第二十二話 不意な別れ
戦争が終わった次の日。
シェリーに魔法を使わないよう監視されている俺は、自分の部屋でゴロゴロしていた。
あと、昨日のことについて少し考えを巡らせていた。
「まさか、王城があんなことになっていたとは……」
王城が吹き飛んでいたのは本当にまさかだった。
「でも、これで良かったんじゃない? 国王を私たちが無理矢理引きずり下ろす必要がなくなったんだし」
「そうだな。それにしても……ゲルト、どうやって奴隷にされた状態であんなことができたんだ?」
確かに、あの愚王をやっつけてくれたのはありがたいが……その方法がとても不可解だった。
あいつ、牢屋に閉じ込められていたはずだよな? それなのに、どうして脱走できた?
それに加えて、どうしてあいつの胸にナイフが刺さっていたんだ?
国王たちと一緒に爆死していたなら……百歩譲って納得出来たが、あの死因はなぞだ。
きっと、あそこには第三者がいたはずだ。
そう……自殺されては困るような誰かがね……。
「隷属の首輪も魔法具なんだし、魔法具の専門家には何かしらの対策があったんじゃないの?」
「そうかもな……。よし。師匠に報告しにいくか」
シェリーの考察にわざわざ口を出して不安にさせるようなことはせず、とりあえずゲルトの死を師匠に伝えることにした。
「師匠……。まだ起きていないのか」
城の一室、ここ最近師匠に貸していた部屋で師匠は静かに眠っていた。
「はい。特に目立った傷はないのですが……。もしかすると、頭の打ち所が悪かったのかもしれません」
そう言うのは、リーナの下で聖魔法の修行を行っているレリアだ。
ベルたちとダンジョンにレベルを上げに行ったリーナの代わりに、師匠の様子を見ていてくれた。
そんなレリアの言葉に、俺は首を傾げた。
「いや……カイトなら、ちゃんと考えて殴っていたと思うんだけどな」
いくら焦っていたとは言っても、カイトならそこら辺の力加減を誤るとは思えない。
だとしたら……師匠が目を覚まさないのは何か訳があるのだろうか?
考えられるとしたら、単純に寝不足や過労な気がする。
師匠、ずっと徹夜で作業していたからな……。
そんなことを考えていると、師匠の顔がピクリと動いた。
そして、少しずつ瞼が開き始めた。
「師匠!!」
「なんだ……俺は死ななかったのか?」
「何を言っているんですか。どこにも傷らしい傷なんてありませんよ」
まったく。頭を殴られて、記憶が飛んだか?
「ああ……そうか。それで……戦争はどうなった?」
「師匠のおかげで、無事俺たちが勝つことができました」
「よせ。俺は大したことはやっていない。でもそうか……勝てたのか……」
俺の勝利報告に、師匠は少しだけ安心した顔をしていた。
少しだけなのは……他にもっと気になることがあるからだろう。
仕方ない。すぐに話してしまうか。
「あと……ゲルトのことですが……」
「何かあったのか?」
ゲルトの名前を聞いた師匠は、もの凄い速さで起き上がった。
もう、今やっと目が覚めたばかりなんだから……少しは自分の体に気を遣ってくれよ。
「……はい。昨日、王城に行ってきたのですが、ゲルトが国王を道連れにして……死んでいました」
俺は昨日見たことをそのまま師匠に伝えた。
師匠はしばらく黙り込んでいた。
何を考えているのかな……息子の死に対しての悲しみ? それとも、最後によくやったという賞賛? それか、また人を殺した事への怒り?
「……あいつが死んだのか」
「はい」
「そうか……」
「……はい」
結局、俺は師匠が何を考えているのかはわからなかった。
その代わり、師匠は久しぶりに口を開いたと思ったら、こんなことを言ってきた。
「それじゃあ……俺も思い残すことはもうないな。レオ、奥さんと幸せになれよ? 決して、俺みたいに子供と奥さんをほったらかしにするような屑になるな」
「心配しなくても大丈夫ですよ。皆、大切にします」
師匠は本当、俺の師匠だよ。
魔法具のことだけじゃなくて、男としての生き方まで教えて貰えた。
ただ……その横になった状態で、今にも死にそうな人が言いそうな言葉を言うのは良くないと思うな。
そんなことを考えていたら、急に師匠の元気がなくなってきた。
「ふう。そうか……ならもう……安心……だ。レオ、げんき……でな」
本当に一瞬だった。慌てて確認した時には、もう既に師匠の心臓は止まっていた。
「おい……嘘だろ? ねえ、師匠? 冗談ですよね? 師匠! 師匠!!」
そう叫びながらいくら強く揺すっても、もう師匠が起きることはなかった。
「そんな……」
師匠、もう少し待ってくれても良いじゃないか。
俺にありがとうくらい言わせてくれよ。
しばらくして、街に出ていたエルシーが部屋に入ってきた。
「レオくん……」
「エルシー」
部屋に入ってきたエルシーの目は、もう既に泣きすぎて俺と同じくらい真っ赤になっていた。
「ホラントさんが亡くなったって本当……ですか?」
エルシーの問いかけに、俺は静かに頷いた。
そして、ベッドの方に目を向けた。
「あ、ああ……ホ、ホラントさん……」
静かに眠る師匠を目にしたエルシーは、ベッドの傍で泣き崩れた。
「ぐす。あなたに奴隷として買って貰えて……私は本当に幸せでした。天国から見ていてください。私頑張って、もっともっとホラント商会を大きくしますから! うう……」
それだけ言って、エルシーはずっと泣き続けた。
そんなエルシーの背中を黙って擦ってあげながら、俺もまた涙を流した。
そして二日後。
勝利の報告を聞いた皇帝がいち早くミュルディーン領にやって来た。
「わざわざお越し頂き、ありがとうございます。本当は僕が出向きたかったのですが……」
シェリーやベルに必要以上に動くことを禁止されていたから、外に出ることすらできなかったんだよね。
まあ、この未知な状態である体のことを考えれば、仕方ない事なんだけど。
「そんな畏まらなくて良いぞ。それに、怪我人を呼び出すほど私も鬼ではない」
「ありがとうございます」
「それで、怪我は大丈夫なのか? シェリーから手紙で聞いたが、魔法を使えなくなるほどの怪我をしたんだろう?」
「はい。勇者との戦いで致命傷を負いまして……今は、創造魔法で誤魔化している状態です」
「それは……大丈夫なのか?」
「わかりません」
本当にわからない。俺に死なれたら困る創造士がこのまま放っておくことはないと思うけど、こうして話している今も魔力が減り続けている状況はかなり危険な気がする。
「そうか……。今回は本当に申し訳なかった」
俺の状態が悪いことを察した皇帝は、俺に向かって深々と頭を下げてきた。
「頭を上げてください。今回ばかりは仕方ないことですよ。僕も油断していました」
「だが……今回の戦争、結局君にだけ負担をかけてしまった。こんなこと、国として絶対にあってはならない。被害に見合った報償は必ずさせて貰う」
「ありがとうございます」
ここで何を言っても聞いて貰えそうにないし、とりあえずそう言っておいた。
別に、今回の戦争は国同士というより、転生者同士の戦いだった気がするんだけどな……。
「それにしても……流石のレオでも勇者相手だと無事では済まされないか」
「そうですね。魔王を倒せる男ですから、僕一人でしたら死んでいましたよ」
「……そうか。それで、勇者はどうしたんだ? 殺してしまったのか? それとも、捕虜にしたのか?」
「いいえ。瀕死にはしてしまいましたが、殺してはいません。それに、捕虜にもせず、今は王国で寝ているはずです」
「王国? レオが送ったのか?」
「はい。カイトに死なれたら困りますから」
「確かに、勇者殿に国王になって貰わなければ帝国としては困るな」
そう。これから王国はとても不安定になる。そんな時に勇者がいないと、王国は絶対に国として成り立たなくなるだろう。
「あ、それと、王位がエレーヌに継承されました」
「ん? それはどういうことだ? あの国王はどうしたんだ?」
「死にました」
「はあ? レオが殺したのか?」
「いいえ」
殺すのも手段の一つとして考えていたけど、そんなすぐに殺そうとは思ってすらいなかったよ。
「それじゃあ、王女が?」
「いえ、ゲルトです。あの、学校を爆破した」
「あの研究者がだと? あいつは帝国を捨てたんじゃないのか?」
「そうでしたけど……最後の最後で罪を償おうとしたのだと思います」
ゲルトの真意は知らないけど、師匠の為にそういうことにしておいた。
「そうか。これで、お前の師匠も少しは報われたな」
「……はい。そうですね」
「ん? どうした? レオの師匠に何かあったのか?」
「実は……師匠、一昨日の昼に亡くなりました。死因はよくわかっていませんが、たぶん過労です」
あれから、色々と師匠に変な傷があったりしないか調べて貰ったが、特に見つかることはなかった。
だから……結局、今まで体に無理をさせ続けていたことが一番の原因ではないか? ということになった。
もしかしたら師匠……無理して生きていたのかもしれないな。
それで、やっとゲルトのことが片付いて……。
「そうだったのか……。惜しい人を帝国は無くしてしまったな」
「はい。僕もそう思います」
「よし。師匠殿の葬儀は帝都で大々的に行おう。帝国一の職人で、帝国一の商会のトップが帝国の為に亡くなったんだ。皇帝自ら感謝の気持ちを伝えなくてはならない」
皇帝自らというのは、勇者以来だ。
まあ、師匠はじいちゃん並に貢献していたと思うから当然か。
「本当は僕がやりたかったのですが……助かります。来週から、僕はちょっとダンジョンに潜らないといけないので」
「ダンジョンだと!? その体で潜るのか?」
案の定、皇帝は信じられないという顔をしていた。
どんな健康な体でも、命知らずじゃなければダンジョンに挑戦なんてしないのがこの世界の常識だからな。
「いや、この体だからこそです。今の僕の状態を詳しく教えてくれる人に会ってきます」
「ダンジョンに人が住んでいるのか?」
「はい。千年も生きている凄い人ですよ」
言われてみれば創造士、俺と同じ人族で千年も生きているのか。
一体、どんな見た目をしているんだろうな……。
「千年……それは確かに、レオも助けて貰えそうだな」
「はい。ただ……この体でダンジョンの奥まで進むのには苦労しそうなんですよね」
「そうだな……。ダミアンを出そうか?」
「いえ。大丈夫ですよ。僕には強い味方がたくさんいますから」
「そうか。まあ、レオの騎士たちなら問題ないだろう。だが、何か助けが必要なら、遠慮なく俺に言ってくれ」
「ありがとうございます」
「気にするな。ふう。それじゃあ、俺は帝都に戻るとする」
「え? 来たばかりではないですか。せめて、一泊していってください」
立ち上がった皇帝が本当に帰ろうとするのを慌てて止めようとした。
いやだって、三日もかけてここに来たのに、一時間もここにいないで引き返そうとしているんだよ?
せめて、シェリーに会ってから帰ればいいのに。
「いや。俺も帰って戦後処理の書類を書かないといけないんだ。こればかりは、俺自身がやらないといけないからな。それと、師匠殿の葬儀の準備もしておく」
「……わかりました。よろしくお願いします」
皇帝も忙しいことを理解した俺は、素直に下がって頭を下げた。
「ああ。レオも気をつけてダンジョンに挑めよ」
「はい。元気になったらすぐにそちらに向かいます」
「そうか。そしたら、結婚式の話でもしよう」
「結婚式……そうですね。わかりました」
そうだ。俺も今年中に結婚するんだったな。
結婚か……。
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