第七話 隠密旅行⑤
長らくお待たせしましたm(_ _)m
明日からこの章が終わるまで毎日投稿していきます。
SIDE:ヘルマン
『グルアアア!』
雄叫びと共に、僕たちに向かって突っ込んでくる獣を僕は難なく避けた。
ドッガン!
大きな音を立てながら、背後にあった住居が崩れ落ちていった。
一発でも貰ったらヤバいけど、見切れている。
「師匠! 僕一人で大丈夫です!」
「わかった!」
頷いて、僕から離れていく師匠を横目に、僕は廃墟をかき分けて出てきた獣に剣を向けた。
SIDE:クー
「余計なことを……」
あの正気を失った状態では、相手のエースを倒すことは難しいだろう。
そんなことを考えながら、ジルの死を悟った。
「どうしますか? 加勢しますか?」
「いや……」
「失礼」
俺の言葉に被せるように、教皇の伝令係が登場した。
「……どうした?」
この絶妙なタイミング、教皇はこうなることをわかっていたな?
「言伝です。獣人の餓鬼を回収して聖都に帰還しろ。作戦の成功より、あの餓鬼の方が未来にとって重要だ。以上、確かに伝えました」
「こうなることを知っていたというのか?」
その質問に答えることなく、伝令係はどこかに消えた。
相変わらず、一方的だ。
「クー様、どうしますか?」
「……どうやら、教皇は俺たちの失敗を望んでいるようだ。何もしないで見守るぞ」
まだやりようによっては、まだまだ勝ち筋はあるが……どうやら、教皇はそんなことよりもジルの力の方が大事なようだ。
意図的にジルの情報を隠していた甲斐があったな。
「え? ジルを回収しないのですか?」
「あいつには……少し痛い目に合って貰う」
私は先に忠告はしたからな。
「良いのですか……?」
カロが心配しているのは、教皇の命令を無視していいのか? ということだろう。
「ああ。どうせ聖都の術士たちなら回復できる」
まあ、五体満足で回収しろとも言われていない。
「殺される可能性は……?」
「ない。レオンスは、あいつを殺せないはずだ」
ベル・ミュルディーンの親戚の可能性が高くなったんだ。
あいつは身内に甘い、絶対に殺すようなことはしない。
「そうですか……」
さて、ジルが弱るのを待つとするか。
SIDE:ヘルマン
『グルアアア』
「ベル様に比べて随分と遅い。それに、怒っているからか動きが単調……これなら、スキルを使わなくても勝てる」
直線的な動きしかしない獣を僕は簡単にいなし、少しずつ傷をつけていく。
もう少しで、右の前足が使い物にならなくなるはずだ。
『グルルル』
「はっきり言って弱い。いや、比べる相手が悪かったかな……」
ベル様という完璧な獣魔法使いと比べるのは可哀想だ。
僕も師匠と比べられたら困ってしまうからな。
「ヘルマン、殺すなよ? そいつには聞きたいことがある」
「わかりました」
でも、多少の怪我は許してくださいよ?
「お、お前は……どうしてそんなに強いんだ?」
それからさんざん斬られ、獣魔法を維持できなくなったのか、獣が傷だらけの人の姿に戻った。
「それはもちろん師匠に鍛えて貰えたからですね。あなたも良い師匠を見つければ、もっと強くなれたでしょう」
それこそベル様に教わっていたら、僕なんか歯が立たないくらい強くなっていたかもしれない。
「師匠……そいつはお前よりも強いのか?」
「ええ。ずっとずっと強いですよ」
師匠が本気を出せば僕なんて一瞬の隙も与えて貰えず、簡単に殺されてしまうでしょう。
「それは羨ましいな。俺は、自分よりも強い奴が近くにいなかった」
「確かに、それは残念でしたね。でも、まだ間に合うと思いますよ。良かったら僕が良い師匠を紹介しましょうか?」
「それは……本当か?」
お? 獣だと思っていたけど、意外と話が通じるな。
「ええ。だから、大人しく捕まってくれませんか? その傷では、もう立っているのもキツいはずです」
「……いや、お前は多少信用できるが、あいつはできない。あいつはベル姫を……」
さっきもそんなことを言って、暴走状態に入っていたな。
この人とベル様はどんな事情があるんだろうか?
でも、師匠は何も憎まれるようなことをした覚えがない。
「それも何か誤解していると思います。あなたにどのような事情があるのかは知りませんが、ベル様に会って直接聞いてみません?」
「ベル姫に会える? 本当に会えるのか?」
「ああ。転移を使えば一瞬で会えるぞ」
「そ、それなら……」
良かった。これで、今日は無事帰れそうだ。
「何を考えている?」
獣……ジルが師匠の手を取ろうとした瞬間、闇の中から一人の男が現れた。
そして、躊躇無くジルの腕を切断してしまった。
「う、うああああ」
腕を切られたジルは、腕を押さえながら地面に転がった。
「ふん。その程度で喚くな。カロ、その馬鹿を連れて行け」
「はっ」
男の一言で、一人の女性がジルを抱えて消えてしまった。
くそ……助ける隙を少しも与えて貰えなかった。
「お前は?」
「薄汚い暗殺者だ。じゃあな」
師匠の問いかけに、ニヤリと長い牙を見せて笑うと消えてしまった。
「い、今のは……」
「吸血鬼ってやつなのかな」
吸血鬼、昔本で読んだことがあったな……確か、魔族の一種だ。
「やっぱり魔族まで……」
「ふう。とりあえず帰ろう。すっかり真っ暗になって、シェリーたちも心配しているだろうからね」
「はい」
すっかり暗くなってしまった街には死体がそこら辺に転がり、夕方までは活気があった街にはとても見えなかった。
そんな街を見渡しながら、僕たちは城に転移した。
SIDE:レオンス
「遅かったじゃない! 大丈夫な……え、ええ? 血!?」
いつもより随分と遅かったから心配してか、嫁さんたち全員が俺たちの帰りをずっと待っていたみたいだ。
血だらけの俺たちを見て、全員がとても動揺した顔をしていた。
「大丈夫。全部俺たちの血じゃないから」
「……みたいですね。襲われたのですか?」
リーナがいち早く聖魔法で俺たちを綺麗にしてくれたが、やっぱり俺たちには傷一つなかった。
奇跡と言っても良いな。あの吸血鬼、俺たちを殺そうと思えばチャンスはいくらでもあっただろう。
何か戦えない事情でもあったのか? とにかく謎だ。
「ああ。街の中でとんでもない人数の暗殺者たちに囲まれた。もう、あれは暗殺とは言わないな」
殺すことに成功しても、あれじゃあ目立ちすぎるだろう。
そこまでして、俺を殺したい理由が教国にはあるのか? 謎だな。
「そうですか……。とりあえず、無事で何よりです」
「そうだね……。よくわからないけど、敵が途中で退いてくれて助かったよ。あの吸血鬼と戦うとしたら、魔力を限界まで使わないといけなかっただろうから」
あいつと戦うとしたら、闇魔法はアンナでどうにかなるとして……普通の魔剣ではどうにもならないだろうし、エレナとヘレナを使わないといけなくなるだろうな。
「吸血鬼? やっぱり、魔族がいたのですね……」
「ああ。それと、獣人族の王族とも戦ったぞ」
「え?」
獣人族の王族と言って、ベルが驚きの声を上げた。
そりゃあね。王族最後の生き残りみたいなことを魔王は言っていたわけだからな。
魔王の情報も意外と当てにならないのかもしれない。
「十~十二歳くらいの少年だった。最終形態まで獣化したときは流石に焦ったよ」
「レオが相手したの?」
「いや。ヘルマンが楽々無力化してくれた」
「おお。流石ヘルマン!」
そう。今回はヘルマン様々だった。
ヘルマンのおかげでゴーレムを全部召喚できたし、俺の魔力を温存することができた。
「いえ、相手が怒りで視野が狭くなっていたから比較的楽に勝てただけです」
「へえ。どうして怒ってたの?」
「さあ? ベルと俺が結婚していることを知ったら急に怒り始めちゃって」
「え? 私とレオ様が結婚していることを知って怒った?」
「そう。あと少しで事情を聞き出せそうだったんだけど、逃げられてしまったよ」
結局、何だったんだろうな?
もしかしたら、ベルには既に婚約者がいたとか? いや、ベルは物心つく前には帝都の孤児院にいたはずだから、その可能性は低いはずだ。
「そうですか……」
「次会った時にはちゃんと聞きたいわね。もしかしたら、ベルの故郷について何か知れるかも」
「そうだね」
会えると良いんだけど……あいつ、仲間を裏切って俺たちの所に来ようとしちゃったからな……。
最悪、殺されているかもしれない……。
SIDE:クー
命令通りジルを回収して聖都に帰還すると、ジルは回復されてどこかに連れて行かれた。
そして、俺はすぐに教皇に呼び出された。
「作戦を中断させた理由を聞いても?」
大体わかってはいるが、一応聞いてみることにした。
「その説明は必要か? どうせ、あの二言で理解できただろう?」
案の上の答えだ。
「それでも、直接聞きたいです」
「必要ないと思うが……わかった。単純に獣の血の謎が知れたからだな」
「その謎について聞かせて貰っても?」
俺が知りたいのは、お前がどこまで獣人族の秘密を今回の作戦で知れたのかだ。
「ああ。あの魔術は、獣の王族にしか使えない魔法のようだ」
ふん。思っていたよりも見ることはできなかったみたいだな。
ベル・ミュルディーンの名前が出たからもっと先まで知られる可能性まで心配したが、杞憂だったようだ。
「つまり……ジルは獣人族の王族であると?」
「ああ。気がついていたのだろう?」
「少年の戯れ言と思っていました……」
当初は実際そう思っていた。
だが、ベル・ミュルディーンが獣化したことを聞いて、調べたらジルが言っていたことは真実であることに気がついたのだ。
「千年生きていても知らないことがあるのだな」
ふん。ほとんど時間をこの国に拘束されている俺に何の知識を求める。
「人が一々毎日食べたり飲んだりする物の詳しい情報を知ろうと思わないことと、変わりませんよ」
「あくまで捕食対象であったから、興味も持たなかったと?」
「ええ。とは言っても、獣人族は獣臭くてあまり私の好みではないのですけどね」
「そうか……。話が逸れたな。あの餓鬼は……もう前線に出すな」
「種馬にするのですか?」
予想通りの展開だな。
「ああ。お前のところに、獣人族の女が数人いたよな?」
「ええ。子を産ませるのですか?」
「ああ。追加の分は、後で私が直接グリスに注文しておく」
グリスとは、教皇がよく利用する闇商人だ。
あそこなら、獣人族の女を集めることくらい造作もないだろう。
「了解しました。ただ、随分と戦力が落ちてしまうのですが……よろしいでしょうか?」
ジルと獣人族の女がいなくなれば、三分の一もの戦力が消えることになってしまう。
これから、リアーナを暗殺するにはとても戦力が足りないだろう。
「ああ。思わぬ助っ人が現れたからな」
「助っ人?」
「ああ。俺だ」
教皇の横に一人の男が現れた。
あれは……
「アレンか」
まさか、お前が引き受けるとは。どんな条件で引き受けさせたんだ?
しかし、忍び屋が参加するとなると、教皇があそこで作戦を中止させるのも納得だ。
「久しぶりだな。今回は上司も同伴だ」
上司だと? お前が忍び屋のリーダーではなかったのか?
「あら、吸血鬼に生き残りなんていたのね。五百年も前に一人残らず破壊されたって聞いていたんだけど?」
「お前は……転生者だな?」
吸血鬼が滅ぼされたのを知っているのは、魔族か滅ぼした張本人である転生者だけだ。
こいつの見た目は普通の人、つまり転生者だ。
「そうよ。心強い助っ人でしょ?」
「ああ……そうだな」
転生者が関わってきたということは、これから碌なことにはならなそうだな。
目の前の気持ち悪い笑顔が張り付いた女を見ながら、そんな予感がしてならなかった。
第七巻の予約が始まっております。
気になった方は「継続は魔力なり7」と検索してみてください。





