第十七話 大聖堂の戦い⑦
SIDE:シェリー
「こっちよ」
カロに案内されながら、私たちは階段を急いで下りていた。
リーナの魔法で照らしていないと、踏み外してしまいそうなほど暗い。
こんなところでルーが戦っているの?
「随分と暗いところにルーを転移したわね……」
「闇魔法は、暗いほど効果が高いから」
「それは不味いわね。急ぐわよ」
いくらルーでも、見えなかったら危ないわ。
お願い。今助けに行くから、無事でいて。
そんなことを考えながらしばらく進んでいると、明かりが見えてきた。
「あれは、レリアさんの聖魔法です」
「え? それじゃあ、レリアも一緒なの?」
「ルーさん! レリアさん! 大丈夫ですか……? あれ? もう終わってしまいました?」
部屋に入ると、倒れた吸血鬼とその手を握るレリア、その隣で呑気にルーが座っていた。
これ、どういう状況?
「あ、シェリーとリーナ! ねえ聞いて! クーが仲間になったの?」
「はい? 仲間ってどういうこと? レリア、説明してくれる?」
ルーじゃあたぶん説明されてもわからないから、レリアに説明を求めた。
すると、レリアが少し困った顔をしながら説明を始めた。
「あ、えっと、今は私と血の契約をしたんです」
「血の契約をした? 契約を解いたんじゃなくて?」
「はい。契約を解いて、契約をしました」
嘘でしょ? 血の契約が呪いみたいなものってことをわかっているのよね?
「ど、どんな契約をしたの?」
「レリアを一生守ってくれるって契約。ね?」
レリアの代わりに、ルーが教えてくれた。
一生守ってくれる契約ね……何があったらそんな話の流れになるのかしら?
「はい」
「対価は?」
「そういえば……」
え? 設定しないで契約したの?
それって、大丈夫なのかしら?
「対価などいらん。強いて言うなら、名誉挽回のチャンスを貰えれば良い」
「そう……」
まあ、それなら良いのかな?
と、思っていたら隣でカロが崩れ落ちた。
「そ、そんな……せっかく自由になったのに。ど、どうして?」
「カロ……。俺が憎いか? 散々お前達を利用してきたくせに、好き勝手に辞めていく俺が憎いか?」
吸血鬼のクーは、カロにそう聞きながら申し訳なさそうにしていた。
「いえ。私は、嬉しく思います」
「なに?」
「クー様の方こそ、ずっと皇帝に利用されてきたじゃないですか。もう十分ですよ」
「そうか……。お前はこれからどうする?」
「幸い、次の就職先はちょうど今決まったところです」
そう言って、カロが私に目を向けた。
私たちが契約を解除したわけじゃないのに良いのかしら?
まあ、私はカロのことが気に入ったから一緒に来てくれるなら良いんだけど。
「そうか……ミュルディーン家なら安心だな。シェリア・ミュルディーン……カロのことを頼んだ」
「ふふ。好待遇を保証するわ」
「お、こっちも終わっていたか」
カロの雇用が決まると、タイミング良くレオたちが入ってきた。
全員怪我一つない。皆、無事で良かったわ。
「ベルさん! 大丈夫でした?」
「はい。おかげさまで」
「まさか……あの薬を飲んだジルを無力化してしまうとは……」
薬? この吸血鬼、仲間に変な薬飲ませていたの?
ちょっと……レリアを任せて大丈夫なのかしら?
「やっぱり、何か変な薬飲まされていたんだな」
「ああ。狂化の薬だ。飲んだ者は、死ぬまで暴れ続けるというものだ」
な、なにそれ……酷すぎるわ。
「惨いことするな……。教皇の指示か?」
「いや。俺の指示だ」
え? こいつ、本当にレリアを任せたらダメじゃない?
「どうしてそんな指示を出した?」
「これから種馬として監禁され続ける未来しかなかった。そんなジルを生かしていても可哀想だったからな。あとは……なるべく時間稼ぎをして貰う為だな。一対一なら俺が勝てる自信があった」
「種馬の話はとりあえず置いといて……意味がわからないな。後半の言い方はまるで、暗殺対象が最初からルーだったみたいじゃないか」
「みたいじゃなくて、そもそもその小娘が暗殺対象だ」
「え? 私?」
指を指されたルーがキョトンとした顔をしていた。
自分が暗殺対象って言われてるんだから、少しは怖がりなさいよ……。
「何でだ? 魔族だからとかそういうわけではないだろ? 教皇は何を考えている?」
「いや、これに関しては教皇の命令ではない」
教皇の命令じゃない? どういうこと?
それじゃあ、誰がルーを殺すように命令したと言うの?
「それじゃあ、誰だ? まさか……? だって、あいつは」
レオは誰かわかったみたい。
ただ、ちょっと意外な答えだったのかな?
一体、どんな人がルーを狙ったのかしら?
「これ以上は本人から聞くことだな。というより、私はお前がここにいることが不思議だ。あの女からどうやって逃げて来た?」
逃げて来た? え? レオ、上で誰と戦っていたの?
「予想外の助っ人が来てくれてね」
「助っ人?」
「ああ。まあ、いいや。皆で上に戻るか」
SIDE:レオンス
「やっと戻ってきてくれた」
転移すると、複製士が倒れたグルの上に座っていた。
マジか……あれだけ強いグルでもダメだったのか。
「ぐ……。レオ、すまん」
謝るなよ。お前のおかげで、シェリーたちを助けに行けたんだから。
「あ~。契約解かれちゃったか。いけると思ったんだけど……予想外の敵と準備期間が短かったのが悔やまれるわね」
「何が目的だったんだ? お前は……破壊士側の転生者だろ? ルーを殺そうとして良かったのか?」
俺とグルを殺せるのに殺さないで、どうしてルーを殺そうとしたんだ?
普通、複製士の立場なら逆じゃないのか?
「一言で言うなら……反逆ね」
「破壊士を裏切ったのか……?」
「ええ。今の彼女には機動力がないからね。失敗しても、逃げ切れると思ったの」
「機動力がない?」
「そう。もう、彼女の体にも限界が来ているのよ」
「限界?」
魔王の話では、ちょっと前に会った時は元気だったんじゃなかったのか?
この数十年で何があったんだ?
「ええ。だって、よく考えてみなさいよ。この世界の人からしたら化け物とも言えるような転生者たちを千年物間、殺して回っていたのよ? 転生者たちがただやられていったと思う?」
「それは……」
思えない。それこそ複製士よりも強かった転生者はいたはずだ。
「最近だと、獣王に食われた右足ね。あれ、どういうスキルか知らないけど、絶対に治らないみたい」
足のことは魔王も言っていたな。
へえ。傷が治せないスキルか……。
確かにそれなら、破壊士も随分と機動力が低下するな。
「あと……ダークエルフナイトと吸血鬼の女王の呪いにも苦しめられているわ。他にも、私が知らないだけでたくさんの呪いや怪我を負っているかもしれないわね」
呪いの類いか……。転生者が死ぬ間際で残した呪いなんて、絶対生きているのも辛い類いの呪いだろ……。
そんな呪いを複数かけられて、よく破壊士は無事でいられるな。
「まさか、そんな状況だったとは……」
「まあ、それでもここにいる誰よりも強いんだから嫌になってしまうわ」
「そうなんだ……。ちょっと話を戻すけど、どうして反逆なんて企てたんだ? 何らかの事情はあるんだろうけど、一応仲間だったんだろ?」
「仲間じゃないわ。長く生きるために従っていただけ。元々、殺される前に裏切るつもりだったのよ」
ああ。結局、破壊士は仲間も殺そうと思っていたのか。
破壊士というのは、聞けば聞くほど恐ろしい奴だな……。
「へえ。それで、これからどうするの?」
「うん……特に考えてないわ。もう、全てこのチビ魔王のせいよ」
「チビって言うな!」
複製士に尻で踏まれているグルがチビって言われて怒った。
怒るとこそこなの? 椅子にされているのは良いの?
「はいはい。それにしても……この剣と空間魔法が合わさると、ここまで脅威になるとはね」
そんなことを言いながら、複製士は師匠が作った剣をマジマジと見ていた。
普通はそこまでの能力は発揮されないんだけどね。
空間魔法とその魔剣の相性は良かったみたいだ。
「当然だ! これは魔剣だぞ!」
「まあ、そうね」
「話を戻そう。これから何も予定ないんだよな?」
「バルスみたいに、私を誘うつもり?」
「あ、ああ……」
バルスのことを知っているのか。
「やめておきなさい。私を置いといても良いことは一つも無いわ」
「どうして?」
「あなたは、破壊士の恐ろしさを何もわかってない。あのエルフの女王ですら……たぶん、あと二十年以内に殺されてしまうわね。エルフが滅んだら、今度は私たち。たぶん、真っ先に私を殺しに来る」
「一緒にいたら俺たちも巻き込まれてしまうから一緒にいない方が良いてこと?」
「この世界では、彼女に興味を持たれた人は死ぬの。その例外は、この世界で二人……いや、三人だけね」
そう言って、ルーの方を見た。
例外というのは、魔王にミヒルとルーだけってことなのかな。
「わかったよ。そこまで言うならやめておく」
「そうしなさい。てことで、報告は私の裏切ったことだけを伝えるのよ?」
方向? 誰に言っているんだ?
複製士の目線を追って振り向くと、アレンが立っていた。
お前……いつからいたんだ?
「はいはい。心配しなくてもちゃんとそう伝えますって」
「アレン……」
「久しぶりだね。随分と大きくなったじゃん」
「おじさんはどうした?」
「さてな? じゃあ、俺は行くぞ」
「おい。待て! くそ……」
あいつ、何も言わずに消えやがった。
おじさん……無事だよな?
「私も行かせて貰うわ。それと、最後の忠告。絶対にエルフと獣人の島に行ってはいけないわよ~」
アレンが消えると、複製士もそう言って消えてしまった。
エルフと獣人の島に行ってはいけない……。破壊士がいるからってことだろうか?
まあ、素直に忠告は聞いておくか。