第八話 戦争の前に②
SIDE:エドモント(将軍)
王国の最東端にある街、ここに王国の全兵士が集められていた。
これだけの数をよく集められたものだ。まあ、その分質は最悪なんだけどな。
今も何か悪さをしないか見張っていないといけないし、実際街で悪さをしている兵も少なくないはずだ……。
はあ、これでまた国王が国民から嫌われるな。
「将軍! 無事、宣戦布告がされたみたいです!」
「そうか。予定通り、四日後からか?」
三国会議の初日から既に三日が経った。国王が予定通り動いていてくれれば、宣戦布告から一週間後に開戦のはずだ。
報告に来た部下は、私の質問にすぐ頷いた。
「はい。陛下が国境を越えるのと同時に開戦される予定です」
「そうか。兵の状態は?」
「良好だと思います。ただ……」
部下は言いよどんでいた。まあ、仮にも陛下が用意した兵だからな。
まあ、俺はこれくらいのことは気にしないけどな。
「ただ、荒くれ者が多くて、始まってみないとどうなるかわからないか?」
「はい……正直、あんな奴らに頼るのは……」
「仕方ないだろう? ちゃんとした傭兵を雇う金なんて我が国にはないのだから。それに、あいつらを王国から追い出せるなら、それだけで儲けだろ」
少なくとも、貴族たちはそう思っているぞ。
まあ、命を賭けて戦う俺たちからしたらたまったもんじゃないんだけどな。
「もしかして……将軍はあいつらに帝国で盗賊行為をさせるおつもりで?」
「さあな。だが、あいつらに兵士としての規範を求めるつもりはないよ。好きに暴れて貰おうじゃないか」
言うこと聞かないチンピラ共に労力を割くよりかは、自由に暴れさせておいた方が良いだろう。
「本当に大丈夫なんですか? 私は、戦況が悪くなったらすぐに裏切られると思います」
「俺もそう思うさ。だから、あいつらとは別行動で陽動になって貰おうと思う」
まさか、あいつらを連れて死地に向かうはずがない。
「陽動ですか?」
「そうだ。あいつらには、帝国の西部にあるいくつかの主要都市で暴れて貰う。それに帝国が相手をしている間、俺たちはまっすぐミュルディーンを目指す」
元フィリベール領にある三つの主要都市にチンピラ共を送り込んで、その間に俺たちはまっすぐミュルディーンに向かう。
道は、前の時に全て確認してある。俺たちは最短で向かうことができるだろう。
「そんなに上手くいきます? 盗賊たちを無視されて、ミュルディーンで待ち構えられたら……私たちはとても勝てませんよ?」
「無視はしないだろう。いくら衰退した街とは言っても、無視をすれば国民から反感を買う」
あと、金を手に入れた盗賊ほど厄介なものはない。
それも奴ならわかっているだろう。
「なら、陽動にはなりますか……」
そんな不安な顔をするなよ。
「まあ、無理がある戦争なのはわかっていたことだろう。いくら勇者が強かろうと、戦争は組織の戦いなんだ。厳しい戦いになるのは仕方ない」
我々の勝率は良くて5パーセントだ。幸運がいくつも重ならない限り、勝つのは難しいだろう……。
SIDE:レオンス
俺はモニターの電源を切った。
「なるほど……王国らしい戦術だな」
実に汚い戦術だ。でも、やられるとウザい。
やっぱり、あの将軍は手強いな。
「どうします? 盗賊たちは無視しますか?」
一緒に見ていたエルシーが不安そうに俺を見ている。
そんな心配するなって。ちゃんと勝てるから。
ちなみに、シェリーやベルたちは早朝からダンジョンに行ってしまった。
戦争に向けて、少しでもレベルを上げておきたいらしい。
「戦争に勝つことだけを考えるなら、それで良いんだけどね。そういうわけにもいかないでしょ?」
「確かに、後でその対処をしないといけなくなるのは私たちですからね」
「そう。それに、領民も自分たちを見捨てた奴なんか信用しないだろ?」
盗賊たちはどうにでもなるが、人の信用は簡単には取り戻すことはできない。
よって、後々俺が統治しないといけない街を放置するのは得策ではないだろう。
「そうですね……。ですが、三つもの主要都市に兵を割いてしまったら、それこそ相手の思惑通りなのではないですか?」
「そうなんだけど……。最悪、魔法部隊がいればここでの防衛戦は成り立つし。なんなら、街の冒険者を雇って魔銃を使わせるのも有りだな。魔銃、結構な数ストックしていたよね?」
元々、魔法が使えない騎士たちには魔銃を使わせるつもりだったけど……別にその仕事は冒険者でも構わない。
騎士たちを各都市に向かわせて、残ったメンバーでどうにか時間稼ぎをするしかない。
はあ、足止め作戦は諦めるしかないな。
「一応、冒険者に配れる程の魔銃は用意してあります。ただ、魔石が……」
「それなら、ここでの戦いが始まるまでに魔法部隊には魔石に魔力を注いで貰おう。空の魔石を大量に手配しておいて」
足止めが出来ないと言っても、ここに到着できるのは早くても二週間後だろう。
それだけあれば、十分魔石をストックできるはずだ。
「了解しました。冒険者の方も、いくつかの商会に手配しておきます」
「商会?」
冒険者なら、ギルドじゃないのか?
「はい。お抱えの冒険者です。ここの街で活動している冒険者のほとんどは有力商会に雇われていますから」
「なるほど。それじゃあ、それはエルシーに頼んだよ」
商人に関してはエルシーの方が扱いをわかっているからな、俺が手を貸す必要はないな。
「はい。お任せください。それと……盾と鎧はどうしますか? 騎士団の方々は必要ないと仰っていたのですが」
「まあ、あいつらはそれぞれ自分の装備があるからね。じゃあ、雇った冒険者たちに着せといてくれ。相手からの攻撃から守りながら撃つにはちょうど良いだろう」
せっかく、師匠が発明してくれたんだ。しっかり活用しないと。
そういえば、師匠はこれから戦争が始まることに気がついているのかな……?
「そうですね。では、そう手配しておきますね」
「うん、ありがとう」
「いえ。私はこういうことでしか力になれませんから」
「十分だよ。凄く助かってる」
エルシーがいなければ、こんなスムーズに戦争の準備は進められなかったと思う。
本当に感謝しかない。俺はそう思いながら、エルシーをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとうございます」
「それじゃあ、俺は魔法部隊に魔石の件を頼んでくるよ」
「わかりました。私も街の商会に冒険者を貸し出して貰えるよう頼んできます」
「さて、スタンはまだ城にいたはず……」
エルシーと別れ、俺はスタンのいる部屋に向かった。
「だから、もう少しお時間をください」
スタンの部屋に向かう途中、フレアさんの声が聞こえてきた。
少し困ったような声とその会話の相手を見て、俺は咄嗟に隠れてしまった。
いや、隠れる必要はない気がするけど、体が勝手に動いてしまったんだから仕方ない。
「もう一ヶ月は待っているんだぞ……。それに、もう戦争が始まる。これから何があるかわからないのに……」
「わかっています。戦争が始まるまでには……」
フレアさんはそう言って頭を下げると、スタンが止める間もなく行ってしまった。
あらら。
「戦争で焦る気持ちもわかるけど、男なら黙って待っていた方が格好いいと思うぞ」
焦る気持ちもわかるけど、時には我慢も大事だと思うぞ。
バートさんなんて、一体何年我慢したかわからないからな。
「レ、レオ様!?」
おっと、隠れていたのを忘れていた。
「驚かせてごめん。少し、二人で話そうか」
「フレアと交際を始めたのは……騎士団最強決定戦の少し後です」
スタンの部屋に入ると、スタンがぽつぽつと事情を説明し始めた。
「へえ。いつから好きだったの?」
「騎士団の入団試験の時です。面接をしていたフレアに一目惚れしました」
「なるほど……。フレアさんは、スタンのことちゃんと好きなの? あ、いや、交際しているならそうか。ごめん」
でも、結婚するにはいい歳のフレアさんが結婚することを躊躇っているということは、そういうことだよね……?
「いや……。正直、僕にもわかりません。たぶんですが……フレアは他に好きな人がいるんだと思います。ただ、それが敵わぬ恋で……その相手を忘れる為に私と交際することにしたんだと思います」
え、これはまた複雑な展開がきたな。
「他に好きな人……。フレアさん、確か魔法学校でアレックス兄さんと同級生だったはず。もしかすると……婚約者のいた貴族に恋をしていたのか?」
だとすると、もう相手は結婚しているだろう?
それでも諦められないのか……。
「そうなのかもしれません」
「うん……あ、そういえば、イヴァン兄さんが城に残っていたな」
兄さん、フレアさんと仲が良かったはず。
何か知っているかも。
思い立ったらすぐ行動ということで、兄さんのところまでやってきた。
「フレアが好きだった人?」
「うん。兄さんは知らない?」
「もちろん知っているぞ。クリフだな」
「「はい!?」」
当たり前のことのようにとんでもない名前が出されて、俺とスタンは驚きの声を上げてしまった。
いや、クリフさんって……。
「まあ、今も好きかは知らんぞ。なんなら、一度フレアは魔法学校時代にフラれているからな」
「どうして?」
「まあ、あの頃のクリフは母親の顔色を伺って生きていたからな。庶民と結婚することはできなかったんだよ」
確かに、クリフさんの母親は庶民であるシェリーの母親を相当恨んでいたからな。
クリフさんもそんな状況で、結婚相手にとてもフレアさんは選べないか。
「なるほど……ありがとう」
「おう。スタンだっけ? お前の部隊の活躍、期待しているぞ」
「……はい」
ぽんぽんとスタンの肩を叩いて、兄さんはどこかに行ってしまった。
スタン、今にも死にそうな顔をしているな。
そりゃあ、恋敵が次期皇帝と知ればそうなるか。
「クリフさんか……。思っていたよりも敵は強力だったな」
「……はい。ですが、フレアが悩むのも納得できました」
戦争前なのに、ここまで元気がないのは良くないぞ。
ましてや魔法部隊の隊長という、今回もっとも重要な人間がこんな状態なのは非情に良くない。
「相手が皇太子殿下なら、私は諦めた方が良いですよね……」
どうしよう。手を貸してやろうと思ったら、なんか逆に余計なことをした感じになってしまった。
考えろ……。お前には嫁が五人もいるんだろ?
「えっと……いや、その必要はないと思うよ。なんなら、奪ってやるくらいの気でいなよ」
「え?」
「クリフさんはそんなことで怒る男じゃないよ。てか、もしかしたら興味も示さないかも……」
結婚しないって俺に宣言していたからな。
だからスタンが諦める必要はないと思う。まあ、俺としてはクリフさんにも幸せになって欲しい思いもあって、凄く複雑な気持ちなんだけど。
「どういうことですか?」
「まあ、そのうちわかるさ。とりあえず……フレアさんの気持ちをどうスタンに向けるかだな」
「どうしたら良いのでしょうか?」
「デートとかには行ったの?」
「いえ。お互い忙しくて……三回しか」
それだけの期間があって三回か……少ないな。
いや、忙しいのは俺のせいだ。
「確かに、お互い休みなかったな。ごめん」
「い、いえ。気にしないでください」
「そうか……。なら、戦争が終わったらどこか遠出してみたらどうだ? 答えを聞くのは、その後でも良いと思うぞ」
どうせ俺たちも故郷巡りで領地にいないだろうし。
その間、思う存分羽を休めて欲しい。フレアさんも、この忙しい時よりも落ち着いた時の方が、スタンとの関係についてしっかりと考えられるだろうからな。
「そうですね……わかりました」
「よし、そうと決まったら……」
それから、スタンにフレアさんに返答はまだしなくて良いことと、戦争が終わってからどこかに行こうってことを伝えさせ、俺は満足して自分の部屋に戻った。
そして、魔石の件をスタンに伝えないといけなかったのを俺は忘れてしまうのであった。
あ、ちゃんと次の日の朝すぐスタンに伝えました。はい。
例によって、スタンとフレアさんの話は閑話か書籍での番外編になると思います。