第十七話 大切な人の為に②
SIDE:ホラント
全ての住民が地下市街に避難している中、俺は工房から爆発音が響いている城壁に目を向けていた。
どうやら……懸念していた魔砲によって、壁が少しずつ削られているようだ。
はあ、ゲルトの奴もまだまだだな。俺なら、一発であの壁をぶち破れる。
とは言っても、連発ができるというのは褒めても良いな。
ただ、連発ができたとしても壁に穴を開けるよりも早く、魔力が尽きるだろうな。
魔砲は一機だけなのだろう? それなら、王国があの壁を突破するのは無理だ。
そんなことを考えていると……壁に三本の切れ目が走り、一人の男が壁を蹴り破ってきた。
「なるほど……威力が足りない分は勇者に頼ったか」
よく考えているじゃないか。
あの分厚い城壁を突破するとは、恐れ入った。
「おっと。賞賛している場合ではなかったな。こうなったら、俺が勇者を止めなくては」
部屋に立てかけてあった鎧を急いで装着し、急いで勇者の所に向かった。
「くそ……一人、やられてしまった。噂通り、今代の勇者は凄い速さだな」
鎧を装着している間に、一人の騎士が勇者に斬られてしまった。
良い一撃を入れられたものの、最後のあれはどう頑張っても防ぎようがなかったな。
「この鎧でも、一撃耐えられるかどうかだな」
この日の為……ではないが、これまで全ての時間を費やして作った俺専用の鎧と大剣。
これ以上ない出来であるという自信がある。これなら、絶対勇者にも勝てる。
そう自分に言い聞かせ、俺は勇者の目の前に立ち塞がった。
「その剣と鎧……バカ息子が作ったのか?」
俺なら一目見てわかる。勇者の身につけている物は、ただの鎧と剣ではなかった。
あいつ……仕事が雑だな。もっと、効率良く魔力を使えるだろう。
「バカ……息子? あなた、ゲルトさんのお父さんなのですか!?」
「ああ。そうだよ」
「そうですか……すみません。ゲルトさんにはとてもお世話になっているんです。あなたを傷つけたくありません。どうか、退いてくださいませんか?」
はあ? 本気で言っているのか? いや……この申し訳なそうな顔は本気だな。
だが、
「断る!」
「ど、どうして……あなたは魔法具職人なのでしょう? 戦う必要はないじゃないですか!」
「戦う必要はあるんだよ。俺は息子が犯した罪をこの身で償うと決めたんだ。ここで死のうと構わない!」
「ゲルトさんが侵した罪……帝国でたくさんの人を殺したことですか?」
少しは勇者も、あいつが何をやらかしたのかは知っているみたいだな。
ただ、情報が不十分だ。
「単に兵士を殺したのとは訳が違う。あいつは、何の関係もない女子供をたくさん殺した。しかも、殺し方が爆発と呪いというとても残虐だった……。いいか? あいつは裁かれないといけない人間なんだよ」
あいつがやったのは単なる殺しなんかじゃない。この世でもっとも許されないことをあいつはしたんだ。
そんなことをあいつがやったことをやっと理解したのか、勇者の顔からショックを受けていることがすぐに見て取れた。
「そ、そんな……。あのゲルトさんがそんなことをしていたんだなんて」
「それで、ゲルトの罪に免じてお前が退く気にはなったか?」
「……いや。俺も大切な人の命がかかっているんだ」
「そうか。なら、来い」
勇者が剣を抜いたのを見て、俺も背中の大剣を抜いた。
鎧による助けがなかったら、こんな大剣を振り回すなんてとても無理だった。
魔石をくれたレオには、本当に感謝だな。
そんなことを考えながら、俺は勇者に剣を振り下ろした。
どうやら勇者は、俺と力勝負をしたいみたいだ。俺の剣を受け止めてくれた。
正直、速さの勝負では勝ち目がないからありがたい。
「ぐっ……なんて力だ。それに、どうして俺の攻撃が効かないんだ?」
攻撃というのは、この雷のことか?
それなら残念、この鎧には相手の魔法による攻撃を全て魔力に変換して、吸収してしまう機能がついている。
「どうだ。俺の人生を全て詰め込んだ最高傑作は?」
「……とても凄いです。ゲルトさんのお父さんだってことも頷けます」
本当、ゲルトは勇者に慕われているんだな。
王国では、少しでも罪を償っていたのか?
「あのバカ息子は今、王国で何をしているんだ?」
「……」
答えないということは、そういうことだな。
勇者の話を聞いて、少しでも期待した俺がバカだった。
「やはり、碌でもないことをしているみたいだな」
「そ、それは、隷属首輪で仕方なくやらされているだけで……」
「はあ、あいつはまた人様に迷惑をかけているんだな」
「……そんなことないです。僕は……この世界に来てからたくさん彼に助けて貰いました。この首輪の効果を消してくれたり、僕の為に鎧や剣を作ってくれたり……とにかく助けられました。ゲルトさんがいなかったら、僕はここまで来ることはできなかったと思います」
まあ、あいつなりに少しは良いことをしていたらしいな。だが、それはあいつがやったことに比べれば、誤差の範囲だ。
「そうか。何と言われようと俺は自分の考えを曲げないし、ここは通さないぞ」
俺は、起動装置に魔力を流し、鎧の力を解放した。
「きゅ、急に力が強くなった」
「ふははは。これが俺にとって最後の戦いだ! 勇者と戦って死ねるなんて、これ以上になく光栄だな!」
勇者の苦しい顔を見て高笑いしながら、更に力を強めた。
この鎧の最終奥義、自分の生きる力を使って限界まで身体能力を高めるというものだ。
要するに、寿命を削って強くなれるという機能だ。
俺の寿命が何年残っていたかは知らねえが、勇者を叩き切るには十分だろ!
俺は一度剣を持ち上げ、もう一度勇者に振り下ろした。
そして、転げるように避けた勇者を思いっきり蹴り飛ばした。
流石の勇者でも、今の蹴りを貰ったら歩くことすらできないだろう……。
そう思ったのだが、勇者はふらふらになりながらも立ち上がった。
「ちくしょう……。もう、これ以上は使いたくないのに」
「何を使いたくない……ぐぅ」
気がついたら、俺は倒れていた。
後から来る頭痛に、頭を殴られたことがわかった。
こいつ……わざと俺を殺さないようにしたな?
「はあ。また、使わされてしまった。レオとは、なるべく早く決着をつけないといけないな」
「何を言っているかはわからないが、まだ俺は戦えるぞ」
朦朧とする意識を気合いで立て直し、俺はもう一度勇者に剣を向けた。
「嘘だろ……」
「来ないなら俺から行く」
俺は最後の力を振り絞って、勇者に向かって剣を振り下ろした。
「くそ。俺はあなたを殺したくない!」
「そんなこと知るか~~~!!」
ガッダン!!
渾身の一発は、地面を抉っただけだった。
勇者は……背後にいた。
「わかりました……残念です」
ああ、俺もこれで終わりか。
斬られることを覚悟して、俺は目を瞑った。
カキン!
「お師匠様、お疲れ様です。私が変わります」
剣同士がぶつかり合う音と聞き覚えのある声に、俺は驚きつつ振り向いた。
そこには……獣と人が混ざったような……メイドがいた。
「その声……レオのメイドだよな?」
ああ。そういえば、獣人族だったな。
凄いな。獣人族というのは、こうやって自分の体を強化できるのか。
「はい。ちょっと、見た目は変わっていますが、メイドのベルです」
「そうか。すまんな。もう、手助けしてやれる力は残っていない」
「いえ、あれだけ傷を負わせて貰えれば十分です。後は私に任せて、ゆっくりとお休みください」
「ああ、後は頼んだ……」
ベルの力強い返事に安心して、俺はそのまま意識を手放した。
ああ、色々と失敗の多い人生だったが、レオ……お前のおかげで楽しい人生にすることができたよ。
心残りはあるが……それくらいは勇者と戦ったお駄賃としてレオが解決してくれるだろう。
頼んだぞ……レオ。