閑話13 将軍の意思
今回は少し前にリクエストされていた将軍の死に様です。
番外編にしても良かったかも? と思えるぐらいしっかり書いてしまいました。
SIDE:エドモンド
ミュルディーン領に突撃する直前、俺は四千人の兵たちに演説を行っていた。
カイトたち魔砲部隊には先に出撃準備をしていろなどと言って、演説には参加させなかった。
これから言うことはとても、カイトには聞かせられないからな。
「今日俺たちは死ぬ!」
「……」
一言目からこんなぶっ飛んだことを言えば、そりゃあ兵たちは沈黙するだろう。
俺は気にせず話を続けた。
「ただ、死ぬのは英雄としてだ! 決して負け犬としてではない! 退路は断たれた! ここで逃げた者は帝国に捕らえられ、騎士として不名誉な負け犬として死んでも罵られることになるだろう!」
これは事実だ。
傭兵たちを殺すために、レオンスが精鋭騎士たちを西に配置している。
だから、俺たちには逃げ道はない。
「なら、ここで勝利の為に死のうではないか! 我々の希望である勇者にこの四千の命を捧げようではないか!」
俺たちの命を最後の可能性に託すんだ。
「何度も言うが、我々は英雄になるのだ! 母国に勝利を届け、我々は誇り高く最高の騎士だったと歴史に刻み込もうではないか!」
そう言って、俺は剣を引き抜いて高く掲げた。
『うおおおお!』
それに呼応するように、騎士たちが大声で雄叫びを上げた。
よし。士気は上々だ。これなら行ける。
「それでは、全軍出撃!」
俺は馬に乗って先陣を切った。
「将軍! あなたが前に出る必要は……」
しばらく走っていると、部下のロニーがやってきた。
王国騎士らしからず真面目で優秀だから、仕事を学ばせるために俺の補佐をずっとさせていた。
もう、それも終わりだな。
「死ぬぞと言った奴が真っ先に死なないでどうする! 俺はそんなかっこ悪い死に方はできないぞ」
「そうですね……わかりました。僕もお供させて頂きます」
若いくせに何を言っているんだが。
「いや、お前の仕事はこの戦争の結果を国王に伝えることだ。この報告書に最後の状況を書いて、国王に報告してこい」
そう言って、俺は用意しておいた紙をロニーに押しつけた。
こいつが死ぬのは、未来の王国にとって大きな損失だ。
他の馬鹿共はどうでも良いが、こいつだけは絶対に生かしておかなければ。
「はい? いや、私だけが生き残るなんて……」
「これは命令だ。生きて、必ず国に俺たちの雄姿を伝えるんだ。あとついでに、カイトにも脅して悪かったと伝えておいてくれ」
「……え?」
ロニーは何を言っているのですか? という顔をしていた。
ん? こいつ、俺が本気でカイトに死んでこいと言うとでも思ったのか?
「帝国にとっても、カイトに死なれるのは困るんだよ。だから、カイトがレオを殺せることはあっても、カイトが殺されることはないはずだ」
そう。カイトを一人にさせるのも、レオンスに手加減させやすくする為だ。
もちろん。ゲルトには、戦争が終わったら姫様をこっそり解放するように命令しておいた。
後のことは、レオンスとカイトが上手くやってくれるだろう。
「わかりました……。それでは、勇者様にはそのように伝えておきますね」
「おう。頼んだぞ」
ふう。やっと俺の役目は終わったな。
ロニー、俺の代わりは任せたぞ……。
SIDE:ロニー
「……」
今、将軍たちは全員死んでいった。
作戦通り、少しでも勇者に攻撃が向かないよう、四千人が命を投げ捨てていったんだ。
「将軍……あなたの雄姿……しっかりと国に伝えさせて頂きます」
俺は報告書にこの結果を書き込み、馬を走らせた。
そして、次の日。
「あれは……」
まさか。もう、ここまで来ているとは。
もっと西の方で傭兵と戦っていたはずの……ミュルディーン騎士団がこっちに向かってきていた。
くそ……この平野で隠れる場所はない。
「おい! 王国騎士だ! 捕らえろ!」
俺は逃げることを諦め、素直に掴まった。
「お前以外に騎士は見当たらないな……。一人で逃げてきたのか?」
「違う! 将軍に任された任務を果たすためだ」
逃げて来たと聞かれた俺は、怒りながら言い返した。
半分図星だからこそ、冷静ではいられなかった。
「その任務の内容は?」
「最後の戦いの結果と騎士たちの雄姿を母国に伝えることだ」
「そうか……。だからと言って、見逃すわけにはいかないな。とりあえず、捕虜として我々に同行して貰うぞ」
嫌とも言える訳が無く、俺は素直に連行された。
それから……二日くらいミュルディーン城の地下牢に収容されていた。
特に何もすることもなく、俺はずっと硬いベッドで横になっていた。
「この男が唯一の生き残りか……」
久しぶりの声に起き上がると、鉄格子の向こうに一人の男が立っていた。
「あなたは?」
「俺はベルノルト。ミュルディーンでは騎士団長を任されている」
「あなたが……」
元Sランクの冒険者だったベルノルトだ。
「そうだ。エドモンドから話は聞いていたか?」
「はい」
将軍と知り合いだったことは聞いている。
どこで知り合ったとまでは聞いてないけど。将軍、あまり自分の過去を語りたがらないんだよな……。
「そうか。なら知ってはいると思うが、俺はあいつと同郷だ。こんな別れ方になってしまって、悲しく思うよ」
え? 将軍と同郷? それは知らないぞ……。
「同郷なのは初耳です。それと……そうですね。でも、将軍は先陣に立って死んでいきました。最後まで格好良かったと思います」
「初耳だったか。最後まで格好いい……あいつらしいよ。まったく……昔から真面目過ぎるんだよな……。俺は昔から言っていたんだ。あんな糞な国王なんかに仕えてないで、俺と一緒に冒険に出ようってな。騎士なんかよりもっと楽に稼げるからって……」
そうなんだ……。確かに、将軍ほどの実力があれば、もっと稼げていたはず。
貴族出身じゃないって理由だけで出世コースから外されて……給料は任されている仕事を考えれば、随分と少なかったはずだ。
「だがな、あいつは一度たりとも頷くことはなかった。冒険者はリスクが高いとか、騎士も給料は悪くないだとか、毎度違う言葉で断られたが……本当の理由は、自分の力で王国を良くしたいって夢の為だったんだろうな」
「王国を良くしたい……ですか?」
「ああ。そうだな……ちょっと昔話をしてやる」
そう言って鉄格子の鍵を開けると、ベルノルトさんは牢屋の中にある椅子に腰掛けた。
昔話って……将軍の過去について教えて貰えるのか?
「実はな。俺とエドモンドの故郷はもう、存在しないんだよ」
「え?」
存在しない?
「帝国の小さな村だったんだけどな……馬鹿な貴族のお遊びのせいで滅ぼされたんだよ」
「お、お遊びって……」
「本当にお遊びだったさ。俺たちの絶望した表情や悲鳴を聞きたいという馬鹿な思いつきのせいで、たくさんの村人たちが殺されていった」
「そんな……」
どうしてそんなに酷いことができるんだ。
本当に貴族という生き物は……。
「俺とエドモンドはまだ五歳で、何が起こっているのかもわからない間に大人たちに隠され、貴族に見つからずに済んだおかげで助かった」
「そして、村の生き残りは俺とエドモンドだけになってしまったことに気がついた時には、村は死体しか残っていなかった」
俺は何も言葉が出てこなかった。
五歳でそんな……。
「それから……数日して、村に二人の男女がやってきた」
旅人か商人だろうか?
きっとのその二人も相当ショックを受けただろうな……。
「片方は、この世界では珍しい黒髪だったが……当時の俺たちはもうそんなことはどうでも良かった。遂に、俺たちも殺されるのか……という生に対しての諦めしかなかった」
黒髪? もしかして……。
「ただ、その黒髪の男はお忍びで冒険者をしていた勇者だったんだ」
やっぱり。黒髪の特徴は、勇者様しかいない。
そうか……勇者様が暇さえあれば旅をしていたのは有名な話だもんな。
それにしても、そんな時に勇者様がやって来るなんて凄い運命だな。
「俺たちと村の惨状を見た勇者様と一緒にいた魔導師様は一緒に悲しみ、怒ってくれた」
「それから……二人は俺たちの代わりに村人全員の墓を立ててくれた。そして……俺たちと魔導師様を置いて、勇者様が村を壊していった貴族たちのところに向かって行った」
やり返しに行ったんだろうな。その貴族は、村人の恐怖に比べたら大したことはないだろうが……それでも恐怖したろうな。
「しばらく魔導師様に世話されながら生活していると、一人の男を引きずって勇者様が帰ってきた」
「その男は村を壊した貴族だった。見た目はボロボロで、いつ死んでもおかしくない状態だった。そんな男を俺たちの前に投げ捨て、勇者は俺たちに謝らせた」
殺さずに謝らせるか……。流石勇者様だな。
楽に死なせるくらいなら、一生残る苦痛を与えて生かしておいた方が罰になる。
「そして、一緒に勇者様も謝ったんだ。二度とこんなことを貴族にはさせない。だから、どうか帝国のことは恨まないで欲しいと言っていた」
いや、勇者様は俺と比べられないくらい君主だった。
自分のしたことじゃないのに、自ら謝るとか同じ貴族だった人間としては考えられないことだ。
見習わなくては……。
「俺とエドモンドはな……勇者様や魔導師様に憧れて育ったんだ。強く、優しく誰かに手を差し伸べてあげられるような人になりたいと思ってな」
そりゃあそんな格好いい姿を見たら、誰だって憧れるさ。
でも、あんな体験をしたのに……立ち直れたお二人も本当に凄いと思う。
「それから……俺たちは帝都の勇者様の知人がやっている孤児院に預けられた。その知人というのは、孤児院を開くまで世界中を旅していた凄腕の冒険者だったらしくてな。女なのにめちゃくちゃ強いんだ」
そういえば将軍……ミュルディーン騎士団のアルマについての報告書を提出した時に、いつもより質問が多かった気がする。特に、孤児院についてだ。
あの時はあまり気にしていなかったが、今考えるとそんな凄い場所だったのか。
「今でこそあそこは子供がたくさんいるが……当時は俺とエドモンドの他に二人しかいなくてな。勇者みたいに強くなりたいって言ったら、暇で当時は若かった婆さんが毎日泣くまで鍛えてくれたよ。まあ、あれのおかげで俺たちはここまで強くなれたんだが」
お二人が泣くまでって……その人は本当に強かったんだろうな。
でも、やっぱりどんなに天才と言われている人も、影では想像もできないような努力をしているものなんだな。
「それから……孤児院を卒業した俺とエドモンドは、すぐに冒険者を始めた」
え? 冒険者? 将軍は冒険者になりたがらなかったのでは?
「意外だろ? あいつも最初は冒険者だったんだぜ?」
意外だ……。でも、言われてみれば、当時は帝国にいたんだから、王国の騎士になる理由なんてないもんな。
「まあ、続いたのは五年くらいなんだけどな……」
五年か。大体、孤児院にいられる年齢って、十代前半だよな?
だとすると、十五から二十歳ぐらいまでは冒険者をやっていたってわけか。
それにしても、冒険者を辞めて王国の騎士になった理由はなんだろう……?
「あの日は、商人の護衛依頼で初めて王都に向かっているときだった。あと少しで目的地という辺りで、待ち伏せしていた盗賊たちに襲われた」
あ、やっと王国の名前が出てきた。何か、将軍が王国に関わることになる出来事があったんだ。
「盗賊と言っても、数が異様に多かったし、とても盗賊が持っているような武器じゃなかった。そんな相手に先輩冒険者たちがやられ、俺とエドモンドは大怪我を負った。もちろん、護衛していた商人たちは殺されてしまった」
……え? 盗賊程度に将軍たちが?
いやでも、特徴を聞くに盗賊を装った暗殺者な気がする……。
お二人、どんな大物商人を護衛していたんですか?
「そして……血を流し過ぎた俺とエドモンドもいつ死んでもおかくない状況だった。死を覚悟したのは、人生であれが二回目だな。ただ……たまたまなのか予定通りなのか、すぐに馬車が俺たちのところにやってきた。本来襲われる予定だった馬車だ」
なんてことだ……。暗殺者たちは、殺す相手を間違えて関係無い人たちを殺したというのか?
「その馬車の中には、今は亡き王妃様が乗っていた。当時は、もうすぐ国王と結婚というタイミングだった」
王妃様? あの、悲劇の王妃様か……。
確かに、それならお二人がやられてしまうのも納得だ。
それだけ、あの王妃様は大物貴族たちに狙われていた。
「死にかけていた俺たちは、王妃様の聖魔法によって助けられた。俺は王国の貴族は誰一人として好きにはなれないが、王妃様……アルテイナ様は別だな」
確かに、王族の中で唯一王妃様の悪い噂は聞いたことがない。
他は、誰しも宝石狂いや男狂い、色狂いなど、二つ名が影でこっそりつけられているくらいなのに。
「あの時、助けられた俺たちは……二人で移動はきついだろうと王都まで同行させて貰えることになった。……そしたらまた奴らに襲われた」
そうなるだろうな。でも、今度は……。
「だが、前回とは違って俺たち以外にも屈強な騎士たちがいた。護衛は騎士たちに任せて、俺とエドモンドは盗賊たちの殲滅に専念した。そしたら、死にかけたのが嘘だったみたいに盗賊たちを簡単に退けることに成功した」
そうだろうな。騎士たちと一緒なら、お二人が遅れを取ることは決してないはずだ。
「それから……無事に王都に到着した俺たちはアルテイナ様の事情を聞かされ、王妃つきの騎士に誘われた」
アルテイナ様の事情というのは……国王に無理矢理結婚させられたという話だろう。
婚約者も決まっていたというのに、本当に悲劇だな。
「まあ、俺は断った。助けて貰った恩はあるけど、勇者のような強い冒険者になるという夢を諦めたくはなかったからな。一方、エドモンドはアルテイナ様の誘いを断らなかった」
なるほど……それで、将軍は騎士の道に……。
「エドモンドの夢は俺とはちょっと違ったみたいだ。俺が勇者の強さを目指しているのに対して、エドモンドは勇者の優しさを目指していた」
将軍、格好いいな。誰しも、ベルノルトさんと同じ方向に向いてしまうところを……。
だからこそ、将軍はあそこまで立派な騎士であれたのだろうな。
「あの時は盛大に喧嘩したな……。まあ、今思えば良い思い出だよ。思いっきり殴り合って、最後はお互いの主張を認め合って、それぞれの道を進むことになった」
もう、ずっと一緒に生活してきた兄弟みたいなものですもんね……。そりゃあ、簡単には別れるなんてことはできないはずだ。
それを殴り合って解決するとは、なんと男らしいか。
「それから……さらに十年くらい経った頃、アルテイナ様が死んだことを聞いて、久しぶりにエドモンドと会った」
確か、アルテイナ様の死因は病気だったはず。
王宮での心労に耐えられなかったとか。
「本当に可哀想だったよ……。それと同時に、俺は国王にとてつもない怒りを抱いた。相手が国王じゃなければ、すぐに殺しに行っていたな」
それに関しては……聞かなかったことにします。一応、僕は国王に仕える騎士なので。
「それで、エドモンドに聞いたんだ。そんな糞な王国にもう忠誠を誓う必要もないんだから、また俺と冒険者にならないか? ってな。そしたら……あいつ、首を横に振りやがった。理由を聞いたら……アルテイナ様の娘を見捨てることはできないと言われた」
ああ、エレメナーヌ様。あの人も、本当に可哀想なお人だ。
王位継承権が一位でありながら、王宮で迫害され続けていたのだから。
それを見ていて、将軍は騎士を辞めることはできなかったんだ。
本当、優しい人だな。
「そして、エレメナーヌ様が王になる頃までにこの腐った王国を俺が変えるんだ。と真剣な顔で言ってきた。あの時の顔を見たら、流石にもう誘う気にはならなかったな」
そうだったのか……。将軍は本当に格好いい人だな。
「まあ、後の話はお前も知っているだろうが、たくさんの武功を挙げ、将軍に成り上がった。そして、腐り切った王国を変えてみせた」
変えてみせた?
「お前は知らないと思うが、戦争が終結した日に国王に宰相、国王派の貴族たちが死んだ」
「え?」
あまりの事実に、一瞬冗談だと思ってしまった。
ただ、とてもベルノルトさんの表情は冗談を言っているようには見えなかった。
「死因は爆死だ。ゲルトの野郎が全員まとめて殺しやがった」
「ゲルトさんが……?」
あの……奴隷にされていた状況でどうやって?
「ああ。その様子だと……エドモンドからは何も聞いていないようだな」
「……はい」
騎士にとって、国王を殺すなんてあり得ないことだ。
そんなことは例え信用できる部下であっても、教えたりはしない。
「なら、お前は今日で解放だ」
「い、良いのですか?」
いきなりの解放宣言に、俺は思わず聞き返してしまった。
だって、俺は帝国に無礼な戦争を仕掛けた王国兵の生き残りだ。
普通は見せしめにして、殺されるはずだろ?
「ああ。レオンス様の許可も下りている。エドモンドたちの雄姿を王国に伝えるんだろう?」
「……はい」
そうだ。俺は将軍との約束があるんだ。
絶対、死んだ騎士たちの最後を国に伝えなくては。
「ほら、餞別だ。王国に帰るまで大変だろうから、旅費の足しにでもしてくれ」
「あ、ありがとうございます」
金貨を一枚ポンと投げ渡され、俺は驚きつつすぐに頭を下げた。
正直、食べ物を何も持っていない状態で、ここから王都に向かうのはとても厳しかった。
「今まで、あいつの出世に響くから過去のことは妻以外に教えることはなかったが……もうそれも終わりだ。好きに広めてくれて構わない。ただ、あいつの意思はお前が継いでやってくれ」
「はい。もちろん、将軍の意思は僕が引き継ぎます」
将軍に生かされたこの命、無駄になんて絶対にしません。
きっと、将軍にがっかりされないような生き様を天国の将軍に見せてから死んで見せますよ。
「ああ。頑張れよ」