第十六話 大聖堂の戦い⑥
「ルーさん! 大丈夫ですか? 今、足を治療しますから!」
クーがいなくなると、レリアが私の足を治し始めた。
良かった。私の足、治るんだ。
「うん。レリア……助かったよ」
「いえ。私も助けに来るのが遅くなってすみません」
「うんん。勝てたから大丈夫」
それからしばらくして、ちゃんと私の足は復活した。
「凄い。これなら、リーナにも負けないんじゃない?」
私は屈伸したり、ジャンプしたりして、戻った足を確認していた。
凄いね。これ、元の足と何も変わらないよ。
「まさか。リーナ様には全く及びませんよ」
「そうなんだ……。それでも、足を治してくれてありがとう!」
そう言って、私はレリアに抱きついた。
「いえ。これも聖女の仕事ですから。それにしても……今の吸血鬼があの有名な悲劇のクーですか」
「悲劇?」
「はい。と言っても、おとぎ話だから合っているかわかりませんよ?」
「良いよ。面白そうだから聞かせて!」
「わかりました。昔々……使者も蘇生してしまうという聖女様がいました。そんな聖女様のところには連日、蘇生の依頼がひっきりなしに届いていたそうです」
「え~。その聖女様は、全部助けていたの?」
私なら、絶対逃げるな~。
「はい。聖女様は、そんなたくさんの依頼を嫌がることなく全て熟していたそうです」
「毎日働くなんて凄いね。エルシーでもそこまで働かないよ?」
毎日働いているエルシーだって、たまに休みを取ってレオとイチャイチャしてるし、その聖女様は凄いよ。
「はい。そうですね。きっと、本当に心優しい方で、人々に慕われていたのだと思います。いつか、私もそんな聖女になってみたいですね」
「レリアならなれるよ。リーナと同じくらい優しいし」
私の足だって簡単に治しちゃったしね。
「本当ですか? へへ。凄く嬉しいです」
「それで、話の続きを聞かせて!」
「は、はい。それから……そんな素晴らしい力を持った聖女様を悪い人たちが見逃すはずがありません」
「え? 聖女様、攫われちゃったの?」
「はい。聖女様は、魔王軍に攫われてしまったのです」
「え~」
魔王、なんでそんな酷いことをするの? 信じられな~い。
「それで、捕らえられた聖女様はどうしたの? 殺されちゃったの?」
「聖女様が捕らえられ、連れて来られた監獄は薄暗くて狭い監獄だったそうです」
「攫うだけじゃなくて監禁? 聖女様にそんなことをするなんて酷い!」
私も捕らえられていたことがあるけど、あれは本当にお腹が減って大変なんだからね!
「そうですね。私も酷いと思います」
「それで、誰かが聖女様を助けに来たの?」
「い、いえ……聖女様のところには、助けは来ませんでした」
「え?」
誰も助けに来なかったの? 私のレオみたいな人が聖女様には訪れなかったということ?
聖女様可哀想……。
「その頃の魔族は非常に強力で……人手は聖女様を助けにいけなかったみたいなんです」
「そ、それで、聖女様はどうなったの?」
「聖女様はずっと監獄に閉じ込められていました。差し出された遺体や怪我人を治療しながら……」
「え? 敵なのに? 治してあげたの?」
「はい。聖女様は目の前に助けられる人がいるなら、敵味方関係なく助けてしまうのです」
「それは……何て言うんだろう? 本当に聖女様だね」
リーナもレオを刺した勇者を治してあげていたし……聖女ってそういう人のことを言うのかも。
「はい。本当に凄いと思います。そんな生活を続けていると……彼女に、一人の若い魔族の心が動かされるんです」
「え? もしかしてそれが……」
「はい。吸血鬼のクーです。当時は見習い兵で……看守を任されていたとか」
「それで、聖女様に恋しちゃったんだ」
まあ、優しくて素敵な聖女様なら誰でも好きになっちゃうよね……。
「はい。そうです。クーは、清らかな聖女様の心に長く触れて……恋に落ちてしまいました。そして、ある日の夜。あなたを助けてあげるから、自分と結婚して欲しいと聖女様に伝えたのです」
「そ、それで、聖女様はなんて答えたの?」
「自分には既に夫と子供がいる……と悲しそうに答えました。聖女様は、既に教皇様と結婚していたのです」
「そんな……」
「それでも、クーは諦めませんでした。結婚できなくてもずっと傍にいさせて欲しい……と毎日頼み込んだそうです」
「それは凄いね」
振られても毎日口説けるなんて凄い根性だ。
「聖女様はその熱意に折れ、クーと血の契約を結ぶのです」
「あ、それ昨日聞いた! それが原因でその吸血鬼は教皇に逆らえないんでしょ?」
レオたちが言っていたやつだ。
話が難し過ぎて、ほとんど聞き流していたけど、血の契約って言っていたのは覚えてる!
「はい……そうですね。クーは、聖女様を助け出す代わりに、一生聖女様の傍にいさせて貰うという契約を結びました」
「それで結ばれたのに、どうして悲劇なの?」
「クーは聖女様を守れなかったのです」
「え?」
クー、聖女様を守れなかったの?
「魔王軍の追っ手に聖女様を殺されてしまうのです」
「そ、そんな……」
「本当に悲劇ですよね。聖女様が亡くなったのは、教国まであと少しの場所だったみたいです」
「聖女様が死んでから……クーはどうしたの?」
「亡くなった聖女様を抱えて教皇の元に訪れました。そして、教皇に聖女を死なせてしまった償いを聖女様の血が途絶えるまでさせて欲しいと伝えたのです」
「……それで、教皇はクーを暗殺者にしたんだ」
確かに悲劇だ。クー、可哀想……。
「いえ。最初は、拷問にかけて殺そうとしました。それはそれは、おぞましい拷問だったそうです」
「え……。クーは、聖女様を助けようとしたのに?」
助けようとしてくれたのに、そんな酷いことをするなんて……。
「はい。でも、聖女様を殺したのはクーを含めた魔族ですから……」
「そんな……」
「ただ、そんな拷問も一ヶ月程度で終わってしまいました」
「え? どうして?」
「いくら拷問にかけても、死なないことがわかったからです」
「ああ、確かに。死ななかったね」
私があれだけやってやっと死んだんだもん、普通の人手は殺せないはずだわ。
「それで、教皇は殺すことを諦めて自分の手駒として使うことに決めました」
「それで、暗殺者?」
「はい。闇魔法を使えるクーにはぴったりだったのです」
「なんか、可哀想だね」
私が殺しちゃったんだけど……。
「はい。あ、でもこの話は内緒ですよ?」
「え? なんで?」
「表向きの教会では、魔族は悪者ですからね。この話は有名ですが、教会の人間が読んではいけない書物に指定されています」
「それじゃあ、どうしてレリアは知っているの?」
レリアも聖女なんだから教会の人間だよね?
「読んじゃダメって言われたら、読んでみたくなりません?」
私の質問に、レリアがニヤリと笑った。
「あ、確かに!」
私も食べたらダメって言われたら余計に食べたくなる!
「ふん。お前は魔族なのに、この魔族を悪とするガルム教の教えに何とも思わないのか?」
「え? あれ? どうして?」
気がついたらクーが近くで横たわっていた。
魔力が薄くて……全然気がつかなかった。
「ふん。俺は血が一滴でも残っていれば復活できるんだよ」
「ふうん。でも、もう魔力はないみたいだね」
「そうだな。俺に、戦う力は残されていない」
「なら、どうして逃げなかったの?」
ここにいたら、私に殺されるかもしれないでしょ?
「どこに逃げると言うのだ?」
「言われてみれば……」
確かになさそう。
「まあ、良い。さっさと殺せ」
「え?」
「殺せと言うんだ。さっき、そこの女から俺の話は聞いただろ? もう、俺は疲れた……死なせてくれ」
「え、えっと……」
これ、殺して良いのかな? レオはいないし……。
とりあえず、私はレリアに助けを求めた。
「あの話、本当だったのですね」
「ああ。事実だよ。まあ、修正するとしたら、俺は看守でもないただの吸血鬼だったということだな」
「え? わざわざ監獄に忍び込んでいたのですか?」
「ああ。そうだな。はじめは、興味本位だったんだ。頭のおかしい人族の女がいるって話を聞いて……見に行ったんだ。そしたら……思っていたよりも綺麗な女でな」
一目惚れってやつだ。そういえば、スタンも一目惚れって言っていたっけ。
意外と、一目惚れって多いのかな?
「へえ。そうだったのですね。おとぎ話を修正しておきますね」
「おいおい。禁書じゃなかったのか? 今代の聖女は心配だな」
「そうですか?」
「ああ、キイラに似て危なっかしい」
「キイラ? それが聖女様の名前なのですか?」
「そうだ」
「へえ……その、キイラ様はどのような方だったのですか?」
「見た目はお前にそっくりだな。まあ、キイラの方が背は高かったが。性格は……さっきお前が言っていた通りだな。本当に誰が相手でも優しい人だったよ」
へえ。本当に凄い人だったんだ。
「そうだったのですか……。私も、キイラ様みたいな聖女になってみたいです」
「そうか。頑張れよ。それじゃあ、さっさと殺せ」
「う、うん……」
これ、本当に殺して良いの? 私でも、殺すのは違う雰囲気ってわかるんだけど……。
私はまた、レリアに助けを求めた。
「ちょっと待ってください」
「まだ何かあるのか?」
「はい。一つ、あのおとぎ話を読んでから試したいことがありました」
そう言うと、レリアがクーの手を取った。
な、何を始めるの?
「な、なんだ?」
「聖女の血を継ぐものとして、契約を解除します。今までお疲れ様でした」
レリアがニッコリと笑って戸惑うクーにそんなことを言った。
あ、これって血の契約? これで解除できるの?
「「「……」」」
「な、何か言ってください!」
しばらく沈黙が続いて、耐えられなくなったレリアがそう叫んだ。
アハハハ。レリア、顔真っ赤。
「い、いや……。その笑顔、キイラも笑った時そんな顔をしていた」
「そ、そうなのですか? それは嬉しいです」
「それと……今の言葉に何の意味もないぞ」
「え?」
「はあ……おい、ちょっと短剣を貸せ」
「え? 何をするの?」
「心配するな。俺は契約で聖女は殺せない」
「そうなの? それじゃあ……」
よくわからないから、とりあえず短剣をクーに渡してみた。
「これで、指先を少しだけ切れ。良いか? 少しだけだぞ? ほんの少しの血で十分だ。キイラの馬鹿みたいに指を切り落としたりするなよな?」
え? 聖女様、指を切り落としたの?
「は、はい」
「危なっかしい……」
「心配しないでください! 聖魔法の訓練は、自分で試すのが基本ですよ?」
そう言って、レリアがちょこっとだけ指に傷をつけてみせた。
「キイラもそんなことを言っていたな……。だから、自分が怪我するのをそこまで怖がらなかったのか」
「はい。それで、この程度で大丈夫ですか? 足りないならもっと切りますけど?」
「待て! そのくらいで大丈夫だ……。ほら、俺の手に血を垂らしながらさっきの言葉を言え」
また指を切ろうとしたレリアを慌ててクーが止めた。
アハハ。クー、レリアに遊ばれてる。
「え、えっと……聖女の血を継ぐものとして、契約を解除します」
そう言ってレリアが垂らした血は、クーに吸収されてなくなってしまった。
「これで契約は解除されたの?」
「ああ。これで、俺は自由だ」
「へえ。自由になった感想は?」
「特にない。さっさと殺せ」
「え? まだ死にたいの?」
せっかく自由になったんだよ?
美味しい物を食べたいとかないの?
「当然だ。契約の呪縛がなくなろうと、俺が生きている意味はない。だから殺せ」
ずっと暗い人生だったんだから、少しは何か楽しんでから死ねば良いのに……。
「いいえ。意味が無くても私が死なせません。私、キイラ様みたいな聖女になるって決めたんですから。助けられる人が目の前にいたら、絶対に助けますから」
レリアがそんなことを言って、クーの手を両手で握りしめた。
そんなレリアに、クーは驚いたように目を見開いていた。
ふふん。もしかしてクー、今度はレリアに惚れちゃった?
「……なら、俺に生きる意味をくれ」
クーは、ちょっと諦めたような顔をした。
まったく……素直じゃないんだから。
「え? あ、えっと……」
「レリア、好きに命令しちゃいなさいよ。レリアの奴隷とか良いんじゃない?」
私、レオの奴隷で幸せだし、たぶんクーもレリアの奴隷なら喜ぶはずだわ。
「流石にそれは……。えっと、私の騎士様になってくれませんか? そして、一緒に魔族のイメージを変えましょう」
むう。奴隷は却下されてしまった。
「……教皇が許さないと思うぞ?」
「大丈夫です。私のお父様を誰だと思っているんですか? 次期教皇ですよ? 誰も文句は言わせません」
「アハハハ。クーの負けだね」
「ふん。良いだろう。今度こそ、俺は守り切ってみせようじゃないか」
「ありがとうございます!」
「手を出せ。血の契約だ」
え? せっかく解放されたのに、また血の契約を結ぶの?
「そ、そこまでしなくて良いのでは……?」
「いいや。絶対に必要だ」
吸血鬼は、人を守るのに血の契約をしないといけないって決まりでもあるのかな?
今度、レオに聞いてみようっと。
「……わかりました。私のこと守ってくださいね?」
「ああ、一生守ると誓う」
レリアがまた血を垂らし、二人で誓い合った。
うん。これで悲劇は終わりだね。





