第七話 戦争の前に①
国王、教皇、皇帝のお見送り等をしていたら、三国会議から二日も経ってしまった。
戦争開始まで残り五日、急いで準備を進めないと。
「じゃあ、会議を始めようか。フレアさん、進行お願い」
会議が始まり、最近スタンに求婚されたことがミュルディーン領で噂になっているフレアさんに司会を頼んだ。
噂は本当なんだろうか? フレアさんにはいつもお世話になっているし、早く幸せになって欲しいんだけどな。
「了解しました。まず、西の国境付近での防衛戦についてですが……。本当にお一人で?」
おっと、会議に集中しないと。
俺はすぐに気持ちを切り替え、フレアさんの質問に答えた。
「うん。まあ、戦うのはゴーレムだから心配しないで。俺は安全圏にいるから」
この説明は何度目だろうか?
まあ、よく考えたら敵が一番元気な時に、当主が一人で戦おうとしているとか、誰でも止めようとするか。
けど、これが一番被害を少なく抑えられるから仕方ない。
「わかりました。そこで、敵の兵力と武器を確認するのですね?」
「そうだね。攻城兵器の破壊まで出来たら完璧なんだけど……カイトのスキルが厄介だね」
光の盾のせいで、確実に一つは壊せないだろう。
もしかしたら、全ての攻城兵器があれに守られてしまうかもしれない。
あいつ、本当に面倒だな。
「とすると……。やはり、移動中の油断した瞬間を狙うしかありませんね」
「うん。ただ、勇者と遭遇したらすぐ全員に知らせること。絶対に一対一で戦わないように注意して」
今のカイトは、随分と主人公らしい強さになってきたからな。
今持っているスキルと合わせると、ヘルマンやアルマでも一人で戦うのは大変だろう。
「わかりました。あと、途中からはフォースター家が王国の足止めをして頂けるということでしたね」
「そうだね。けど。もしかしたら間に合わないかもしれない」
元々、こんなに早く戦争が始まるとは思っていなかった。
早くても、父さんたちの部隊が到着するのは三、四週間後らしい。
たぶん、間に合わない気がする。
「え? そしたらどうするのですか?」
「皇帝の特殊部隊が引き受けてくれるみたいだ。あの人たちなら、問題無いでしょ」
「確かにそうですが……帝都での護衛はどうするのですか?」
「おじさんたち数人は残るみたいだから心配ないらしいよ」
まあ、皇帝がそう言っているんだから、甘えておこうよ。
全て俺たちがやるなんて、流石に無理があるんだから。
「そうですか……」
「で、最後はここでの防衛戦の話だな」
ここ、ミュルディーン領での戦いだ。なるべくここでの戦いを大きくしないため、その前の戦いで頑張らないといけないんだけど、ある程度大きくなることは想定していないといけない。
「開戦から王国がここに到着できるのは早くても二、三週間後、下手したら一ヶ月は先だろうね」
「はい。それ以上長引いた場合、王国は撤退するしかなくなります」
あの荒れた土地では十分に食料も調達できないだろうからね。
精々、帰りの分も考えると一ヶ月が彼らの限界だろう。
「まあ、そうはいかないだろうな……」
あのバカ国王のことだ。帰りのことなんて考えないで突っ込んでくるだろう。
負けることなんて頭にないだろうし。
「とりあえず、ここでの防衛戦になったら魔法が主力になるはず。というか、騎士たちの出番が回ってくるのは、本当に緊急事態だと思った方が良い」
あの壁をよじ登れるとは思えないから、敵が中に入らないと近接での戦いは起こりえないはずだ。
敵が中に入ってくるなんて事態は、もう負けへのカウントダウンでしかない。
「そうですね。スタンと彼らの活躍に期待しましょう」
「そうだな」
ベルノルトの言葉に、俺は大きく頷いた。
頷いてみせたけど、心の中ではそこまで自信があるわけではなかった。
発足したばかりの魔法部隊……ちょっと不安なんだよな。
卒業したばかりで経験不足だし、何より人数が少ない。
王国の兵士全員を倒せる程、火力が足りるのか非常に微妙なところだ。
最悪、俺も魔法部隊として働くしかないかもな。
「あと、ボードレール家の補給部隊はどうなっているの?」
「戦争の通達を受けて、動き始めました。元々、拠点は完成しておりますので、特に問題はないと思われます」
「了解。長期戦になればなるほど俺たちの方が有利だから、彼らには頑張って貰わないと」
相手の心を折るのも一つの戦術だからな。
相手に攻城兵器がなければ、魔法部隊に無理をさせる必要もないし、ジワジワと相手の数を減らすのもありだろう。
「そうですね」
「俺から聞きたいことは以上かな。誰か他に確認しておきたいことはある?」
俺の問いかけに、全員が顔を横に振った。
まあ、元々決まっていることを確認するだけの会議だったからな。
「それじゃあ、今日はこの辺にしておこう。それぞれ、戦争に向けて英気を養っておいてくれ。五日後から、忙しい日々が続くからな」
戦争前の最後の休暇だ。それぞれしっかりと体を休めて貰いたい。
「とは言ったものの、作戦開始まで俺は何をしていよう」
ずっと忙しかったせいで、休暇の過ごし方を忘れてしまった。
前、暇な時は何をしていた? うん……。
「久しぶりに、シェリー様たちとゆっくりとした時間を過ごしてみては?」
俺が悩んでいると、ベルからありがたい教えがあった。
「まあ、それが一番だよね。皆、どこにいるの?」
「シェリー様のお部屋にいると思います」
「そう。それじゃあ、さっそく向かうか」
皆とゆっくりできるのはいつぶりだろうか。
「あ、レオ。会議は終わったの?」
シェリーの部屋に入ると、シェリー、リーナ、ルーにエルシー四人全員がいた。
「うん。元々決まっていることの再確認だから、そこまで時間はかからなかったよ」
「そうなんだ……」
「もう、笑顔でいようってシェリーが言ったんだよ?」
シェリーが悲しい顔をしていると、隣にいたルーがシェリーの頬をギューとつねった。
ルーがシェリーを注意するときがくるなんて……。
「そ、そうね。ふふふ……」
「そんな無理しなくて良いって。大丈夫、俺たちは負けないよ」
無理に笑うシェリーの頭を優しく撫でた。
すると、シェリーは我慢が出来なくなったのか、俺に抱きついて泣き始めてしまった。
「レオ……」
「ふふふ。だから言ったのに」
「あ、エルシー。商会の方には戦争の通達は済ませてくれた?」
「はい。と言っても、ここで商売をしている人間は、そんなことをしなくても大丈夫だと思いますけどね」
「そうかもしれないけど……。一応、形だけでもさ」
この街は商人で成り立っているわけだから、それを無視するわけにもいかないでしょ?
「そうですね。あ、それと、商会員たちから、資金と物資援助の声が上がっています」
「そうなの? それは意外だな……」
商人たちは傍観していると思ったんだけどな。なんなら、裏切る人も出てきてもおかしくないからな。
「いえ、ちゃんと損得を勘定しての結果だと思いますよ。商人にとって、ここが王国の管轄になってしまったとしたら、とても困りますから」
確かに、王国に重税を課せられることを考えれば、俺たち側に着くか。
「なるほど。まあ、貰える物は貰っておくけど」
「はい。それで良いと思います」
「ねえ……私も戦争に参加したらダメ?」
「はい?」
泣き止んだシェリーから突拍子もないことを言われ、俺は思わず聞き返してしまった。
いや、どういうこと?
「私の魔法……絶対役立つと思うんだ」
「いや、でも……」
「危ないのはわかってるの。けど、私も出来る限り力になりたい」
「……」
これはなんて答えるのが正解なんだ?
魔法部隊の火力不足を考えると、シェリーの参加は凄くありがたいけど……それ以上に危ないことはして欲しくないという気持ちの方が強いな。
「ねえ、お願い! 今回も守られているだけなんて嫌! 私、毎日ダンジョンに挑んで、凄く強くなったの……だから……」
わかっているんだ。シェリーが俺の力になりたくて強くなろうとしてくれていたことも。
あー。どうすれば良い?
「うん……わかったよ。その代わり、ルーが必ず傍にいること。危なくなったら、すぐに逃げること」
大丈夫かな……。ルーがいれば、大丈夫なはずだけど……うう、凄く不安だ。
とは言っても、シェリーの魔法があれば随分と防衛戦が楽になるはずだ。
「え? 私も戦って良いの!?」
「いや……流石にルーが目立つのはダメだから。シェリーが危なかったら戦っても良いけど、それまではおとなしくしておいて」
魔族の存在がバレてしまうのは非常に面倒だ。下手したら、教国も敵に回すことになる。
「そう……わかった」
残念そうな顔をしたルーの頭を撫でてあげた。
ルーに関しては、何も心配しなくて大丈夫なんだよな。
だって、俺よりも強いし。
「それと、二人には目立たないようにフード付きのローブを用意しよう」
もちろん、俺が創造魔法で極限まで防御力を高めたローブだ。
「ありがとう。それと、無理言ってしまってごめんなさい」
「気にしなくて良いよ。実際、魔法部隊の火力が心配だったのは事実だし」
「そう」
「リーナとエルシー、ベルはどうする?」
「私は……回復班に回りたいと思います。私には、傷を癒やすことくらいしか出来ませんので」
「何を言っているんだ。十分凄いことでしょ。リーナがいるだけで、兵士たちは怪我を恐れずに戦えるんだから」
そう言って、リーナを抱きしめた。
何も、戦うことだけが助けになるわけじゃないのに。
「あ、ありがとうございます」
「エルシーは?」
「私は……戦うことは出来ませんので、作戦本部にいることにします」
「頼むよ。この領地の資金はエルシーがいないと動かせないからね」
エルシーは、ミュルディーンの財務担当だからな。
お金関係だと、俺よりもエルシーの方が高い権限を持っている。
数週間俺がいなくても、エルシーとフレアさんがいればこの領地の運営は大丈夫だろう。
「ありがとうございます」
「ベルは?」
「もちろん、ずっとレオ様の傍にいますよ」
「ずっと?」
ずっとということは、西の国境まで着いてくるつもりか?
「はい」
「危ないよ……?」
「それはレオ様も同じでは?」
「そうだけど……」
ベル、皆に安全だと言っている手前、俺が反論できないのをわかっていて言っているな。
流石俺の扱いを一番わかっているだけある。
「大丈夫です。これでも、私はこの領地で三番目に強いんですよ?」
「三番? ヘルマンとアルマの次に強いってこと?」
「いえ。レオ様、ルーさんの次に強いってことです」
「えっ? いや、シェリーたちとダンジョンに挑んでいると言っても、普段はほとんど俺の傍にいるわけで……」
元々、ベルが強かったのは知っているけど、それは他よりもレベルが高かったからであって……。
「嘘じゃないわよ。なんなら、本気を出したらルーとも戦えると思うわよ」
「いや、流石に……」
それは流石に嘘だろ。だって、あのルーだぞ?
そう思いながらルーに目を向けると、ルーは笑いながら顔を横に振った。
「本当だよ。あの姿になったベルは目で追えないから~」
「あの姿?」
「そ、そのことは、恥ずかしいのであまりレオ様に言わないでください」
俺がベルに聞こうとすると、何故かベルが恥ずかしがりながらイヤイヤと顔を手で隠していた。
いや、余計に気になるんだけど。
「はいはい。でも、そうやって恥ずかしがって報告してないから、レオに信じて貰えないんじゃない。普通に格好いいと思うわよ?」
格好いい?
「そうかもしれないですけど……恥ずかしいものは恥ずかしいのです!」
恥ずかしくて格好いい……想像出来ないな。
「まあまあ、わかったよ。それじゃあ、ベルに俺の護衛を頼むよ」
まあ、ベルが傍にいるのはいつものことだから良いか。
もし何かあれば俺が守れば良いだけだし。
「わかりました。任せてください」
「うん。頼むよ」
「はあ、レオは本当にベルに甘いわよね」
それは……否定できない。
「遺伝らしいですよ。勇者様も、獣人のメイドさんに甘えすぎて、魔導師様と修羅場になったことがあったみたいですから」
「そんなことがあったのですね。まあ、貴族がメイドに浮気するのはよく聞く話なので、勇者様が特別悪いというわけではないと思いますが」
「へえ。メイドに浮気ってよくあることなの?」
「そうね。流石に貴族同士で浮気はハードルが高いからね。それと、浮気される方も、まだ相手がわかっている方がマシってところかな。立場的に、魔導師様みたいに強くないと女は男に口が出せないのよ」
「そういうことか……」
確かに、どうしても権力は男の方にあるわけだから、奥さんの方は文句が言いづらいか。
「レオは浮気するの?」
「いやいや! これだけ可愛い奥さんがいて、浮気をすることなんて出来ないよ」
五人の目が怖くて、俺は全力で否定した。
まあ、俺のメイドはベルだけだから、そもそもメイドと浮気なんてできないんだけど。
「まあ、普通に考えてここまで婚約者が増えるのもおかしいんだけどね」
「そ、それは……」
その自覚はあります。でも、後悔はしてません。
「まあ、良いじゃないですか。そんなレオくんのおかげで、私たちはこうして家族になれたわけですから」
「まあ、そうだけど……」
「それに、戦争が終わって時間ができれば、きっとレオくんは私たちとの時間を目一杯取ってくると思いますし。ね? レオくん?」
「も、もちろん。そうだ。落ち着いたら旅行に行こうよ」
だから、皆怖いって。心配しなくてもちゃんと考えはあるから。
「旅行ですか? 良いですね」
「どこに行くのですか?」
「教国」
「あっ……」
「それと、獣人族の国にも行ってみたいな」
「え?」
「二人の故郷巡り? 凄く良いじゃない。楽しみだわ」
そう。リーナとベルの故郷巡りだ。
ずっと前から行きたいと思っていたからね。
「その為にも、何としても勝たないと」
楽しみを一つ胸に仕舞い、俺は戦争に向けて自分を鼓舞した。
でも、あと少しだけ皆に甘えさせて貰うかな。