第十六話 大切な人の為に①
SIDE:スタン
俺は十代を教国で傭兵として過ごしていた。
あの国は常に内乱状態で、暗殺者や俺みたいな傭兵の需要がとても高かった。
傭兵としては最強と言われるくらいの実力を持ち、教国の精鋭である聖騎士に何度もスカウトされるくらいの実力はあった。
スカウトは……まあ、全て断っていた。俺は元々、誰にも縛られず自由に生きたいという考えの人間だった。だから、貴族や教皇の騎士になって、戦いたくもない相手と戦うのはまっぴらごめんだった。
傭兵なら、自分が戦いたい相手、場所、時間を選ぶことができる。
ただ……そんな生き方は、あまり傭兵としては良くなかったみたいだ。
俺はあまりにも味方をころころと変えていたせいで、気がつけば教国に味方は誰一人としていなくなってしまっていた。
それだけでなく、多くの貴族が俺を裏切り者として指名手配を出してしまった。
いくら俺でも、国が相手では勝ち目がない。
教国で生きていけなくなってしまった私は、名前をブルーノから今のスタンに変えて帝国に逃げることにした。
傭兵の需要がない帝国に入ってからは、冒険者として生きていた。
冒険者としての生活は……持ち前の力で生きていくのに困らないくらいの金を稼ぐことはできていた。
ただ、傭兵の時に稼いでいた金額に比べれば本当に少なかった。
今思えば、冒険者としては十分稼いでいる方だったのだろう。それでも、少し前まで大金を稼いでいた俺からしたら、自分はとても質素な生活を強いられていると感じていた。
そんな時、最近貴族になったミュルディーンが破格の報酬で騎士を募集しているという情報が耳に入った。
もう、傭兵の時の考えなどどうでも良かった。
変なプライドよりも、金の方が何倍も大事だと気がついたからな。
そんな感じで、俺は不純な理由でミュルディーン騎士団の入団試験を受けた。
あの日のことは今でも忘れない……。
午前中の面接試験、俺は傭兵の時に培ってきた貴族相手の交渉術を見せてやろうと意気込んでいた。
案内された椅子に座って試験官と目が合うまでは……。
傭兵や冒険者という男の世界には絶対いない物静かで知的な女性……そんな初めて出会うタイプのフレアに、俺は心を奪われてしまった。
面接で何を話したのかは、特に覚えていない。
気がついたら、午後の実技試験だった。
実技試験では、少しでもフレアに良いところを見せようと挑んだ。
まあ、結果は完敗だった。
俺の攻撃は一切団長には通じなく、簡単に倒されてしまった。
初めて挫折というものを味わった。
そして、自分を厚く覆っていた驕りという名のメッキが剥がされたような気がした。
それから、騎士団に入団してからは傭兵の時の変なプライドや金のことなど頭の中から捨て、強くなりたい一心で修行を重ねた。
無属性魔法に始まり、土魔法、風魔法……それらを混ぜた剣術、使えそうなものは全て自分の物にした。
そして、開催された第一回騎士団最強決定戦。
俺は今度こそ、フレアに良いところを見せようと張り切っていた。
ライバルは多い。騎士団最強の三人組の他にも、我が騎士団は選りすぐりの強者しかいない。
いつ、誰に負けてもおかしくないのだ。
予想通り、予選から大波乱となった。
魔法が使える私は集中的に狙われ、終わったときの感想は『なんとか生き残れた』だった。
予選の結果を受け、気を引き締めて挑戦した一回戦はそこまで苦戦しなかった。
問題は、二回戦で当たったケルだ。
元々、最強三人組と並んでベスト4に入れるのはケルと多くの騎士たちが予想していた。
それくらい、当時のケルは波に乗っていた。
だからこそ、ケルに勝てたときは本当に嬉しかった。
嬉しくてつい、レオ様の近くに座っていたフレアに向かって『やったぞ!』という顔を向けてしまった。
急に目を向けられて驚いていたけど、フレアはにっこりと微笑んで拍手してくれた。
あれをされただけで、俺の疲労なんてどこかに飛んでいってしまった。
まあ、そのあとヘルマンにボコボコにされてしまったんだが。
そして……あの最強決定戦の次の日、レオンス様に剣を造って貰うために団長と城へと来ていた時だった。
たまたま、本当に偶然、フレアと廊下ですれ違ったのだ。
あちらも俺たちに気がついて『昨日はお疲れ様でした。二人とも、凄く格好良かったですよ』と声をかけてくれた。
そしてあの時……あまりの嬉しさと、このタイミングを逃したら次の機会はいつになるかわからない! という焦りに血迷い、団長がいることを忘れて盛大に告白してしまった。
今思えば、普通は気持ち悪がられて断られて終わっていてもおかしくなかっただろう。
そうならなかったのは、フレアが優しかったからかな。
『すぐにお付き合いすることはできませんが……今度、二人でお食事するくらいなら良いですよ』
そう言って貰えた時は、断られなくて良かったという安心感と食事に誘って貰えた嬉しさで、すぐにでも泣いてしまいそうだった。
それから、フレアを団長に勧められた高級レストランに招待し、なんとかお付き合いして貰えることになった。
レストランでどんな話をしたのかは……緊張のせいであまり記憶にないんだよな。
俺の傭兵時代の武勇伝を話した気がするんだけど。いつの戦いについて話したかは覚えていない。
傭兵時代に敵陣で孤立した時でも、あそこまでの緊張感は味わえなかったな……。
これから、あんなに緊張するような出来事はないだろう。
そう思っていたのだが……。
勇者を前にしたときの緊張感は、あの時にも負けないものだった。
数分前……
「おい! 穴を開けられてしまったぞ!」
「や、やばい! 今、勇者に勝てる騎士はいないぞ!」
勇者に城壁を突破されてしまったことに、俺を含めた魔法騎士や冒険者たちに動揺と混乱が巻き起こった。
勇者があそこまで魔法を凌いでしまうとは思わなかった。後半なんて、シェリア様の攻撃も合わせた集中攻撃だったにもかかわらず、魔砲を壊すことはできなかった。
これは……どうするべきだったんだ?
「いや。今はそんなことを考えている時間はない! 総員! 壁の外にいる奴らに攻撃を続けろ! いいか!? 絶対、勇者以外一人もいれるんじゃないぞ!」
我に返った俺は、急いで攻撃を再開するように指示を飛ばした。
そして、私の声を聞いた部下たちは皆、ハッとして俺の方を見てきた。
どうやら、数人俺の考えていることがわかったようだ。
「ゆ、勇者の方は……」
「心配するな! 俺が戦う!」
「そ、そんな! いくら団長だって言っても、流石に無茶です!」
「無茶でも行くしかないだろ! 全ての責任は俺にある。まあ、これでもミュルディーン騎士団で四番目の男だ。心配する必要はない」
俺が戦わなくて誰が勇者と戦うと言うのだ。
まさか、総大将のレオンス様と戦わせるわけにはいかない。
「は、はい……ご武運を」
「おう」
部下たちの心配そうな表情に背を向け、俺は勇者と戦う為に城壁を飛び降りた。
ふう。フレアも見ているんだ。ここでかっこ悪い姿なんて見せられない。
「よし。思っていた通り、混乱しているな。相手が混乱している内に、俺はレオのいるところに……」
「行かせないぞ」
なんとか間に合った。俺は、再び走り始めようとしていた勇者の進行方向を妨げる様に着地した。
「お前は?」
「スタンだ。ミュルディーン魔法騎士団団長だよ。ここは、死んでも通さない」
そう言って、俺は剣を抜いた。
レオンス様に頂いた特別な剣だ。これがあれば、不意打ちの一つや二つ決まってくれるだろう。
「悪いけど……僕も大切な人の命がかかっている。絶対に通らせて貰うよ」
「そうか」
そんなのは、戦争では当たり前のことじゃないか。
こっちも大切な人を守る為に戦っているんだ。そんなのを聞いて、手加減をするはずがないだろう。
まあ、誰かを守る為の戦争なんて俺も初めてなのだが……。
そんなことを考えながら、俺は牽制程度に魔法を飛ばした。
もちろん。勇者には光の盾で全て防がれてしまった。
「やっぱり、あの盾が面倒だな。不意を突かないと」
「誰の不意を突くって?」
「ちっ」
目に見えない速さで近づいてきた勇者をなんとか、土魔法で壁を造ることで回避した。
なるほど、これは速いな。
「今ので、倒せないのか」
逆に今の手を抜いた攻撃で俺を倒せると思ったのか?
ふん。随分と舐められたもんだな。
「お前よりもっとズルいスキルを持っていて、お前と同じくらい速い奴と普段から訓練しているからな!」
なんなら、アルマの方がこいつよりも動きが変則的だからやりづらい。
勇者は、圧倒的なステータスにまだ剣術が追いついてない感じがする。
まあ、と言っても格上であることは変わりないのだが。
「いや、これはまだ本気じゃないよ」
「そんなのことは知っている!」
勇者が斬撃を飛ばしたのに合わせて、俺も斬撃を飛ばした。
「お前も……」
「俺はこれだけじゃないぞ!」
お前も斬撃を飛ばせるのか? という質問に、剣を地面に刺して答えた。
「ゴーレムを召喚できるのか……」
そう。俺の剣は、地面からオーク並の巨大なゴーレムを作り出すことができるのだ!
「でも、こんなのが増えたところで結果は変わらないよ」
「果たして、本当にそうかな?」
ゴーレムを斬った勇者に向かって、俺はニヤリと笑った。
「な、なんだこのゴーレムは」
「特別製のゴーレムなんでね。弱点を探しても意味がないぞ!」
このゴーレムは剣が壊れない限り死ぬことはない。
不死身のゴーレムなら、勇者相手でも盾役として十分だろう。
「そうか。なら、召喚者を倒すだけだ」
「やれるもんならやってみな!」
ゴーレムを諦め、俺の方に向かってきた勇者を土魔法で地面を持ち上げたり陥没させたりして上手く避ける。
いくら足が速かろうと、地面が不安定では上手く走れまい。
勇者は斬撃を飛ばす以外に遠距離による攻撃方法はない。だから、近づけさせなければ、いつかは勝てる。
「本当に厄介な相手だな」
「そんなことをあの勇者様に言って頂けるなんて光栄だな!」
今度は俺の番だ。
魔法を飛ばして光の盾を正面に集中させ、下から土魔法で勇者を打ち上げ、上で待ち構えていたゴーレムによって思いっきり地面に叩きつけた。
「くっ」
「ここまでしてやっと一発か」
だが、この一発は流石に効いただろう。
「……肋骨にひびが入った気がする」
「それは嬉しい報告だな。この調子で、お前を戦闘不能にしてやる」
「いや、もう油断しない」
「は?」
気がついたら勇者が後ろにいて、俺の体から血しぶきが上がっていた。
くそ……十倍速は目でも追えないか。
「やっと一人……この調子で俺は大丈夫なのか? いや、そんなことは考えないで次に進もう」
「ま、待て……」
倒れ込み、もう体にほとんど力を入れられない俺は、勇者に向かって手を伸ばすことしかできなかった。
「本当にあなたは凄いな。ここまで強い相手は久しぶりだった」
「くそ……」
レオンス様、すみません。それと、フレア……かっこ悪くてごめんな。
SIDE:レオンス
「いやあああ!」
フレアさんが普段の冷静な姿からは考えられない様な声と声量で、悲鳴をあげていた。
「フレアさん、落ち着いて。まだスタンは死んでいない。おい! 急いで、リーナをスタンのところに派遣させろ!」
フレアさんをなんとか落ち着かせつつ、俺は指示を飛ばした。
頼む。スタン、生きていてくれ。
「くそ……カイト、随分と本気じゃないか。あいつ、どうしたんだよ」
カイトなら、人を殺すのは躊躇うだろうと考えていた自分を今すぐにでも殴りたい。
だが、今はそんなことをしている時間はない。今すぐ、俺がカイトを止めないと。
「待ってください。レオ様は絶対に出てはいけません!」
俺が城から飛び出そうと席を立つと、ベルに凄い強さで止められた。
「なら、誰があいつと戦えると言うんだ! ……スタンがやられてしまったんだぞ!」
これが八つ当たりなのはわかっている。でも、怒鳴らずにはいられなかった。
「それでも、レオ様が戦うのは最後の手段です。レオ様は、ここで見ていてください」
俺を無理矢理座らせたベルは、にっこりと笑うと俺に背を向けた。
まさか……。
「おい、ベル! 何を考えているんだ!」
カイトと戦おうとしていることに気がついた俺は、すぐに止めようと立ち上がろうとした。
そんな瞬間、モニターから一人のおっさんの声が聞こえてきた。
『おい。坊主、ここから先には行かせないぞ』
「「え?」」
「お、おい。し、師匠がどうして……」
モニターに目を向けると、重そうな鎧を装備している師匠が立っていた。