第四話 隠密旅行①
教国に隠密入国を実行する日……俺とヘルマン、スタンはとある山の麓にいた。
帝国と教国の間に高くそびえ立つ山脈の麓だ。
「さて、行こうか」
「「はい」」
「何があっても全速力で走り抜けるぞ。今日だけで山頂までには到着しておきたい」
「了解しました。もし、何か障害物があった場合は僕がすぐに排除します」
「頼んだ。スタンも大丈夫?」
フレアさんとの旅行から帰って来てすぐだけど、大丈夫だったかな?
旅の余韻に浸りたかったろうに……本当に申し訳ない。
「いえ、十分気分転換できましたのでバリバリ働かせて貰いますよ。私はお二人ほど強くありませんが、道案内は任せてください」
「ありがとう。頼んだよ」
というわけで、全力疾走による山登りが始まった。
無属性魔法があるからできる荒技だな。他には絶対できない。
そんなことを考えていると、遠くの空に黒い塊が見えた。
「なんだあれは?」
「ワイバーンの群れ……ですね」
近づいてみると、凄い数のワイバーンが群れを成していた。
うわ……あの真下を通っていかないといけないのか?
「流石にあれは無視できませんね……」
だな。回り道をしたところで、ワイバーンには気づかれるだろうし……。
「斬撃を飛ばしながら進むしかない。前は俺がやるから他は二人に任せた」
ドラゴンの巣に放り込まれたことがある俺にとって、ワイバーンの群れは恐怖になり得ない。
というわけで、一番脳筋な選択を取ってしまった。
まあ、ヘルマンとスタンなら大丈夫でしょう。
「セイ!」
『ギャアアア!』
「うお。鳴き声うるさ」
俺が斬撃を飛ばしたことで、斬られたワイバーンたちの断末魔の叫びとそれ驚いた大量のワイバーンたちの鳴き声で凄い騒音が奏でられていた。
「耳がおかしくなってしまいそうですね」
スタンの言う通り、もうそういう攻撃なのか? くらいとんでもない爆音だった。
これは、何か対抗策を用意しないといけないな。
「ほら耳栓。これしとけば大丈夫だろ」
そう言って、俺はその場で創造した耳栓を二人に渡した。
遮音性抜群。これなら、耳がおかしくなることはないでしょ。
三人でひたすらワイバーンを斬り倒しながら走り、途中からはワイバーンが逃げていき、それからはただひたすら走った。
そして、ようやく今日の目的地に到着した。
「ふう。なんとか山頂だな」
「夕日も相まって良い眺めですね」
朝早く出発したにも関わらす、到着したのは日が沈むぎりぎりの時間。
ワイバーンがいなければ、もっと早く到着できたろうな。
まあ、綺麗な夕日を見られたから良しとするか。
「よし。今日はこの辺で帰るとするか」
SIDE:???
「消えたな」
「はい。おそらく、転移を使ったのでしょう」
「予想通りだが……寝込みを襲えないというのは、なかなか難易度が上がるな」
「どうします? 明日、転移してきたタイミングを狙いますか?」
「いや、それをするのはまだ早い。そうだな……あれをやるか」
SIDE:レオンス
「ただいま~」
「おかえりなさい。大丈夫だった?」
「ああ。予定通り大丈夫だったよ。やっぱり、まさか山脈を越えてくるとは思っていなかったらしい」
普通、ボードレール領にまで来て関所を通らないで険しい山越えをしようと思わないからな。
今日ボードレール領を出た馬車には、俺たちそっくりのゴーレムたちを入れておいた。
きっと、暗殺者たちはそれに騙されていることだろう。
「そう。それなら良かったわ……。でも、油断しちゃだめよ」
「そうです。教国の暗殺者を舐めてはいけません」
「わかっているよ。ちゃんと警戒しながら進んでいるさ」
「いいえ。わかっていません。忍び屋が生まれたのも教国なんですよ? アレンと同等レベルの暗殺者がいてもおかしくありません」
うん……確かに、言われてみれば教国にどんな強敵がいるのか俺は何も知らないな。
もしかしたら、転生者がいるかもしれないし……最大限の警戒を心がけておいた方が良いな。
「わかったよ……。それじゃあ、明日は新領地の視察でもしようかな」
「え? どういうこと?」
俺の提案に、シェリーが首を傾げた。
「転移者の立場になって考えてみて」
「うん」
「まあ、普通に考えて転生者じゃない限り、俺たちに正面から挑んでも勝てるとは思わないでしょ」
勇者と戦って勝った実績や数百人で数千の敵を倒した騎士たちの話を聞いていれば、そんなことはしてこないはず。
特に暗殺者なら、余計に不意を突くことに専念するだろう。
「うん。そうね」
「なら、考えられるタイミングとして、暗殺者が狙ってくるとすれば夜、俺たちが寝た頃でしょ?」
「そうね」
「でも、俺たちはこうして夜の間はこっちに帰って来ちゃってる」
「そうね。そうすると、暗殺者たちはどこで狙うのかしら?」
「俺が狙うなら、転移したばかりの瞬間かな。周囲の状況を確認するのに時間がかかるから」
この隙を狙わない手はないだろう。
「なるほど。そういうことね。だから、わざと転移しないわけね」
「そういうこと。上手くいけば、相手は俺が違う場所で転移したかもって思ってくれるかも」
ランダムな時間で転移することで、もし相手に待ち伏せされていたとしても少しは相手を惑わせることができるはず。
まあ、もしかしたら無意味なことをしているかもしれないけど、一日くらい別に良いだろう。
「上手くいくと良いですね」
そうだな。
SIDE:???
次の日の朝。
レオンスたちは現れなかった。
「クー様、レオンスは見当たりませんでした」
「仕方ない。半分は下山させて、先の街で待機させろ。残り半分は俺と待機だ」
「はっ」
「さっそく見失うとは……。やはり、人生最大の大仕事になりそうだな」
五人の部下たちが山を下って行くのを眺めながら、俺は今回のとんでもなく高い難易度を再認識した。
果たして、レオンスはどこにいるのやら……。
SIDE:レオンス
俺は現在、三つの主要都市の一つ、工業の街にエルシーと来ていた。
「大体、この辺まで工場になる予定です」
そう言って、連れて来られた場所は、今ある街が小さく見えてしまうほど街から距離が離れていた。
「思っていたよりも随分と広いな。あの城壁は全て取り壊すのか?」
今の街を囲っている薄い壁を指さした。
あれ、ある意味が本当にないからな……。
「はい。新しく建てることもしません。これからどんどん拡張していく度に壁を建て直すわけにもいきませんし、この先百年は戦争の心配をする必要はありませんからね」
「言われてみればそうだな。この辺に魔物は出ないし、この街は防衛に資金をかける必要はないか」
国境の城壁も、もうすぐ修復が完了するしね。
「はい。憲兵を多めに雇っておけば問題ないかと」
「了解」
「そして、こちらが研究所予定地です。技術者の養成所も兼ねて使われる予定なので、大きめに造る予定です」
「いや、この広さ……城が建ちそうだぞ?」
研究所の範囲を聞いて、俺は思わずエルシーが正気か疑ってしまった。
「そうですね。ですが、大型の魔法具も研究していこうとなると、どうしてもスペースが必要でして。あ、もちろん城なんて建てませんよ? 精々、高くても三階建てくらいでしょう」
まあ、エルシーのことだろうから、何かしら考えがあるのだろう。
「なるほどね。まあ、そこら辺は任せるよ。資金の心配は必要ないから」
ミュルディーンで稼いでいるし、帝国から大量に貰っているからね。
と言っても、ホラント商会の稼ぎだけでもどうにかなってしまいそうだけどな。
「了解しました。それで、この街の名前は決まりましたか?」
そういえば、名前を考えておかないといけなかったな。
「元々の名前はフィリベール……変えないとダメかな?」
「はい。ダメですね」
そうですよね……。
はあ、何か良い名前はないかね……?
「……エルシーだな」
「え?」
「この街の名前はエルシーで決定」
ふう。良い名前が思い浮かんで良かった。
「ちょ、ちょっと待ってください! ど、どうしてか聞いても?」
「もう、魔法具と言ったらエルシーだからね」
「そんな簡単な理由で……」
「良いじゃないか。これから、エルシーが中心になってこの街を発展させていくんだから」
「とても恥ずかしいのですが……」
「まあ、すぐに慣れるって」
「うう……わかりました」
「よし。それじゃあこの流れで、農業の街をリーナ、冒険者の街をベルーにしよう」
「シェリーさんは良いのですか?」
もちろん考えていますとも。
「心配しなくてもちゃんと考えているよ。シェリーは、王国との国境の街にする。一からつくらないといけないから、街として形になるのはまだ先だけどね」
これから、王国との友好的な関係を続けて行く為には絶対に必要な場所だし、その重要性を示すためにもシェリーの名前が一番合っているだろう。
「なるほど。それなら、シェリー様も喜びますね。それにしても、ベルさんとルーを合わせてベルーですか?」
「そうだよ。やっぱり冒険者の街には武闘派の二人が似合うと思ってね。まあ、出来るなら一人一つの街にしたかったんだけど」
もう一つ街をつくる予定は今のところないからな……。
「ベルさんならわかってくれますよ。それに、ルーはあまり気にしないと思うので」
「そうだね。まあ、二人には他で何か埋め合わせするよ」
あとで、何か二人に要望を聞いてみるか。
「はい。そうしてあげてください」
SIDE:クー
すっかり日が沈んでしまったが、結局レオンスは現れなかった。
「結局、今日一日出て来なかったな」
「もうここを過ぎてしまったのでしょうか……?」
「わからん。まあ、明日も現れなかった時は、そう思った方が良いだろう。馬車の速度的に、五日後には聖都にいる予定だろうからな」
「ですね」
「流石レオンスと言ったところっすね。あのアレンが諦めるわけだ。はあ、あと五日あって一回でもチャンスがあったら良いですね」
「ジル……」
「そんな怒るなって。事実確認をしただけだろう? なあ? クー様?」
「そうだな。だが、その一回のチャンスを無駄にするんじゃないぞ?」
「もちろんっすよ。俺を誰だと思っているんですか?」
「なら良い」
こんな組織に行儀の良さを求めるのがそもそもの間違いだ。
駒として有用かどうか? それだけがこの命が軽い業界で重要な指標だからな。