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第十話 血の契約

 

 あれから無駄話も終えて、部屋には俺とリーナだけとなった。

「少しは気持ちの整理はついた?」


「少しは……」


「まあ、そうだよね」

 自分の父親や爺さんが殺されてしまった理由だけじゃなくて、ずっと死んでしまったお母さんが生きているという事実まで聞かされたんだ。

 そんなすぐに気持ちを整理できるはずがない。


「私、ずっとあの日のことを思い出さないように、あの時の嫌な記憶は頭の奥深くに封印してきました。最近は、旦那様と結婚できて幸せで……やっと忘れられたと思ったのですが……さっきの話で、全部思い出してしまいました」

 そりゃあ自分の親が殺されていく記憶なんて、封印したくなるだろう。

 俺だって、じいちゃんが死んでしまった時の記憶は思い出そうとは思わない。


「私の嫌な記憶……聞いてくれますか?」

 俺の胸に顔を押しつけていたリーナがそう言って、涙が溜まった目を俺に向けてきた。

 そんな顔をされて断れるはずがないじゃん。

 まあ、リーナの頼みを断るなんてことはしないんだけど。


「もちろん。遠慮なく吐き出してくれ」


「ありがとうございます」


「あの日、私が六歳になったお祝いで、久しぶりに家族全員で集まったんです。おじいちゃんとおばあちゃんとは、年に一回会えるかどうかだったので……あの日は二人にとても可愛がって貰えたのを覚えています」

 六歳……十年前か。


「皆でお喋りしながら楽しく夕食を食べて……あの時間はとても幸せでした」

 まだ幼いリーナの笑顔が容易に思い浮かぶ。


「ですが、その幸せを壊すようにたくさんの暗殺者たちが窓を割って入ってきました」

 さっそく来たな。


「今思えば……あの人たちはどこか人のようで人ではなかったような気がします。エルフだったおじいちゃんの魔法でもなかなか倒れませんでしたし……動きが同じ人には思えませんでした」

 まさか、獣人族と魔族の暗殺部隊とは思わないだろうな。


「そんな相手に……少しずつ護衛の配下たちがやられていき、私たちはどんどん追い詰められていきました。そして、お母さんがおばあちゃんに言うのです」


「リアーナを連れて逃げてください。と……」

 お母さんの提案だったのか。それなら、確かにお母さんが生きていたなんて夢にも思わないな。


「それを聞いた私は泣きわめいてしまいました。小さいながら、お母さんたちが自分の代わりに死のうとしていることがわかってしまったから……。う、うう……」


「よしよし。無理しないで、ゆっくり喋りな」

 あの時のことを思い出したのか、また泣き出してしまったリーナの頭を優しく撫でてあげた。

 リーナにとっては、何よりも恐ろしいトラウマだからな。

 こうして話そうと思ってくれただけでも感謝しないと。


「心細かった私は、お母さんと離れたくないと必死に訴えたのですが……お母さんに抱きしめられると、眠気に襲われて……気がついたら私は馬車の中でした」

 聖魔法で眠らされたんだろうな。


「目が覚めて……馬車の中で見たおばあちゃんは血だらけで……とても辛そうでした。それなのに私を安心させる為に優しく頭を撫でてくれて……う、うう……ぐす」


「もう良いよ。大変だったね……」

 俺はギュッとリーナを抱きしめた。


「レオくん……」

 リーナにレオくんって呼ばれるのは随分と久しぶりな気がする。

 ここのところずっと旦那様だったからな……。

 それだけ、心が弱っているってことだろう。


「よしよし」



「リーナは、吸血鬼にあったとして、お父さんやおじいちゃんたちの敵討ちをしたいと思う?」

 またリーナが落ち着いたのを見計らって、気になっていたことを聞いてみた。

 たぶん。暗殺者としてその時のリーダもあの吸血鬼だったはず。

 千年生きているんだ。たかが十年間で立場が変わることはないだろう。


「それは……正直、わかりません。お父さんたちを殺した暗殺者はとても怖かったし、憎しみも感じます。ただ、あの時襲ってきた暗殺者たちにも事情があるのだと思うと……やり返そうとまでは思えません」

 リーナは優しいな。

 たぶん、俺なら関わった人全員殺してしまいそうだ。


「それにしても、血の契約か……。リーナなら解除できるらしいけど、してあげる?」

 もし人類を憎んでいるんだとしたら、そうもいかないかもしれないけど。


「そうですね……。できるなら、してあげたいです」


「よし。そうと決まれば、哀れな吸血鬼を助けてやるか」

 呪いを解いて、魔界に帰してやろうじゃないか。


「あ、でも……私、解除方法を知りませんよ?」

 確かに。本人が教えてくれるとも限らないし……。

 どうするべきか?


「それは困ったな……。あ! こういう時のアンナだろ!」

 困った時に聞けば、何でも教えてくれる万能ゴーグル。

 俺は急いで鞄からアンナを取り出した。


「そういえば……随分とアンナさんをかけているところを見ていませんね。アンナさん、怒ってません?」


「そ、そういえば……」

 もう数年着けていなかったな。


(怒っていません。ええ。決して怒ってなどいませんよ)

 しっかりと怒っていました。


「あ、アンナ……えっと……」

 どうしよう。言い訳すら思いつかない。


(なんですか?)


「とりあえずごめんなさい」

 俺は土下座した。

 あ、ゴーグルを着けたまま土下座してもリーナに土下座しているだけだな。

 まあ、気持ちが伝わればいいか。


(いえ。お気になさらず、私を忘れてしまうくらい忙しかったのでしょうから)

 どうやら、土下座では機嫌を直して貰えないようだ。


「だからごめんって……」


(それで、吸血鬼の血の契約についてでしたか?)

 あ、どうやら俺の謝罪は受け入れるつもりはないようだ。

 はあ、これは困った。今度、一日ゴーグルを着けて生活するしかないな。


「は、はい……。何か知っているのでしょうか?」


(もちろんですとも)


「そ、それじゃあ、教えてくれる?」


(良いですけど……一つ条件があります)


「じょ、条件?」

 まさかの条件を提示された。あれ? アンナさん、聞いたら何でも教えてくれる魔法アイテムじゃなかった?


(はい。私を造り替えて貰えませんか?)


「造り替える?」


(そうです。ゴーグルでは、携帯性が随分と悪いです。イヤリングなど肌身離さず着けていて貰える物にするのをお勧めします)

 そ、そういうこと……。


「わ、わかったよ……。イヤリングね」

 俺は、一度ゴーグルを外した。


「ど、どうしたのですか?」


「アンナがイヤリングに造り替えないと情報を教えてくれないらしくて」


「そうなんですか……。創造魔法を使っても大丈夫ですか?」


「造り替えるだけなら、そこまで魔力は使わないよ。それと、使った分は後でリーナに補充して貰えるから」


「ふふ。わかりました。今夜はいっぱい注いであげますから」


「あ、ありがとう。それじゃあ、造り替えてしまいます」



 思っていた通り、造り替えるにはそこまで魔力は使わなかった。

 俺は、新しくイヤリングになったアンナを右耳に着けた。

(これで、私の存在を忘れられなくてすみますね)


「ごめんって……。それで、地の契約について教えてくれる?」


(良いでしょう。血の契約とは、文字通り血で行う契約のことです。吸血鬼は、血液魔法と呼ばれる血を使った魔法を使います。その中の一つに、お互いの血に呪いをかける血の契約というものがあるのです)


「呪い? それって大丈夫なの?」


(はい。契約を破らなければ……ですけど)


「契約を破るとどうなるの?」


(一生その契約相手の血族に逆らえなくなります)

 血族だと? ああ、だから吸血鬼は聖女の子孫である教皇に逆らえないのか。

 千年も生きる吸血鬼にとって、これ以上ない罰だな。


「なるほど……。それで、どうすればその呪いを解除できるんだ?」

 凄く強力な呪いみたいだけど、教皇があれだけ聖女を恐れているってことは、何かしら解除する方法が絶対にあるはずだ。


(リアーナ様が契約を破棄する趣旨をその吸血鬼に血を使って伝えることができれば、呪いは解けると思います)


「血を使って? 血をどうするんだ?」


(血を吸血鬼の手にでも垂らせば大丈夫です)

 そんな方法で良いのか。


「了解。教えてくれてありがとう」


(いえ。これからも遠慮せずに頼ってください。折角、携帯性が向上したのですから)


「う、うん。これからもよろしく頼むよ」

 こればかりは年単位で放置していた俺が悪い。

 今度から、暇な時はアンナに話しかけるとしよう。


「旦那様……どうすれば良いのか聞かせて貰っても……?」


「血の契約をし直せば良いらしい。リーナの血を吸血鬼の手に垂らして、自由にするという契約をすれば一件落着だって」


「なるほど。でも、もし教皇が私との契約をするなと言ったらできないですよね?」

 言われてみればそうだな。


「ああ、それはどうなんだろう……? アンナ?」


(それはご心配なく。聖女の血は確実にリアーナ様の方が濃いですから、教皇の命令よりもリアーナ様の方が優先されます)


「なるほど。教皇の血よりもリーナの血の方が命令の優先権があるみたいだ」

 まあ、だから教皇もリーナを恐れていたんだろうな。


「そういうことですか……。なら、私がどうにかして助けるしかありませんね」


「リーナは優しいな」

 お父さんとじいちゃんを殺されたと言うのに。


「旦那様も大概だと思いますよ?」


「そうか?」

 俺はあまり自分の利益にならないことはやってないと思うんだけど?

 シェリーやリーナ、ベル、エルシーを助けたのだって、好かれたいからやったことで、それは優しさとはまた違うと思うな。


「はい。見ず知らずの子供たちを助けたり、捕らえられていた奴隷たちの生活の支援……お師匠様を殺されてもカイトさんを憎まないですし……」


「孤児院と奴隷の件は百歩譲って認めるとして。師匠が死んだのは、カイトが殺したわけではないだろ?」

 あれに関しては、師匠が無理しすぎたことが原因だ。


「でも、とどめを刺したのはカイト様ですよ?」


「そうだけど……」


「あ、喧嘩したくてこのことを言ったわけではないんです。ただただ、私なんかよりも旦那様の方が優しいということを知ってもらいたくて」


「そうか……?」

 まあ、確かにこれ以上は喧嘩になってしまいそうだし、認めてやるとするか。


「はい。とても優しいです。私は、こんな優しい旦那様と結婚できてとても幸せです」


「俺も心優しいリーナと結婚できて幸せだよ」


「ふふ。そう言って貰えて凄く嬉しいです。よっと」


「うお」

 リーナがニコッと笑いながら俺をベッドに押し倒した。

 な、何が始まるんだ?


「そのまま寝ててください。今から、ゆっくりと魔力を注いであげますから……」



 SIDE:クー

 ここは、大聖堂の最上階。教皇の執務室だ。

 昔から疑問に思っているのだが、どうしてこの執務室はここまで広いのだろうか?

 机を置いて、教皇が仕事をしている範囲はこの部屋のわずかだ。

 そんなことを思いながら、部屋の端から反対側の端で頭を抱えている教皇を眺めていた。

「くそ! どうしてだ! 何か俺に未来を見せてくれ! おい、見せてくれよ! 俺はこんなところで終わりたくないんだ!」

 教皇は絶賛絶望中だ。何でも、今日になってから何も未来が見えなくなってしまったらしい。

 まったく、一日程度でどうしてそこまで狼狽えられるのか。


「ふふふ。本当、馬鹿よね……。未来を見ることができる魔法具だって渡したら、まんまと私の思い通りに動いてくれて。あれの操り人形なあなたが可哀想」

 あんな小物がどうして予知なんて大それたことをできるのか疑問に思っていたが、どうやらこいつの仕業であったらしい。

 やはり、転生者が絡むと碌なことにならないな。


「ふん。心にも思っていないことを」


「そんなことないわよ。千年も生きる最後の吸血鬼がこんな終わりを迎えるなんて……とても哀れじゃない」


「俺を殺したければ今殺せばいいだろう」

 別に抵抗しない。命令されない限り、あんな奴の為に転生者なんかと戦おうとは思わない。


「ごめんなさいね。使える駒はギリギリまで使ってから捨てるのが私のポリシーなの」


「そうか……。それで、俺に何をさせるつもりだ?」


「ある少女を殺して欲しいの」

 少女だと?


「この娘を殺してくれない? そしたら、私があなたの呪縛を解いてあげる」


「こいつは……」



 呪いのせいで、命令されたら勝手に体動いてしまう。

 これはいつものことだが、今回は少し不可解だ。

 あいつは絶対に聖女の血を持っていないはず。はずなのに、どうして俺に命令できた?

 転生者特有のスキルか?

「カロ様、どうされました?」

 部屋を出てしばらく歩いていると、カロがどこからともなく現れた。

 ちょうど良いタイミングだ。


「ジルはどうした?」


「獣人族たちとのせ、性交渉が終わり……今は眠っています」


「そうか。今のうちに拘束しておけ。それと、俺が合図を出したタイミングでこれを使え」


「え? これは……」


「教皇からの許可は貰っている」

 もちろん嘘だ。だが、転生者からは目的のために手段は問わないと言われている。

 だから、大丈夫だろう。


「わかりました……」


「これで……少しはあいつも使い物になるだろう。まあ、それでも時間稼ぎ程度にしかならないだろうが」

 もう、これまでみたいに今後のことを考えなくて良い。

 どうせ、明日で全てが終わるのだから。


七巻発売まであと一ヶ月!

今回は二十日発売なので気をつけてください!!

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