第十話 開戦
「さて、カイト。これから最初の難所はどこだと思う?」
東の国境に向かう途中、俺は将軍に今回の作戦について詳しく教わっていた。
自分で言うのも恥ずかしいが俺は頭があまり良くないから、出来れば一から十まで作戦について教えて欲しい。
特に、俺は今回とても重要なポジションだから、絶対に間違った行動はできない。
「普通に考えて、国境になるのではないんですか?」
「そうなるかもしれないな。だが、俺はその可能性が低いと思う」
「どうしてか聞いても?」
「まず、国境の城壁はまだ完全には修復できていない。そして、あの貧しい西部では戦争を支えられるだけの食料がない」
なるほど。確かにミュルディーンに到着するまで、本当に貧しそうな土地が続いていた。
将軍の考えも納得だ。
「だから、帝国は国境で戦うことはないと?」
「そうだな。あるとしても、道中で奇襲をかけてくるぐらいだろう。まあ、ドラゴン二体に奇襲されるだけでも、こちらは大損害になってしまう気もするが、奇襲に手を回せないように手は打っている」
そういうことか。奇襲をさせないよう、敵の戦力を分散させるための盗賊だったのか。
酷いとか思ってしまったが、確かにこれは勝つのに必要な手段だな。
はあ、やはり俺には政治とか戦略とか頭を使うことに全く向いてないな。
「つまり、最初で最後の難所はミュルディーンになると?」
「ああ、俺の予想ではそうなる。まあ、あのレオンスなら、俺の予想外のことを簡単にしてくると思うが」
それは俺も思う。将軍の頭の良さも知っているが、レオの頭の良さも侮れない。
政治ではエレーヌと張り合えるし……何と言っても前世の記憶があるのがズルい。
あ、前世の記憶は俺も持っているから、それはお相子なのか。
「将軍! 大変です!」
前方から、一人の男が凄い勢いで駆け寄ってきた。
前で何かあったのか?
「どうした?」
「国境付近に、大量の赤い騎士たちが待ち構えています!」
赤い騎士!?
「なに!? そんな大量の兵士が移動しているなんて情報はなかっただろう?」
「レオの転移スキル?」
レオなら、一瞬で移動できるだろ?
前に、王都とレオの城、魔王の城を一瞬で移動できていた。
軍隊くらい、簡単に移動できるでしょ。
「いや、あのスキルは触ったものしか一緒に転移できない。だから、兵を移動できたとしても、一回に運べる人数が制限されて最低でも一日はかかる。ただ、カイトは帰ってくる途中に人は見かけなかっただろ?」
そうだ。俺は今朝国境を越えたんだった。
その時、赤い騎士どころか人影一つ見られなかったはず。
「はい。国境付近には一人もいませんでした」
「はあ、さっそく予定を狂わされてしまった。カイト、ここで兵の数を減らすわけにはいかない。お前が出来る限り数を減らせ」
「でも、僕が魔砲を守らないと……」
元々、俺に任されたミュルディーンに到着するまでの作戦は、光の盾でレオから魔砲を守ること。
それなのに、前に出て戦っても良いのだろうか?
「そうだが、優先度は兵の方が高い。魔砲がなければ最後で詰むかもしれないが、あの盗賊たちがいなければミュルディーンに着く前に詰んでしまう」
「なるほど……。わかりました」
さっそく、レオにしてやられたことだけわかった。
SIDE:レオンス
「よし。これで最後」
鞄から全てのゴーレムを取り出した。
ずらりと整列し、誰一人としてピクリとも動かない鎧兵たちは、敵から見たらさぞかし恐怖だろう。
「こうして並べてみると、もの凄い数ですね……」
「だね。何年もコツコツ造ってきた甲斐があったよ。うん」
数にして、二千体。数年かけて、魔力と時間に余裕があるときに一人でこつこつ造った成果だ。
あ~。この数、ここで全て失うのが本当に惜しいよ。
でも、人の命には代えられないから。
「これだけいれば、ここで王国を抑えることもできるのでは?」
「いや、無理だと思うよ。数が一桁違うから」
相手は盗賊を合わせて一万近くいる。
精々、屈強なゴーレム達で相手の士気を下げられるくらいだろう。
「そうですか……」
「まあ、数が減らせれば儲けもの、魔砲を壊せればバンバンザイだから。あまり欲張らないで、相手の士気を下げることだけを考えよう」
欲張っても仕方ない。どうせ、カイトが相手ではゴーレムたちもそこまで活躍できないんだから。
「なるほど」
「お、敵が見えてきたぞ」
ベルとお喋りしている間に、王国軍の戦闘が見えてきた。
ちなみに、俺たちは透明マントで隠れているから、狙われる心配はない。
「本当に凄い数ですね……」
「残り少ない金を全部戦争につぎ込んだみたいだからな。これで負ければ、王国は終わりだろう」
王国中の騎士を集め、傭兵を雇い、盗賊を引き連れてやっと一万人。
全部をつぎ込んだにしては、少ない気もするが。
「そうですね」
「お? カイトが前に出てきたぞ」
軍隊の進行止まると、後ろから馬に乗ったカイトが出てきた。
なるほど。そっちの選択を取ったか。
「魔砲の守りは良いのでしょうか?」
「たぶん、そっちよりも盗賊達の方を優先したんじゃない? 相手にとって、盗賊達は今回の作戦の要なわけだし」
「どうします? 作戦を切り替えますか?」
元々、魔砲にカイトの意識を向けさせておいて、その間に出来る限り盗賊達の数を減らす作戦だった。
でも、それは無理だな。
「そうだね。ここで無理はする必要ないから……。よし、前線のゴーレム! 派手に暴れろ!」
作戦変更、前線のゴーレム達には囮になって貰おう。
SIDE:エドモンド
「思っていたよりも少ないな。どう思う?」
ざっと見て、数は二千か?
あれなら、カイトがいれば大丈夫だろう。
「はい。この数なら、なんとか押し切れると思います。ただ……」
「ただ、もしかすると一人一人がこちらの数人の強さを持っているかもしれないか?」
それもあり得る。なんせ、レオンス直属の騎士達は、本当に化け物揃いだ。
「はい。そう思います」
「まあ、その心配は大丈夫だろう」
レオはここで絶対、強力なカードは引いてこない。
確実、あれは消されても構わない兵のはずだ。だから、心配ない。
「それより、魔砲は?」
「後方に置いてありますので強力な魔法が飛んでこない限り、壊されることはないでしょう」
まあ、あの赤い騎士達が魔砲にたどり着いたということは、俺たちが全滅している時だからな。
「あの中に、魔法使いはいると思うか?」
見た限り、あの赤い騎士は剣を持っているから……魔法の心配をする必要はないはず。
「それは何とも言えません……。城壁の上に、今のところ人は見当たりませんが、もしかしたら隠れているだけかもしれません」
それはあり得るな。やはり、いくつか壊されるのは覚悟しておいた方が良いな。
「そうか……。騎士達に伝えろ。魔砲の守りは一つだけにして、他は捨てろと」
「了解しました」
「ふう、カイト……頼むぞ」
魔砲を捨てたんだ。絶対、勝てよ。
SIDE:カイト
「気持ち悪い……。目の前にいるのは、本当に人間か?」
数メートル離れたところに整列している鎧兵達から、息づかいや戦い前の緊張感が全く感じてこない。
普通、こんな大群を目の前にしたら、多少恐怖で体が震えるだろ?
本当に、あれは人か? まるで……ロボットみたいだ。
「グヘヘヘ。もしかして勇者様、ビビっているんですか~?」
「ダッセ~。あんな人数で、俺たちに勝てるわけがないじゃないですか~」
「うるさい。お前らは、死なないことだけ考えていろ」
盗賊達の茶化しなど気にせず、俺は赤い騎士に向かって馬を走らせた。
すると……。
「ぐあああ」
赤い騎士達の手から炎が飛ばされ、盗賊達に被弾した。
予想外の攻撃に、俺は足を止めってしまった。
「あ、あいつら、魔法を使えるぞ!」
「落ち着け! ここで背中を見せたら簡単に炭にされてしまうぞ!」
今にも逃げ出しそうな盗賊達に、俺はなんとか声を張り上げて止めた。
これで……良いんだよな?
「魔法使いは近づいてしまえば怖くない! 数の差で圧倒するんだ!」
「そ、そうだな。近づいてしまえば、怖くないか! よし、お前ら行くぞ!」
『お~う!!』
リーダーらしき男の号令に、一斉に盗賊が動き始めた。
ふう、なんとか士気を取り戻せた。
「よし、士気が下がる前に俺がなんとかしないと」
俺も馬を走らせ、赤い騎士を一体斬り倒した。
……と思ったが避けられ、腕を切り落としただけになってしまった。
「は? 嘘だろ? 中身がない」
腕を切り落とし、もう一撃で決めようと振り返った瞬間、俺は鎧に空いた空洞に驚愕してしまった。
「なるほど……。レオらしいな」
これはあれだ。ゴーレムだ。きっと、レオが造ったんだろう。
はあ、俺のロボットみたいって予想は外れてなかったんだな。
「くそ……。やっと一体だ」
中身がないことに動揺しつつ、二撃目できっちりゴーレムを倒した。
これ、一体一体倒していたらとんでもなく時間がかかるぞ……。
「仕方ない。スキルを使うか」
盗賊達がどんどん倒されていくのを見て、俺は切り札をさっそく使ってしまうことにした。
本当は、最後の最後まで使いたくなかったんだけどな……。
「セイ!」
俺は剣に光を纏わせ、ゴーレムの方向に空気を斬るように剣を横に振り切った。
すると……目の前にいたゴーレム達が一斉にバタバタと倒れていった。
「ふう、これだけ倒せば、盗賊達が全滅することはないだろう」
SIDE:レオンス
「なるほど、聖なる剣ってそういうスキルなのか」
スキルに新しく聖なる剣って新しいスキルが増えていたのは、三国会議の時に鑑定して知っていたんだけど……まさか飛ぶ斬撃だったとは。
「レオ様がよく使う飛ぶ斬撃みたいで、危ないですね」
まあ、今みたいに油断していると一瞬で大人数がやられてしまう可能性があるからな。
「まあでも、まだ予想の範疇で良かったよ。飛ぶ斬撃は、こっちも使えるわけだし」
今、見ることが出来たのが凄く大きいな。不意打ちでやられていたら、もしかしたら大損害を受けていたかもしれない。
「そうですね」
「あ、サンドゴーレムの方も仕事を始めたみたいだ」
サンドゴーレムとは砂のゴーレムで、完全な砂になって地面に擬態することができる。
今回、奇襲を仕掛けるのにこのゴーレムを発明した。
魔力を感知できないと絶対に気がつくことが出来ないから、レッドゴーレムより凶悪だと思う。
「と言っても、動きが遅いのが難点だな」
そう、奇襲に関しては凄く強いが面と向き合っての戦いは弱い。
普通の兵士が五人で相手すれば簡単に倒されてしまう。
やっぱり、気がつかれたら終わりのゴーレムだな。
「でも、二つは壊せましたよ? あと一つです」
「いや、二つは捨てて、一つに騎士達を集中させたんだと思う。ほら、一つだけ壊せていないだろう?」
あと少しで壊せたんだけどな。あの人数相手では、流石に無理だったか。
「なるほど……」
「まあ、一つだけならなんとかなるだろう。帰るか」
残った魔砲を俺が壊しても良いけど……今回の戦争はあまり一人で片付けたくない。
理由は二つある。
一つは、戦争に向けてたくさんの支援を貰っていること。
帝国や他の貴族から支援を貰って人を集めたのにそれを使わなかったら、支援を貰った意味がなくなる。
もう一つは、他の転生者を警戒するため。
今回、絶対カイト以外の転生者がこの戦争に関わっている気がするんだ。国王があんなに頭が回るのもおかしいし、宰相の様子も変だった。
きっと、あの二人の影には転生者がいる。
その転生者がこの戦争で何をしてくるかはわからないが、力を温存しておくことに越したことはないだろう。
まあ、もしかしたらそんな準備も意味がないような相手かもしれないが……。
「レオ様? もうすぐ、カイトさんがゴーレムを全滅させてしまいます」
「あ、ごめん」
ベルの声に、俺は急いで転移した。
戦地で考え事とか、俺は何をしているんだ……。