」
「気にしなくて良いですよ。これから、ここがモニカちゃんの家になるのですから」
モニカちゃんを難なく受け止め、抱っこしてあげながらそう答えた。
「え? ここが私のお家?」
「ああ。今日から、ここで一緒に暮らすんだよ」
「ここで暮らせるの? やったー」
気に入って貰えて良かった。
「あ、でも……」
あれ? そうでもない?
「どうしたの?」
「もう、海は見られないんだよね……」
なんだそんなことか。
「大丈夫。毎日は無理だけど、暇な時はあの場所に連れて行ってあげるから」
一度行った場所なら、どこでも簡単に転移できるからね。
「ほ、本当?」
「うん。リーナもまた見たいだろうし」
そう言ってリーナに目を向けると、リーナがうんうんと首を縦に振っていた。
「やったー! レオお兄ちゃん大好き!」
「もう、なんとお礼を言って良いのか……」
「気にしなくて大丈夫ですよ。さっきも言いましたが、もう僕たちは家族なのですから」
家族は大事にする。これは師匠との約束だ。
「ありがとうございます」
「いえいえ。遠慮なんて要りません。一応、この世界で一番お金を持っている自信はありますので」
エルシーと結婚したことで世界一の金持ちの称号は俺も含まれることになったから、嘘は言ってない。
「あ、そうだ。リーナ、お母さんと二人でお風呂に入ってきなさいよ」
「え?」
「そうだね。二人だけで話したいこともあるだろうし、行ってきなよ」
「モニカちゃん、これからお姉ちゃんたちとお城の探検しない? ここ、凄く広いんだよ?」
「探検? する!!」
ベル、ナイスフォロー。流石、孤児院で小さい子たちの世話をしていただけある。
「というわけで、二人でゆっくりしてきてください」
「あ、ありがとうございます」
SIDE:リアーナ
「お風呂はこっち」
シェリーの計らいによって、お母さんとお風呂に入ることになってしまった。
どうしよう。お風呂でどんな話をしよう。
「わ、私なんかがお風呂なんかに入って大丈夫なのかしら……」
私の気持ちを知ってか知らずか、お母さんはまだ遠慮したことを言ってる。
「もう、気にしなくて大丈夫。基本的に、このお城のお風呂にお金は掛かってないから」
「え? でも、お湯を出すには高価な魔法具が……」
確か、普通の家だとそうでしたね。
帝都の屋敷を改造するときに、その魔法具を見た気がします。
「えっと、説明が難しいんだけど……旦那様は、創造魔法という魔法が使えるの」
「へえ。聞いたことがないわね」
「うん。この世界で創造魔法を使えるのは、私の知っている限り三人しかいないから」
「レオさんは、その内の一人ってわけね」
「うん。ちなみに、もう一人はエルシー」
今気がつきましたけど、エルシーさんも意外と凄かったのですね。
いつも旦那様の人形ばかり造っているので、すっかり忘れていました。
「世界一の商会を持っている?」
「そう。あ、お風呂はここよ。服はここで脱いで」
エルシーさんの話をしていると、お風呂に到着した。
お母さんを脱衣所に案内して、私は服を脱ぎ始めた。
「う、うん」
頷くと、私を真似するようにお母さんも服を脱ぎ始めた。
「とは言っても、エルシーと旦那様では造れる物の幅は比べものにならないんだけどね」
「それだけレオさんが凄いってこと?」
「うん。例えばこれとか」
私は服を脱ぎ、首にかけている首飾りをお母さんに見せた。
「ず、随分と高そうな首飾りね……。ミスリルじゃない」
「これ、ただの首飾りじゃないの。これを着けている限り、状態異常には絶対にならないという凄い効果がつけられているの」
「そ、それって……ダンジョンとかでたまに取れる魔法アイテムより凄いじゃない!」
「だから凄いって言ったでしょ?」
ふふ。お母さんの驚く姿を見ていると嬉しくなってくるわね。
「本当……つい数時間前まであんな辺境で田舎暮らしをしていたとは思えないわね」
しばらく二人でお風呂に浸かっていると、お母さんがそんなことを言い始めた。
「ふふ。私も、こうしてお母さんとお風呂に入れるなんて夢にも思わなかった」
「私が生きていたことは、最近まで知らされなかったのよね?」
「うん。ずっと、殺されたんだと思ってた……」
「そう……。お兄さんのことは許してあげて。あの時は、ああするしかなかったのよ」
「うん……わかってる。本当に悪いのは教皇」
あの人だけは、絶対に許さない……。
今まであそこまで人を殺したいと思ったことはなかった。旦那様に止めて貰わなかったら、人生で初めて人を殺していたかもしれないですね……。
「その教皇も処刑されたって……?」
「うん。あっけなかった」
「そう……。お義母様は……生きてるの?」
そういえば、おばあちゃんの話はまだしてなかった。
「うん。帝都で魔導師様と仲良く暮らしてるよ」
「生きてたんだ……良かった」
「うん。おばあちゃんも、お母さんが生きているって知ったら喜ぶと思う」
絶対泣いて喜ぶはず。モニカちゃんもいるしね。
「そうね……。早く会いたいわ」
「大丈夫。旦那様に頼めばすぐに会えるから」
転移を使えば一瞬よ。
「そんなすぐになんて悪いわ。ただでさえ、これからお世話になるのだから」
まあ、そうかな? とりあえず、おばあちゃんには後で手紙を書いておかないと。
「それより、レオさんとの馴れ初めを聞かせて? お母さん、娘がどうやってそこまでメロメロにされてしまったのか、凄く気になるの」
「な、長くなるよ……?」
「ご心配なく。このお風呂、いつまでも入っていられるくらい気持ちいいから」
「そ、それじゃあ……。初めて会った時から話すね……」
それから、本当に長々と旦那様について語ってしまった。
一時間以上はお風呂に浸かってしまったわ、
でも……お母さんと楽しく話せて良かった。





