第十三話 次に向けて
「三人ともお疲れ様。怪我とかしてない?」
現在、俺は北の主要都市に派遣していた騎士たちを迎えに来ていた。
被害状況は先に聞いていたけど、それでも三人に怪我がないか見てしまう。
「はい。私たちは掠り傷一つありません。ただ、新人数人が怪我をしたので、リーナ様に治療して頂きたいです」
「はい。任せてください。それでは、さっそく怪我した方々のところに案内してください」
「それじゃあ、私が」
「はあ。死人が出なかったのは幸運でしかないな。本当、皆には無理をさせてすまなかった」
アルマに案内されて行くリーナの背中を見ながら、俺はため息をついてしまった。
今後、こんな無茶はしないようにしないと。
相手がとても兵とは呼べない盗賊だったから良かったけど、これが十分に訓練されていた兵だったらここまで小さな被害で収まることはなかっただろう。
「いや……今回は仕方がなかったわ」
「そうだな。ただ、騎士の質を求めるのもいいが、これからは数も気にしないといけないな。時には、戦いには質よりも量が重要になることがある」
「うん。ギーレの言う通りだね。戦争が終わったら方針を変えるよ。忠告ありがとう」
戦争が終われば王国のスパイを心配する必要もないし、求めるハードルを思いっきり下げても大丈夫だろう。
「ふん」
「反省会はこの辺にして、奇襲作戦をどうするのか話し合わない? これから、私たちが行うのでしょ?」
「奇襲作戦……やるべきだと思います? 俺的には、当初予定していたメンバーを用意できない現状、あまりやりたくない」
「私たち三人がいれば、補給物資ぐらいなら焼けると思うが?」
「そうかもしれないが、確実一人か二人はカイトにやられる」
たぶん、相手に与える被害と同じくらいこっちも痛手を負うことになると思うぞ。
「私でもですか?」
リーナの案内を終えて戻ってきたアルマの表情には、不満と書かれていた。
そりゃあ、王国から帰ってからずっとカイトにリベンジする為に頑張ってきたわけだからな。
「ああ。そう簡単に負けることはないだろうが、勝つこともできないだろうな。勝率で言えば、6:4でカイトの方が高いな」
若干でも相手の方が強いなら、敵地で戦わないといけないアルマに勝ち目はないだろう。
「そうですね……奇襲はやめておきましょう」
「ああ。私も、無理をする必要はないと思うぞ。それに、魔法の有利を使うならやはりあの城壁を使うのが一番だろう」
「そうね。魔砲を壊せないのは残念だけど、その対策は後で考えればいいわ」
「まあ、と言っても一応手は打ってあるんだけどね……」
あいつ、今頃上手くやってるかな?
SIDE:エドモント
「はあ、やはり俺の作戦は筒抜けのようだ」
盗賊達が完敗したと聞いて、私は密偵が軍の中に紛れ込んでいることを確信した。
まあ、それを前提に考えた作戦だから、特に痛くもないのだが。
「やっぱり、裏切り者が?」
「まあ、いるだろうな。王国は、こんな時でも足の引っ張り合いだ」
帝国の密偵だけじゃなく、帝国に寝返った貴族の騎士がいてもおかしくない。
だから、裏切りそうな貴族の騎士を順に前の方に配置しておいている。
「本当。帝国に勝つ気があるのでしょうか……」
「さあな。まあ、こんな馬鹿どものあつまりだから、こんな戦争が成り立ってしまう」
真っ当な人間たちの集まりなら、こんな絶対勝てないような戦争を仕掛けたりしない。
「そうですね……」
「しょ、将軍!!」
「どうした!?」
騎士が慌てて前からやってきたのを見て、私はすぐに奇襲されたと考えに至った。
くそ。盗賊だけでは囮には不十分だったか。
「傭兵たちが引き返そうとしてます!」
「はあ? 傭兵だと……?」
「どけ! 道を開けろ!」
「そうだ! 俺たちはもう、お前らに手なんて貸さないぞ!」
「お前らも死にたくなかったら引き返すことだな!」
報告に来た騎士に案内され、傭兵たちの様子を見に行くと……報告通り、止める騎士達を押しのけながらでも引き返そうとしていた。
「おい。これはどういうことかな?」
「知るか! お前らが俺たちを騙したのが悪い!」
騙した? 何を言っているんだ?
「はあ、下っ端では話にならん。お前らの頭を呼んでこい」
「俺ならここにいるぞ」
俺が呼ぶと、傭兵の頭が奥から出てきた。
盗賊みたいな野蛮な見た目をしているが、装備がしっかりしている分盗賊たちよりも厄介だな。
「おい……これは契約違反ではないか? 契約を守らなくて、傭兵とやっていけるのか?」
「いいや。これは契約違反ではないぞ」
「はあ……今、お前達がしていることは、何を持って契約違反ではないと主張するんだ?」
一回も戦わずに逃げる傭兵がどこにいるんだよ。せめて、一回くらい敵と衝突してから帰れ。
「契約の際に俺はお前に従う条件を三つ用意したはずだ。一つ、報酬を前払いすること。二つ、お前が正しい指示を出すこと。そして三つ目……俺たちを捨て駒にしないこと」
「ああ……それで、俺がお前達を捨て駒にしていると言いたいのか?」
くそ。思っていた以上に作戦が筒抜けじゃないか。
まずいな……。そうするつもりだっただけに、こいつらを納得させるのは難しいぞ。
「そうだ。現に、お前達は盗賊達を捨て駒として扱っただろう? そして今、俺たちは盗賊達の代わりに最前列でお前達の盾にされているじゃないか。次は、俺たちなのだろう?」
「はあ……。俺はお前達に一から全て説明してやらないといけないのか? いつ裏切るかわからない盗賊を騎士たちと同じ扱いをするはずがないだろ」
「お前の思惑なんて知るか。どう考えても、俺たちは捨て駒にされる。そう考えただけだ」
「はあ……。わかった。お前らは引き返せ」
「はい!? 将軍!」
俺の一言に、部下たちが驚きの声を上げた。
「こんな奴ら、傍に置いといても、何をされるかわからん」
こいつらの中に間違いなく帝国の人間が紛れてる。
いや、もしかすると元々傭兵は帝国に雇われていて、ここで引き返して俺たちを混乱させるように命令されていたのかもしれない。
そう考えると、ここで無理に引き留めようとしても、損しか出ないだろう。
「ふん。言っておけ」
「将軍……」
傭兵たちの後ろ姿を見ながら、カイトが何か言いたそうにしていた。
まあ、これで俺たちは四千人。三分の一を失ってしまったわけだ。
文句の一つは言いたいだろう。
「仕方ないだろ。あいつら一応傭兵だが、普段やっていることはほとんど盗賊と変わらないんだぞ? そんな奴らに、背中を任せられるか?」
「やはり……将軍は、あいつらを捨て駒として使うつもりだったのですね」
お、カイトも頭が回るようになってきたな。
背中を任せられないなら、囮や捨て駒として使う。
ただ、それができなくなったのなら一緒にいる必要はないだろうってことだ。
「ああ。最後に囮として使うつもりだった」
予定通りに進んでいたら、彼らには俺たちと別れて補給部隊を襲うように指示するつもりだった。
もちろん。補給部隊にあいつらが勝てると思っていないから、盗賊たちと同様に少しでも敵を引き寄せるための囮だった。
「だからって、二千の兵は諦めるのは……」
「あいつらの中に帝国の密偵がいると思うし、盛大に裏切られる前に捨てて行った方が良い。戦い中に仲間割れが始まったら悲惨だぞ?」
今は二千を失っただけで済んだが、戦争中に裏切られたらその倍は兵を失うことになるだろう。
「そうですね……わかりました」
カイトも俺の考えを理解してくれたみたいだ。
「はあ、これでもう絡め手は使えない。後は、正面から削り合うしかなくなってしまった……」
正直、もうほとんど勝ち目は残っていないと言っても過言ではないだろう。
俺たちに勝ち目があるとしたら、どれだけ上手くカイトを使えるのかってところだな。
最悪……使いたくないが、あの手も使わないといけなくなってしまうかもな。