第二十一話 母に会いに
無事教国内の面倒事がなくなり、ようやく明日から安全な旅を始められることになった。
聖都にいるのも今日が最後だ。
だから、今日は最後に皆で聖都を見て回ろうってことになったのだが……クーに止められてしまった。
どうやら、十年前のことをリーナに話しておきたいそうだ。
というわけで今日は聖都の散歩を諦め、クーの話を聞くことになった。
「元々、あの教皇は自分の為なら他の命など気にもならない。そんな男だったが……十年前にあの命令が下されたときは流石に私も耳を疑った」
クーはそんな風に語り始めた。
「聖女がいれば、私は死ぬ。聖女とその家族を一人残らず殺せ。そう言ったんだ。最初、俺は教皇の気が狂ったのかと思った。この国の聖女は、王国の勇者のようなもの。言ってしまえばこの象徴であり、力そのものだ」
確かにな。複製士に操られてそんな無茶苦茶な命令を出したのか、本気で聖女が怖くて何も考えずに命令を出したのか……。
これは、複製士に聞いてみないとわからないな。
でも、俺的には複製士が教皇を操ってまで聖女を殺すメリットってあまりないと思うんだよな……。
単純に、教皇を扱いやすくするために死の恐怖を見せたかっただけ、とかそんな意図だったんじゃないかな?
「とても無茶な命令だった。だが、俺には教皇に逆らえる力もない。黙って従った」
本当、呪いって怖いな。
これ以上にヤバい呪いを何個も受けながら、転生者を殺して回っている破壊士は本当におかしいよ。
「あの時の作戦で一番の邪魔になるのは、エルフの元王子であったオルヴァーだった。当時、魔導師にも劣らない魔法使いとしてこの国では有名だった。あの時の教皇の手では、どう頑張っても任務の成功は難しかっただろう」
へえ。リーナのじいちゃんってエルフでもただのエルフではなかったのか。
とすると、リーナも王族の血が流れているんだな……。
「だから、俺は教皇にフォンテーヌ家を抱き込むことを教皇に提案した。そしてその願いが通り、獣人族も引き連れて俺はアベラール家に襲撃した」
フォンテーヌ家を仲間にする作戦ってクーが考えたんだ。
まあ、あの教皇じゃあ、そんなことは思いつかないか。
「あの日の暗殺もすぐに終わるはずだった。だが、そうはいかなかった。最初の予定外は……息子のブライアンがオルヴァーにも劣らないほどの強さを持っていたことだろう」
まあ、聖女とエルフ王子の息子が弱いはずないからな。
そりゃあ、クーが悪い。
「あの二人を前に、獣人族でも徐々にやられていった。ただ、流石にあいつらの魔法も無限ではない。数で押してやれば、少しずつ二人の勢いが弱まっていった。そして、負けを悟ったオルヴァーとブライアンは聖女と孫のリアーナを逃がす行動に出た」
「俺は好都合だと思った。聖女が単独行動をして貰った方が、俺たちは殺しやすいからな」
まあ、そうだよな。目的は聖女なんだし。
「だが、あれは罠だった」
「罠だった?」
「ああ。襲撃した暗殺者は、全員聖魔法で眠らされてしまった。そして、主力を聖女の方に回したせいで、オルヴァーたちの方が押し返され始めていた」
なるほど。聖魔法唯一の攻撃方法か。
確かに、それなら聖女でもリーナを守って逃げることはできそうだ。
「二つ目の予想外、聖女は普通に戦えるということだな。俺が教皇の元で暗殺者をやるようになってから……聖女は、守られているものだった。だから、戦えるとは思いもしなかったんだ」
なるほどね。まあ、じいちゃんと魔王討伐の旅をしていたわけだし、普通の聖女とは違うよな。
「俺は慌てて意識がある主力をオルヴァーのところに戻し、聖女は俺だけで殺すことにした」
ルーと良い勝負をしたクーなら、一人でも聖女を倒せただろう。
けど、二人とも生きている……。どうしてだ?
「途中までは順調だった。闇に隠れ、少しずつ聖女を削っていた。聖魔法は、俺にとって一番の弱点だったからな。慎重に立ち回った」
それを聞いていると、クーがどうして負けたのかわからないな。
一瞬の隙を突かれて、聖魔法を浴びせられたか?
「だが、聖女の言葉に俺は攻撃できなくなってしまった」
「言葉?」
「そうだ。その言葉は『私たちに近づくな』という簡単な一言だった。特に変な魔法も使っていない。単純な俺に対しての命令だった」
もしかして、そこで呪いが発動したのか。
「これが最後の想定外、聖女の命令は教皇よりも優先度が高いということだった。俺は、聖女に逆らえず、近づくことができなくなってしまった」
……そんな理由で、二人は助かったのか。
これは、運が良かったとしか言いようがないな。
「そういうことだったのですか……。それで、私のお母さんを逃がした理由は? 教皇の命令では、家族全員皆殺しだったのではないのですか?」
「それは、お前の母親をアベラール家から追放するとお前の父が宣言したからできたことだな」
なるほど……。教皇の適当な命令の穴を突いたわけか。
「俺が命令されたのは、聖女とその家族を殺せというものだった。家族じゃなければ、俺に殺す義務はない。というわけだな」
「教皇にそれを報告しなかったのは?」
「教皇に求められたのは、暗殺対象で誰が生き残ったのかだ。暗殺対象ではない人間のことを話す必要もないだろう?」
「ははは。確かにね」
教皇も馬鹿だな。もう少し頭を使った命令を出していれば、こんなことにならなかったのに。
次の日、朝から出発だ。
俺たちは今、その出発を前にガエルさんとレリアに別れの挨拶をしていた。
「ぐす。うう……えぐ。皆さん、長い間お世話になりました。このご恩、一生忘れません!」
見送るレリアはもう、涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
まあ、濃い半年を一緒に過ごしたからな。
そんなレリアをリーナが優しく抱きしめた。
「いえ。私たちもレリアには楽けられました。これから、聖女としていろいろと大変なことがあると思いますけど頑張ってくださいね」
リーナもちょっと泣きそうになっていた。
愛弟子との別れだもんな。ああ、なんか俺までもらい泣きしてしまいそうだ。
「はい。私……リーナさんに教わったこと、決して忘れません。きっと、リーナさんたちにまで私の名前が届くような素晴らしい聖女になってみせます」
「はい。応援していますよ」
「レオ様も……快く私を受け入れて頂き、本当にありがとうございました。仕事に熱中するのはレオ様の美徳だとは思うのですが……健康第一でお願いします」
「ははは。わかってるよ。ちゃんと休むから」
休まないと何されるかわからないからね……。
そんなことを言っていると、隣から声が飛んできた。
「大丈夫。私たちがちゃんと制御するから」
「そうそう。縛るんでしょ?」
おい。今の声、ルーか? あれは冗談だってことで落ち着いただろ!
「ふふふ。そうですね。シェリーさん、リーナさん、ベルさん、エルシーさん、ルーさんがいるのですから、私が心配する必要はありませんでした」
まあ、そうですね。俺としては、違う心配があるけど……。
「それじゃあ、ガエルさんもまたの機会に」
レリアとの別れの挨拶も終わり、俺はガエルさんに手を差し出した。
ガエルさんには、二ヶ月も家に泊めて貰ってしまったからな。
今度、何かしらのお礼はしたい。
「はい。と言っても、フランク殿とアリーンの結婚式ですぐに会えてしまいますけど」
俺の手を握りながら、ガエルさんがそう言って笑った。
あ、確かに、フランクの結婚式あったな。
「確かにそうでしたね。それじゃあ、別れの挨拶はこの辺にしておきましょうか」
「はい。あ、マーレットとモニカにこれを渡してください。これを読めば、彼女たちも事情を理解してくれるでしょう」
モニカ? などと思っていると、ガエルさんから手紙を渡された。
宛先はマーレット、リーナのお母さんだった。
「わかりました。しかりと渡しておきます。それでは、また」
「はい」
レリアとガエルさんに手を振って、俺たちは馬車に乗り込んだ。
手を振り返すレリアはわんわん泣き、リーナは馬車に乗ってから静かに涙を流していた。
そして、馬車からレリアたちが見えなくなった頃、俺は気になったことをリーナに聞いてみた。
「リーナ、モニカって誰か知ってる?」
「お母さんを守っている騎士か、侍女の名前なんじゃないでしょうか? すみません。もう、十年も前のことなので……随分と人の名前を忘れてしまっているんです」
「いや、ただ少し気になって聞いただけだからそんな謝らないで」
俺も十年前にあった人の名前を今すぐ思い出せと言われても、困ってしまうからな。
「でも、確かに言われてみれば、モニカさんがどんな人なのか気になるわね。そうね……レオのヘルマンみたいに、リーナのお母さんの特別な騎士だったりして」
「その可能性はあるかもな」
もしかしたら、単にリーナのお母さんの世話をしているメイドの可能性だってあるかもね。
「まあ、実際に会ってからのお楽しみということでいいんじゃないですか?」
「そうだな」
また一つ、リーナの故郷に行く楽しみができた。
「ねえ、レオ~。何か食べ物持ってない? 昨日、あの吸血鬼のせいで何も買えなかった~」
この話の流れでそれを言う? 言うにしても、もう少し我慢できたでしょ……。
話の骨を折るように投げ込んできたルーのおねだりに、俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「いや、俺の非常食を食われたら困るんだが」
これは、何かあったときの為に食う物だ!
俺は慌てて鞄を抱きかかえて、ルーから食べ物を守った。
「帰ったら補充できるんだからいいじゃん! だから、ね?」
「ダメなものはダメだ」
「え~。それじゃあ、これで許して」
俺が断固たる拒否をしていると……ルーが詰め寄ってきて、俺にキスをした。
「そ、そんなで、この大事な食料は渡さないぞ!」
若干声を震わせながら、俺はなんとか食べ物を守った。
危なかった……不意を突かれたせいで、一瞬腕の力が抜けてしまったじゃないか。
「そう? それじゃあ、もっとしてあげる」
ちょっやめろ! と言おうとしたときには、ルーのキス攻撃が始まってしまった。
そして……俺の大切な食料は奪われてしまった。
「くっ……。好きにしろ」
もう取られてしまったら仕方ない。帰ったら、補充して貰うか……。
「ありがとう! レオ大好き!」
「まったく……」
可愛いから憎めないんだよな。
そんなことを思いながら、散々キスされた口に手を当てた。





