第九話 あの日の真実②
「もう十年前になりますね……教皇が私の元にやって来ましてな。こう私に言ったのです。次期教皇の未来とアベラール家と滅びる未来、どちらか選べ。と……」
へえ。なるほどね。
リーナたちの暗殺に手を貸すなら次期教皇にしてやるけど、貸してくれないならお前も死ねってことだな。
「当時、フォンテーヌ家は教皇の手には劣りますが……強力な暗殺部隊を持っていたのです。獣人族で構成された暗殺部隊だったのですが」
「え?」
獣人族だと?
「当時、獣人族がよく教国に流れ込んできていまして……。その獣人族を暗殺者として雇っていたんです」
「その人たちは……?」
「聖女様たちとの戦いに敗れ、殺されていきました。生き残りも、教皇の手に引き抜かれてしまいましたよ」
「なるほど……」
元々、教皇の目的はフォンテーヌ家の弱体化だったのかもしれないな。
それにしても、あの獣人族の少年も最初はフォンテーヌ家に仕えていたのか。
だから、俺たちの提案に乗ってくれたって可能性もあるな。
「アベラール家は、よく教皇とフォンテーヌ家を相手にして聖女とリーナを守れましたね」
「オルヴァー様もブライアン様もとても強かったですからね……」
オルヴァーはリーナのおじいちゃん、ブライアンはお父さんだ。
確か、おじいちゃんはエルフだったはずだ。
「教国でも一二を争う暗殺者を百人も相手したというのに、セリーナ様とリアーナ、それに……私の妹まで逃がしてしまったのですから」
うん? 妹まで?
「……え? お、お母さんが助かった……?」
俺と同じことを考えたのか、すぐリーナがガエルさんに聞き返した。
「今まで黙っていて悪かったな。実は、マーレットは生きているのだよ。私は、教皇の命を背いて妹を助けてしまった」
「どうやって……? あの時、お母さんは私たちを逃がすために……」
「セリーナ様とリアーナ様を逃がした後、オルヴァー様とブライアン様はフォンテーヌ家の暗殺部隊に取引を持ち込みました」
取引か……内容は大体想像できるな。
「マーレットを助けてくれるなら、これ以上抵抗されず殺されると」
やっぱりな。可能な取引としたら、それくらいしかない。
「そ、それで、本当にお父様たちを殺したというのですか?!」
「ああ。そうするしかなかった。私にも守らないといけないものがたくさんあったんだ……許せとは言わないが、少しだけでも理解してくれると助かる」
まあ、自分にも妻や娘がいるわけだからな。
こればかりは、ガエルさんを責めても仕方ない気がする。
「リーナ、少し落ち着こう。まだ聞かないとはあるでしょ?」
「そうですね……。それで、助けたお母さんはどうしたのですか?」
「今も生きてる。身分を隠して田舎でな」
良かった。教皇に気がつかれて、殺されていたというわけではなかったんだな。
「どこですか……?」
「リアーナとセリーナ様が隠れていたあの辺境だよ」
「え?」
「セリーナ様とリアーナが教国から追い出された後、あの家にマーレットたちを住まわせることにしたんだ」
「そ、それじゃあ、これから……私はお母様に会えるというのですか?」
これからリーナの故郷に向かうつもりだったが、まさかそこにリーナのお母さんが隠れていたとはね。
「ああ。そうだな。リアーナ、マーレットたちを連れて行ってやってくれ。あいつもあんな辺境で暮らすより、娘と華やかな暮らしをしたいだろうから」
「わ、わかりました……」
ガエルさんとの会話も終わり、今日からしばらくお世話になる部屋に入ると、すぐにリーナが泣きついてきた。
どうやら、ずっと泣くのを我慢していたようだ。
「う、うう……ぐす、うわ~~~ん」
「よしよし。辛かったね」
しばらく、泣き止むまでリーナの頭を撫でてあげた。
「それじゃあ、教皇との謁見が終わったらすぐにリーナの故郷に向かうか」
リーナが大分落ちついたので、今後の旅の予定を建て直すことにした。
せっかくの新婚旅行だけど、リーナのお母さんの方が大切だからな。
「なんなら、教皇の謁見をすっぽかしてでもすぐに向かいたいわね」
「流石にそういうわけにはいかないな。それに、このまま向かったらリーナのお母さんにも危害が加わってしまうかもしれないだろ? 先に、教皇とは決着つけておくに越したことはない」
俺も教皇とはなるべく関わりたくないけど、逃げては通れない道だ。
さっさと片付けてしまった方が得策だろう。
「確かに! 私に任せて! 私が教皇をぶっ壊すから!」
おいおい。教国のど真ん中でなんてことを言ってくれるんだ。
誰かに聞かれていたらどうしてくれるんだ。
「それが必要になった時には遠慮なくやってしまいなさい! 私も全力で魔法をぶっ放すから」
だから、誰かに聞かれていたら……。
まあ、そんなことはもうあまり関係ないか。
どうせ、これから俺たちは戦うことになるんだし。
「あまり無茶しないでくれよ?」
「大丈夫よ。今回は頼もしい護衛がいるのだから」
「今回は頼もしい護衛?」
誰だ? ルーのことか?
「あ、やっぱり気がついていなかったのね。後ろ向いて」
言われて振り向くと、ニヤリと笑ったおじさんが立っていた。
「うええええ?」
驚きのあまり、かっこ悪い声が出てしまった。
これがバルスなら『なんだお前か』ってなったんだけど、まさかおじさんがいるとは思わなかった。
「久しぶり」
「……おじさん、どうしてここに?」
皇帝の護衛は良いの?
「忍び屋の拠点を探す任務で聖都に一ヶ月前から来ていたんだ」
「忍び屋の拠点?」
アレンたち、教国にいるのか。
「そう。王国にもなかったから、教国で間違いないと思うよ」
へえ。おじさん、教皇の護衛をしていたと思ったら、ずっと忍び屋の拠点を探して回っていたんだな。
まあ、おじさんにとってアレンは因縁の相手だし、自分で解決したいんだろうな。
「なるほど……何か手がかりは見つかった?」
「少しずつだけどね。とりあえず、今アレンは教皇のところにいるよ」
「え?」
アレンが教皇のところに?
「教皇が高い金を払って雇ったみたいなんだ」
「吸血鬼が率いる教皇の手に……アレンの警戒もしないといけないのか……」
それは随分とヤバいな……。
今回は、こっちもベルやルー、アルマもいるからなんとかなると思っていたけど……大丈夫か?
「アレンの警戒は僕がやるよ」
あのパーティーの時と一緒か。
隠密には隠密で対処するのが一番だもんな。
「うん。頼んだよ」
「それにしても、レオくんは行く先々でトラブルに巻き込まれるね」
「そうね。まるで、神様に遊ばれているみたいだわ」
「ははは。笑えない冗談だ」
本当に神様に遊ばれているんだからな。
「本当にそうだよね。王国もほぼレオくんの物みたいなものだし、これで教皇を倒してしまったら、レオくんは一人で人間界を統一してしまったことになるんだから。神に選ばれた人間と言われても疑わないよ」
い、いや……それ、なんか俺が世界征服をしようと企んでるみたいに聞こえるじゃん。
しかも、王国がほぼ俺の物ってなんだよ。
「いや、王国は俺じゃなくてエレーヌの物だし……。教国は、教皇がいなくなったとしたらガエルさんが教皇になるんじゃない?」
「どっちもレオくんに頭が上がらないじゃないか。ほぼ、レオくんが支配していると言っても過言じゃないでしょ」
な、何だと?
「そ、そんなことないし……」
頭をフル回転させて考えたが、何も反論できなかった。
あれ? もしかして俺って人助けをしているようで、裏で世界征服に向けて走り続けていたのか?
「あはは。いつの間にかレオが物語の魔王みたいになってる!」
ま、魔王って、まるで俺が悪役みたいじゃないか。
俺がこの人生でやった悪いことなんて、覗きくらいだぞ?





