第二十四話 この体について
「この先に……創造士がいるのか」
休憩が終わり、皆で扉の前に立っていた。
たぶんこの先に創造士がいる。ここまで一ヶ月はかかっているから……これでまだダンジョンが続いているようだったら、本当に絶望だな。
「やっぱり、レオと似ているのかな?」
「どうなんだろうね? 血は繋がっているんだろうけど、数百年も間があったら随分と遺伝子も変わっていてもおかしくないと思うよ」
それに、俺はじいちゃん似だしな。
性格は似ているかもしれないが、見た目はたぶん違うと思う。
「そうですよね。千年か……本当に想像できませんね」
「もしかしたら、何とか生きながらえているおじいちゃんかもしれないわね」
「それもあり得るかもな」
もしかしたら、この扉を開けた向こう側には大きな機械が設置されていて、それに繋がれた創造士がいるのかも。
「まあ、中に入ってみてからのお楽しみだな」
そう言って、俺は扉を開けた。
「やあ、お疲れ様」
扉が開くと、これまで大変な思いをしてきたことが冗談だったかのような軽い口調が飛んできた。
その声の主は、見た目から想像するに……二十代後半から三十前半くらいの金髪の男だった。
「あなたが創造士?」
「そうだよ。どう? 見た目が老けてなくて残念だった?」
「い、いや……」
どちらかと言うと……驚きかな。本当に千年も生きているのか疑いたくなるレベル。
「まあ、何とか生きながらえているのは変わりないんだけどね」
「どうやって?」
「ちゃんと説明するから待ってね。その前に……皆、お客さんが到着したよ」
俺がどうやって千年も生きているのか聞こうとすると、創造士は手で俺の言葉を止め、後ろに向かって誰かを呼んだ。
すると、奥にあった壁が開き、奥から見覚えのある男と初めて見る女性二人が出てきた。
「おお~~~レオンス様~~~久しぶりで~~~す」
「バルス……」
見覚えある男はバルスだ。
相変わらず、煩わしい口調をしているな。
「おっと。そんな怖い顔を私に向けないでくださ~~~い」
どうやら、シェリーが目一杯睨みつけていたらしい。
シェリーよ。こいつを睨んでも逆効果だぞ……。
と思っていたら、後ろから見知らぬ女性の一人がバルスの頭を思いっきり後ろから叩いた。
「あなたがそうやって人をおちょくった様な喋り方をしているのが悪いんでしょ」
「そうですね~。でも、私はバルスさんのおかげで久しぶりにここが賑やかになって嬉しいですよ」
「おお~~~。アリス様はわかっていらっしゃ~~~る。それに比べて~~~ジモーネは~~~」
アリスにジモーネか。どちらも初めて聞く名前だな。
創造士とはどういう関係なんだろうか?
「アリスに比べて私がなんだと言うのよ! それに、私も様をつけなさいって言ってるでしょ! どうして、アリスには様をつけて私にはつけられないわけ?」
「細かいことは気にしていたら長生きはできませんよ~~~。ねえ~~~アリス様?」
「ええ。そうよ。そんなに大声を出していたら、疲れてしまうわ」
「心配しなくても、バルスの倍は生きてるわよ!」
「……ちょっと三人とも。久しぶりにお客さんが来ているんだよ?」
どんどんヒートアップしていく三人を笑いつつも呆れながら、創造士が止めた。
今のやり取りでわかったけど、四人とも凄く仲が良いんだな。
アリスさんとジモーネさんは創造士の奥さんってところか?
「あ、すみません。私はアリス。気軽にアリスちゃんって呼んで」
「ちゃんって歳じゃないでしょ……」
「あ゛?」
あまりの恐怖に、ぞわぞわっとした。そんな可愛らしい顔のどっからそんなドスの利いた声が出るんだ……?
「い、いえ、なんでもないわ。それより、自己紹介だったわね。私はジモーネ。見ての通り、魔族だわ」
そう言って、ジモーネさんは自分の角を指さした。
言われてみれば確かに魔族だな。
「あ、忘れていました! 私はエルフ! この耳が特徴です!」
今度はアリスさんが髪をかき分けて自分の耳を見せてくれた。
確かに、普通の人族とは違って耳が尖っていた。
「どう? なかなか君たちに負けないくらい色濃い奥さんたちでしょ?」
あ、やっぱり奥さんなんだ。
「……そうですね。バルスが来るまでは、ずっとダンジョンの中に三人で暮らしていたんですか?」
「まあ、そうだね。百年くらいはあと二人いたんだけど……もう死んじゃったんだ」
「そうですよね……」
ジモーネさんとアリスさん長命な種族だから生きていられるけど、俺たちみたいな人族や獣人族は一般人と寿命が同じだからな。
それにしても……創造士はどうやって千年も生きているのかな?
見た感じ、それらしき魔法アイテムは見当たらないし……。
「どうして俺は死んでいないのか気になる?」
「……うん」
「魔族の寿命の原理は知っているかな?」
「うん。持っている魔力の量で寿命が変わるんだよね?」
魔王が教えてくれたことをそのまま答えた。
「そうだよ。でだ。魔族ってなんだと思う?」
「魔族って何か? えっと……」」
ちょっと変わった特性を持った人? いや、ちょっとどころじゃないし……。
「まあ、わからないよね。いや、そう思いたくないってところが正解かな」
そう思いたくない?
「魔族というのは……人の形をした魔物なんだよ」
「え?」
人の形をした魔物?
「あ、と言っても、魔族が悪い奴とかそういうことを言いたいわけじゃないからね? 魔族はこうして、人と同じ体を持っているし、人と同じ感情を持っている。それに、人との間に子供もつくれる!」
そう言って、創造士がジモーネさんのお尻をモミモミと触り始めた。
「もう! 人の前でどこを触っているのよ!」
「それでね。僕ら創造魔法の使い手は、魔物を創造できるでしょ?」
創造士はジモーネさんに頭を叩かれても気にせず、説明を続けた。
この人、見た目は好青年なのに、中身はエロ爺なのか?
そんなことを頭の片隅で考えつつ、創造士の言葉に耳を傾けていた。
「魔物を創造できる……。あ、もしかして」
「たぶん正解。俺は疑似魔族となったわけだ。そして、君もね」
「なるほど……いや、だとしたら俺は……」
俺は創造に失敗した? それとも、魔力がこんなスピードで減り続けるのは、魔族では当たり前なのか?
「俺がなんでわざわざ疑似って言ったかわかる? この体には重大な欠陥があるんだよ」
「その欠陥というのは……?」
「自分の力では魔力を回復できないことだね。放っておくと、どんどん魔力がなくなっていき、いずれ死んでしまう」
「そ、そんな……」
「あ、ごめん。そんなにショックを受けないで。もし、何も対策ができないとしたら、僕はもう死んでいるから」
ショックを受けて、今にも泣きそうなシェリーを見た創造士が慌てて詳しい説明を始めた。
「言われてみればそうね」
「ねえ。安心してくれて良いよ。ただ、シェリーとリーナ、それにルーにベルはこれから毎日やらないといけないことがある。覚悟は良い?」
俺じゃなくて、シェリーたちがやらないといけないこと?
一体、何をやらせるつもりなんだ?
「もちろん問題無いけど……何をすれば良いの?」
「まあ、簡単に言うとレオに魔力を分けてあげて欲しいんだ」
「私たちがレオに魔力を分けてあげる? そんなことができるの?」
「もちろん。レオの胸に手を当ててみて。心臓の上辺り」
「レオの胸に? わ、わかった。ここら辺?」
創造士の言葉に疑問も持たず、シェリーが俺の胸に手を当ててきた。
おいおい。何が始まるんだ?
「そう。そしたら、レオの魔力を感知してみて」
「レオの魔力を……あっ。手の下に魔力の塊がある」
「そう。それがレオの生命線」
「こ、これが……随分と少ないわね」
「まあ、一ヶ月も放置していればそうなるよ」
他人事のように言っているが……お前のせいだからな?
まあ、大体理由は予想がついたから良いんだけど。
「そこまで怖がらなくても大丈夫だよ。慎重に、魔力を流し込んであげて」
「し、慎重に……」
おいおい。そんな震えた手で大丈夫なのか?
こっちまで緊張してくるから一回落ち着けって。
そんなことを言う間も無く、俺の体に魔力が流れ込んできた。
おお。これは凄いな。体に力が溜まっていく感じがする……。
「そうそう。その調子」
「シェリー、私もやらせて!」
「いいわよ」
今度はルーの番らしい……間違って破壊されたりしないよな?
首輪があるから大丈夫だろうけど……。
「うふふふ。どう? 気持ちいい?」
「うん……気持ちいいというより、くすぐったいかな。ただ、体が魔力で満たされていく感じはなんか良いね」
「うんうん。わかるよ。この感覚だけは、数百年経っても良い物だよ」
「そうなんだ。創造士……そういえば、名前をまだ聞いていなかったな」
「そういえばそうだったね。俺の名前はミヒルだ。まあ、好きに呼んでくれ」
「わかった。ミヒルも毎日、奥さんたちに魔力を貰っているの?」
「そうだよ。毎日イチャイチャしながらね」
そう言って、ミヒルはアリスさんの肩を抱き寄せた。
本当、仲が良いんだな。
「慣れてくると、肌を合わせながらでもできますからね~」
「こら、そういうことは子供の前で言わないの」
「子供とは言っても~~~もうすぐ結婚するんですけどね~~~」
「だけどね。年を取れば取るほど必要になってくる魔力はどんどん増えていくんだ。それこそ、魔力が多い二人に助けて貰っても間に合わない程の。だから、俺は他に魔力を得る経路を用意している」
奥さんたちがもの凄いカミングアウトをしたにも関わらず、ミヒルは平気な顔で体の説明を続けた。
流石千年生きているだけはある……いや、俺は何を言っているんだ?
そんなことより、体のことだ。
「もしかして……ダンジョン?」
「正解。この馬鹿でかいダンジョンは別に、自分の身を守るためのものじゃないんだ。どれだけ効率良く魔力を手に入れられるか。それだけの為に造った」
へえ。どこか、魔王レベルの人たちから身を守るには心許ないボスたちだったから、少し疑問に思っていたんだよね。
それと、やっぱりダンジョンが魔力の供給源か……。
「いつか。俺もダンジョンに籠もらないといけない日が来るのか?」
「うん……正直わからない。あと八十四年あったとして……ぎりぎり必要になるかも」
「まあ、ぎりぎり程度なら構わないさ。それで、今回の戦争は俺の寿命を延ばすためにわざわざ起こしたのか?」
八十四年という言葉で確信した。これは間違い無いだろう。
「いいや。そもそも、俺は戦争を起こせとは命令していない。ちょっと、勇者に致命傷を与えるように仕向けてくれと言っただけだ」
「だから、言われた通りにそう仕向けたじゃないですか~~~」
うん……。俺的にはミヒルが確信犯に見える。
絶対、バルスの性格を知っていればこうなることは予想出来ていたはずだ。
「バルスは、もう少し命の尊さというものを再確認した方が良いと思うよ」
「よく言いますよ~~~。破壊士の次に一番転生者を殺しているくせに~~~」
へえ。それは意外。
人を殺したくないところは本当だと思っていたんだけどな。
「そりゃあ、敵となった相手には容赦しないさ。優しさと甘さは違うぞ?」
敵なら容赦しない。確かに、そこは俺と思考回路が一緒だな。
いや、俺がミヒルに影響されているのか。
「そんなことはわかっていますよ~~~」
「まあ、今回の経緯はこんな感じだよ。他に何か質問はある?」
「ミヒルは、このまま神が引き分けで終わるのを見ていると思うか?」
「うん……言いたいことはわかるよ。まあ、どうなんだろうね? レオは何かしてくると思う?」
「思う」
間違い無くまた新たなルールを加えてくると思う。
魔王の話を聞く限り、神というのは絶対に決着をつけさせたいみたいだし。
「やっぱり? でもね。神はもう何もできないんだよ」
「どういうこと?」
「だって、これ以上神たちが手を加えたら、ゲームとして成り立たなくなるでしょ? ただでさえ、もう公平な戦いじゃなくなっているのに」
「……言われてみればそうだね」
これが本当に神たちによるゲームだとしたら、既に公平性は崩壊していると言っても過言ではない。
だって、他の転生者たちはあと八十年も隠れていれば自動で勝てるわけだからな。
「でしょ? だから、もし何かしてくる時は神たちが勝負を諦めて、とことん俺たちをいじめたい時だね」
「その可能性は?」
「絶対ないとは言い切れないけど、その可能性は低いと思うよ。だって、フェリシアとミラベルがいるし、ルーベラだってまだ諦めてないし」
ん? いっぱい知らない名前が出てきたな。
「えっと……誰?」
「ああ。ごめん。フェリシアはエルフ族の族長。ミラベルは焼却士七代目。ルーベラは破壊士」
「焼却士?」
あれ? まだ生きているのか?
魔王はもういないって言ってなかったか?
「ああ。そういえば、ガルは彼女の存在を知らなかったね」
「ガル? 魔王の名前?」
「そうだよ。ひょっとして、名前はないと思ってた?」
「いや、そんなことはないけど……それで、どうして魔王は焼却士の存在を知らないの? 魔王は世界中を見ることができるよね?」
それとも、焼却士は魔王から隠れる術を持っているの?
「簡単なことだよ。初代以外、焼却士は代々大人しく生きているからね。僕たちみたいな鑑定のスキルを持っていなければ、見つけようがない」
「そういうことか……。でも、なんで初代だけ性格が違うんだ? 普通、記憶は初代のコピーが渡されるんじゃないのか?」
目立たなければ魔王でも気がつけないのは納得だけど、初代だけどうして暴れ回っていたのかは謎だな。
「コピーされるのはこの世界に来る前までの記憶だよ」
「え? それじゃあ初代は、こっちに来てから性格が変わったのか?」
「正解。彼氏を魔族に殺された。それで、彼女は魔族を一人残らず燃やそうとしたんだ」
「ああ、なるほど。それで、魔王の家族たちは焼かれてしまったわけか……」
人の恨みほど怖いものはないからな。
「初代焼却士は強いよ。ルーベラが唯一負けた相手だからね」
「破壊士が負けた?」
あの最強と名高い破壊士が負ける相手って凄いな……。
「そう。彼女は焼却士から命からがら逃げたことがある。まあ、もう九百年は前の話だけど」
「今、焼却士はどこにいるの?」
「さあね。少なくとも、君の身近にはいないよ」
知る必要はないってことか。まあ、知ったところでどうにもできないし、確かに聞いたところで感はあるな。
「了解。今日は色々と教えてくれありがとう」
「こちらこそ、迷惑をかけてしまってすまなかったね」
本当に思っているのか……? なんか、口調が軽いんだよな。
「また、遊びに来てくださいね!」
「はい。また、暇な時にでも」
「新婚生活は何かと忙しいから、当分は無理でしょうね」
「あ~いいな。私もあの頃に戻りた~い」
「その言葉、年寄りみたいよ?」
「はいはい。どうせ私はおばあちゃんですよ~」
「二人ともそんなことで喧嘩しないで、後でちゃんと満足するまで相手してあげるから」
「や、やめなさいよ……子供の前だぞ」
「やだ……今日は寝かせて貰えない……」
「ねえ。あの三人は放っておいて、もう帰らない?」
たく……千年生きても元気なことで。
俺たちそっちのけでイチャイチャし始めた三人のことは放っておいて、もう帰ることにした。
一ヶ月も領地にいなかったらな。エルシーが心配しているだろうし、早く帰らないと。
そう思って、転移を使おうと思ったらちょうどバルスと目があった。
「バルスはこれからどうするの?」
「私ですか~~~? 特に何も決まっていませ~~~ん」
ああ、俺が質問したのがバカだったよ。
「あ、そうだ。じゃま……じゃなくて、暇だろうから、レオのところで働いてきなよ。随分と迷惑かけちゃったわけだし」
おい。今、確かに邪魔って聞こえたぞ!
仲良しだと思ったら、意外と鬱陶しく思っていたんだな。
「良いですね~~~。それじゃあ~~~またお世話になりま~~~す」
本当、調子の良い奴だな。
「はあ、わかったよ。それじゃあ、バルスには隠密の育成を頼むよ」
面倒な男でも、優秀なことに変わりないからな。
俺がこき使ってやろう。
「人材育成ですか~~~? 抜け目ないですね~~~良いですよ~~~」
「それじゃあ、そういうことで帰るよ」
「うん。まあ、好きに生きなよ。僕と違って千年も生きられるわけじゃないんだから」
「いや、百年生きられるだけで十分だよ。でも、そうだね。好きに生きさせて貰うよ」
当分は、平和に暮らしていたい。あと、旅行に行きたいな。
そうだ。帰ったら旅行のプランでも立てるのも良いな。よし。さっさと帰ろう。
「じゃあ、また」
今週の十五日に発売される漫画版二巻をよろしくお願いいたしますm(_ _)m





