第十四話 覚悟
「よしよし。上手くいった。戦わずして、敵を三分の一も減らせたのは大きいぞ」
傭兵たちが王国騎士たちから離れていくのを眺めながら、俺はぐっと拳を握りしめた。
やっぱり、あの傭兵たちは盗賊に毛が生えた程度の奴らだったんだ。簡単に抜け出してくれて助かった。
あとは、盗賊退治を終えた騎士たちに傭兵たちを処分して貰えれば完璧だな。
タイミングとしては、明日にも兄さんやベルノルトのところに盗賊たちが到着するみたいだし、三日後の夜に傭兵たちの寝込みを襲おう。
「凄いですね。バルスさん」
「そうだな。本当、あいつは俺のところに来るまで何をしていたんだ?」
今回、バルスは傭兵に紛れ込んで、一人だけで二千もの傭兵たちを操ってしまった。
そんなとんでもない奴が俺のところに来るまで何をしていたのか、非常に気になるところだ。
「どこかの国でスパイとして雇われていたのでしょうか?」
「王国にあんな優秀な奴がいたとは思わないし、教国で雇われたのかもしれないな。あそこ、権力争いに手段を選ばないし」
リーナの話を聞くに、平気で家族を暗殺するような国だからな。
暗殺者やスパイのレベルは帝国よりも高そうだ。
コンコン
「失礼します。あ、何か大事なお話をしていらっしゃいましたか?」
バルスの出身について考えていると、エルシーがドアから顔を覗かせていた。
「単なる世間話だから気にしなくて大丈夫だよ。それより、冒険者の方は揃えられた?」
「はい。全ての商会から許可を頂けました」
「おお、それは良かった。魔銃と魔石の方は?」
「はい。今、魔銃は帝都の職人たちが徹夜で生産してくださっています。魔石の方も、街にいる全ての魔法使いを総動員できたので、思っていた以上にたくさんの魔石を用意できそうです」
思っていた以上だな……。俺たちが盗賊の相手をしている間に、ここまで根回しをしてくれるとは。
「この短時間でそこまでの成果を上げるなんて本当に凄いな。エルシーには、頭が上がらないよ」
「そうですか? それなら、落ち着いたらデートでもしてください」
「もちろん。喜んでするよ」
「ふふふ。その言葉を聞いたら、またやる気が出てきました」
「それは良かった。無理はしないでね」
「心配しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと適度に休んでいますから」
「それなら良いけど。ふう。傭兵の成果に加えてエルシーのおかげで……相手の力を削ぎつつ、俺たちは万全の準備が整えられた。これで、ほとんど俺たちが負けることはないだろう。負けるとしたら……」
「「負けるとしたら?」」
「俺がカイトに殺されることくらいかな」
この戦争で残された負ける可能性としたら、これだけだろう。
「え? それは……」
「縁起でもないことを言わないでください。レオ様には、私が指一本触れさせませんのでご安心を」
俺の何気ない一言に、エルシーは言葉を失い、ベルは力強く俺の手を握ってきた。
ちょっと……いや、めっちゃ手が痛いけど、これは心配させちゃった罰だな。
「そうだな。まあ、頼りにしているよ」
「はい。任せてください!」
とは言ったものの、その時になったらベルに戦わせるなんて俺にはできないだろうな……。
「おい! レオはいるか!」
「お待ちください」
「ん? 何か揉めているのか? というか、この声は……」
俺は慌てて部屋から出た。
「師匠!」
「レオ! ここにいたのか」
「師匠、どうしてここに?」
いつかは戦争のことを嗅ぎつけてここに来るとは思っていたけど……やっぱり来た。
「そりゃあ、馬鹿息子の借りを返すためさ。帝都の職人たちに聞いて、急いで飛んできた」
「えっと……。これからやれることって限られていまして……師匠には魔銃の大量生産を頼んでも良いでしょうか?」
「もちろん構わないが……」
俺の提案に、師匠は不満そうな顔をした。
そりゃあ、ゲルトをぶん殴るつもりで来たわけだからな。
「すみません。今回、ゲルトは戦争に参加していないみたいなんです。もしかしたら、何か企んでいるのかもしれませんが、王国に残っています。ですから、ゲルトと決着をつけるのは戦争が終わってからにしません?」
「ああ、そういうことならわかった。今回は、魔法具で戦争に貢献するとしようじゃないか。それで、工房はどこにある?」
ふう。なんとか納得して貰えた。
でも正直、師匠が来てくれて助かった。魔銃はあればあるほどありがたいからね。
「すまないけどエルシー、師匠を案内してくれる?」
「もちろんです。ホラントさん、ついて来てください」
「おお~。エルシー、見ない間に随分と美人になってしまったな」
そういえば師匠、エルシーと会うのは久しぶりか。
ずっと自分の店に籠もっていれば会う機会もないし。そりゃあそうだな。
「そうですか? ありがとうございます」
「やっぱり来たな」
「でも、これで魔銃の心配はなくなりましたね」
「そうだな。あと俺ができることは……待つことだけだ」
「はい。レオ様は十分働きました。あとは、ゆっくりと体を休めておいてください」
そんな心配しなくても良いのに。まあ、素直に従っておくか。
「わかったよ……。それじゃあゆっくりしながら、魔石に魔力を注いでいようかな。ベルも一緒にどう?」
「相変わらず休もうとしませんね……。まあ、それくらいなら構いませんが」
それから、俺たちはイチャイチャしながら魔石に魔力を注いでいた。
SIDE:カイト
「この調子で行ったら、到着まであとどのくらいですか?」
現在、傭兵たちもいなくなり、出発したときに比べて随分と少なくなってしまった仲間たちと全速力でミュルディーンに向かっていた。
将軍としては、盗賊たちと戦っているレオの騎士たちが戻る前に到着したいらしい。
「三日で着きたいところだが……四、五日と言ったところかな」
「いよいよですね」
早くて四日後、ついに最終決戦が始まるのか。
「ああ。いよいよだ。期待しているぞ。勇者」
「出来る限り頑張りますよ」
「いや。出来る限りでは困る。お前には、死んでも活躍して貰わないと」
「はい?」
死んでも……?
「本当はこの手を使う気は無かったんだが……仕方ない。もう、俺たちに残された手段は一つだけになってしまったからな」
「ど、どういうことですか?」
もしかして……この人、盗賊や傭兵たちと同じように俺を囮として使うつもりなのか?
「今、お前の愛する姫様は人質になって貰っている」
「いや……嘘だ」
エレーヌの護衛には、アーロンさんが着いている。
あの人は、今の剣聖相手でも負けることはない。
「嘘じゃないさ。今頃、姫様はゲルトが用意した爆弾の部屋に監禁されているだろうよ」
ゲルトさん……。くそ。将軍は、このためにゲルトを王都に置いてきたのか。
「そこまでしないといけなかったのですか?」
「お前は勘違いしている。俺は、国の為とか世界の為に頑張れる正義の味方ではない。自分が生き残るためなら、平気で他人を蹴落とすし、利用する」
「でも……今回、負けたとしても……」
「お前は生き残れるかもしれないな。だが、俺はこの戦争の責任者だ。負けたら馬鹿な戦争を仕掛けた王国の責任者として殺される」
そういうことか……。くそ! これ、何て言えば良いんだよ。
「……だとしても、エレーヌを人質に取るなんて」
「ああ。ここまでしないと、お前は本気を出さないだろ? レオンスと裏で仲良くなってしまったんだからな」
なんだと……俺たちが裏でやっていたことがバレていた?
「はっ。やっぱりな。そんな気がしていたんだよ」
「そ、そんなことしなくたって本気を出す!」
鎌をかけられ、俺の言葉にどんどん余裕がなくなってきた。
くそ。もう、どうしようもないのか?
「そんな言葉を信用するはずがないだろう」
「……」
何も言葉が思いつかない。
「本当は、首輪の力を使って無理矢理戦わせるつもりだったんだけどな。それができなかったから、俺は違う手段でお前を本気にさせたんだ」
「……」
将軍に指摘されて、俺は自分の首に手を持っていった。
この世界に来てからずっと着けている隷属の首輪。ゲルトさんに壊して貰ってからは、単なる飾りになっていた首輪。
これを壊していなければ……エレーヌが危険になることはなかったのか?
俺は死んでしまうかもしれないが、エレーヌは助かったかもしれない。
「もう今回の戦争は、お前が敵の大将であるレオンスの首を取る以外で勝つ手段はないのだよ」
「だからって……」
「恨みたければ思う存分恨めば良い。お前が負ければ俺も死ぬ」
「くそ……」
「ということで、勇者の底力に期待しているぞ」
俺から離れていく将軍の背中に剣を飛ばすのをなんとかこらえ、俺は次の戦いのことに意識を向けた。
どうにかして……レオに勝たないと……。





